失恋と中二病
食べ慣れた味。
それは故郷の味、そしておふくろの味とも言う。
テーブルに大皿で鎮座ましましているのは、大量生産に適した料理。
カレー。
「母さん、こんなに食べれない」
デカすぎ。
「いけるいける。育ち盛りなんだから」
対面に座る母さんの無責任極まりない一言。
そう言いながら俺の大きさの半分にも満たない皿でカレーを食べる。
俺もそのくらいの量がいい。
斜め向かいに座るノボルの皿は、俺と同じ大皿。
更に大盛り。
育ち盛りとの運動部ともなれば食べる量が一味違うようだ。
「見んな、メシが不味くなる」
辛辣な一言。一年ちょっとぶりの再会なんだからもう少し温かな言葉をくれてもいいんじゃないかな。
食べても食べても減らないカレーライスに辟易しながら、俺の隣の席をちらりと見る。
母さんよりも小さな更に、申し訳程度のカレー。
「足りるのか、それ?」
「う、うん……」
「育ち盛りなんだから、もっと食べなさい。ほれ」
俺の皿からカレーを輸送。……しようとするのを、母さんに止められた。
「やめな行儀悪い!」
手を叩かれた。
とりあえず、ひたすら無心でカレーを口に放り込んでいく。
その時だった、玄関が開く音が聞こえる。
のそりとスーツ姿の男性がリビングへと顔を覗かせる。
誰かと問うこともない。父さんだ。
「おかえりー」
いつもの調子で手をひらひらとしながら挨拶する。
しかし母さんから既に聞いていたのだろうか、特に驚く様子もなくビジネスバッグをソファーに置く。
そして短く一言。
「ただいま」
うーむ、寡黙。
元々口数が多いとは思ってはいなかったが、更に口数が少なくなったのではなかろうか。
「おじさん……お邪魔してます」
「ゆっくりしていきなさい」
それだけ言って、リビングから姿を消した。
母さんとノボルは特に何も思うことは無いのか、最初の迎えの言葉だけ発してカレーを食べ続けている。
「父さんってあんなんだっけ?」
「なにあんた、一年でもう父親の顔を忘れたっていうの?」
「そうじゃないけどさ、なんかこう…………口を開いてガハハ笑いするような姿が想像できないっていうか」
「そんなの母さんだって見たこと無いよ」
人にはそれぞれタイプがある、ということだろうか。
まあ、隣にいるのどかだってガハハ笑いするようなタイプじゃないしな。
「……なあ、ちょっとガハハって笑ってみて」
「え、え……っ?」
驚き躊躇うのどか。そりゃそうだ。
その様子を見て楽しんでいた俺だが、斜め向かいからバンと机を叩く音。
「のどか姉に変なこと言ってんじゃねえぞ!」
唐突にキレる愛弟。あらやだ反抗期?
「だって見てみたいじゃん!!」
「自分でやればいいだろ!」
「俺なんて毎日酒飲みながらガハハ笑いしてるわ!」
「だったらのどか姉に絡む必要ねえだろうが!!」
今度は俺の対面から机が強く叩かれた。
「静かに食べな」
「……はい」
母は強し。
結局、大量に盛られたカレーはほとんど食べ切れることはなかったという。
――――――――――
「ぐへえ」
リビングのソファーに沈む俺。
食べすぎて腹が破裂しそう。もう何もしたくないくらいだ。
リビングの入口の壁にもたれ、スマホをいじるノボル。
父さんが夕食を食べている向かいで、一人晩酌をする母さん。
そして満腹感からだらけにだらけきっている俺の横でちょこんと座るのどか。
テレビを見るでもなく、膝においた手を見続けている。
……なんか、この家に馴染んでるな。
「…………っていうか、聞いてもいいか?」
「なに……?」
昔であれば聞こうとすらしなかったことだけど、今となってはもういいだろう。
俺も大人になった。色々受け入れることは出来る……はず、たぶん……うん。
「なんで、俺を監視してんの?」
「……え?」
疑問の声。
その時。
部屋中の視線が俺に集中した。
スマホをいじっていた手を止め。
カレーをすくったスプーンは空中で停止した。
誰も何も言わない。
家族も、のどかも。
無音のリビング、一番最初に動いたのは、母さんだった。
コップを傾け、酒を一息で呷った後にこう言った。
「――あんた、まだそれ言ってたの?」
「え?」
今度は俺が疑問の声を上げる瞬間だった。
え、なにこの反応。俺昔っから両親には訴えかけてたよね?
……確か、こんな感じだったような。
『かーさん! おれ、監視されてるかも!』
『はいはい。お使い行ってきてくれた?』
……………………適当すぎないか俺の親。
今思い返すと雑な対応に、今更ながらイライラしてきた俺。いやでも、今更怒ってもしょうがない、うん。
「兄ちゃん……流石に、成人になってまでそれはどうかと思うけど」
兄ちゃん? そんな風に呼ばれたの何年ぶりだろう。
ノボルが俺への悪態を忘れるほどに衝撃的な一言だったということか。
つまり、ノボルも知らなかった事情ということだな。
父さんに至っては何も言わない。
止まったスプーンは一瞬の出来事、次の瞬間には何事もなかったように食事を再開していた。
「ノボル、よく聞くんだ」
俺はソファーに沈んだままのだらけた体勢で、ことさら真剣な顔を作る。
兄の威厳を思い知るがいい。
「実は、俺は周囲の人々から監視されてたんだ」
「いや、それもういいから」
あれ、思ってた反応と違う。
なんだってー、と驚きおののく様子を想像してたんだけど。
「まさか、まだ患ってたなんてね」
今なんて言った?
「そこのプリン体、今なんと申した」
「…………」
「ぶぇっ!!」
その動きだけ早くない?
痛みに閉じた目を開けば、母さんは元の席に戻っている。
あれ? 今叩かれたよな俺。イマジナリービンタ? そんなバカな。
「っていうか、患いって何?」
「あれでしょ……ほら、一定の年の子がかかる……なんて言ったっけ」
答えが出ない母さん。
つまみにしている、おかきを指揮棒のように振りながら答えを探し続けるが。
「中二病」
ノボルが補足した。母さんは合点がいったとばかりにおかきを口に放り込んだ。
「そう、それ!」
「だ…………誰が中二病じゃい!!」
父さんも母さんもノボルも。のどかも俺を見る。
…………えぇ……。
「のどか、なんとか言ってくれよ!」
監視役の張本人からの証言なら、この劣勢も覆せるはずだ。俺はそう信じていた。
しかし、当の本人の口から出た言葉は俺を絶望させる。
「……そういうのが、好きなのかなって」
「オウ、マイ…………」
天を仰ぐ。そこにあったのは人面疽のような模様の天井だった。
怖っ。
「え、嘘でしょ? マジで?」
全員を見回すが、興味を失くしたのか誰一人として俺を見ていなかった。
のどか以外。
「え、マジで?」
「スパイ映画を見てから言い出したから……好きなのかなって」
「………………」
友達はおらず、一人で遊べる内容は限られており。
映画に影響される幼少期でした。
……うそん。
「え、いや、ちょっと待って?」
しかし俺は諦められない。諦めることは出来ない。
今までずっと監視されてると思ってたよ? それが根底から覆されたら、今までの俺はなんだったんだ?
「でも、のどかはずっと俺の後ろにいたよな?」
こくり、と頷く。そうだよ、いつでも後ろにいたんだ。
だから俺は監視されてると思っていて――
「わ……たし、も……友達、いなかったから」
「………………もしかして、一緒にスパイごっこをしてた……的な?」
「…………うん」
……マジかよ。
………………マジかよ!
「考えてもみなさいよ、鬼だとか悪魔だとか、今の世の中信じてる人いないでしょ」
「異世界転生好きな人に謝れ!」
いや好きな人か信じてるのか知らないけど!
母の代わりに多方面に多角的に謝罪します。
「そんなの何でも鵜呑みにする小さな子どもか、迷信を信じる年寄りくらいじゃない?」
「で、でもそこそこ大きくなってからも俺皆に避けられ続けてたよ!?」
「シンプルに顔が怖いからでしょ」
「お前が産んだんじゃい!!」
「…………」
「ぶぇっ!!」
もう一度言わせてください。
「……マジかよ」
じゃあ、目の前にいる、監視役だと思っていたこいつは……。
「………………」
俺の、唯一の理解者だったということか。




