失恋と野球少年
幼い頃の夢を見た。地元に帰ってきた所為かな。
いつの日からだろう、物心ついた時には既に、周りに人はいなかった。
俺の顔を見た老人たちが、鬼だ悪魔だと好き勝手に吹聴し、それを鵜呑みにした子供たちは俺に近寄ろうとしなかった。
大人たちは俺の顔を見て怯えはしなかったが……同調圧力というのだろうか、先んじて味方をしようという人はおらず。
小学校に上がる頃には既に孤独だった。
慣れた、というのは結果論だ。当時はとてつもなく寂しかっただろう。
何処か他人事のような言い方になってしまうのは、よく覚えていないから。
敢えて蓋をしているのか、それとも本当に忘れてしまっているのかは判断がつかない。けれど、まあ……記憶にないのは事実。
唯一記憶に残っていることがあるとすれば。
いつ、どんな時でも、外に出れば後ろにのどかがいた事くらいだ。
老人たちが俺の行動を監視するために、同年代であるのどかを遣わしたと、その時の俺は信じ切っていた。
いや、今でも信じている。帰ってくるなり出会ったのだから。
話すことは一度も無かったが、怖がられるということも無かった。
ただただ、無言で傍にいる。
本当の孤独を味わうことは無かったが……当時の俺は、のどかが好きじゃなかった。
――老人に騙されているとも知らずに、言うことを聞かされている。
――どうせこいつも、俺のことを悪いやつだと思ってるんだ。
だから俺からも話しかけることはしなかった。
理解しようとも、理解されようとも思わなかった。
俺にとっても、のどかにとっても。
お互いが異物だとしか思っていないと。そう思い込んでいたから。
………………
…………
……
「あんたこんなところで何やってんの!!」
唐突に頭を叩かれる。
「てっ」
眠っていた意識は無理やり引き起こされ、寝ぼけ眼をこすりながら徐々に開く。
そして視界に映ったその人は。
「…………母さん、太った?」
「…………」
「あいだあっ!!」
頭の上に買い物袋を落とされる。すっげえいてえ!
頭の下の柔らかいものに押し付けられた。
……ん? 柔らかいもの?
触ってみる。
なんだろう、つやつやですべすべ、そして温かい。
「…………っ」
揉んでみる。
弾力があり、押し込む指が跳ね返ってくるよう。
「っ……っ…………!」
なにやら頭上から吐息のようなものが聞こえてくるが……?
「こらあんた!! キャバクラのスケベオヤジじゃないんだから!!」
母さんの叱咤。誰がスケベオヤジだ!
目線を動かしてみると。
「…………」
顔を真っ赤にしたのどかがいた。
……ん、あれ? 俺膝枕されてる?
じゃあ今触ってたのって……太ももってことか!?
「うわあああああ!!」
慌てて飛び起きる。
そしてとある方角に向かって、俺は叫んだ。
「ごめん! ごめん!!」
「謝るならのどかちゃんにでしょ!!」
ごめん遥! そんなつもりじゃなかったんだ!!
どんなつもりかと言われても困るんだけど!!
「お、おばさん……大丈夫ですから……」
「それで、あんたこんなところで何してんの?」
虚空に向かって懺悔を済ませた後、気を取り直して母親に向き合う。
「……親孝行?」
「のどかちゃんの太ももに顔埋めて撫でくりまわすのが?」
「ふ、ふふふふふ不埒な言い方はやめてもらおうかこの雌豚!」
「…………」
「ぶぇっ!!」
ビンタされた。今のは俺が悪い。
「か、顔見せに来いって言ったじゃんかよぅ……」
「だからって何の連絡もなしに……どうせなんか気まずいことでもあって逃げてきたんだろ」
ぎく。
「あんたは昔っからそういうところがあるからね、自分で対処できないことがあったら逃げ出す癖がある」
ぎくぎく。
「覚えてるだろ、小学生の時修学旅行の班決めの時、誰もいれてくれないからって母さんを班に入れようとしたの――」
「うわああああ!! 言わなくていいんだよ!!」
「…………」
「ぶぇっ!!」
今俺何も言ってなかったよね!?
何で叩かれたの!?
「ま、それはともかくとして」
「母さんが切り替える場面じゃないはずだけど」
「ともかくとして」
「……はい」
有無を言わせない母親の威圧感だった。
母さんはドアの鍵を開けて買い物袋を玄関先に置く。
「おかえり、ジロー」
「…………ただいま」
散々言い合った後に普通に言われるのは、調子が狂う。
「さあ、のどかちゃんも上がっていきなさい」
「……いえ、私は…………」
「今日御両親遅いんだろ?」
なんで知ってるんだろう。やっぱ俺の地元って田舎なのかな。
田舎ゆえの情報網なのだろうか。
「ならうちで晩ごはん食べていきなさい。せっかくジローも帰ってきたんだし」
「………………」
帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ帰れ。
脳内で呪詛のように飛ばし続けるが。
「……じゃあ、ごちそうになります」
俺の呪詛は届かなかったようだ。
顔には出さないが俺は絶望していた。
「そうしな。ジローの顔を見なよ、喜んでるよ」
「あんた本当に俺の母親か?」
「…………」
「ぶぇっ!!」
すぐ叩く!!
ただの息子の俺に選択肢は無く。
久々の我が家の中ですら、俺は監視されることとなったようだ。
はぁ~あ…………
――――――――――
「ねえ、俺の部屋は?」
二階の俺が使っていたはずの部屋は、何やら物が沢山入っていた。
それはまるで倉庫みたいで……。
「もう無いよ。倉庫にした」
倉庫だった。
「片付けるの下手かよ、物を押し込むしか脳がないんだから」
「…………」
「ぶぇっ!!」
「そういうあんたは出来るようになったの?」
俺は思い出す。
焼け落ちる前の俺の部屋を。
「モチロンサ」
「嘘だね」
「失礼な!!」
当たってるだけに、即否定されたのがとても悔しい。
「さて、今日は何作ろうかね……」
買ってきた物を冷蔵庫に入れて、中身を見つめて首を捻る。
俺は食べる専門なので口を出す権利はない。
「わ、私……手伝います」
「あらまあ!」
現実にそんなセリフ言う人いるんだ。
「こんな優しい子が子供に欲しかったわ~」
俺を見ながら言うな。
刺すような視線を避けるため、机の上にあったパンフレットを手に取る。
海外の新婚旅行プランという見出しのチラシだった。
……新婚旅行?
「……そうだ! のどかちゃんジローと結婚しちゃえば!?」
「えっ……!」
「何言ってんだババア!!」
言ってすぐ、俺は部屋の端まで逃げる。
母さんは瞬歩もかくやと言った足運びで俺が立っていたところに立っていた。危ねえ……。
「何いってんだよ母さん!!」
バアン!! とけたたましく扉が開かれる。
そこにいたのは、野球のユニフォームに身を包んだ坊主頭。
「何でいんだよ!?」
坊主の少年が俺を睨みながら言う。
「何でいるの!?」
同じセリフなのにまったく感情が異なる言葉を、少年はのどかに発した。
「のどかちゃんの御両親今日遅いから、晩ごはん一緒に食べないって誘ったのよ」
「そうなんだ……」
「久しぶり……だね、ノボルくん」
「う、うん……のどか姉」
顔を赤くする少年。ほう、初い奴よのう。
しかし一転、俺には殺すかのような目つきで睨みつける野球少年。
俺は照れたような演技をして言った。
「久しぶり……だね、ノボルくん」
「キッモ、話しかけんな殺すぞ」
この愛情溢れる言葉で出迎えてくれた野球少年は、俺の弟である昼河 昇である。
「我が弟は、兄……つまり俺のことを家族以上に愛してくれている」
「勝手な事言ってんじゃねえぞクソ兄貴」
……とまあ、俺は蛇蝎の如く嫌われているというわけだ。
何故か? 話すと長くなるが……。
「俺の所為で友達が出来なかったのを恨んでるんだよな!」
「喋んな」
愛が抑えきれないが故にこれ以上言葉を交わしたくないようだ。
町内での評価は『ジローの弟』だった。
両親は『鬼を生んだ可哀想な親』という目で同情的な扱いを受けていたが。
ノボルに関してはそうはならなかった。
勿論周囲の大人は同情的な視線をノボルに送ってはいたが、助けの手を差し伸べることはなく。
弟に接する、それは間接的とは言え俺と関係を持つこと。周囲の子どもたちはそう判断した。
なので、ノボルも子供の頃から友達がおらず、とても苦労していた。
唯一違いがあるとすれば、先程から述べている通り、ノボルは野球のユニフォームに身を包んでいる。
チームメイトだけは、俺という存在を無視してノボル個人に付き合ってくれているようだ。
とてもありがたい。俺のせいで弟が不幸になるのはやはり耐え難いものがあるからな。
とはいえ、子供の頃にノボルが不利益を被ったのは間違えようのない事実。そのことから俺は弟に嫌われている。
まあ、しょうがないと受け入れるしかない。
「あんたドロドロじゃない! 早くお風呂に入っちゃいなさい!」
「あー、うん」
「のどかちゃんも一緒に入ってく?」
いつまでも子供扱いである。
もうそんな年じゃないだろうに。
「え、いや……私は……」
「母さん!!」
二人共顔を真っ赤にしている。閉塞的な田舎と来れば恋愛に奥手なやつばかりよのう。
「なら兄ちゃんと入るか!」
「肥溜めに浸かった方がマシだ」
そこまで言う? ちょっと傷付く。
「なら、のどかが俺と入るか」
「え……………………」
フリーズ!
そう! こんな可愛らしい反応が欲しかった!
「っの……クソ兄貴が!!」
「お前何処から出したそのバット!?」
振りかぶって襲ってくる俺の血の繋がった兄弟。
怪我をして逃げづらい俺に対して容赦なく振り下ろしてくる。
「え……えっと……」
その様を見てオロオロするだけののどか。
「まったく、騒がしいね」
何処か嬉しそうな母さんだった。
っていうか助けて!?
「死ねー!!」
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