失恋と鬼っ子と目隠れっ娘
始発に揺られ数時間。
何度も寝たり起きたり船を漕ぎながら、目的地の地元へ到着。
慣れた手つきで松葉杖を使いながら、駅のホームへと降り立つ。
一年とちょっという短い期間だが、何処か懐かしさを感じる空気。
改札を出て、駅前へ。
言うほど田舎ではない、たぶん。……たぶん。
地元民としての主観は多々あると思うが、上京先よりもほんの少し寂れている程度だ。
周辺住民との触れ合いすら希薄な上京先に比べて、ここは名前を出せば家を教えてくれるほどの密接っぷり。
誰が結婚した、誰が離婚した、誰が死んだとか生まれたとか、一日と経たず全てが筒抜けになるこの街では、誰も隠し事は出来ない。
…………あれ、田舎かここ。まあいいや。
車通りも少ない道を歩いて行く。出たのは深夜のことだったので、連絡は何も出来ていない。
ついでに言うなら着替えもない。どうしようかな……。
まあ実家に帰ればどうとでもなるだろう、と楽観的に考えた後に俺は家へと向かって歩き出す。
そして、十数分歩いた後。
「………………」
前方に第一村人発見!!
とは言っても何処か見覚えるのあるお爺さん。たぶん会ったことあるはず。
ということは、だ。
「…………?」
お爺さんが俺に気付いた。
「…………!」
俺を見て目を丸くした。そして地面にへたり込んだ。
「あ、あわわわわわ……!」
腰を抜かしてガクガクと震え出し、その姿は殺人鬼を見たよう。
体を正反対に方向転換し、這々の体で逃げ出そうとしている。
「鬼っ子じゃああああ!! ひ、昼河のところの鬼っ子が帰ってきたぁぁぁあああっ!!」
なんて叫びながら。
……これが、俺の住んでる街の実情だ。
生まれつき顔付きが悪かった俺は、実家の周囲の人間からそれはもう嫌われていた。
鬼っ子、忌み子、悪魔、エトセトラエトセトラ。
俺の悪口だけで一冊の辞典が作れるんじゃないかと自惚れる程度にはバリエーションに富んだ罵詈雑言を幼少の頃から言われ続けていた。
そんな、良い印象がない地元に帰ってきたわけだ。
友達? もちろんいない。
唯一の理解者は両親のみ。
後は…………まあ、まだ嫌われたままだろう。
俺が過去に思いを馳せていると、お爺さんはいつの間にかいなくなっており、全ての家の窓やカーテンは閉められた。
「……………………はあ」
ため息が漏れる。
わかっていた事とはいえ、何も変わっていないとそれはそれで傷付く。
まあいいか、雫さんのほとぼりが冷めるまで引きこもらせてもらおうっと。
カツン、カツン。
車の音すら無くなった周囲は、俺の松葉杖の音だけが響き渡る。
人通りすらなく、この街には俺しか住んでいないのかと錯覚させるほどだ。
「…………」
カツン、カツン。
無機質な音が響き、俺は感情に蓋をして一歩一歩前へと進む。
家に戻ってさえしまえば、暖かく迎えてくれる両親がいる。
それまでの我慢だと自分に言い聞かせて。
カツン、カツン。コツ。
目の前で自分が出している音とは別の音。
視線を上げる。そこには女の子が一人。
ダークブラウンのミディアムボブ。目が隠れるほどの前髪で存在感を希薄にさせている少女は、俺が良く知っている子だった。
「………………」
渡辺 のどか。俺と同じ小学校、中学校、高校。
元々人口が少ないとはいえ、その間ずーっと同じクラス。
言ってしまえば腐れ縁で…………そして、幼馴染。更に言えば、俺の監視役でもあった。
気が付けば、いつも俺の後ろに立っていた。
今回ばかりは目の前から現れたが。
「…………もう? 情報伝達能力早すぎない? 何処かのスパイ映画もびっくりだよ」
彼女は何も言わない。いつもそうだった。
文句を言っても、なじっても。
監視役に徹した彼女がいつも不気味で、いつも逃げ出していた。
しかし何故か、いつの間にか無言で背後に立っていた。
その度に俺は悲鳴を上げたものだ。
「もう監視が始まったのかあ……。死刑囚だってもう少し緩い監視だと思うけどなあ」
「………………」
やはり何も言わない。
しかし何故か前髪の奥の目は丸く見開いていた。
いつも目を伏せていた彼女からすれば、驚くべき感情表現だ。
「驚いてる隙に…………ダッシュ!!」
走り去ろうとする振りをする。のどかは慌てて追いかけようとするが。
「なんてウッソー。足怪我してるから走れませーん」
監視されているなんて気分の良いものじゃない。
だからせめて、からかうことで意趣返しをしようと思ったわけだが。
効果は抜群だ!
「でもこのギプス実は偽物なんだよね」
「…………?」
「だから走れるんだ……こんな風に!」
「…………っ」
「ウッソー、本物です~」
どうしよう、ちょっと楽しい。
なんで地元にいた時には出来なかったんだろうなこれが。
まあ、鬱憤晴らしは終わった。さっさと家に帰ろう。
家に帰ればこの監視の目からは逃れられるのだから。
「…………だい、じょうぶ?」
足早に進もうとしたその時、後ろから消え入るような声。
……今の、のどかか?
思わず振り返ると、心配そうに上目遣いをするのどかが目に入った。
「……怪我、大丈夫?」
想像していたよりも可愛らしい声だった。
「…………お前、喋れたのか……!」
何年も背後にいたけど、声を聞いたのは初めての事。
てっきり喋れないのか、喋ったら呪いが発動する類のものかと思っていたが。
「………………」
のどかはまた何も言わなくなった。
「あ、ああ……もうほとんど治り掛けてるよ」
「………………よかった」
「……良いのか? 監視する対象が完治したら逃げられるぞ?」
「大丈夫……ジローくんのことは、見つけられるから」
……会話してる…………!!
普通のことなのに感激している俺。
だから、ちょっとストーカー気質なセリフを聞き逃してしまったのか。
それとも二夕見さんで麻痺してしまったのかは定かではない。
「……ちょっと、明るくなった、ね」
「っ!?」
のどかから話しかけてきた!?
しかし、明るくなった、か。
「あっちでは友達が出来たからかな」
あと彼女も。
「…………そっか」
感情は読めない。
地元にずっといた頃よりかは、確かに明るくなっただろう。
時間が俺を変えたのだとしたら、のどかのことも変えたのかもしれない。
だからこそ、こうして自分から話しかけてくるようになったのかも。
「そっちも、成人してまで俺の傍にいなきゃいけないとか、大変だよなぁ」
というか、この年齢まで監視してて特に何も無かったのなら、監視を解いてもよくない?
なんでいつまでも監視してるんだろう。
「……好きでいるだけだから、大丈夫」
「物好きなやつ……」
監視役を喜んで引き受けるとか。
……ハッ!? スパイ映画でも見たとか!?
「…………っ!!」
「……っ!!」
映画を布教するマンとなった俺は勢いよく振り返ると、驚いて怯えきった幼女のような成人女性を目にした。
「………………」
……やめとこ。怯える姿を見て急速に冷めた感じがした。
どうせ怪我が治ってあっちに帰ったら二度と会うこともないんだ。
この街の人間と交流を深めるだけ無駄だ。
それからは無言で俺の家まで歩く。のどかも何も言わなかった。
会話の無くなった道中は、あっという間に終わりを告げた。
家に辿り着き、ちらりとのどかを見る。
黙って俺を見るだけで何も言わない。
「……じゃあ」
とりあえずそれだけ言った。監視役と言えど別れの挨拶は大事。
「…………うん、じゃあ」
のどかも同じく返してきた。
ドアノブを掴み、引っ張る。
ガチャン。
「……あり?」
もう一度。
ガチャン。
開かない。
「………………あ~」
帰るって結局言ってなかった気がする。
え……いつ帰ってくるんだろ?
時計を見ると、10時を回った頃。
最悪夕方まで待つ羽目になるだろう。
「マジか!!」
玄関先に座り込む。
しかし、この辺りで時間を潰せるところなんて……駅前の食堂くらいか?
俺が行ったところで魔除けとかいって塩撒かれそうだな。
「はあ……」
ため息を吐きながら前を見ると、まだのどかが俺を見ていた。
ビックリした。かなり。
「ずっとここにいるから監視しなくてもいいぞ」
どうせこの足と手だ、何も出来ない。
「………………」
しかしのどかは動くことなく、俺を見つめ続ける。
……まあいいか、彼女も役目を果たしてるだけだ。
玄関の前で横になる。おひさまがぽかぽかと気持ちいい。
ああ、そうだ……。あまり寝てないんだった。
気持ちいい日差しを受けながら、俺はそのまま眠りについた。




