失恋と寒空の交番
店仕舞も終わり、お風呂でゆっくり疲れも取った。
何度か寝そうになったけれど、頑張って堪えた。私偉い。
お風呂を出てから髪の毛を乾かしがてら、講義の復習とコーヒーの淹れ方の勉強。
自室に戻って、壁際のサボテンたちを眺める。水やりが必要な種類はまだ無さそう。
ベッドに腰掛け、ふうと一息。
スマホの画面を見ると、着信もメッセも何もなし。
お店が忙しくなってから、ジローさんと連絡を取る暇が無くなってしまった。
自分で毎晩電話するって言ったのにも関わらず、この体たらく。
呆れられただろうか? 呆れたに違いない。
ふう、とため息を吐く。さっきの息を吐いたのとはまったく別の種類の息。
電話をするには既に遅い時間、寝ていたら起こしてしまう。
「…………はあ」
またため息。こうやってプライベートな時間が出来たら考えるのはジローさんのことばかり。
スマホを操作して、この前言った旅行の写真を見返す。
動物園の写真や、ジローさんと二人で撮った写真。
思わず写真のジローさんを指でなぞったり…………って、何してるんだろ私。
会いたいな。話したいな。
こんなに好きになるなんて思ってなかった。
傷心の際に告白されて……一応悩んだけれど、まあいいか、って感じでOKした。
同じ振られ仲間ということもあり、傷を舐め合う仲間が欲しかったんだと思う。
なのに、今となっては私の中の大部分を占めている。
「不思議なもんだよね~……」
写真をスイスイとスライドして色んな写真を見返す。
そんな時だった。唐突にスマホが震えだす。
マナーモードにしてたんだっけ、改めて電話の主を見ると。
「え……?」
予想外の人物だった。
通話ボタンを押して、耳に当てる。
まず入ってきた声は…………泣き声だった。
「ぐすっ…………ひっ……あああぁ…………!!」
「……もしもし? どうしたんですか?」
「……遥ぁ…………あたし、あたしぃ……!」
「姫宮先生、どうしたんですか!?」
私の知ってる姫宮ヒメ…………雨宮雫さんは、強い女性だった。
男勝りで活発、時には……ううん、頻繁にジローさんを言い負かす程の豪胆。
そんな彼女が、電話口で大泣きしている。
一体何があったんだろう?
「ジローが……いなくなったぁ……!! うわあああぁぁぁぁ!!」
「え…………?」
――――――――――
通話後、すぐさまとある番号に電話を掛ける。
時刻は深夜三時。寝ないと明日の大学に支障が出るけれど……言ってる場合じゃない。
二度……三度のコール。そして、電話に出た。
『もっしー?』
底抜けに明るい声。いなくなったっていうのが嘘みたいに。
『遥? こんな夜中にどうした?』
「………………っ」
無性にムカついた。
誰にも、何にも言わずにいなくなって『どうした?』って?
それを聞きたいのはこっちだったのに。
「ジローさんっ!!! 今何してるんですか!!!」
思わず電話越しに大きく怒鳴ってしまう。お父さんお母さん、起こしたらゴメン。
『うひょー、眠気も吹き飛びそうな遥の喝。こりゃお天道様も早起きしそうだね!』
ふざけた返答。知らない人が相手なら更にイラッとするんだろうけれど。
私は知ってる、ジローさんが必要以上にふざけている時は、本当に困ってる時だということ。
困っているのを表に出さないように、茶化してやり過ごそうというのが、ジローさんのやり口だった。
「ジローさん、今何処ですか」
『んー、今かあ……数々の場所を渡り歩いたこのワタリガラスに、現在地を問うのは少々酷な話じゃないかな? GPSいる?』
「迎えに行きます」
『だから言わないんだよ』
途端にまともな口調に戻る。
『今何時だと思ってるんだ。女の子が一人で出歩いて良い時間じゃないぞ』
「怪我人が出歩いて良い時間でも無いと思いますけど」
『それはそう』
でも、たぶんだけど言う気はないのだろう。無駄に付き合いを重ねてきた訳じゃない、彼の考えることはなんとなく予想がつく。
『俺、ちょっと実家に帰るよ』
「ちょっとって……どれくらいですか?」
『……わかんない、ほとぼりが冷めるまでかな』
何も知らなければ、ほとぼりが何なのか尋ねるどころだけれど。
事のあらましは全部姫宮先生から聞いていた。
「私なら気にしませんから」
『…………気にするべきなんだよ』
そうかもしれない。
だけど、私は絶対的な自信を持って言える。
「ジローさんは絶対に私の傍から離れないって、信じてますから」
『………………』
電話越しから息を呑むような音がした。
だから私は立て続けに言葉を続ける。
「ジローさんが、どれだけ優しくても、それでも――」
『キスをしたとしても?』
…………え? キス?
姫宮先生の電話ではそんな事言ってなかった。
……もしかして、気まずくて言ってなかっただけ?
喫茶店に忙殺されてる間に、いつの間にか…………したの?
『…………ほら、今色んな感情がグルグルしてるだろ』
……してる。
キスをしたのかと考えただけで、胸の奥がカーっと熱くなったり、目の前がグルグルしたり、不意に泣きそうになったり。
そんなの、いやだ。
ジローさんは、私だけのモノなんだから。
だけど、それを口に出しては言えない。ジローさんは今まで友達がいなくて寂しい思いをしていた。
私の独占欲で、彼の悲願を邪魔しちゃいけないんだ。
『まあしてないんだけどね』
「…………もう、ジローさんっ!!」
『ははは、でも…………今持ってた感情が、遥の素なんだよ』
隠していた感情を、ジローさんが掘り起こしてくる。
それは誰にも見つけられないように必死に埋めていたのに。
『どうだった?』
「…………すごく、イヤでした」
『うん』
「ジローさんは私のモノなのに、他の人と近付くなんて」
『うん』
「他の人に抱きつかれたり、他の人の家に一緒に住んだり」
キスされそうになったり、胸を押し付けられたり。
でも、それをしていいのは……私だけなんだから。
「こんな醜い感情、見せたくありませんでした……」
『醜くなんて無いよ。それだけ俺を大事に思ってくれてる証拠なんだから』
電話の向こうからの優しい声。
その声を聞いてるだけで泣きそうになってくる。それと同時に笑みを浮かべている自分がいた。
「……だけど、皆と仲良くして欲しいっていう気持ちもあるんです」
『うん、だから……そのために実家に行くんだ』
「どういうことですか?」
『雫さんがああなったのは、たぶん近すぎた所為なんだ。だから冷却期間を置けば、きっと冷静に戻ると思う』
……それはどうだろう。
自分では自覚していないみたいだけど、ジローさんは魅力的だ。
顔が怖いというデメリットを補って余るほどに。
見た目とは裏腹な献身、ユニークな一面も持っていながら、それでいて自分の芯はきちんとある。
時間を置いたところで元に戻るとは思えないけれど……。
『だから、ちょっと実家に戻って顔を見せてくるよ。ほら、火事になって心配もかけてたし』
確かに、それは必要だと思う。
姫宮先生には悪いけど、絶好の機会だったと言うべきか。
「……わかりました」
『じゃあ、また戻る時に連絡するから……』
切ろうとする声に慌てて声を掛ける。
「待ってください! 電車も今は動いてないですよね? いったい今は何処に……!」
時刻は深夜三時。電車が動いているわけもない。
電話の向こうから『やっべ』って声がした。
「ジローさん!? ジローさん今何処…………!!」
……切れた。
どうしよう、不安だ。
大人の男性、滅多なことにはならないだろうけど、万が一ということもある。
それに怪我人、咄嗟な行動は出来ないはず。
「…………」
もう一度掛けてみるけれど、何度コール音が鳴っても出る気配はない。
もう一度。…………もう一度。ダメだ、出ない。
こんな深夜に外に出るなんて、お父さんが許さないだろう。
不安に苛まれながら、スマホを持ったままベッドに横になる。
………………。
気が付けば寝てしまっていて、午前六時にメッセが来ていた。
『交番に連れて行かれてました』
…………良くも悪くもいつも通りでちょっとだけ安心したのは、ジローさんには黙ってよっと。
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