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失恋とレイトショーin自宅


「ふわああああぁ~」


 本日何度目かのあくび。


 やはりこの状態での講義は無理があったか。


 興が乗って三部作に分かれた大長編映画を徹夜で見てしまい、このような体たらく。


 我慢をしていても、大口を開けて間抜けヅラを公開してしまうのである。


 眠気に打ち勝ち、羞恥心を少しでも振り払うために、あくびを誤魔化すように真面目な表情をしてみた。


「ヒッ……! わいら!?」


 近くにいた女性に怯えられた。なんでだ。


 次はあくびを出さないために、必死に噛みしめる。


 同じ大学の学生たちはモーゼの海のように俺の進行方向を開いてく。だからなんでだ。


「不自然な人だかりがあるかと思えば……やっぱりジローさん」


「ふぁあああるかちゃん……」


「人の名前をあくび混じりに呼ぶのやめてくれます?」


「ごめんね、眠くて眠くて……」


 殺されるぞ、なんて野次が聞こえてくる。


 ううん、薬漬けにされて売られるのよ! なんて野次も。まったく、俺を何だと思ってるんだ。


 まっすぐ歩いているつもりが、ついつい左右に蛇行してしまう。


 男女入り乱れた悲鳴があちこちで起こり、磁石の対極のように人の群れは離れて行く。


「ああ、もう……! ほら、手を貸しますから」


 フラフラな俺に手を差し伸べてくれる遥ちゃん。素直に手を貸してもらうことに。


 猛獣使いだ……! っていう言葉が聞こえてきた。


 ああ見えてマフィアの女ボスとか? 極妻よ極妻。という勝手な憶測が飛び交う。


「ジローさんが普段どういう目で見られてるのか、少し分かった気がします」


 でしょう。


 生来の顔つきでここまで悪く言われると、弁解するのも諦めたくなるというものだ。


「このまま家まで行きますよ?」


「お願いします指輪も忘れずに……」


「訳わからないこと言ってないでっ! ちょっとは自分で歩いてください……っ!!」


 半ば遥ちゃんにもたれかかるように立つ俺。


 柔らかく良い匂いが、俺の必死に堰き止めている睡魔ダムをいとも容易く破壊していく。


「ぐう」


「ダメーっ!!」


 体を預け、意識を切り取っていく。


 体は糸の切れた人形のように倒れ込み、遥ちゃんを巻き込んでいった。


 俺が最後に聞いたのは、周囲の黄色い悲鳴だった。


 ………………


 …………


 ……


「むにゃむにゃ……もう見られないよ………………はっ!?」


 パッと目が覚める。


「やっと起きました?」


 頭上から声。


 体をよじって視線を変えると、真上に遥ちゃんの顔があった。


「起きたのなら、そろそろ体を起こしてください……足が……っ」


「うわっ!? ごめん!!」


 勢いよく体を起こし、跳ねるようにソファーから立ち上がる。


 ……ん?


「ここ何処?」


「大学ですよ。歩いてる途中で寝ちゃったんです」


「そんなことある?」


「じゃあ私のスカートのシミはなんだと思ってるんですか」


「ごめんなさい」


 位置的に俺のヨダレだった。


 スマホを見ると、17時。


 既に日は沈みかけ、歩いている人もまばらである。


「あれ? 講義終わったの昼頃だったような……」


「ずっと寝てたんですよ……寝言であらすじ喋りながら」


「マジで? ゴメン!」


 なんか謝ってばっかだな今日の俺。


 遥ちゃんはカバンからウェットティッシュを取り出し、俺の残したシミを拭き取っている。


「遥ちゃんの体が気持ちよくてついつい」


「ちょ……っとっ!?」


「次からは出来るだけ徹夜するのやめとくから」


「徹夜したのは映画ですよね!? 混ぜると危険な話に聞こえてくるんでやめてくださいっ!!」


 周囲の人はざわざわ言いながら、俺たちをチラチラと見ていた。


 いかん、頭がまだハッキリ動いていない。


 でもこれだけはわかる。


「迷惑かけてごめん」


「いえ、迷惑だとは思ってませんけど……通りすがる人の視線が凄く痛かったです」


「重ねてごめん」


 両手を空へと上げて、体の筋を伸ばしていく。


「ヒッ……!? トーテムポールの擬人化……っ!?」


「意味がわからん!」


 振り返ると、この世の終わりかという叫び声を上げて女子が脱兎の如く逃げていった。


「おちおち体を伸ばすことも出来ないのか……」


「背中ですら恐怖の象徴なんですね」


「嬉しくないなあ」


 半ば諦めているので、乾いた笑いが漏れた。


 まあ、周りのことはどうでもいい。


「迷惑かけたお詫びに、晩ごはんでもどう? 奢るよ」


「いいんですか?」


「勿論。食べたいもの何でも言って…………………………辛い物以外で」


「ふふ、大丈夫ですよ。駅前の中華料理屋に行ってみたいんですが?」


「ああ、いいよ。ん…………あったっけ、そんな店」


 隣に立った遥ちゃんは、夕陽の逆光と共にイタズラっぽい笑みを見せる。


「あるんですよ。四川料理専門店なんですけどね」


「辛い店じゃん!!」


 などと、騒ぎながら大学を後にする。


 どちらともなく自然に手を繋ぎ、駅前への道に進んで行く。


 その背後。俺自身は気付いていなかったが。


 俺と遥ちゃんを見ている視線があった。


「ねえ花蓮。あれってあんたが無理やり付き合わされたって言ってた男だよね?」


「…………うん」


「顔が怖いって言ってたけど……そうでもなくない?」


「…………うん」


「むしろ、彼女に見せるあの笑顔……割とアリなんだけど」


「…………」



――――――――――



 数日後。


「むにゃむにゃ……もう見られないよ……」


 電気は点き、テレビも点いた部屋で大の字になって眠る俺。


 呼び鈴が鳴る。


「学校に入るなら……魔法使えるところがいいなあ……むにゃ」


 二度目の呼び鈴。


「う、ううん……?」


 三度目の呼び鈴。


 続いてドアを叩く音もプラスされた。


「は、はあい……?」


 もぞもぞと起き上がり玄関へと向かう。


「どちら様でしょう……?」


「遥です。朝野遥」


「遥ちゃん……? ちょっと待ってね」


 ドアチェーンを外し、鍵を開ける。


 ドアを開くと眩しい日差しと共に、マイカノジョが現れた。


「まだ寝てたんですか?」


「……今、何時?」


「もう12時です。お昼ですよ」


「今日、なんかあったっけ……?」


 あくびと共に後頭部を掻きながら中に招き入れる。


 お邪魔します、と礼儀正しく言った後、部屋の中を見渡す。


 その表情は何故か嬉々としていた。


 いつものようにテーブルの近くで腰掛ける遥ちゃんを見た後、顔を洗い始める。


 ささっと流し、歯磨き。


「また映画見て徹夜でもしたんですか?」


「ふぉまらまふふぇ」


「ちゃんとペッてしてから言ってください」


 怒られた。


 急いで磨き終わり、うがいを一回。……で終わらせようとしたら、二回はしろと言われた。二回した。


「止まらなくてね」


「昼夜逆転の生活になっちゃいますよ?」


「今日は夕方からバイトだし、あまり早く起きると仕事中眠くなるから……」


 ふと足元を見ると。スーパーで買ってきたであろう買い物袋が置かれている。


 中には食材が入っていた。


「じゃあ……晩御飯は用意しない方がいいですか?」


「いや、起きたばっかなのに腹ペコだから、今からでも食べられるくらいだ!」


 昨日の夜から何も食べていないし、腹の虫が今にも騒ぎ出しそう。


 遥ちゃんは笑顔を見せて、立ち上がる。


「じゃあ、ささっと用意しちゃいますね」


「ああ、ありがとう」


 何一つ無かった俺の家のキッチンは、遥ちゃんが度々料理してくれる影響でキッチン用品が日に日に増えてきていた。


 豊富な道具を前にして、俺も一度は自炊に挑戦してみた。が、すぐに後悔。


 慣れないことはするもんじゃない、という先人の言葉を胸に噛みしめる結果で終わることとなった。


 ふと遥ちゃんが座っていた床を見る。


 散乱していた物は全てまとめられ、脱ぎ捨てた服はいつの間にか畳まれていた。


「ごめんな、いつもいつも……」


 と、毎度のごとく言うが。


「好きでやってることですから」


 と、毎度のごとく返ってくるのであった。


 だから謝罪ではなく、感謝の言葉を。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 食事後、見た映画の話や雑談に花を咲かせていると、そろそろ出ないといけない時間。


「もう行きますか?」


「うん、そろそろ行こう」


 揃って家を出て、バイト先であるコンビニへと向かう。


 徒歩十分程度の近場。選んだ理由は家から近いから。


 遥ちゃんと話しているとあっという間に到着。


「じゃあ、行ってくるね」


「頑張ってくださいね」


 踵を返して店内に入ろうとした、その時だった。


「せんぱーーーーーい!! おはようございます!!」


「ヴッ!!」


 横から全速力のタックルを脇腹にかまされた。


 受け身も取れずに、弾丸のごとく突っ込んできた人物と共に転がってもんどり打つ。


「じ、ジローさんっ!?」


「いってえ…………!」


 上半身を起こして、腰にまとわりついた突撃してきた人物を見やる。


 そこには、天真爛漫に笑う少女の姿があった。

読んでいただきありがとうございます。


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