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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と過保護な雫


 雫さんの過保護は続く。


「ジロー、朝だぞ」


 スマホのアラームが鳴る前に起こされる。


 今までの雫さんならアラームがうるせえと文句を言ってきただろうが。


 今の彼女は優しく揺らして起こしてくる。


 心地よい揺れである。


「ぐう」


 余計寝入ってしまいそうなほど。


「ったく、しょうがねえな……」


 遠ざかって行く気配。


 よし、これで二度寝が出来る。


 惰眠を貪るため、俺は布団の快楽へと身を投げ出していく。


 ………………。


 なんか良い匂いがする。


 食べ物の匂いだ。


「………………」


 匂いで眠れなくなってしまった。


 ゆっくりと体を起こしていると、バタバタとスリッパで走る荒い足音が。


「起きるなら呼べよ」


 背中を支えてくれる。


「おはようございます……」


「はいおはよう。顔洗いに行くぞ、もうすぐ出来るから」


 寝惚けた頭でフラフラと洗面所まで向かう。


 蛇口を出し、左手で顔を洗う。


 左手の手のひらを差し出すと、手のひらに洗顔料を出してもらう。


 それを顔で伸ばし、水で洗い流す。


 終わると同時に横からふわふわのタオルが伸びてくる。


 顔を拭かれ、続いて歯磨き。既に用意されていた。


 ブラシの上に歯磨き粉が塗られており、用意周到である。


 歯磨きを始めたら雫さんは背を向けて、料理の続き。


 最初は歯磨きすらやろうとしてきたんだよなあ……。


 一人で出来そうなことはひたすら拒否してきた。


 じゃないとダメ人間になってしまいそうだ。


 というか既になりつつある気がする。


 雫さんの介護も慣れてきて手際がどんどんとよくなり、かくいう俺もされることへの抵抗感が無くなってきた。


 このままではいけない気もするが、この怠惰なぬるま湯が俺を離さない。


 ………………まあ、完治したらやめるし。ホントだよ?


 と、誰に対してかわからない言い訳をしながら、手厚い看護を享受していたのだった。


「出来たぞジロー」


 一口大に切られた食パン、レタスにトマト。そして半分に切られたウィンナー。


 とても美味そうである。


「いただきます」


 食パンをひとつ摘んで口に放り込む。


 サクサクの食感と染み込んたバターの香りが、置きたばかりの胃袋を刺激する。


「美味い」


「当たり前だっての」


 そう言いながらもにやけている雫さんであった。


「…………っていうか、料理出来ないんじゃありませんでしたっけ?」


 映画を見に来た時は一度も使われた形跡がなく、カップ麺が高く積み上げられていた記憶があるが。


 俺の介護をしながら料理する手際。出来ない人間に出来ることではないと思うのだけれども。


「出来ないんじゃない、しないんだよ」


 出来ない人の言い訳みたいなことを言い始めた。


 とはいっても、雫さんが料理が出来る人というのはこれまでの料理が証明しているが。


「一人だと仕事ばっかで、料理をする暇があるなら一文字でも増やしていくっていう生活だったからな」


 売れっ子も大変だ。メシスタントを雇えばいいのに。


 俺? 俺は右手が完治したとしてもカップ麺程度しか作れない。


「でも昼飯も夕飯もホントに美味いですよ。毎日食べたいくらいだ」


 とはいえ、毎日そんなことをしていたら執筆活動が追いつかないだろうし、現実的な話ではないだろうが。


 そんな事を考えながら左手でフォークを扱いサラダを口にいれる。


 レタスの向こう側では雫さんが何やらにまにましていた。


「ま……暇だったらな」


 とか言いながら。


 基本的には暇じゃない人だし、本当に気まぐれに料理する形になるだろうな。


 それでもうまいものが食べられるならそれに越したことはない。


「ってか、時間いいのか?」


「……あ、そろそろ行かないと」


 講義に遅れる。


「なあ、本当に大丈夫なのか? ついていかなくていいか? 休んでもよくないか?」


「大丈夫ですって、左手で書く練習をしてきたんですから」


 ミミズが走ったような字からは逃げられなかったが、辛うじて読めるようにはなってきた。


「その後バイトだろ……? あたし変わろうか?」


「無理でしょ」


 コンビニバイトといっても業務内容は多岐に渡る。


 詳細は割愛するが、経験もない人がピンチヒッターにいったところで迷惑になるだけだろう。


「大丈夫ですって。過保護だなあ」


 怪我以来、ずっと俺の傍にいる気がする。


 最近パソコンに向かい合ってる姿を見ていないが、仕事の方は大丈夫なのだろうか。


「過保護にもなるさ、心配だから」


 そう言って俺の袖を引く姿は、まるで女性のようで。


 いや、元々女性なんだけど。なんというか……そう。


 いつもよりも女性っぽく見えた。


 口に出したら殴られそうだから言わないが。


「こう見えて成人男性なんですから、過度な心配は無用です」


 でも、と言いながら口をもごもごする雫さん。


 しかし、時間も既にマズい時間に近付きつつある。


「行ってきます」


「……行ってらっしゃい」


 心配そうに見送る雫さんに後ろ髪を引かれる思い。


 とは言え、甘えてばかりもいられない。


 空いた左手で頬をピシャリと叩き、切り替える。


 よし、行くか。



――――――――――



 いつもは怯えられる視線が集中しているのが基本だったが。


 今日は驚きの視線の方が多かったなあ。


 右手と右足にギプス、左には松葉杖。


 講義の最中も何度松葉杖を倒して中断させてしまったか。


 印象は恐らく最悪になってるだろう。これはレポートで取り返さなくては。


「昼河…………ジローくん!?」


 聞き慣れた声、振り返ると。


「二夕見さん」


 いけね、名前で呼ぶように強制させられたんだっけ。


 だが呼び方に気付かないほど、驚いた表情で俺を見る。


「どうしたのその怪我!?」


「おばさまが10匹合体してキングおばさまになった相手とぶつかり稽古をちょっとね」


「何言ってるの!?」


 何言ってるんだろう。


 詳細を話すのが面倒……というより、詳しく話すと俺の情けなさが際立つので割愛させてもらおう。


「痛くないの……?」


「うん、もう大丈夫」


 たまにギプスの中で動かしてしまった時は痛みが走るが。


 動かさずに日常生活をする分には痛みはない。


「なんか困ったことがあったら言ってね」


「さしあたってはひとつ」


 このレポートを書くのを手伝って欲しい。


 そう言おうと思っていたのだが。


「任せて」


 俺から何を聞くまでもなく快諾した二夕見さんは、何処かへと立ち去っていった。


 え、何処行くんだ? 俺のレポート手伝ってくれないの?


 戻ってきたのは約20分後。


 俺の眼下の紙面にはミミズが大量に走っている。


 時間が経てば経つほど、なんて書いたかわからなくなってきた。


「ジローくん、もう大丈夫だよ」


「何が?」


「今日の単位」


「何で?」


「話してきたから」


「何を?」


 にっこり笑うだけで何も言わない二夕見さんだった。


 あな恐ろしや……っ!



――――――――――



 そして次はバイトである。


 怪我をしていても出来るだけ日常生活に身をおきておきたい俺は、休むように店長に言われたが無理をして働きにきた。


 とはいえこの腕ではレジ打ちは出来ないため、品出しや掃除が主な俺の業務である。


「せ……先輩!?」


「おうひなた。おはようございます」


 会った時の挨拶はしっかりと。仕事中ならなおさら。


「お……おはようございます。その怪我どうしたんですか!?」


「強おばさまと強おばさまを配合させたら最強おばさまになってな。対戦してきた」


「私も参加したいです!!」


 そうはならんだろう。


 流石に俺の後輩、言うことが斜め上だった。


「というわけで、痛みはないんだがずっと休んでるわけにもいかないからな。無理を言って働かせてもらってる」


「……大丈夫なんですか?」


 問題ない、と頷いて答える。


 心配そうな視線を尻目に、俺は俺が出来ることを始めて行くとしよう。


 ………………


 …………


 ……


 数時間後、バイト終了。


「先輩! 送って行きますよ!」


 俺の怪我を鑑みてか、今日は一度もスキンシップが無かったひなた。


 今も心配してくれているのだろう、だが。


「もう夜も遅いし、帰った方がいいぞ」


「でも」


 俺もこの体たらく、ひなたを家まで送るボディーガードの役目は果たせないだろう。


 出来るだけ早く帰った方が安全と言える。


「ジロー」


 と、その時だった。


 敷地外から歩いてくるのは、いつものジャージ姿。


 赤い眼鏡をして長い髪はそのままに。


「雫さん?」


「迎えに来た」


 過保護にも程がある!


「え、姫宮先生?」


 予想外な人物に、ひなたは目を丸くする。


 そんなひなたを置いて、雫さんは肩を貸そうと俺の隣にやってくる。


「さ、帰るぞ。今日の夕飯はハンバーグだ」


「やったぁ! ハンバーグだぁ! ってますます母親っぽいこと言うのやめてもらえません?」


「え、ちょ……」


 置いてけぼりである。俺はチラチラと後ろを振り返り、ひなたの顔を見る。


 雫さんも一度止まり、ひなたの方を見てこう言った。


「じゃあな、気をつけて帰れよ」


「なぁ…………っ!?」


 その時のひなたの呆然とした顔は、一週間くらい忘れられないだろう。

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