失恋とラブリーナース☆雫ちゃん
「おいジロー、口開けろ」
「んあ」
雫さんの扱う箸先が、俺の口内に侵入する。
箸で半分に切られた餃子。自作なのだろうか、餃子のタレが俺にも辛くない程度にピリリと辛味が走る。
「ああ、これ山椒タレだよ。作ってみた」
タレの味が混ざり合い見事なハーモニーを醸し出すことで、俺の口内は万歳三唱である。
山椒だけにってかガハハ。
…………言ってる場合か。
どうして、俺は今雫さんに手ずから食べさせてもらっているのか。
それを説明するには数日前に戻らなければならない。
というわけで、回想入ります。
うん、餃子うンまい。これ八宝菜? ウマァイ!
あれ? まだ入ってなかった? では改めて、どうぞ。
………………
…………
……
「折れてたあ!?」
俺の右手と右足を交互に見比べる雫さん。
右手と右足、両方にギプスが施され固定されていた。
ついでに言うなら左手には松葉杖を持っている。
おばさまの肉厚な突撃を受けた俺は転んでしまい、右足で踏ん張ったがその際に足首に激痛が走った。
その右足を庇うように右手を使って、背中をしたたかに打つのを避けたのだが。
右手首にも激痛。痛みが引かなかった俺は診断を受けると両方骨折していたとの結果だった。
「……え……っと、あたしの所為、だよな……」
「いやいや。俺が勝手にしたことですから」
雫さんが食べたがっていたチーズケーキ。
日頃の恩返しにと頑張って買った結果がこれである。
「………………」
いかん、見たことないくらいしょげている。
普段が割とガサツで暴力的で女らしさがないとはいえ、こうもしおらしくなると気まずいことこの上ない。
中は繊細なのだろう、たぶん……きっと……恐らく。
「……よし、決めた」
しょげた顔から一変、瞳に決意を宿した彼女はキリッとした顔付きで俺を見た。
なんか嫌な予感がする。
「治るまで、あたしが世話してやる」
「え」
ほら、的中した。
というか普段の日常生活には支障がないはずだ。
松葉杖をつけば歩くことだって出来るし、なんなら着替えだって出来る。
食事時が……利き手を負傷してるからちょっと不便かもしれないけど……それでもスプーンやフォークを左手で使えば代用できるはず。
風呂は、ギプスを付けてる間は濡らすなって言われたから、そこだけビニールで巻けばいい。
ほら、いけるいける。
俺は身振りを加えつつこんこんと説明するが。
「任せろ」
聞いちゃいねえ。
「……ほら! 俺は遥に頼めばいいし!」
彼女相手だったら別に恥ずかしいこともないし、後ろめたいこともない。
そうだそうだ、そうしよう。これで万事解決なのだ。
………………。
『ごめんなさいジローさん、最近お店が忙しくて中々行けそうになくて……』
オウ、マイ、ゴッド。
この分では骨折したことは伝えない方が良さそうだ。
無理をして来る可能性がある。遥にそんな負担は強いたくはない。
「……な?」
何が『な?』なのか。なんで勝ち誇ったような顔してるんだこの人。
「まあ、あたしに任せろ。あたしが原因で作ったその怪我、きっちり治るまで面倒見てやるからよ」
言ってることがいちいちヤンキーっぽいんだよなあ。
しかし何故か上機嫌の雫さんにそんな口を挟む暇はなく。
「このラブリーナース☆雫ちゃんにお任せあれってな!」
………………。
「言ってて恥ずかしくないですか?」
「恥ずかしい」
「酔ってんですか?」
「今日はまだ飲んでない。なんかテンション上がって言っちまった」
さすが俺の友人。変な所でブレーキが効かないようだ。
変人の友は変人ってな。
自傷ダメージが些か大きいオチだった。
――――――――――
……というわけで、それからというもの甲斐甲斐しく介護されている俺である。
「ジロー、着替えるぞ」
今の俺にプライベートスペースは存在しない。
衝立で区切られたプライベート空間は取っ払われ、いつでも雫さんが見られるようになっていた。
「いや、だから着替えくらい一人で出来ますって」
「うるせ、いいから着替えるぞ」
「でも、今日何処も行きませんけど」
「二日続けて同じ寝間着を着てんじゃねえよ」
ずっと同じジャージ着てる人に言われたくない。
我が家のラブリーナースはジャージ姿だった。
非協力的な俺に痺れを切らしたのか、雫さんは俺の服の裾を握る。
「はいばんざーい」
「いやあああああああ!!」
甲高い、絹をも切り裂かない男の悲鳴。
抵抗虚しく俺は上裸にされてしまう。
「……へえ」
そんな俺を見て、何故か感慨深げに息を吐く雫さん。
寒いし恥ずかしいしやめてほしいんだが。
「あんまり肉ついてないんだな」
「元々つきにくい体質なんですかね」
頭を叩かれる。なんで?
そして新しい長袖シャツを首に通される。
「ほい左手」
抗ってもしょうがない、言われるがまま左手を袖に通す。
となれば次は右手。左手とは違って繊細で優しい手つきだった。
ガサツと思われていた彼女にこんな一面があるとは。
「…………なんだよ」
じっと見ていたらしく、少し照れたように顔を背けながら袖を通してくれる。
「雫さんも女性だったんだなって」
「殴っていいか?」
「ダメです」
頭を叩かれた。ダメって言ったのに!!
「じゃあ次は下だな」
はい? 下もやるつもりなのか?
「いやいやいやいや! 下は一人で出来ますから!」
「うっせ、いいから脱げ」
「いやあああああエッチ!!」
シャツと違って引っ張るだけでいとも簡単に脱げてしまう悲しみのスウェット。
まさかのパンツ一丁にされてしまう。
「お前は、なんか男って感じがしないんだよ」
「女に見えますかこれが」
「バカ、そうじゃねえよ。弟っていうか、身内感が強いんだよ」
そうだろうか?
そんなワケ無いだろう。知り合ったの割と最近だぞ。
生き別れの姉? 俺の両親にそんな裏設定あんの? 設定資料集何処かに売ってる?
「まあ、だから恥ずかしがるだけ無駄だ。別に裸を見ようってわけじゃねえんだし」
当たり前だ。見られてたまるか。
しかし。しかしだ。
――その日の夜のことを、考えていない俺だった。
――――――――――
「ジロー、風呂どうする?」
「………………まさかとは思いますけど、風呂にまでついてこようって思ってませんよね」
「………………」
なんか言え。
その手に持ってるのは俺の着替えとバスタオルか?
遠くから聞こえるのはお湯を張ってる音か?
どうする、とか言いつつも既に確定しているのではなかろうか。
「さ、行くぞ」
「やっぱり!!」
オフロガ、ワキマシタ。
そんな機械音声が聞こえてきた。やっぱもう湯を張ってた!!
「大丈夫だって、恥ずかしくない恥ずかしくない」
「恥ずかしいわ! バカかアンタ!」
「なんなら目隠しするか? ジローが」
「なんで俺! するなら俺の裸を見る雫さんでしょうが!」
「コケたら危ないだろうが!!」
ド正論。
いやそういうことじゃなくて。
「きょ……今日は拭くだけにしておきます! まだ初日だし!」
「でも、せっかく湯を……」
「気持ちはありがたいんですけど、今日……今日だけは、やめときます!」
「……そうか?」
残念そう。客観的に見れば俺の裸を見たい変態に見えてしまうが、大丈夫か?
俺の着替えとバスタオルを置いて、少し背中を丸めて風呂場に行く。
チクリと罪悪感を………………感じるわけない。裸を見られなくてホッとしてる。
そのまま風呂場へ姿を消した雫さん。俺は大きく息を吐いた。
一体あの人の羞恥心は何処に消えたんだ……。
とりあえず、一難は去った。
雫さんが風呂から出てから、体を拭くとしよう。
ところで、こんな言葉知っているだろうか?
一難去ったらまた一難。
――と、その時だった。
雫さんが帰ってきた。忘れ物かな?
いや。
手に何か持っていた。あれは……タオル?
湯気が立っている。
「……まさか」
「蒸しタオル持ってきてやったぞ。脱げ」
「いやああああああああああああああ!!」
な?
一難は去ったらまた一難が来るんだよ。
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