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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と限定販売、それは体を張る価値があるもの


『期間限定で売られているこちらのチーズケーキ! 毎日限定30食だそうなんですが、見てください。開店から数分でこの列を!』


 リポーターが五指で差した方向にはなるほど、確かに長蛇の列が。


『毎日並ばれているそうで、今日! 今日ようやく買えそうだという方もいらっしゃるみたいですね!』


 へえ、頑張るなあ。そんなに何日も挑戦するほど美味しいんだろうか。


『み……見てください、あそこには列から漏れた女性が泣いています……が、流石に話を聞くのはやめておこうと思います……!』


 そんなに!?


 泣くほど美味いの!?


『え? 話を聞いてみて? いや、それはちょっと……、え?』


 スタジオに繋がっているであろうイヤホンを付けた耳を抑え、聞き取りにくそうに顔をしかめるリポーター。


『なんなら、私のポケットマネーから買ってやればいい……って、はあ!? なんであたしがそんなことを!』


 おいおい、なんか不穏な話になってきたな。


『はいもう返しまーす、スタジオに返しまーす』


 イヤホンをもぎ取るように耳から外し、場面は暗転。


 暗転したのは一瞬だけで、何事もなかったかのようにスタジオに戻った。


「いいなあ……」


 ぽそりと聞こえた声。


 振り返ると、手を止めた雫さんと目が合った。


「リポーターになりたいんですか?」


「は? 違うわ、あのチーズケーキ美味しそうだなって思っただけだよ」


 限定30食。


 人は限定という言葉に弱い。しかもあらかじめ数が提示されていると余計に気になるというもの。


 心理作戦に基づいた賢しい販売戦略である。


 大半の人はそれに気付いているだろう、だというのにも関わらず人が押し寄せるのは何故か?


 わかっていつつも『限定』という言葉に弱いのだ。


「あの百貨店、すぐ近くですよね」


 確か隣の駅だったはず。


「つっても、買いに行けるわけないわな。世のおばさまたちには敵わないってこった」


「…………ふむ」


 これは恩返しのチャンスなのだろうか。



――――――――――



 ということで翌日。


 俺は早めに家を出て隣の駅にまでやってきた。


 見上げると、首が痛くなるほどの高さを誇る百貨店。


 開店30分前だというにも関わらず、扉の前には人がひしめいていた。


 これ……全員がチーズケーキを求めてたりするのか?


 俺に勝ち目はあるのだろうか。


 押し合いへし合い、俺は少し離れたところから開店を待つ。


 そうして開店時間が近付き、店員が扉を開いた。


 見事なスタートダッシュを決めて軽やかなダッシュを見せるおばさまがた。


 あの豊満な肉体から一体どうやってそんな機動力を!?


「…………はっ!?」


 言ってる場合じゃねえ! 早く行かないと!


 …………って。


 チーズケーキ売ってる場所って何処だ!?


 たぶん、地下。


 ああいった食べ物関係は地下だと相場が決まっている。


 とりあえず地下……地下……。


 地下ってどうやって行くんだ?


 見れば隣に地下へのエスカレーターがあった。


 あれだけいた人の群れはもはやまばら。


 完全に出遅れた俺は地下へと向かう。だが、ここで俺はまたしても見落としがあった。


 場所を知らない。何処で売られているのだろうか。


 ニュースの記事を見て、店の名前を確認。そして地下のマップを確認して店の名前を探すが…………ない。


 ない? そんなバカな。


 あ、これか。イベント会場。


 手遅れだと確信している俺はてくてくとのんびり店の場所まで歩いて行く。


 そこは既に列を作っており、店員の一人が立て札を高く掲げていた。


『チーズケーキ本日分売り切れ』


 やっぱりな。


 列をチラリと見てみると、おばさまたちが俺に向かって不敵に笑っていた。


 …………チクショウ!!


 次だ! 次こそリベンジしてやる!!


 そうと決まれば、開いてからの道のシミュレートだ!


 入口からエスカレーター。そして販売スペース。


 何度も何度も歩いて脳内でイメージする。


 よし……明日こそ…………!


 明日は大学だから…………明後日こそ!


 ………………


 …………


 ……


 そして二日後。決戦の時は来た。


 二日前と変わらない顔ぶれ。


 あんた達買えたんだからもう良いだろ!? なんて理屈は通じるわけもなく。


 おばさま方の押しくら饅頭の中に身を投じる。うーん、熱っぽくて柔っこい。


 天然の水蒸気発生装置がここにはあった。


 そして開店。


 ドドド……という足音がビル中を響かせる。


 その塊の中に俺はいた。


 エスカレーターを駆け下りる。よし、このペースなら五番目くらいを取れるはず……!


 油断していた? していない。


 慢心していた? しているわけがない。


 だというのに、俺は最後尾にいた。


 何故か?


 服を引っ張られ、腕を引っ張られ、胸を触られ尻を触られ。あれ、良く考えたら痴漢もされてる。


 この俺の若々しく逞しい肉体を触らずにはいられなかったってことか?


 とまあ、そんなことはどうでもよく。


 リング外での反則によって俺は場外KOとなった。


 そんなのありかよ!!


 その次の日、大学は休んだ。こうなったら意地である。


 昨日と同じ顔ぶれのおばさまたち。俺を見てニヤリと笑う。


 俺は全員に睨みを効かせる。これで怯んで俺に道を開けるはず……!


 そして、開店。


 俺はおばさまたちを見誤っていた。


 数々の特売、数々のチラシの品、数々の限定品。


 その多岐に渡る商品の数々を手にしてきた、百戦錬磨のおばちゃんたちを甘く見ていた。


 俺の睨み程度で怯む相手ではない。


 またもジローふれあいパークと化した店までの旅路は、俺がズタボロになって敗北するまで続いた。


 くそう!!



――――――――――



「……なあジロー」


「なん、です、かっ!」


 スクワット中。


 強靭な足腰を手に入れるのだ。


「最近、やけにボロボロになってから帰ってくるけど……なんかあったのか?」


「ええ、ちょっと負けられない勝負をね……っ!」


 雫さんには世話になってるし、焼き肉も奢ってもらったし。


 ちょっとした恩返しのつもりという軽い気持ちで始めたチーズケーキ争奪戦。


 それは俺の負けず嫌いを余すこと無く発揮することと相成った。


「怪我する前に、やめとけよ……?」


「なーに、ちょっと胸や尻を触られる程度ですよ」


「マジで何の勝負してんだ」


 その問いに俺は答えることは無かった。


 そして次の日。


 思ったよりも人が少ない。


 これは今日こそ貰ったか……!?


 不戦勝という情けない勝利ではあるが、勝利は勝利。


 勝利のチーズケーキを心行くまで堪能させてもらおうじゃないか。


 開店と同時にスタートダッシュ。


 誰も俺についてきていない。これはトップは貰ったぞ!


 高笑いと共に販売スペースまで向かうと。


 本日休業。


 この四文字が置かれていた。


 …………だから、誰もいなかったのか……。


 その次の日も、そのまた次の日も。


 何度も何度も敗北を重ね苦汁を舐めさせられた。


 俺の体ではおばさまたちの豊満な肉体に打ち克つことなど出来ないのだろうか。


 半ば挫けていた俺は、そのまま。


 販売最終日を迎えた。



――――――――――



 ……今日を逃せば、もう手に入らない。


 今日こそ、何が何でも手に入れてやる!


 絶対に30番以内に入ってやる!


 もはや見慣れたおばさまたち。


 俺を見るなり殺気立つのが分かった。


 それはこの争奪戦という戦いのフィールドでのみ発せられる殺気。


 選ばれた者だけが手にすることが出来るチーズケーキ。


 最終日こそ……!!


 扉が開く。


 おばさまたちの四方八方からの圧迫から逃れるため、スライディングでのスタート。


「!?」


 驚いた表情を見せるおばさまがたを尻目に、体制を整えた俺はひた走る。


 次のポイントはエスカレーター。


 そこは邪魔する恰好のポジション。そこで何度引っ張られたか。


 その手には食わない!


 エスカレーターをそのまま下りる……と見せかけて、手すりを滑っていく。


 良い子は真似するなよ!!


 現状トップをキープする俺。


 男の健脚をものともしない、限定品に掛ける執着は感嘆すべきものである。


 みるみると俺に追いつき、後ろからタックルされる。


「くっ……!」


 少し減速。


 だがまだ想定の範囲内。まだ30番以内には入れるはず!


「ぐっ!? がっ!?」


 二度、三度、左右からのタックル。


 まるでピンボールマシンのように左へ右へと飛ばされていく。


 こ……このままでは……っ!?


 みるみる減速していき、既に10人は並び始めている。


「う……うおおおおおおおっ!」


 俺の渾身のタックルは、おばさまの腹の肉に弾き飛ばされた。


 転倒。


「痛っ……!?」


 右の足首と右の手首に激痛。だが構うものか!


 痛む足を引きずって俺は体を滑り込ませる。


 そこで店員が立て札をたてた。


 本日売り切れ。


 俺は…………30番目だった。


 ギリギリである。


 ギリギリ買えたチーズケーキ。


 何日も何日も挑戦し続けた俺に向けて、おばさまたちは拍手を送る。


 それはまるで俺の奮戦を称えるかのように。


 拍手はどんどんと大きくなり、やがて周囲の店員も拍手を――――


 ………………。


 なんてことはなく、危険行為をするなと普通に怒られました。


 でもチーズケーキは買えたからいいもんね!


 ………………


 …………


 ……


「……というわけで、あのチーズケーキです」


 帰るなり雫さんに進呈。


「マジで? 買えたの?」


「ええ、余裕でしたよ」


 精一杯の虚勢である。


「ありがとジロー! めっちゃ嬉しい!」


 その笑顔が見れただけでも頑張った甲斐があるというものだ。


「いてて……」


「……どうかしたのか?」


「いや、買いに行った時にちょっと怪我しちゃって……あいてて!」


 見せてみろと言われ、怪我した箇所を見せると。


「………………」


 めっちゃ腫れてた。


「……これ、折れてね?」


 雫さんの一言が無情にも部屋に響く。


「ははは、そんなバカな。ははは」


 しかし痛いと一度自覚すると、痛くなってくるのが人体の不思議。


「いってえっ!!」


「明日病院に行け、な?」


 言われた通りに医者に行ってみる。すると。


「折れてますね、右足首と右手首」


 折れてました。


 …………うそん。

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