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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と焼き肉デート……デートではない!


 部屋の中でカタカタとキーボードを打つ軽快な音が響く。


 キーボードの音を背景に聞きながら、スマホゲームに興じる俺。


 雫さんとの共同生活にも慣れたもので、気を使うのは風呂とトイレと洗濯くらいだろうか。


 こういった無言の空間が苦痛にならず、落ち着いた気持ちでソファーに沈む。


 ソファーに体を沈めながら貪る怠惰は最高だぜ。


 そんな時だった。キーボードを打つ手が止まる。そしてポツリと。


「肉、食いてえなあ……」


 聞こえるか聞こえないか、そんなか細い声で呟いた。


 恐らくは独り言、反応はしなくていいだろう。


 しかし、肉かあ。


 ステーキハウス? 焼き肉? それとも鍋?


 最後に肉だけをがっつりと食したのはいつだろう?


 分厚いサーロイン。


 焼いた肉をサンチュに挟む? それとも米に乗せる?


 すき焼き、いやしゃぶしゃぶもいいな。


 湯をくぐらせた牛肉をゴマダレで……。


「………………」


 口内が、いや胃袋が。いや全身が!


 肉を求め始めた。なんということでしょう。


 だがしかし、ここで問題がある。最大の問題といってもいいだろう。


 カネがない。


 旅行で出費。更に火事によって生活必需品の焼却という憂き目にあい、補充による出費。


 パンの耳をかじるどころではない。このままではホコリを食って生きていかなければならないだろう。


 雨風をしのぐ場所を用意してくれたのだけが唯一の救いだ。


「ジロー」


 ホコリの味に思いを馳せていると、椅子を回して俺に体ごと向き直っていた雫さん。


 いつものジャージにメガネというラフな格好をしながら、俺に言った。


「焼き肉行かない?」


 魅力的な提案。


 俺に金があればな……。


「奢るからさ」


「行きます!!」


 即断即決。返事と新鮮さは早ければ早いほうがいいってね。


 しかし、二人で食事か。遥も誘いたいけれど……奢りならそんな贅沢は言っていられない。


 まあ、雫さんなら平気だろう。


「んじゃ……今何時だ?」


 時計を見ると、16時を少し過ぎた所。


 夕飯にはまだ早い時間だ。


「後二時間くらいで行くか」


「わかりました」


 焼き肉かあ。


 久しぶりだなあ。楽しみだなあ。


 味を想像して胃袋が悲鳴を上げる残り二時間、ゲームが手につかないほど浮かれていた俺だった。



――――――――――



 やってきました焼き肉。


 駅前にある食べ放題のチェーン店である。


 席に案内され、向かい合わせに座る俺と雫さん。


 既に客は何組かいるようで、店内には少しの喧騒があった。


 先立って注文した生ビールを、持ち上げる。


「んじゃ、お疲れ」


「お疲れ様です」


 俺、家でゲームしてただけだけどな。


 しかしそこは社交辞令と言うか暗黙のルール。


 飲みに行って最初の掛け声は『おつかれ』なのだ。たとえ疲れていなくとも。


 それは世界共通のルールと言ってもいいだろう。でも言わないほうがいいだろう。


「ビールビール…………っと」


 もう飲み終わっていた。早くない? ジョッキだよ?


 タッチパネルを慣れた手つきで操作して、ビールを注文。


「肉も適当に頼むからな」


「はい、お願いします」


 完全に任せっぱなしである。


 年上だからだろうか、姉御肌の強い雫さんと一緒に行動すると、割りとなんでも任せてしまう傾向にある。


 こんなんだからパシられるんだろうな。


 ビールと一緒に運ばれてくる沢山の肉、肉、肉。


 トングを持って網に乗せて焼いていく。


「そういえば、雫さんの小説は二人で焼き肉行ったりとかするんですか?」


「いや、するわけねえだろ。恋する乙女と恋する少年が焼き肉貪ってガハハってしてみろ、百年の恋も冷めるってもんだ」


「肉を食うだけで山賊にならなくてもいいでしょうに」


 何故ガハハと笑う必要があるのか。


「まあ、酒も飲めねえし? 焼き肉の匂いが服につくと中々取れねえし……ほら、焼けたぞ」


「ああ、どうも」


 取り皿にひょいひょいと肉が乗せられる。


 あれ? 俺何もしてなくない?


「俺焼きますよ」


「いやいい」


 トングを握って離さない雫さん。


 しかし俺は食うだけというのも、なんだか申し訳ない気分になったりならなかったり。


「あたしは自分で焼いたのを食べたいんだ」


「なんかこだわりですか?」


「というか、赤身部分が苦手でな。しっかり焼きたい派なんだ。もし赤身が好きなんだったら、自分で焼いてくれ」


 それは俺もどちらもでいい。


 なら任せておくとしよう、楽だし。


「じゃあ、お願いします」


「ああ。まあだからさ、こういう焼き加減の好みの差とかあるし、匂いがついたり、気を使ったり……ってな。色々面倒くさい項目が多いから、あたしはあんまり書かないかな~」


 網に目を落とし、肉をひっくり返しながら言う雫さん。


 確かに、そういうもんか。


 あまり気にしたことがない……というか、気を使わなければならない人と食事をしたことがない。


 なんなら他人と食卓を囲んだことがない。


 遥やひなたや雫さん。ああ、あと二夕見さんもか。そういった気心知れた人とした食事をしたことがない。


 自分で言ってて悲しくなってきた。


「じゃあ雫さん自身も、焼き肉をプライベートで行かないんですか?」


「そもそも焼き肉自体滅多に来ないからな。一人で焼き肉行くのはなんか恥ずかしいし。行くとすれば仕事関係だけど……あたしって仕事の姿が、アレだろ?」


 ああ、あの擬態姿。


 今のようなメガネにジャージとラフな格好ではなく。


 フォーマルなドレスやスーツに身を包み、背筋を伸ばし、たおやかな所作。


 今の雫さんとは正反対である。


「だから今みたいに、肉を沢山食べる! ……っていうのがしづらくてな。知らない人に囲まれながらだし」


 やっぱり大人として使い分けるべき顔を使い分けてるんだな。


 そこは素直に凄いと思う。普段は結構ガサツだとしても、被るべき仮面は持っているのだから。


「焼き肉食べたくなったら、焼肉弁当を食べて誤魔化してたなあ」


 弁当の肉と、こういう場所で食べる肉はぜんぜん違うと思うんだけど。


 しかし、一人で入りづらいというのは解る。


 俺も一人でカラオケとか行けないしな。


「だから、二人でこうやって食べるってのは………………初めて…………」


 雫さんの手が止まる。


 今更ながら二人っきりだと気付いたのだろうか。


「でも、これはデートじゃありませんし! 友人同士の会食です!」


 何の言い訳だろうか?


 確かにデートではない。デートっていうのは恋人同士がしたり、恋人にこれからなる人がするもんだ。


「だ、だよなっ! これはただの食事……これはただの食事……」


 念仏のように呟きながら肉をかきこみ、酒を呷る。


 元々ハイペースだが、更にハイペースに飲んでいる気がした。


 酒、酒、肉、酒、肉、肉。


 まるで山賊のような献立。


 しかし山賊とはまるで違うのが、ハイペースに貪るように食べていながらも、行儀はとても良い。


 メガネを上げ、背筋を伸ばして肉を口に運ぶ姿は、とても綺麗で。


 時折通り過ぎる人が目を奪われるほどだった。



――――――――――



「ジ~ロ~……!」


 フラフラの雫さんに肩を貸す。


 会話もぎこちなく、そのぎこちない空気を共に飲み下すかのように浴びるように飲み続けた雫さんだったが。


 案の定潰れてしまった。


 前回雫さんの家で宅飲みした際は、酔ってはいたが意識はハッキリしていた。


 だが今の雫さんはうわ言のように俺を呼ぶだけ。


「なあジロー!」


「はいはい?」


「ユーロとジーロは似てる」


 だからなんだよ。


 一人でケタケタと笑いながら右へ行こうとする。


 まっすぐ歩かせようと少し引っ張ると次は左へ。


「おいジロー! まっすぐ歩かせろ!」


「まっすぐ歩いてくれ!」


 何が面白いのか笑いながら千鳥足。


 肩を貸している程度だとすぐに解いて何処かに行ってしまう。まるで小型犬のような忙しなさ。


 俺の肩に手を回させ、俺は雫さんの腰に手を回してガッチリと固定。


 これで逃げられないはずだ。


「スケベだ!! スケベされる!!」


「するかっ!!」


 暴れる雫さん。メガネがズレて落としそうなので、外してカバンに入れておく。


「ぎゃー、何も見えないー!」


「どうせ見えてもまっすぐ歩けないからいいでしょうが!」


「なあジロー」


 いきなりシラフの声に戻った。


「なんです?」


「ジローってマリモに似てるよな」


 イラッ。


 思わず手を離す。


 俺の肩に回していた手に力を入れていなかったのか、顔から転ぶ雫さん。


 ベシャリと音がした。やべ、やりすぎた?


「痛い~! ジローが転ばせた~!」


「ああ……もう……!」


 子どものように泣きじゃくる雫さんの手を引き、立ち上がらせる。


 前回もこんな絡み上戸だったっけ?


 少し思い出してみる。…………うん、わりと絡んできてたな。


「おんぶ」


「やだ」


「だっこ」


「いやだ」


「クソが!」


 やだ口悪いこの人。


「…………昼河くん?」


 酔っ払いの対応に四苦八苦していると、後ろから声がかかる。


 振り向くと、そこにいたのは。


「二夕見さん…………と、志保ちゃんさん」


「何してんのジロー? そこにいるのは姫み…………じゃなくて、雨宮さん?」


「大丈夫?」


 ううん、大丈夫というべきかなんというべきか。


 大丈夫なんだけど、帰るのに無駄に時間がかかっていると言うべきか。


「何かのイベントの帰り?」


「雫さんと二人で焼き肉行っただけなんだけどね。ちょっと悪酔いしちゃったみたいで」


「ふーん」


 と興味無さそうに言ったのは志保ちゃんさん。


 二夕見さんは。


「…………雫さん?」


 何かを呟いていた。


「ジロー、おしっこ」


「嘘だろお前!?」


 酔っ払いの嘘か真かは判断しづらい。


 しかし、真だった場合雫さんの尊厳は公衆の面前で修復不可能なまでに破壊される。


「急いで帰らないと……じゃあね!!」


「あ、昼河くん……っ」


 背に腹はかえられない。雫さんをおぶってダッシュで帰宅。


 俺だけはあまり飲んでなくて良かったな、と骨身に沁みた瞬間だった。


 そして、その後。


 どうやら真だったようで、帰ってくるなりトイレにフラフラと入っていった。


 飲み過ぎ、ダメ、絶対。

読んでいただきありがとうございます。


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