失恋と喫茶店
歩くこと一時間。
日差しと照り返しの熱気により体力が一秒毎に削られていく。
何処だ何処だと彷徨い歩き、ついに見つけました喫茶店。
古い店構えで、ガラスの奥に見える内装も何処かアンティーク調。
ここであってますように……。
喫茶モーニング。朝しかやってなかったりする?
中が少し薄暗く見えるのは、昼間だからだろうか。
入口の取っ手を掴む。
ゆっくり引いてみる、閉まってるなら鍵がかかってるはずだ。
カランカラン、とドアベルの音。……開いていた。
恐る恐るとドアの内側に体を滑らせると、店の奥にはカウンターとキッチン。
入ってすぐ隣にはレジが置いてあり、ゆったりとしたスペースを取ったテーブルと椅子が並べられている。
中はのんびりとした落ち着くBGMが流れており、更に。
「チクショウ! 捕れよそんくらい!!」
高校野球の中継を見てヒートアップしているおじさんたちがいた。
レジの所にも、カウンターにも厨房にも従業員らしき人はおらず、店内にはテレビにかぶりつきのおじさん四人。
どうしたものかと入口に立っていると、おじさんの一人が俺を見た。
「………………」
「………………」
見つめること数秒。
「……や、やべえのが来た!!」
椅子から転げ落ちるように立ち上がるおじさん一人。
その声に釣られて残り三人も俺を見て、大きな音を立てて椅子から立ち上がった。
カウンターの方に慌てて駆け寄り、厨房の奥へと大声を出す。
「や、ヤの付く奴が来た! みかじめ料を取りに来たんだぜきっと!!」
慣れてる。いつものことだ。
慣れてることとはいえ、傷つく。これもいつものことだ。
「もう、何言ってるんですか?」
厨房の奥からは聞き覚えのある、鈴の音のような声。
「目付きの悪い大男で、ツンツン頭の人殺しだぜ! きっと俺たちを食いに来たにちげぇねえ!!」
みかじめ料から人殺しにランクアップしましたよ。いやアップかこれ?
動いても悲鳴、止まっていても悲鳴。どうしたものかと立ち竦んでいると。
「目付きの悪い大男……ツンツン……? まさかっ!?」
厨房の奥からパタパタと足音。
そして顔を出したのは――
「ジローさん!?」
「……こ、こんちわ」
居心地悪く会釈する。
四人のおじさんの視線は俺たちを行ったり来たり。
「……知り合いなのかい? 遥ちゃん?」
聞かれた彼女は、顔を赤くしながら。
「………………私の、彼氏です」
「……どうも、マル暴兼人殺し兼彼氏です」
居心地の悪い沈黙の中、テレビでは何処かの高校がホームランを打ったことを実況がテンション高く伝えていた。
………………
…………
……
「もう、来ちゃダメって言いましたよね?」
「ごめんごめん、どうしても気になって」
カウンターに案内され、カウンター越しに会話する。
四人のおじさんはテレビに視線こそ向いているものの、興味は完全にこちらに向いている。
「それにしても……似合ってるな」
遥ちゃんの服装を見る。
白のワイシャツに黒のスラックスというフォーマルな服装。
そして茶色のエプロンをしているなんて、まるで喫茶店のマスターみたいだ。
「ありがとうございます……じゃなくて!」
って言いながらもコーヒーを淹れてくれる。優しい。
「両親がいなかったからよかったものの……いたらどうする気だったんですか?」
「え……ダメなのか?」
「ダメという訳では、無いんですけど……」
バツが悪そうに、もにょもにょと口ごもり、視線を外す。
……ああ、そうか。
「人殺しに間違えられるような、人相の悪い男は紹介しづらいよな」
脅されてる? とか言われそうだ。
「いえ、そうではなくて!」
弾かれたように顔を上げる。
「………………」
彼女の視線は俺の顔の向こう側、つまりおじさんたちへ。
俺も振り返ってみると……四人ともこちらをガン見していた。
慌てて視線を逸らされる。
遥ちゃんは手招きする、カウンターに少し前のめりになって、耳を向けた。
「……前の人と付き合ったのを嬉々として報告しちゃって……別れたのも言っていないのに、もう新しい人と付き合ったって言うのが……なんか、恥ずかしくて」
「………………そっか」
少しモヤモヤ。
元カレは言えるのに、俺のことは言えないのか。
「ごめんなさい」
顔に出てしまったのだろうか、申し訳無さそうな顔をしていた。
……とはいえ、今回は完全に俺が悪い。
承諾なしにいきなりやってきたり、それが原因で勝手にモヤモヤして。
今言えないだけなのかもしれない。いつか言ってくれるのかも。
「いや、いきなりやってきた俺が悪いんだ。うん、今日はもう帰るわ」
淹れてくれたコーヒーを一息に飲む。くっそ熱かったけど、出来るだけ無表情で乗り切った。
火傷したかもしんない。
「ま……っ」
料金ちょうどの金額をカウンターに置いて、立ち去ろうと――
「待ってください!」
カウンターから身を乗り出し、俺の手を掴む。
その顔は、とても困ったような表情だった。
「言いたくない訳じゃないんです! ただ、言ってしまうと……」
「言って……しまうと?」
「上手く言えないんですけど、言ってしまうと……またうまくいかない気がするんです」
それは、元カレとうまくいかなかったからだろうか?
遥ちゃんなりのジンクスなのかもしれない。
「だから、もう少し待ってください……」
違う。
言って欲しいわけじゃない。
そんな表情をさせに来たわけじゃないんだ。
「………………」
大きく深呼吸。熱くなってはいけない、意固地になってもいけない。
自分の気持ちをちゃんと伝えよう。
「……別に、急いで言わなくてもいいさ」
「でも……」
「まずは、ごめん。俺は、遥ちゃんに会いたくて来ただけなんだ。キミの嫌がる気持ちを無視してごめん」
椅子に座り直し、深々と頭を下げる。
「いえ、そんな……っ!」
またも謝ろうとする遥ちゃんの肩に手を置く。
そして目をまっすぐと見つめた。
「今日のは俺が自己中過ぎた。もっと遥ちゃんの気持ちを考えるべきだった、反省してる」
「……ジローさん」
「だから、正式に招待されるまで店には近付かない。約束する」
大丈夫、感情的にはなっていないはず。
……少し寂しい気分だが、男は黙って我慢あるのみだ。
「じゃあ、今日は帰るよ」
席を立つ。
後ろを振り返ると、おじさんたちが凝視していた。おじさんたちにペコリと会釈。
「…………じゃあ、今日。今この瞬間から招待します」
背中越しに聞こえる遥ちゃんの声はとても優しげで。
思わず振り返ってしまう。
「ジローさんは、私の自慢の彼氏なんですから。顔が怖いのに繊細なところとか、体が大きいのに気を使おうとするところとか」
「なんか一言多くない?」
「ギャップ萌え、ってやつですかね?」
「なんか違くない?」
いや、あってるのか? どうだろう?
「だから、いつでも来てください。私のコーヒーを飲んでいってください」
笑顔で、先ほど飲んだカップにお代わりを注いでくれる。
「二杯目はサービスです」
「ありがとう、遥ちゃん」
と、ここで。
「じゃあ俺たちも!!」
中継を見ていたはずのおじさんたちが、カップを持って殺到。
やっぱ聞いてたんだな、知ってたけど。
「ダメでーす。二杯目サービスなのは私の彼氏限定なんです」
「そりゃねえよ遥ちゃん、職権乱用ってやつじゃねえのかい?」
「いや、俺も払うよ」
そーだそーだ、と野次が飛ぶ。
ズルするなー、と野次が飛ぶ。
顔が怖いくせにー、と野次が飛ぶ。
最後関係ないだろ。
しかし、常連客を前にして贔屓は良くないよな。
「いいんですっ。それくらいさせてください!」
頑なだった。
まあ……遥ちゃんが良いと言うのなら。良いのだろうか?
「それに……この人たちお代わり三杯目ですから」
「なんだとう!?」
グルリと勢いよく振り返る。
おじさんたちは蜘蛛の子を散らすように。
無銭飲食かと思ったが、お代はちゃんとテーブルの上に置いてあった。
「じゃあ……二人きりになったし、ゆっくりしていってください」
「……ああ、そうさせてもらおうかな」
改めてカウンターに腰掛ける。
コーヒーを小さく一口。
「美味い」
「私の自慢の店ですから、親のですけど」
そう言って薄く笑う遥ちゃんだったが。
「あ、そうそう。今度ジローさんのバイト先にもお邪魔しますからね?」
「えっ」
「私もジローさんが働いてるの見てみたいです」
「えっ」
「今度行きますから。家の近くのコンビニでしたよね?」
「…………えっ?」
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