表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/113

失恋と家族風呂、そして……


 三方の壁をヒノキ材で板張りに、残りの一方を竹の柵で高く目隠し。


 天井の板材との間には少し隙間があり、夜空が少しだけ見える。


 昨今の覗き被害を鑑みた上での防犯対策だろう。致し方ないとはいえ景観を損ねているのは少しだけ残念だ。


 体を洗った後入浴、湯船に浸かりながら空を見上げる。


 見上げる…………見上げることしか出来ない。


「ぜ……絶対、こっち見ちゃダメですからね!?」


「はい」


 いい夜空だなあ。


 暗くて、曇ってて、星一つ見えない綺麗な空だあ。


 恐らくは今、背後で遥が体を洗っていることだろう。振り返ったが最後俺の命はないかもしれない。


 故に前を向く。人は前を向くことで生きていけるのだ。


 次にシャワーの音。


 音が止むと、ペタペタと足音が近付いてくる。


「は、入りますね」


 今、背後で。


 遥が入っています。


 全裸で。私たちは同じお風呂にいます。


 どうしてこうなった?


 その経緯は詳しく説明しない。一つ前に戻っていただければ全てご理解いただけるでしょう。


 兎にも角にも、我らカップルは混浴することと相成ったのである。


 しかし条件があった。


 絶対にお互いに見ないこと。


 背中越しに会話すること。


 片方が出る時はちゃんと目を閉じておくこと。


 気持ち良いはずの温泉が、緊張によって何も感じることが出来ない。


 それに、俺が今夜空を見上げているということは。


 遥の視線の先には板張りしかないのではないだろうか。


「今日、楽しかったよな」


「え? ええ、そうですね」


「動物園に行ったのって、何年ぶりだろ。子どもの頃って動物がウロウロしたり寝てるのをみるだけで、何が楽しいんだって思ってたけど」


「今日も、同じ感想でした?」


 見えていないだろうが、首を振る。


「いいや、動物がそこで生きてる、って思うだけですごく輝いて見えた。年も変わって考えも変わったのかな?」


 もしくは、動物好きの人が隣にいるから考えが変わったのかも。


 ずっと一緒にいると、少なからず影響されるっていうしな。


「かも、しれませんね」


 後ろでふう、と息を吐く声が聞こえた。


 これで少しは緊張も和らいだだろうか。


 せっかく来たのに、楽しめなかったら損だもんな。


「お互いに顔が見れないだけで、いつもと変わらない日常だな」


 いる場所は非日常的だけども。


「そう……でしょうか。お互い裸ですけど」


 う、確かにそれは日常とは言い難い。


「ま、まあ……お互い見たことない訳じゃないんだし」


「………………」


 しまった、失言だったか。


 せっかく遥の緊張も和らいだように感じたというのに。


 デリカシーの無さは一生治らないんだろうな。


 と、思っていたが。


 背中に何かがもたれてくる感覚。


 恐らく……遥の背中。


 背中すら触れないように気をつけていたが、今は彼女の方から寄りかかっていた。


「恥ずかしさが無くなる訳じゃありませんけど。こんなことで変に緊張して、せっかくの旅行を台無しにしたくありませんもんね」


 軽い重み。しかしそれは彼女からの信頼の重みだった。


 この信頼に応えるため。この愛情を裏切らないために。


 俺は何食わぬ顔で平常心を維持しなくてはならない。


「でも、景色が見れないのがちょっとだけ残念ですね」


「覗き防止とかだろうね」


 勿体ないけど、しょうがない。


 ようやく解れた緊張。背中に感じる重みが愛おしく感じる。


 無言だけど、落ち着いた時間が流れていた。


 …………そう、隣から声が聞こえてくるまでは。


 俺たちが家族風呂に入ることになった、若い二人。


 その二人だろう、いや誰でもいいんだけど。


 行為真っ最中であろう嬌声がこちらにまで響いてくるのである。


「………………」


「………………」


 気まずい。


 だが黙っていると余計に届いてくる声。勘弁してくれ。


「は……遥はっ! 食事何が美味しかったっ?」


「わ、私はニジマス? ですかね! ジローさんは?」


「う、うーん、俺かあ。俺はやっぱ牛肉かな!」


「ジローさんお肉好きですもんね!」


 取り繕うような会話。しかし一度芽生えた気まずさは中々拭えない。


 気が付けば背中の重みも消えていた。


 ぬう、隣のカップルめ……!


 だけど、これでいいのかもしれない。


 旅行中味わう非日常感、それは羽目を外す要因にもなりかねない。


 羽目ではなく、お互いしっかりと考えた上で。ちゃんと踏み出したいから。


「遥」


「な、なんです?」


 隣の所為で気まずくなったからこそ。


 だからこそ、落ち着いた頭で考えて導き出した答え。


「愛してる」


「…………ジローさん?」


 湯船から湯を掬い、顔にかける。


「俺は人に求められるがまま、遥が喜ばないことをしてきた。俺に友達がいないって言うのを理由にして、君に甘えてきた」


 だけど、それは彼女に負担を強いる行為。


 軽いものでも、積み重なってやがて耐えきれなくなるだろう。


「友達を失いたくなくて、だから……」


 理由にはならない。少なくとも俺はそう考える。


 遥が不安に思ったのも一度や二度じゃ効かないはず、それだけのことを俺はしてきた。


「でも、これからは……」


「ジローさん」


 遥が俺の言葉を遮る。


 息を吐く声と共に、改めて背中に重み。


「私もジローさんを愛しています。私を救ってくれて、私に尽くすだけじゃなくていいって教えてくれて」


 後ろからも、水をパシャリと跳ねる音が聞こえた。


「だけど、私も我慢だけをしているわけじゃありませんから。二人きりで旅行に行けるのは私だけですし、こうして一緒にお風呂に入れるのは私だけ、ですし?」


「遥……」


「……あ、それとも、もう誰かと一緒に入ったんですか?」


「そんなワケないだろ。これが初めてだよ」


 流石にそんな不義理なことは出来ない。


「そ、そうですか……よかった」


 内心不安だったのか、胸を撫で下ろすように言った。


「私はジローさんを愛してます、だから信用してます。本当に私を裏切るようなことはしないって。だから……友達を、大事にしてください」


「遥……」


 本音で言ってくれている。それくらいは解るくらいには時を重ねてきた。


 ここで言い合っていてもしょうがない、か。


 俺は俺で彼女を裏切らないように気をつけながら。友人を大切にしていくとしよう。


「遥、愛してる」


「私もです」


 背中越しに、指を絡めて握りあった。



――――――――――



 そして翌日。


 チェックアウトを済ませて、いざ外へ。


「もう、帰るんですか?」


 体を伸ばしていた遥が、振り向きながら俺に問う。


 俺の目の前に広がるのは、観光地ながらの賑わい。


 昨日は着くなり動物園に行って、閉園した後まっすぐ旅館に来た。


「この辺を散策するってのはどうかな。夕方くらいまでに帰れればいいと思うんだけど」


「良いですね、行きましょう!」


 差し出された手を握る。


 笑顔で握り返したあと、俺たちは観光地へと赴いた。


 足湯やお土産屋、木彫りの工芸品やご当地品など。


「これひなたへのお土産で良くないかな」


 おたふくが描かれた……ペナント。


 これご当地品か? なんかおかしくない?


 しかし何故か惹かれるものがあった。呪われてんのかなこれ。


「……なんでしょう、おかしいはずなのに、これでも良いと思えてくるのは」


 ……呪いの品か!


 手から離し、見えないように他のペナントの間に差し込んで隠す。


 すると不思議なことに、先程まで必要と思えていたのが嘘のように過ぎ去っていった。


「やっぱいらないよな」


「あれがお土産というのはどうかと思います」


 ……なんだったんだろう、あれは。いや、深く考えるのはよそう。


 ここはやはり手堅く温泉まんじゅうか。


 しかしキャンプ地にいった時のまんじゅうを思い出すな。


 ほとんど俺は食べられなかった。


 ………………。


「俺からはこれでいいや」


 木彫りのこけしにした。


 絶妙な必要の無さが素晴らしく良いチョイスだと思わせてくれる。


「ほ……本気ですか?」


「ああ。俺はキャンプのまんじゅうの恨みを忘れない。あれは子々孫々受け継いていくつもりだ」


「恨みを受け継がれる私の子どもが不憫ですね……」


「え?」


 今なんて?


 聞き返そうとした時、遥の顔が真っ赤に染まる。


「こ……っ、こけしでいいんじゃないでしょうか!?」


「あ、ああ……」


 聞き返せる雰囲気では無くなってしまった。


 まあ、いいか。


 それからは二人で色んなお店を渡り歩いた。


 予定の時刻になるまでは一瞬だ、気が付けば電車に乗る時間。


 急いで駅へと向かい、特急に乗って地元へ。


 帰りの電車の中では旅の話に花を咲かせていたが、気が付けば二人とも寝入っていた。


 そして、地元。


「ただいま我がホーム。ようこそ我がホーム」


 見慣れた駅、見慣れた景色。


「なんだか、あっという間でしたね」


「そうだな、でも楽しかった」


「はい!」


 笑顔の遥を見ていると、行ってよかったと思えてくる。


「じゃあ、帰ろうか?」


 ここからなら遥の家の方が近い。


 まずは遥を送っていって、それから家に帰ろう。


「……あれ?」


 遥の声。どうかしたのかと見てみると、スマホを見て小さく声を漏らしていた。


「うそ………………」


「どうかしたのか?」


 誰かからのメッセか。内容はよく見えなかったが。


「ジローさん、一緒に来てください」


 先程までの楽しそうな顔から一転して真剣な表情。


 何処に? など聞く余裕もなく、ただ頷いた。


 早足で向かう足の向きは、俺の家方面。迷いなく進んでいく遥の足は、間違いなく俺の家へと向かっていた。


 もうすぐ俺のアパートにたどり着く。ほら、そこを曲がれば……。


「え……?」


 見慣れた駅から見慣れた道を歩き。目的地に辿り着いたと思えば。


 見慣れた家が、全焼して見慣れない物になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ