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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と旅館と家族風呂


 ゾウやキリン、猿とゴリラ。


 ライオンとトラ、オオカミやハイエナ。


 孔雀や白鳥、ワシや鷹。


 モルモットからアライグマまで。


 ありとあらゆる動物を、心行くまで堪能した俺たち。


 スマホのフォルダには多種多様の動物たちが何百枚と収められていた。


「もう…………大っ満っ足ですっ!」


 遥の瞳はキラキラと輝き、喜びを全身で表現するその様は瞳だけでなく全身が輝いている。


 時刻は17時に近付いてきており、閉園も間もなく。


 名残惜しいがそろそろ出ないといけない。


 どちらともなく手を繋ぎだし、動物園を出た。


 最後にもう一度振り返り、全景を眺める。


 遥が見えないように小さく手を振っていたことには、何も触れずにおいた。


 その後。


 一度バスに乗って駅前まで戻り、近くの旅館まで向かうことに。


 その間ずっと動物の話で花が咲き、会話は途切れることが無かった。


 いつ以来だろうか、いや、もしかしたら初めてかもしれない。


 遥のテンションがこれだけ高いのを見るのは。


 この姿を見れただけでも、来た甲斐があったというもの。


「……どうしたんですか?」


 小首を傾げて俺を見る。


「可愛いなと思って」


「ですよねっ!!」


 ですよね?


 可愛いのは間違いないんだけど、そこで肯定するのは自己評価エグくない?


 笑顔で肯定しながら見せてきたのは、遥のスマホ。


 こっちを見て眠っているベンガルトラだった。動物の話だったか。


 いや、動物も可愛いんだけどね。


 自分が言われたこととは露知らず、撮影した写真を次々と見せながら笑顔で話す彼女を見ていると。


 まあいいか、そう思えてくるのだった。



――――――――――



 そして到着した旅館。勿論予約済みである。


「すいません、予約した昼河と申しますが」


「はい、昼河様ですね」


 ……あれ?


 動物園や、最近も思ったけど。


 俺って最近怖がられてなくない?


 遥と一緒の時だと特に。彼女の温和な性格が俺の人相の悪さを中和してるとか?


 そんなバカな。


「ジローさん気付いてないんですか? 最近表情が凄く柔らかいんですよ」


「え、そうなの?」


 頬を触ってみるがわかるわけもなく。


 遥を見てみると、笑顔で頷かれる。


 ……そうなの?


 でも、顔が怖いのは変わらないんじゃ?


「勿論、切れ長の三白眼って感じで威圧感は多少ありますけど、それ以上に物腰が落ち着き始めてるんです」


 つまり、大人の男になったということか。


「そこまでは言いませんけど」


 なんで?


 物腰が落ち着いた大人の男。ロマンスグレーでカッコいいじゃん?


 英国紳士というか、余裕のある男って感じで。


「それは言いすぎですよ」


「ねえ? なんで上げて落とすの? ねえ?」


「お……お待たせしました、昼河様……んんっ……!」


 見れば肩を震わせる受付の女性。


 人前だってことを忘れてた。


 平常心平常心。


 TPOを弁えるデキる男なんだ、俺は。


「御案内致します」


 よし、ここだ。


 俺の落ち着いた物腰を見せれば、さっきの出来事は全てリセットされるはず。


 大人の余裕がある男性でしたよ? とか休憩室で盛り上がるに違いない。


「――ありがとうございます」


「ぶふっ……! し、失礼しました!」


「………………」


 俺は無言で遥を見る。


 何故かにっこり笑顔さんだった。


 なんで?


 ………………


 …………


 ……


 部屋に案内されると、そこは畳の和室。


 窓からは景観の良い自然の景色。


 左右の端には流石に人工物が溢れているが、正面だけ見ているとまるで山の中にいるような気分にさせられる。


「良いところですね」


 俺の隣に立って、同じように景色を見つめる。


 同じ景色を見て、同じ感想を抱く。


 たったそれだけのことだというのに、どうしてこんなに幸せな気持ちになれるんだろうか。


「………………」


 肩を抱いてみる。


 遥は驚いた表情で俺を見上げたが、すぐに視線を景色へと移し、俺の腕にもたれかかる。


 ずっとこのままでもいいくらいだ。


 だけど、時間は流れていくのが常というもの。玄関からはノックする音が。


 失礼します、という声とともに扉が開かれ、運ばれてきたのは夕食。


 あ、そうだ『お食事すぐにご用意してもよろしいですか?』って聞かれて了承したんだった。


 お盆に乗せられているのは山の幸を具現化した豪勢な食事。


 山菜や川魚、牛肉がふんだんに使われた、普段なら食べられないであろう食事ばかり。


 見てるだけで腹が大合唱を始めるほどの垂涎ものである。


「食べよう遥食べよう」


「お、落ち着いてください」


 いそいそと座布団の上へと座り、両手を合わせる。


 いただきます、と食事への礼節を尽くした所で、いざ実食。


「………………」


 一言で表しますと。


 うンまい!!


 でした。


 お互いにそれぞれの食事の感想を言い合い、食事の最中は俺も遥も笑顔が途切れることはなかった。


 …………そして完食。ごちそうさまでした。


 食事の後は何をするか。


「行こうか遥」


 旅館とくれば何だと思う?


 それは勿論温泉。旅行で味わう非日常感。しかしそれは目には見えないが確実に疲労として蓄積されているもの。


 それを温泉で溶かして洗い流す。本日の締めとしてはピッタリなのではないでしょうか?


「え? もしかして……家族風呂予約してるんですか……?」


「…………え?」


 なんて言った?


 家族風呂。家族風呂とは。


 貸切風呂とも呼ばれている、家族、もしくはカップルが二人きりで入るための浴場のこと。


 二人きりで入るための、浴場。


「遥さん?」


「……忘れてください」


 そう言った遥の顔はどう見ても真っ赤だった。


「ああ……! 忘れてくださいっ! 私も旅でちょっとおかしくなっちゃっただけなんですっ!」


 つまり、遥は一緒に入ると思っていたわけで。


 考えていると俺もどんどん恥ずかしくなってきた。


「ごめん。別々の予定だった……」


「わざわざ言わなくていいですからあ!」


 そうか、俺たちはカップル。昔風に言うとアベック。


 一緒に入ることに対して何の疑問があろうか。


 テンパっている遥はコンタクトをしているにも関わらずメガネをかけようとしていた。


 慌てて止める。目が悪くなるよ!


「い、行きましょう。さあ! いざ大浴場へ!」


 そう言って先導する遥の背中を見て、思わず吹き出した。


「笑わないでくださいよぉ!!」



――――――――――



 家族風呂、其の壱と刻まれた扉の前にいる。


 何故? どうして?


 隣を見る。


「………………」


 真っ赤になった遥が袖で顔を覆い隠していた。


 そう、それは数分前のことだった。


 ギクシャクしながら大浴場へと向かう俺たちに、中居のおばちゃんがエンカウントした。


『あら、今から家族風呂ですか?』そんな感じの下世話な文言付きで。


 受付の若いお姉さんは非常に礼儀正しかったが、このおばちゃんはなんというか。


 お節介おばさんが和服を着たような人だった。


 いえ、予約していないので。と断ると。


『うちは予約して無くても大丈夫ですよ。ちゃんと鍵と使用中の札はかけておいてくださいね』なんて言われてしまい。


 何故か半ば強引にここまで案内されてしまったというわけだ。


「………………」


「………………」


 俺たちが扉の前で立ち尽くしていると。


「あのー」


 俺たちよりも若そうなカップル二人が、邪魔そうに声をかけてきた。


 ここの通路は狭く、奥に行きたそうにしていたが俺たちが邪魔で行けないようだ。


 あれ、でもこの奥も家族風呂だったような……?


「ごめんなさい」


 俺は反射的に謝罪し、通路を確保するために――


 家族風呂、其の壱と書かれた扉を開いた。


「ぇ」


 遥の小さい声。


 今思えば慌てていたのだろう。二人で風呂に入るか否か、そういった瀬戸際で急に掛けられた声。


 扉を開き、遥の手を引いて。


 家族風呂の中に入った。


「…………あ」


 入って、扉を閉めてから中に入ってしまった事に気付く。


 普通にどいてスペースを空ければよかったよな。


 それで、じゃあ大浴場に行こうかー、って仕切り直して。


 遥もそうですねー、って賛同して、風呂を出た時には家族風呂の前でドギマギしていたことなんて忘れて。


 それで良かったんじゃないか? むしろ今からでもそうするべきか?


「は、遥。出…………」


 出よう、そう言おうとしたその時。


 ガチャリ、と。


 遥が扉の鍵を閉めた。


「え……?」


「せ、折角来たんですし……入っていきません、か……?」


 赤く染まった遥がそんなことを言ってきたら。


 断る理由なんてなかった。

読んでいただきありがとうございます。


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