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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と特急列車動物園行き


 対面式の座席に座り、二人とも窓際に座る。


 電車の揺れ、流れ行く景色を眺めながら、目的地へと思いを馳せる。


 景色を見るために横の流していた視線を、正面へと移すと。


「…………」


 遥もこちらを見ていた。


 にこりと微笑み、俺の瞳を覗く。


 ああ、これだよ。こういうのだよ。


 二人ならではの甘酸っぱい空気、誰にも邪魔されないという完璧で甘美な空間。


 これがいつものメンツでの移動となると、お菓子の配り合いや座席移動など忙しないことこの上ないだろう。小学生かな?


 しかしどうだ、二人だけのこのゆったりとした空間、電車は早いというのにこの空間だけ時間がゆっくりと過ぎていっているような、そんな錯覚に追われる。


 ああ、落ち着く。


「………………」


「………………」


 落ち着く………………。


「なあ、ナマケモノって怠けてないと死んでしまうって知ってた?」


 無駄雑学を披露した。


 何だというのだ、この自称落ち着き男子のこの俺が、静かな空間に耐えかねて口を開くなど。


 これでは物静かなクール系男子を気取ってる俺の体裁が……。


 …………そんなものないな、うん。


「どうしたんですか、急に?」


 半笑いで言われた。


 雑学が受けたのか変なことを言い出した俺に受けたのか。たぶん後者。


「いや……こういった落ち着いた雰囲気に慣れなくて」


 正直に気持ちを話すと、意外と腑に落ちたのか何度も頷く。


「そうですね、最近はドタバタというか……ポジティブな意味で騒がしいっていうか」


 ポジティブに騒がしいというのも中々の表現。


 遥さんに3表現ポイントを進呈しよう。




 特急で揺られること約三時間。県外に出てテレビなどで有名な動物園に向かっていた。


 どうせ泊まりの予定なのだ、それならば奮発して遠い所に行ってみようと二人で話し合ったのだった。


 さあ、今月はパンの耳が俺を待っている。さようならお肉、こんにちはパンの耳。


 ところでパンの耳を置いてある所ってあまり見なくなったよね。いや、そもそもパン屋が減ったと言うべきか?


 って、いかん。二人でいるのに一人で余計な思考に入るのはやめよう。


「それにしても、せっかくなのに動物園で良かったのか?」


「え? いいじゃないですか、動物園」


 いいけども。動物園。


 動物は可愛いし、滅多に見られない動物を生で見られるのもまた良い。


 場所によっては触れ合いや餌やり体験もあり、そういった非日常空間がたまらなく楽しいのだ。


 …………。


 なんか楽しみになってきたな。


「ワクワクしてきたぞ」


「私もです、こうして想像するのも楽しいですよねっ」


 どうやら同じように想像の大海原に旅立っていたようだ。


「まず何から見たい?」


「何から……というよりも、まずはぐるーっと一周してみたいです! それから好きな動物を見たいですね!」


 いつになく興奮している様子。気持ちは解る、とても解る。


 全部見ないといけない、なんていう決まりはない。


 だけど行った以上は出来るだけ余すこと見たくなる、という心境に至るのもこれもまた事実。


 まあ、他に予定も無いのだ。足が痛くなるまでじっくりと動物鑑賞をすればいい。


 もしくは動物鑑賞する遥を鑑賞すればいい。うん、そうしよう。


「どうしたんですか?」


 既にじっと見てしまっていたのだろう、微笑みながら問いかけてくる。


「いや、楽しみだなって思って」


「そうですね、私もです」


 そうやって笑う姿は、公共の場だと言うのにも関わらず抱きしめたくてキスしたいほどで。


 しかし俺はTPOを弁える男として周囲の評価を総なめにしている。こんな電車の中で……そんな……。


 葛藤していると、遥の足が俺に伸びてくる。


 俺の左足を、両足で挟む。


 彼女の顔を見ると、照れ臭そうに笑っていた。


「もう、ダメ」


 TPO保安委員会会長を勝手に自認している俺は、窓ガラスに頭を押し付けて流れ行く景色を見てクールダウンを行うことにした。




――――――――




 昼過ぎになり、ようやく到着。それから路線バスに乗って30分ほど。


 動物の鳴き声と匂い。そして人の喧騒が、施設の奥から聞こえてくる。


「ついに来ました、動物園。いったいここにどれだけの種類の動物がいるというのでしょうか? それぞれが期待を胸に、幸福の入口へと向かおうとしています」


「あ、ジローさん。払っておきましたよ」


 バカなことを言っている間に先を越された。くっ……俺の男を見せる場所だったというのに。


「それに、動物の種類ならネットにも載ってますし。ほら」


 そういうことじゃない。そういうことだけど、そういうことじゃない。


 ただ言ってみたかっただけなんだ。


「あ、紙が良かったですか? 中にマップパンフレットがありますよ?」


 そういうことじゃない。でもそれは欲しい。


 ただただそれは欲しい。


 まず耳に届くのは鳥の鳴き声、そして何処か遠くから聞こえる音楽。


 それらが人の喧騒によって遠くに聞こえる。


「じゃ、行こうか」


 手を差し伸ばす。


「はいっ!」


 指を絡め、初めての動物園デートは幕を開けた。




 ここで、皆はどういった動物を鑑賞するだろうか?


 ゾウ? カバ? サイ? ライオンやトラ? それとも麒麟?


 麒麟は神話における神獣とされていて、もちろん動物園にはいない。でも出来るなら見てみたいって?


 俺も。


 それはともかく。


 わざわざ三時間もかけて大きな動物園にやってきたんだ。園にはそれ相応の動物の種類が飼育されており、中には珍しい動物もいる。


 だが、何故だろうな。


 全然記憶に残ってないんだ。


 気が付けば、隣りにいる彼女ばかりに目が行く。


 見るべきは彼女ではなく、動物だと言うのに。


 色んな動物に目を輝かせる彼女が、とても綺麗に見えた。いや実際綺麗なんだけどな。


 より一層綺麗に見えたんだ。


 惚気? ああそうとも、これは惚気だ。


 しかし俺はアンニュイな雰囲気を醸し出す物静かなクール系男子。惚気など表に出すわけもないんだ。


「どうしたんですかジローさんニコニコして。そんなに楽しいんですか?」


「……………………ええ、そうですとも」


 必死の誤魔化しはなんだか見破られている気がした。


 動物を見ながら、はたまた彼女を盗み見しながら。


 動物園をまずはぐるっと一周。


 入口近くにあるカフェで昼食を摂りつつ、小休憩。


 中にある食べ物は特に特別感はなく、ホットドッグやカレー、うどんやラーメンなどありふれたもの。


 観光地料金として少し割高だが、知らない所で初めて食べるものというものは中々どうして味わいがある。


 今日は天気も良い。外のテラス席で食べることにしていた。


 食べながら、行き交う人々を眺める。


 どの人も一様にして笑顔で、それだけこの動物園を楽しんでいるということが見て解る。


「楽しいですね」


 笑顔でサンドイッチを頬張りながらそう言う遥は、本当に楽しそうだ。


 そうだね、と相槌をうちながら遥を眺める。


「やっぱり、飲食店で動物が飼えないから動物園が好きなのか?」


「へ?」


 きょとんと。


 そうしたのは一瞬だけ、遠くに見える鳥の檻を眺めながら。


「そういうわけじゃありませんよ」


 と、短く言った。


「そんな、動物園が好きなのに壮大なバックグラウンドなんてありませんよ。そりゃあ、家で飼えないのは残念ですけど……ただただ純粋に、動物が好きなんです」


 そう言う遥の表情に嘘はない。いやまあ、嘘を言う必要なんてないわけだけど。


 ……そうだな。ただ純粋に好きで何が悪い、ってな。


 聞いたのは無粋だったか。しかしそんなことは気にしていないというように、目を輝かせて通りを眺めている。


「よし、一周したわけだけど……好きな動物を見に行くか! 何を見に行きたい?」


「ん、むぐ……っ」


 慌てさせてしまっただろうか。残りの一切れを慌てて詰め込む遥。


 飲み込んだ後ストローでジュースを飲み、人心地。


「私……ペリカンが見たいです!」


 動物園を満喫するのは、まだまだこれからだった。

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