失恋と誰が得するおっさん回
目を閉じる。
一度、二度と深呼吸。自らの中身を入れ替えるように大きく息を吸い、吐く。
最近、俺はダメダメだと思う。誰かに評価されたとかではなく、自己評価である。
押され、流され、振り回され。
最近は周囲の人間に怯えられることも減った。だがその代わり男らしさも失われたのでは無いだろうか。
それは良くない。とても良くない。
最愛の彼女を裏切らないためにも、自制心という今俺が最も欠けている物を養わなければならないのだ。
「………………」
目を開く。
太陽が目に刺さり、眩しくて目を細める。
朧気な人のシルエットが、四つ目の前に。そのシルエットは俺が呼んだ人物。
大切なお願いをするために。
無くてはならないものを用意するために。
目が光に慣れてきた。深呼吸をもう一度。
そして最後に息を吸い――俺は目の前のシルエットの人物に声を発した。
「――――というわけで、男らしさを取り戻したいんですが」
「……何が『というわけで』なんだ?」
無精髭のおじさん。
喫茶店の常連組であるフジさんである。
その背後にはジョーさん、タツさん、ヤマさんといった他の常連たちもいた。
ここにより常連五人組は無駄に結成されたのである。
「なんてことはなく、ただ女の子に迫られて困っちゃう……っていうだけだよね?」
物腰の柔らかいタツさん。名前の割りに温和な語り口調。ちなみに趣味は陶芸らしい。
「なんだよ、モテ男自慢か。ふざけんじゃねえよ」
口調の荒いスキンヘッドの大男はジョーさん。そんなナリなのに趣味はお菓子作りと来たもんだ。
しかし根っこは粗暴であり、今も俺に肩パンしながら文句を垂れる。太陽が眩しいなあ。
「…………」
もう一度肩パンされた。それは先程よりも遥かに痛かった。猛省。
「それを、こんなおっさんたちに何を頼むって言うんだ?」
メガネとキャップがトレードマークのヤマさん。趣味は釣りらしい。
え? おっさんたちのプロフィールなんて覚えられないって?
大丈夫、俺も明日には忘れてると思う。
「最近の俺は女に囲まれて困ってるんです」
「なあこいつ殴っていいか?」
まだ殴り足りないのかアンタ!
固く握られた拳から距離を取りつつ、俺は慌てて弁明する。
「気が付けば女性の言うことに流されてて、俺には男らしさが欠けてると思うんです。だから今日は男の中に身を投じて男臭さを染み付かせようかと」
「気色悪いこと言うなよ……」
フジさんは辟易と溜め息を吐きながら後頭部をかく。
俺も言ってて思ったけど、途中で止めなかった。褒めて欲しい。
「つっても……この中で男らしい人なんているか?」
ヤマさんが俺たち四人を見渡す。
俺も倣うように四人を見渡し、ついでに周囲の風景も見渡す。
ここは商店街から少し離れた児童公園。
児童公園といっても子どもが遊ぶような遊具は無く、仕事に疲れたサラリーマンや酔っ払いが呆けるための空間となっている。
「男らしいって言えば、俺だろ?」
自慢なのか右腕の力こぶをまざまざと見せつけてくるジョーさん。
だが、そんなジョーさんの声に他のおっさん三人組は首を横に振る。
「お菓子作りが趣味で男らしいと言われてもな……」
偏見ではないだろうか?
「それを奥さんに隠した挙げ句、浮気を疑われるのもちょっとね……」
それは俺もどうかと思うけど。
「んで、結局バレて毎週お菓子を作らされてるんだろ?」
円満に解決して良かったじゃないか。
一人ひとりにダメ出しされ、歯を食いしばって睨みつけるジョーさん。
反論が出来ないあたりが真実を物語っているみたいだ。
「っていうか、誰が男らしいとかそういうのはいいんですよ」
その議論を始めると日が暮れそうだし。
児童公園で男らしさについて語る五人。どう考えても異様な光景だろう。
「男だけで遊びに行きたいんです!」
「なら初めっからそう言ってくれや」
ごもっとも。男臭さとかいうフレーズはいらなかったね。
最近、何処に行くにも女性と共に行動してる俺。
もともと友達が少ないとはいえ、これほどまでに男の交友関係が薄くて良いのだろうか? いやよくない。
ここは一つ、世代は違うが男の絆を深めるのも良いのではないかと思った次第である。
「しかし……何して遊ぶんだ?」
「おっさんの遊びなんて、酒飲むか野球見るかの二択だしな」
果たしてそうかな。
もっと他の趣味を持った人もいるんじゃないかな。
「釣りとかどう?」
と声を上げたのはヤマさん。
最初は同意しかけた皆も、言ったのがヤマさんと知るや首を横に振り始めた。
「ヤマさんとはもう二度と行かねえ」
うんざりとした口調。他の二人もうんうんと頷いていた。
「な、なんでだよ」
「ヤマさん釣りすると人が変わるんだよ、自分で気付いてねえのか?」
そうなの? 俺は一緒に行ったことないので実情を知らない。
「根掛かりすんな死ね、って言われたのは生まれて初めてだったよ」
「だ……だって、針や糸が勿体ないし……」
運転してると性格が荒くなる人、みたいなものだろうか?
指摘されたことにより、みるみるとしょげていくヤマさん。ちょっとだけ気の毒。
「兄ちゃんも一緒に行けばわかるさ。二重人格かってくらい豹変するぜ」
「ジローくん、一緒に行くかい?」
「いえ、やめときます」
この流れで行くわけがないだろう。
そんなに落ち込まれても困る。
しかし、大人になると遊ぶ内容一つ決めるのだけでこんなに揉めるのだろうか。
子どもの時は思いつけばとりあえず行動して………………いや、子どもの頃からハブられてたな。
くすん。
「しょうがねえな。ちょっと待ってろ」
そう言いながら背を向けたのはフジさん。
一体何処へ行くのだろうか。
残りの三人は止めるでもなく、別の話題を始めていた。
内容が最近のグラビアアイドルがどーだの、イメージビデオがどーだの。
エロ親父の井戸端会議だった。
通り過ぎる人々が訝しげにこちらを見る。通報されるからやめて!
十分後、フジさんが両手に何かを持って帰って来る。
片手にはビニール袋、そしてもう片手にはヒモ。
もちろんだがビニール袋には何かが入っているのだろう。そしてヒモ。
ヒモの先を辿ってみると、茶色い塊があった。
所々に白の差し色、凛とそびえ立つ三角はすべての音を聞き取る。
尻の方にある毛玉は感情を表現するために左右に揺れ、ハッハッと息をしながら舌を出すそれは。
柴犬だった。なんで犬?
「決まらねえから遊ばせてやろうかと」
フジさんがやりたいだけだった。
あんな言葉言い残しておいて自分がやりたいことだけ優先したとかってある?
「まあまあ落ち着けよ。この袋の中身、気になるだろ?」
「それはまあ」
ベンチの上に置いたビニール袋から、中身を一つ取り出す。
一つ目…………水の入ったペットボトル。
押すだけで水が吹き出すようになっており、それはどう見ても犬の散歩に使う道具に見える。
二つ目…………半透明になったビニール袋。
それだけだと想像はし辛いが、恐らくは散歩中に犬が出したものを仕舞うためのもの。
三つ目…………ポケットティッシュ。
恐らくは上のビニール袋と同時に使用するものと思われる。
って全部犬用じゃねえか!!
「だって、大事だぜ?」
いやわかるけど。犬用の物しか持ってきてないのか?
「いや、これを見ろ」
そう言ってフジさんが取り出したものは…………コースター?
しかも遥の喫茶店で提供される厚紙のコースターだ。喫茶店のロゴが入っている。
「これは前々から喫茶店で拝借してきた物だ」
「遥に言いつけておきますね」
「ちょ、ちょちょちょーっと待ってくれ。話は最後まで聞いてくれ」
俺が取り出したスマホを押さえ付けるように手を差し出す。
一体どんな弁明が出てくるというのか。
「これで、メンコでもしようぜ!」
………………。
盗んだことに対してはノータッチだった。
まあ、濡れた厚紙のコースターを乾かしてまた使うとは考え難いし、消耗品と考えれば良いのかもしれないけれども。…………良いのかなあ?
「でもなんだってメンコなんだよ」
ジョーさんの異論ももっともだ。
何故ここに来てメンコをするという考えに至ったのだろうか。
「全員、自分が好きなことをやりたくなる。だがそれを却下されるのは当たり前。全員どっかおかしいからな」
確かに。
一旦家に帰って犬を連れてくるのはどう考えてもおかしい。
何をするでもなく、話し合うおっさんたちを見上げる姿はとても愛くるしい。
屈み込んで右手の手のひらを向けて差し出してみる。
ぽふ、とワンコの手が乗った。
やだ、連れて帰りたい……!
「……ってわけでメンコなんだが、兄ちゃんどうだ?」
「え? ああまあいいんじゃないですか」
「なんで要請した張本人が一番どうでも良さそうなんだよ」
そんなことより犬に釘付けだった。
全員はベンチへと移動して、人数分コースターを配って回る。
準備は整った。
メンコ代わりにコースターを持つおっさんたちの顔は真剣そのもの。
年齢に関わらず、こういった遊びを真剣に取り組む姿はとても美しい。
おっさんたちだったとしても、だが。
ここでメンコを知らない人のためにメンコの遊びを軽くだけ紹介しよう。
円形、もしくは長方形の厚紙を用いて作られた、色や柄が多岐に渡る玩具、それがメンコ。
本来は地面に叩きつけ、対戦相手のメンコをひっくり返したり等して遊ぶのが主流だが。
収集目的で集めている子どもも少なからず存在したらしい。
それでは……いざ、メンコ勝負――――
「あっ」
風が吹いてコースターが飛んでいった。
犬が走って取りに行く。咥えて戻ってきた。かしこいかわいい。
「……あっ」
また飛んでいった。
コースター程度では軽すぎるようで、軽く風が吹いただけで飛んでいってしまう。
ゲームとして成立しなかった。
全員の視線がフジさんへと集中する。
「………………かくれんぼすっぞオラァ!!」
やけくそな宣言だった。
………………
…………
……
というわけで俺が鬼。
児童公園内に隠れるおっさん四人を探す地獄のようなゲームだ。
もしかして、俺は相談する相手を間違っていたのかもしれない。
今更ながら後悔する俺だった。
数を数える。
「にじゅーはち、にじゅーく、さんじゅー」
目を開き、周囲を見渡す。
「もういいかーい」
犬が吠えた。
「………………」
植木がある。その横には尻尾を振ったワンコ。
フジさん、せめて犬のリードを何処かに括っておくことは出来なかったんだろうか。
犬で居場所がバレバレだった。
…………せめて最後にしてあげよう。
繰り返しになるが、ここは児童公園という名称だが自動が遊ぶ遊具などは老朽化等で撤去されて今はもう存在しない。
なので隠れる場所はほとんどなく、植木やヤブが主だった隠れ場所になってしまうのだが。
早く見つけて、次隠れる番が来るのもイヤだ。
出来るだけ時間をかけて探すとしよう。
「どこだー?」
なんて声を出しつつも、俺は一向に真面目に探していない。
このまま見つけられず終わればいいなあ。
なんて思っていた矢先のことだった。
「すみません、ちょっといいですか」
声をかけられ振り返る。
「はい…………え?」
そこにいたのは、何故か警官。
二人組の警察官が訝しげに俺の顔を覗き込んでいた。
「中年男性がこの場所で卑猥な話をしていると通報があったんですが」
結局通報されてたんかい。
「……今は、なにを?」
なにを、と言われると。
「…………かくれんぼ?」
「は?」
そりゃそういう反応になるわな。
何言ってんだこいつ、という目線を向けられながらも、隠れているであろう箇所を見る。
フジさんだけは犬のお陰で場所がすぐわかるが、他の人は……。
「貴方はここにいてください」
「あ、はい」
警官が鬼として追加された!
とてもじゃないが大きくない児童公園。
「彼のいる所に移動してください」
「……え?」
瞬く間に見つかるおっさんズ。
これで逃げればリアルケイドロだったんだろうけど……洒落にならないだろうなあ。
おっさんたちは公共の場でグラビアアイドルの話をするなと叱られていたが、フジさんだけは参加していないので不服そうだった。




