失恋と濡れた後のハードボイルド
バイトの休憩中、スマホの画面をスライドする。
サブスクでの映画の新着をチェック中。…………む、これ面白そうだな。後で見る……と。
「せーんぱいっ、何してるんですかっ?」
椅子に座った俺の背中にのしかかる重み。振り返らずともわかる。
「ひなた。映画の新着チェックだ」
「好きですよねえ、映画」
背中から伝わる体温が、温かく心地良い。それとは別に二つの球体の感触も心地良くもあるが。
それは顔に出さない。何故なら俺は紳士だからだ。
「なんか鼻の下伸びてますけど」
しなだれかかるひなたは俺の顔を覗き込んでそんな指摘をした。
咳払いを一つ、平静を装う。
スケベな紳士だった。
「もしよければ、私も一緒に映画を見てもいいですか?」
なんてことを言うが。それは無理だろ。
「いや、無理」
だからストレートに断らせてもらう。普通に考えればわかるはずなのに、断られたことによって目に見えて落ち込まれる。
「そう……ですか」
「ああ。休憩時間で映画を見るなんて、倍速を使わない限り無理だろ。俺は倍速視聴はしない派なんだ」
その時のひなたの顔をいったら。
ぽかん、という擬音がちょうどいいだろう。それくらい呆けた顔をしていた。
「あの……そうじゃなくて、バイトが終わったらっていう話だったんですけど」
「あ、そうなの? ならいいぞ」
映画を布教するマンは来るもの拒まずだ。
去る者は死ぬほど追いかけるけどな。
映画を見る同志を増やすためなら俺はいくらでも快諾しよう。
先ほどとは一転、顔を輝かせるひなた。忙しいやつめ。
「やった! じゃあバイト終わったら行きますね!」
ああ、と相槌を打ってシフト表を見る。
俺は夕方まで、ひなたは夜までか。
映画を見る時につまむ物を買いに来るついでに、迎えに来るのもありかもしれないな。
それにしても何を見ようか。夜に見るんだし、せっかくだからホラー?
それともパニック系? そういったジャンルに物怖じする性格ではないだろうし。
俺の妄想はバイトが終わるまで続いた。
――――――――――
そして夜。
一度帰って荷物を置き、ひなたがシフト終わる頃を見計らい来店。
「あれ、先輩?」
「食べ物を買うついでに迎えに来た」
おうおう、嬉しそうにしよって。可愛い後輩め、ぬはは。
酒…………は、ダメだ。ひなたは未成年、隣で飲むわけにもいかない。
コテージの時だってこっそり飲もうとするのを止めるの大変だったんだぞ。
なら酒に合わないであろう甘いお菓子を…………夜にか? 太りそう。
うーむ。
お菓子コーナーをウロウロ。
「どうしたんですか?」
制服を脱いで私服へと変わったひなたが合流。徘徊してる俺を不思議そうに眺めていた。
「軽く作りましょうか? スーパーに寄ってもらうことになりますけど」
その方がいいか。そんなに回り道と言うわけでもない。
「じゃあ行きましょう!」
俺の腕を引いてコンビニを出ていく。交代の人に挨拶は忘れない。挨拶、これ大事。
日も落ちると気温もかなり落ちてくる。長袖一枚だと冷えるくらいだ。
隣の後輩はよく動き活発なので寒さには強そう……かと思ったが、少し肩を抱いて震えていた。
ここでイケメンの先輩なら上着を掛けたりするのかもしれない。
しかし悲しいかな、俺は掛ける上着を持っていなかった。
二人で寒さに震えながらスーパーに向かう。
「も、もうダメです……っ」
何か呟いたかと思うと、俺の腕に抱きつくように暖を取るひなた。
腕がナニカに挟まれた。いかん、深く考えないようにしないと。
「そういえば、今日の映画鑑賞みんなを誘ったんだけど」
別のことに思考のリソースを割くべく、関係ない話題を振ってみる。
「え………………はい」
何故か暗くなるひなた。そんなに寒いんだろうか。
「皆に断られた。なんか予定があるらしい」
それとも映画を布教するマンには関わりたくないんだろうか。あらやだ、ネガティブ。
軽く落ち込む俺に反して、ひなたの顔は輝き始める。何故。
「そ、そうですかっ! 予定があるならしょうがないですよね!」
「しょうがないよな。しかし遥なんて、気をつけろとか言ってたんだ。何を気をつけるんだろうな?」
夜に映画を見ると魂を抜かれるとか?
夜にホラーを見るとテレビから黒髪の白装束の女が出てくるとか?
ははは、そんなバカな。
そんなことを話している間にスーパーに到着。って寒っ!
食材の保冷が店内によく行き通っていた。
ひなたの腕が離れるどころか、余計固くホールドする。
更に押し付けられるナニカ。いかん、公共の場だぞ!!
「な、なに作るんですか?」
動揺した結果何故か敬語になってしまった。
「野菜スティックとフライドポテトで良いですか?」
「もちろん。辛い物以外なら何でもいける」
「まだ慣れてなかったんですね」
慣れない。あれは慣れないよ。
何度か克服しようと挑戦しているが、その度に悶絶を繰り返している。
「お酒はどうしますか?」
「いらねえ。お前飲もうとするもん」
「見て見ぬふりすればいいじゃないですかっ!」
「出来るか!!」
後一年程度で飲めるようになるんだ、我慢しろ。
無理やり諦めさせることに成功した俺は、ジュース類をいくつか購入して会計へ。
「出しますよ」
といって財布を出す手を止め、微かに首を振る。
レジ前で問答を繰り返すのもみっともないので、会計後の袋詰めの時に言うことに。
「作ってもらうし手間賃みたいなもんだ。どうせお前そんなに食べないだろ?」
元気が有り余ってるくせに少食。あのエネルギーは何処から来てるんだろうな?
伝えると、納得したようで礼と同時に頭を下げられた。そんなに気にしなくていいんだが。
まあ線引きは必要か。ひなたの礼を受け取り、袋を提げて帰路へと。
店内も外も変わらず寒い、当然のように腕に絡みつくひなたに敢えて言及することもなく、帰り道を歩いていると。
ぽつり、と。
鼻に一滴の水が。
「え?」
空を見上げる。
街灯のおかげで星一つ見えない空だった。
二滴、三滴。どんどん顔に落ちてくる。
やがて、滴という単位では済まない量の雨量に早変わり。あっという間にずぶ濡れになった。
「う、うわああ!!」
「い……行きましょう、早く行きましょう!!」
「ああ!」
家へと走ることとなった。
………………
…………
……
「はあ……はあ……」
「ぜえ……ぜえ……」
スーパーから止まらず走ってきたことにより、二人とも玄関先で息を切らせる。
頭から足の先までびしょ濡れだった。
「き……気をつけろって、これかあ…………」
テレビを点けてみると、この辺一帯に大雨警報が出ていた。洪水注意報も。
「……っちゅん!!」
ひなたのくしゃみ。冷えてきた所にずぶ濡れなのだ、風邪を引いてしまうかもしれない。
綺麗なタオルを手渡し、体を拭いてもらうが……濡れた服はどうしようもないな。
というか、風呂に入ったほうがいいんだろうか。
「…………」
俺の部屋で? ひなたが?
「ちょっと雫さん呼んでくる」
「え、せんぱ――」
「お前は頭とか拭いとけ」
ひなたを置いて外へ出て、隣の家へ。
電気はついてないが……寝てるのかな?
呼び鈴を押してみる。返答なし。ノックも数度してみるが、反応はなかった。留守のようだ。
しょうがないので家に戻ると、寒さからか震えてるひなた。
「……しょうがない、俺の家のでいいなら風呂使ってくれ」
「は、はい……お借りします」
服は、俺のを貸すしか無いか。
遥が畳んでくれていた長袖のシャツとスウェットを出す。
のだが、ひなたは風呂に入らず風呂の前で立ち尽くす。
「どうした?」
「……あの…………脱衣所は……」
「あ」
そうか、一人暮らしだから失念していたが。
「そんなものはない」
「えっ」
「後ろ向いておくから」
言って後ろを見る。俺の視界には脱ぎ散らかした服や散乱した雑誌。
あれ、これって読んだっけ?
背後から服を脱ぐ衣擦れの音がした。
違うことを考えろ! 雑誌読んだ!? 読んでない!?
ちょうど表紙がお色気漫画のヒロインたちだった。なんてタイミング!
目を閉じて、全ての感覚を遮断する。五感を全てオフにする。
しかし素人の俺にそんなことは出来なかった! 変わらず耳に届く衣擦れの音と、濡れて貼り付いて脱ぎづらそうな吐息。
あー!! あーー!! 聞くな想像するな反応するな!!
風呂場の扉が閉まる音、続いてシャワーの音。
六畳間のアパートゆえ風呂場はとても小さく、浴槽はサイコロ。
後はお湯になるのが遅かったりするのが難点だが、まあ……入れるだけマシだ。
未だびしょ濡れの俺、シャワーの音を耳に入れながらふと思う。
「……今日は長い夜になりそうだ」
ハードボイルドの探偵さながらに決めて言ってみたが。
「へっくしょい!!」
くしゃみで台無しになったとさ。
読んでいただきありがとうございます。
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