失恋と着替えを忘れた末路、あととばっちり
「ん……」
意識が浮上する。あれ……、俺寝てた……?
「ジローさん、起きたんですね」
遥の声がする。薄目を開けてみると。
「………………」
遥がいた。いやむしろ全員いた。
全員が俺を覗き込んでいた。なんで?
というかここは…………ああ、コテージに来たんだった。
そして来るなり寝てしまった、ということか。まったく時間のもったいない使い方をしたものだ。
「ごめん、起こしてくれても良かったのに」
「運転で疲れたでしょうから」
優しく微笑んでそう言ってくれる遥は天使に見えた。
「はい! 最初に言ったの私です!」
明るく笑いながらそう言ってくれるひなたはとてもバカっぽく見えた。
「酷くないですか!?」
さて、起きよう。
未だ背後でクレームを垂れ流す後輩をさておいて、シャッキリさせるために洗顔。
遥がタオルを手渡してくれる。受け取って顔を拭いて顔を上げると……。
「おわっ」
全員ついてきてた。なんで?
「ジロー、腹減った」
そう言ったのは雫さん。
でもあんた俺のまんじゅう大半食べたよな?
まんじゅうの恨みは忘れてないぞ?
しかしながら時計を見やると、時刻は18時を回った辺り。
探検モードも流石にやることが無くなってしまうか。
「でも夕ご飯どうするの? バーベキュー?」
志保ちゃんさんの言葉に俺は首を振る。ここは自然が多いキャンプ場のため、バーベキューは禁止されているのだ。
キャンプを置いてある場所でなら許可されているが、あそこは延焼等を起こさないよう草が抜かれている。
しかしコテージ周辺は緑が多く、野外でのバーベキューは不許可なんだそうだ。
「肉を焼いて外で食べたいなら……そこのキッチンで焼いてテラスで食べるとか……かな」
「ええー、やだー……風情がないなあ」
そんな事言われても。しかしまあ気持ちはわかる。
元々食材も持ってきていないので、コテージ内で調理そのものが不可能なんだが。それに遥一人に負担が大きくのしかかるのは目に見えていたので、外で食べようという話になったのだ。
「近くに温泉浴場があるらしいんだ。併設されたレストランがあるらしいからそこで食事をして、温泉に入ってここに帰って来る。どう?」
これは元々遥と二人で立てていた予定。遥は諸手を挙げて賛成してくれたが。他の皆はどうだろうか?
「良いですね、温泉!」
と、ひなたが言う。その声に続いて他の皆も賛同の声を上げてくれた。ほっ、良かった。
であれば、善は急げ。早い所向かってしまおう。
入口の壁に掛けられた車のキーを取ろうとしたら、俺よりも早く鍵を取る手が伸びる。その手を追いかけると、その手の主は霜崎さんだった。
「ジロー休憩してていいよ」
「いいの?」
「ええ、明日の帰りの運転もしてあげるわよ」
なんという優しいお声。ありがたいが、本当に構わないのだろうか。
俺と霜崎さん以外に運転できる人はいない。相手が良いと思ってるなら……言葉に甘えても良いのかもしれないな。
「ありがとう、疲れたらいつでも代わるから」
霜崎さんは笑顔で頷き、我先にと車へと向かって行った。
背後を振り返ると、片手に着替えを持った女性陣が到着。…………着替え?
「あ」
着替え用意してなかった。慌てて着替えを用意して、玄関へと向かう。
まだ和気藹々と話しながらのんびりと靴を履いていた。
女性陣の間をすり抜け、靴をつっかけて外に出る。
緑の多い澄んだ空気が体を通っていくのがわかる、冬がもう見えてきている気候、少し肌寒いくらいだ。
つい数ヶ月前まではまだ明るかったこの時間でも、今となってはもう真っ暗。
キャンプ場ということもあってか明かりも少ない。とはいえ見えなくなるほどじゃないけれども。
「あれ? みーちゃんは?」
最初に出てきた遥が言う。
「もう車の方向かってたよ」
そうなんですね、と相槌を打った遥と並んで駐車場へと向かう。
そして駐車場までたどり着くと、後部座席から尻が生えていた。
もちろん衣服は着ている。何言ってんだ俺。
「……みーちゃん?」
そう、あの尻はじゃなくて、あの服は霜崎さんが着ていた物。
遥の声が聞こえたのか、慌てて立ち上がろうとするが。
ゴッ、という鈍い音を立ててドアの縁に頭をぶつけていた。
「だ、大丈夫……!?」
「ううー……!」
痛みに呻いていた。あれは痛そう。
というか何を慌ててるんだろう?
悶える霜崎さんの体の下から、何やらガサガサというビニールの音。
座席と霜崎さんの体でサンドされていたビニール袋が、ガサリと音を立てて下に落ちる。
口が開いていたビニール袋から何かが落ちる。
「…………シャツ?」
それは新品の長袖のシャツに見える。
薄い緑の生地に、中央にはカーキ色のテントのマーク。
そのテントのマークには目と口がついており、まるでキャンプのゆるキャラのよう。ゆるキャラの上には、ひらがなで『きゃんぷ』と書かれていた。どうやらそのキャラの名前らしい。
だっせえ!!
慌てて俺は顔を背ける。
「…………見た?」
後頭部を片手で抑えながら立ち上がる霜崎さん。そんな彼女に視線を合わせず俺は首を横に振った。
「何を見たかも聞いてないのに、見てないって言えるんだ?」
「………………」
ミステイク!!
「みーちゃん……着替え、忘れたの?」
「…………う……」
図星らしい。だからこそあんなダサいシャツを買ったんだろうけど。
想像してみよう。あのシャツを着てコテージ内をうろつく霜崎さんを。
「………………」
「ジロー、あんた笑ってるでしょ」
「まさか、そんな…………っ」
必死で笑いを押し殺す。腹筋が痙攣してるのがわかるが、バレたら何をされるかわからない。
耐えろ、俺の表情筋。耐えろ、俺の腹筋。
笑ってませんとアピールするために無表情を装い霜崎さんと向き合う。
黒い艶がかったセミロングの髪の毛。切れ長の目に整った容姿。
そして上半身はいずれあのゆるキャラの服に…………。
「ぶっは!!!」
ダメだ、我慢できない。
「ひー! ひー!!」
我慢していた分過呼吸を起こしそうなくらい笑い転げた。
地面に膝をつき、腹を抑えて俯く。
込み上げてくる笑いに何とか耐えようとするが、一度想像してしまうともうダメ。
「あっはははははは!! ひぃー! 助けて!!」
「………………」
大笑いしてる俺を、冷たい目で見下ろす人物が一人。
その人物は俺の隣にあるバッグを手に取り。
――中身を地面にぶちまけた。
「あっはは……! ちょ、何して……ぶふっ!」
とんでもないことをされているのにも関わらず、俺の笑いは未だ止むことはない。
中身をひっくり返した霜崎さんは、こともあろうに着替えのシャツを踏みつけた。
土でどんどんと汚れていく俺の愛用シャツ。
白の長袖シャツは、白という色の特性上どんどんと汚れが目立っていく。
「ああ……! 俺のシャツがあ……!!」
「…………これであんたも、きゃんぷシャツの仲間入りね!!」
「……いやだあああああああ!!」
俺の叫びは聞き入れられず、俺のバッグの中にはきゃんぷシャツが無言で入っていた。
人の不幸は笑うべきではないという教訓ですね、ハイ。
その後。
レストランの食事はとても美味しかったし、温泉もとても気持ちよかった。
観光地ではない場所のため、露天風呂は無かったがそれでも充分にリラックスが出来た。
そう、そこまではリラックスが出来たのだ。
運転席と助手席に無言で座るきゃんぷシャツの二人組に、後ろの座席に座る五人は必死に笑いを堪えるそんな帰りの時間。
まさに地獄のような時間だった。




