失恋とビビリドライブ
右よし、左よし。
横断歩道は手を挙げて渡りましょう。って違う、別のことを考えるな!
運転席に乗り込み、深呼吸。後ろの座席では既に宴会モードだが、俺は違う。
免許所得以来ほとんど乗っていない状態での、数年振りの運転。緊張するなという方が無理がある。
「ちょ、ちょっとジロー……? 本当に大丈夫?」
助手席に乗ってくれたのは霜崎さん。俺以外の唯一の運転免許所持者である。
基本的に俺をからかうスタンスが多い彼女だが、この時ばかりは心配してくれていた。
「へーきへーき。ちょっと目眩と吐き気と動悸が止まらないだけで、正常だって」
「それスリーカードで保持してる時点で正常とは程遠いんだけど!?」
緊張から来る体調不良だ、平気平気。
シートベルトは……良し、締めた。いざ……!
エンジンをかけ、サイドブレーキを下ろす。
アクセルを踏むと、ゆっくりと進み始めた。
あー……こんな感じだった、うん。おぼろげに記憶が蘇ってきたぞ。
10時10分だ、10時10分の精神を忘れてはいけない。
一般車道を走ってる時は、感覚を思い出すためにちょうどよかった。
信号で停止してる時は息抜きが出来るし、息を整える時間もある。
だが、いつまでも一般道路を走るわけにも行かない、目的地に早くたどり着くためには高速道路に入る必要がある。
そして、それが俺の精神の終わりの始まりだった。
………………
なんて言うと引きが壮大に見えるよな。え? 早く行け?
はい。
………………
…………
……
「ちょ…………落ち着きなさいジロー!!」
「うわああああああああああああ!!」
ハンドルを握りながら叫ぶ俺。
隣に座る霜崎さんが必死に宥めてくれるが、俺の叫び声は止まらない。
「なんで隣でこんなビュンビュン抜いていくの!? 煽られてる!? 俺煽られてるの!? これがあおり運転ってやつ!?」
「違う! 追い越し車線でただ抜いていってるだけ!!」
「信号は!? 信号ってまだ見えないの!?」
「あるわけ無いでしょ!?」
そんな感じで叫び続けるもんだから、後ろの宴会モードもすっかりお通夜ムードだ。
皆ようやく感じ始めてきたらしい。全員の命を俺が運んでいるということに。
命というハンドルを握る俺が泣き叫ぶ事によって、全員の緊迫感は半端ないものと化していた。
誰かが生唾をゴクリと飲み下す。車内でやけに大きく聞こえた。
また誰かが飲み下す。そしてまた誰かが。
ゴクリの大合唱だった。
「大丈夫だからジロー!! まっすぐ走れてるからそのまま走れば大丈夫!!」
「本当に!? 実は霜崎さんが斜めになってて、斜めから見ればまっすぐって言うだけなのかもしれない!!」
「誰が斜に構えた性格ですって!?」
「言ってないよおおおおおおおおおおおお!!」
話している間にも隣の車線で車が追い抜いていく。
遅れてやってくる風圧。ビクリとする。
「ジロー! そこの入口に入って、サービスエリアだから!」
「俺にサービスしてくれるところ!?」
「サービスしてあげるから、いいから入りなさい!!」
言われた通り曲がる。
休日の午前中、まだ人の流れはそうでもないのか、駐車場はガラガラだった。
停めやすそうな所に駐車する。
「はあ~~~…………」
車内全員から重い溜息が出た。
エンジンを切る。
我先にと皆が降りていく中、俺は背もたれに体を預けて大きく息を吐く。
な、なんとかここまで来れたぞ……。
「後どれくらいで着く……?」
「まだ半分も来てないわよ」
ナビゲーターである霜崎さんからの冷酷な一言だった。
マジか…………。
車を降りて、ガラス越しではない日差しを浴びる。
うーん、今日もいい天気だ。風は冷たく少し肌寒さを見せるが、日差しの強さはぽかぽかと暖かい。
これは絶好の旅日和だなあ。
………………
「目的地ここでよくない?」
「ダメに決まってるでしょ」
だよなあ。
「皆の表情を見て、それを言えるかしら?」
霜崎さんの指先を追いかけると、そこには和気藹々と楽しそうな五人。
とてもここで終わりだとは言えない。
「それに、助手席に乗ってる感じだとジロー運転ヘタじゃないわよ?」
「そ、そう?」
頷かれる。
そうか、自分ではわからないけども、ヘタではないのか……。
こういったことをご存知だろうか。
苦手意識を持ったまま練習した所で、まったく上達しない現象のことを。
なんかメカニズムとか深層意識とか小難しい話になりそうだけれども、まあとにかくそんな感じなのだ。
形のない自信でも良いので、とにかく苦手意識を無くしてから挑戦するとめきめき上達する…………可能性がある。
あくまでも可能性だが。
「そうか……俺はヘタじゃないのか……」
長いブランクがあってこその苦手意識だったが。
人に褒められると、なんだかその気になってしまう。
「大丈夫、自信持ちなさい」
「ああ! 自信出てきた!」
「……その変わり身の早さ、不気味だけど嫌いじゃないわね」
褒められたのか褒められてないのか微妙なところだった。
とりあえず、サービスエリアの中でもグルッと見ていこう。
ここは住んでいた地域からさほど離れていないサービスエリアだ、特に目新しいものはないだろうが……。
………………
…………
……
「ジローさん、買い過ぎじゃありませんか……?」
「………………」
遥の指摘のとおりです、買いすぎた。
目新しいものだらけだった。
なんか見たこと無いものが沢山置いてあった。
ビンに入れられた牛乳とか、絶対美味いやつじゃん。高かったけど。
後は見たこともないお菓子や、なんかもうとりあえず見たこと無いものだらけだった!
「まあ軽い食べ物ばっかりだし、皆でつまめばすぐ無くなるだろ」
そう言いながら俺の買った袋を漁るのは雫さん。
っていうか俺が買った物なのに皆で食べること前提なのな。別にいいけど。
「ジロー、運転代わる?」
「いや、やってみる。俺はヘタじゃない、俺はヘタじゃない……」
まるで自己暗示のように呟きながら、アクセルを踏む。
ゆっくりと進み出し、スムーズに駐車スペースから出ることが出来た。
そのまま進行方向に従い、高速道路へと戻っていく。
後ろでは華やかで楽しそうな声が聞こえてくる。
……あれ?
「あんまり、怖くなくなってきたかも」
さっきは隣を車が通過するだけで怖かったもんだが。
今はそうでもない。
むしろ前方の遠くの景色すら見ることが出来るほどの視界の広さ。
雲は一つもない快晴、交通量は少なく、直進が続く楽しいドライブだ。
「ビビってヘタになってただけみたいね。ただのヘタレなだけだったわ」
「失礼な」
とは言え、サービスエリアに入る前のビビり具合を思い返すと、あながち否定もできない。
最早怖がる理由はなし、恐れることなく突き進むが良いでしょう。
だんだんと楽しくなってきて、思わず鼻歌を口ずさむほどに。
と、視界の端で霜崎さんがもぞもぞしたかと思うと、スマホを取り出した。
何やら操作していたかと思えば、車のスピーカーから音楽が聞こえ始める。
「これでしょ、鼻歌の正体」
「そうだけども」
ほぼ無意識の鼻歌を拾われて、原曲を流されると少しばかり恥ずかしい。
後ろの座席では先程まで騒いでいた五人も、静かに音楽を聞いている。
ようやく、ゆとりを持ったドライブが出来そうだった。




