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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と辛い物克服大作戦


「………………」


 バイト先での休憩室にて。


 机の上に置いたスマホの画面をじっと見つめる。


 液晶には数字がどんどんとカウントをしていた。


 その数字がゼロになれば、俺は一世一代のチャレンジを行う時間が来るのだ。


「………………」


 出来れば来ないで欲しい。だけど俺は、何が何でも克服しなければならない。


 スマホが音を立てる。それはカウントがゼロになった証。


「………………」


 スマホの隣に置いた物体を、チラリと見る。


 合成樹脂にカラフルな色を塗り、中に入った物を明記するための文字。


『ピリ辛! 担々麺~飲むほど美味しくなる~』


「………………」


 ご丁寧にカラーリングは赤く、ピリ辛と言いつつ辛さをこれでもかというほど表現する。


 上蓋の紙には担々麺のイメージ画像。


 汁は赤く、麺には汁が絡みつく。


 うへー。


 しかし買ったからには食さなくてはならない。


 このジロー、無駄遣いは好かないのだ。


 蓋を開く。


 辛そうな匂いが鼻に入り込む。


「………………」


 蓋を閉じた。


 横の小さな隙間からは湯気が漏れ出ており、その隙間からも辛そうな匂いを漂わせる。


 え? 俺いまからこれ食べるの? マジで?


 なんで?


 何故か、それは遥の為だった。


 辛いものが好きな遥。対して俺は辛いものが大の苦手。


 おかげで二人で出掛けた日には遥は我慢を強いる結果になっていることは最早疑いようのない事実。


 となれば、この俺が直々に辛いものを食し続け、そして耐性をつけることが肝要。


「………………」


 蓋を開ける。


 赤々としたスープ。


 小麦色の麺。


 乾燥した薬味が散りばめられ、微かな風味を醸し出す。


 割り箸を手に取り、両手を合わせて俺は言った。


「…………いただきます」


 人生で生まれて一番小声のいただきますだった。


 スープの中に箸先を突っ込む。


 軽く混ぜる、匂いが上がってきた。うへー。


 箸先で麺を掴み、口に放り込み…………一息に啜る。


「かっ――――!!」


 悶絶。


 これの何処がピリ辛だというんだ。


 水のペットボトルを手に取り、口内に流し込む。


 冷たい水が口の中を満たし、辛さを洗い流す。


 ところで、諸兄らは知っているだろうか。


 辛味の素、カプサイシンという成分は水に溶けにくいということを。


 辛くて悶えている際に水を飲むと、口内に満遍なく辛味を広げ、結果。


「かっ――――!?」


 余計辛くなるという事象を引き起こすことを。俺は知らなかった。知ってたらやらない。


 誰か助けて。


 ダンダンと机を叩く。スマホのタイマーがカウントを終えてから既に五分ほど経過しているが、未だ俺は一口しか食べていない。


 食べ切れるんだろうか。


「おはようございまー……って先輩!」


 今日の交代要員であるひなたがやってきた。


 俺を見るなり顔を輝かせながら俺の背中にもたれかかる。


 可愛い後輩だがとても鬱陶しい。


「何食べてるんですか?」


 無言で容器を見せる。


「先輩辛いのダメでしたよね? なんでまた」


「…………遥が辛いの好きだからな」


 舌に火がついているようだ。


 口内が熱を持ち、まるで熱があるかのように顔すら熱くなってくる。


 これが辛い物がもたらす発汗作用か。


「…………ふーん」


 どうでもよさそうに言う。ならなんで聞いた。


「でもこのメーカー。ピリ辛とか言いながら結構辛いのを出すので有名ですよ?」


「は?」


 じゃあもうそれピリ辛じゃなくない?


 ピリってなんだよ。


 ピリリじゃないのか? ならこれはなんだ、ビリリか?


「あ、そうだ。私が辛い料理作ってあげましょうか。勿論辛さ控えめで」


 辛さ控えめは嬉しい。だけど控えめだと訓練にはならないのでは?


 好き好んで辛いものを摂取したくはない。ならなるべく辛いものを食べて耐性をつけるのが近道なのではなかろうか。


「でも、それだとお腹壊しちゃいますよ? まずは控えめから始めて、徐々に辛くしていくんです」


 そうか、運動のようなものか。


 それなら理解できる。


「なら……頼もうかな。市販のピリ辛はもう信用できない」


 横目で伸びつつあるカップ麺を睨みつける。


 睨んだ所で甘くなるわけではないが、俺を騙した罪は重い。


「一口貰っていいですか?」


 俺が許可を出す前に、カップ麺に突っ込んだままの箸で麺を掴んで啜る。


 表情を変えず咀嚼し、飲み込んだ後何度か頷く。


「うん、美味しい。程よい辛さでこれこそピリ辛って感じですね」


「な――」


 なんだと?


 これは凄い辛いんじゃなかったのか?


「あれ、食べないんですか?」


「………………」


 食べられないんだよ。わかれよ。


 辛くて食べられないんだよ、わかってくれよ。


「牛乳買ってきましょうか?」


「お願いします」


 俺の頭は容易く垂れるのであった。



――――――――――



 俺はひなたに招かれ、辛い物の食事会にやってきた。


 彼女のテーブルの上に所狭しと置かれたのは、ありとあらゆる赤々とした料理たち。


 ああ、肉。ああ、野菜。敢えて辛くせずとも美味しく頂けるというのに。


 何故人類は辛くしたがるというのか。辛いのは絶対的正義ではないのだよ?


「いやー、美味しそうだな…………じゃあ、お疲れ様でした」


「って何処行くんですか!」


 食べれる気がしない。


 しかしそれを言うのは俺の沽券に関わる。


「辛そうなんだもん」


 しかし俺の舌の危険には沽券など掃いて捨てるほどある。


「大丈夫ですって、本当に辛さ控えめにしてありますから」


「……ホント?」


 恐怖のあまり幼児退行していた。


 しかしそれがいけなかった。


 ひなたの嗜虐心でも刺激してしまったのか、意地悪そうに笑う。


「さあ先輩、座ってください。あーんしましょうか?」


「いらんわ!」


 とか言いながら箸で既に摘んだナスを俺の口元に持ってくる。


「……これ、なに?」


「麻婆茄子です」


 マーボーって辛いやつじゃん。いや辛い物限定食事会だから当たり前なんだけど。


「はい、あーん」


「………………」


 箸を奪い取ろうとしたが、接着剤でも塗ったのかという吸着力でひなたの指から箸が離れることは無かった。


 ええい、ままよ。所詮はナスビ、辛くなりようもないはずだ。


 目を閉じて口を開く。口内にぶんにょりとしたものが運ばれてきた。


 ナスの風味、そしてマーボーの味。


「か………………らくない」


 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ辛さが刺激してきたが、それだけだった。


 ナスの味が口内に広がり、とても美味しい。


 ははは、ナスビめ。憎いやつよ。


「美味しい」


「良かったです」


 そう言って笑うひなたの表情は、胸を撫で下ろすような表情だった。


 ……そうか、こいつもせっかく作ったのに辛いって言われて食べられないのは嬉しくないよな。


「箸くれ」


「はいどうぞ」


「いただきます」


 様々な料理に箸を伸ばす。どれも辛さを控えめにしてくれてるようで、俺でも食べられる。


 うん、食べられる。


「これで俺も辛い物を食べられるマスターだな」


「調子の乗り方が新幹線より早いですね」


 ひなたの料理は全部美味しく平らげた。


 ごちそうさまでした。



――――――――――



 そして勝負の日である。


 隣で歩く遥に、俺の訓練を知らしめようと自慢げに語る。


「この前、ひなたの家で辛い物作ってもらってさ、美味しかったからもう俺も辛い物平気かも」


 遥の足が止まった。


「………………ひなたさんの家で?」


「……ええ、そう……ですけど」


 彼女の空気が変わる。俺は地雷を踏んでしまったのだろうか。


 少し俯き気味で表情は伺えない。


 と思っていた瞬間顔を上げる。


 その顔は笑顔だった。


「そうですか」


「…………ああ、そうなんだ!」


「じゃあ、今日は火鍋を食べに行きましょうか」


「任せろ!」


 その後の俺は語る必要もないだろう。


 翌日、俺はトイレから出ることは無かった。


 口は災いのもとである。

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