失恋とセールス。訪問販売は値段以外神
「なんか、最近変な訪問販売が増えてるらしいぜ」
「今時ですか?」
ここは商店街。
夕方前ということで暇をしてるフジさんと世間話中だった。
世界や日本といったグローバルなニュースであればテレビやネットを見ればいいが。
町中のローカルな情報を掴むのは町中に住む人に聞くのが一番手っ取り早く、確実なのだ。
「なんか、怪しげなものを買わせるらしいぜ? 安眠と称した寝具とか、豆腐とか竹竿とか」
「昭和の話ですか?」
「ちげえ、今だよ」
とはいえ、こういった情報はほとんどが眉唾物である。
話半分で聞いておくのがちょうどいい。
「ネットで手軽に買えるようになった今、敢えて訪問販売で買おうなんて思う人いるんですかね?」
「慣れてない老人とかを狙うんじゃないか?」
なるほど、それなら買うこともあるかもしれない。
とはいえ何度か訪問に来たことはあるけれど、俺の顔を見るなり帰っていく人が多い。
俺には無縁の話だろう。
――そう、思っていた。
その日家に帰ると。
なんか家に寝具一式があった。
「なにこれ?」
俺が聞くと、遥は目を輝かせて言う。
「なんか、安眠寝具一式らしいんですよ!? これならぐっすり眠れるとかなんとか!」
騙されている人がいた。
いや、まだ結論を出すのは早い。訪問販売で買ったとも限らないのだ。
もしかしたらネットの通販かも……。
「今日売りに来たんです!」
ダメだった。ダメでした。ダメでしたね。
ネット慣れしてる人でも引っかかることってあるんですね。
特に遥はここ最近安眠に飢えてるだろうし……まあ、仕方ないのかもな。
布団を触ってみる。おお、フカフカ。
力を入れて押してみると、ちょっとした弾力が俺の手を跳ね返そうとしてくる。
むむ、これは……。
上半身を埋めてみる。
心地よい柔らかさだった。
「あ、ジローさんだけズルいです!」
遥も隣に倒れ込む。
安眠の謳い文句もあながち嘘ではないのかもしれない。
俺のベッドの布団とか、引っ越してきてから買った物で、だいぶヘタってきてるしなあ。
「遥さん……中々良い買い物だったのではないですか?」
「ですよね~……」
フカフカの布団に包まれ幸せそうな遥。
そんな彼女に聞いてみた。
「はうまっち?」
「15,000円でした~」
「たっけえ!!!!」
弾かれるように立ち上がる。
幸せも吹っ飛ぶ値段だった。
え、マジで? これただの四点セットじゃない?
確認してみる。
敷布団……掛け布団。枕に、収納用ケース……。
四店セット。
15,000円也。
「たっけえ!!!!」
もう一度叫んだ。
「幸せに、値段なんてつけられないんですよ~……」
ダメだ、詐欺にあったと自覚していない被害者みたいなことを言ってる。
とはいえ、厳密には詐欺ではない。
ただぼったくられただけだ。
もう一式買えそうな値段だけど。
……とは言え。
「ん~…………」
こんな幸せそうに布団に顔を埋める遥を見ていると、これ以上言うのも野暮では無いのかと思ったり。
……まあいいか。
今の俺の布団より柔らかいのは事実だ。
後で半分出してあげよう……。
――――――――――
とある日のことだ。
「ひええええええええええええ!!」
大学からの帰り、アパートの前まで来ると、何やら叫び声が響いてきた。
絹を引き裂くおっさんみたいな声だったけど……?
アパートの入口からスーツ姿の小太りの人が逃げるように出てきた。
なんだなんだ?
顔を覗かせると、二階の手すりから入口の方を睨んでいるのはよく知った女性。
「……雨宮さん?」
鼻息荒く手すりを掴んでいた。
手を振ると、ようやく俺を視界に収めたのか。
手を挙げて挨拶。
「どうかしたんですか?」
階段へ近付いて行き、何があったのか尋ねてみると、イライラした表情でさっきの人が逃げていった方向を睨む。
「押し売りだよ。布団だってよ」
…………まさか、それって?
遥が買ったことに味をしめたのだろうか。
7,500円という手痛い出費だったが、遥は良い買い物をしたと豪語していた。
もっと安いものも買えるんだよ、と見せては見たものの。
『つまりこれはそれよりも良い素材ってことですね!』
と、聞く耳はもたなかった。
そして、恐らく同一人物であろうセールスマンが、お隣に来たと。
「いらねえっつってんのにしつこく迫り続けるからよ」
まさか殴ったのか!?
さすがに俺以外を殴ると問題になるぞ? いや、俺でも問題はあるんだけど!
「知らない人間をいきなり殴ったりはしねえよ、ちょっと怒鳴っただけだ」
俺割と早い段階で殴られてた気がしたけどな。まあいいか。
……いいのか?
「あたしん家にはちゃんと布団があるってーの。なあ?」
なあ、と言われても。知らないし。
「それ買ったのいつですか?」
「え? あー……去年?」
割りとヘタってきてそうだな。
とはいえ、ぼったくり価格に手を出さなかったのは偉い。
拍手してしんぜよう。
「……なんだよ」
ちょっとだけ照れ臭そうな雨宮さんだった。
「しかし、今時セールスとはね」
それは確かに。
時代の波に取り残された感じはするが……。
隣の家に騙された張本人がいる以上、なんともいえない。
マジでなんともいえない。
――――――――――
商店街の中でも噂で持ちきりだった。
道を横断しているだけでセールスの話題が耳に届くほど。
しかしやはり聞いている限りでは、買った人は少ないようだ。
「おう、兄ちゃん」
声を掛けられ、声の方向を見ると。
「あ、ジョーさん」
特徴的なスキンヘッドが目に入った。
上に目線をやるのはほんの一瞬、すぐに俺を見つめる双眸へと視線を下ろす。
その瞳は既に疑わしい思念を送ってきていた。
肌寒くなってきたからか、ジョーさんは既にスーツの上も着込んでいる。
……はっ、まさか!?
「ジョーさんって、職業訪問販売業だったりしますか?」
「は? それって最近噂のアレか?」
頷く。
「んなワケ。俺は人と喋るのが好きじゃねえんだよ」
……喫茶店にたむろしてるのに?
ずっと喋ってるのに……?
「……なんだよ。とにかく、俺じゃねえからな!」
まあ、それはそうだろう。
このあたりに住んでいる人がセールスをしているのだとすれば、すぐに噂は広まるだろう。
というか、このあたりに住んでおいてぼったくり価格で売りさばくなんて、無謀もいいとこだ。
「ってか、最近喫茶店に来ねえな?」
喫茶店にはもっぱら遥に会いに行ってたわけだし。
遥が家にいる以上、確かに行く機会は減った。
「でもまたすぐ行きますよ。って、ああそうだ。喫茶店の近くで工事してるところがあるんですよね?」
「あー……あったな。確か……あそこだ」
と場所を聞いて、ジョーさんと別れて工事現場に来てみた。
解体工事をしてたのか……。
今となっては既に更地。次に建築するまでは当分静かになることだろう。
……となると、そろそろ遥も帰ってしまうのかなあ。
同棲気分で恥ずかしい気持ちも確かにあったが、それ以上に物寂しい気持ちになる俺であった。
――――――――――
大学も休み、バイトも休み。
遥は喫茶店の手伝いということで、俺は自宅で怠惰を貪りに貪っていた。
もうそんなに貪れる? ってくらい貪っていた。
その時である。玄関の呼び鈴が鳴った。
だらけていた俺は、億劫そうに立ち上がりドアを開ける。
そこには、スーツを着た小太りの男性が。
……って、何処かで見たような。
「っ……! こんにち………………は……?」
ドアが開くや否や営業モードに切り替わり、声を一オクターブほど上げて喋る男性だったが。
俺の姿を見た途端尻すぼみになっていった。
「……なんですか?」
恐らくは件の訪問販売。
ぼったくり価格とはいえ良質な布団を買ったこと自体は満足していた。
値段は不満足だけどな!
「え? えー…………えーと……、わたくし………………え~……」
二の句が継げないセールスマン。
俺は黙ったまま見下ろし続ける。
……ああ、そうか。身長差があるから余計威圧感があるのか。
「し……失礼しましたっ!!」
踵を返し、逃げるかのように走り去っていく。
というか逃げていった。
階段を飛び降りるように下りて行った男性に向かって。
「あの!!」
俺は声を掛けた。
「ひゃい!?」
「カバン……忘れてますよ」
サンダルに足を通し、落としていったビジネスバッグを拾い上げて階段を下りる。
「あ、あり、あり……ありがとう、ございます……」
ガタガタと震えるその姿。
ここに来て思い至る。ああ、この人俺の顔に怖がってるのか。
しかし俺はこの人に敵意はない。にっこり笑顔で送り返すのが大人というものだ。
「いいえ」
にっこり。
「ひい!? そ、そそそそそそれではっ!!」
脱兎である。
「………………」
人生、うまくいかないものだなあ。
その後、この地域で訪問販売は現れなくなったという。
「……最近、セールス来ませんねえ」
遥がそんなことを言っていたが、俺は何も言わずにおいた。
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