失恋と同棲気分とひなたの突撃
翌朝。
何やら鼻をくすぐる良い匂い。
匂いによって意識は浮上した…………けど、眠い。
俺の目は完全に開かず、体を動かすのも少しダルい。
続いてやってきたのは背中の痛みだった。
…………あ、そうか。床で寝たんだった。
「あ、ジローさん。おはようございます」
寝間着のままエプロンをつけた遥。笑顔である。
「………………」
一気に眠気が飛んだ。え、何今の。天使?
家庭的な天使?
「もうすぐ出来ますから、顔洗ってきてください」
「……ふぁい」
頭はまだ寝惚けていた。
体を起こすと、床で寝た所為か疲れが取れていないのがわかる。
少しフラフラしながら洗顔、そして歯磨き。
…………よし、少しスッキリした。
戻ってくるとローテーブルには昼飯かと見紛うほどの豪華な食事。
食パン、サラダ、目玉焼きにベーコン、そしてコーヒー。うむ、理想的な朝食である。
昼飯かと見紛うほどって言っただろって? それは俺がいつも朝飯を食べないからだ!
「いただきます」
まずはコーヒーを一口。あ、さっきの良い匂いってこれか。
食パンを食べようと口を開きながらふと前を見ると、視線を落としながらコーヒーに口をつける遥の姿。
「どうかしました?」
「あ、いや、なんでも。美味しいよこれ」
と、誤魔化すために言ったはいいが、まだ何も手につけていない。
俺の動揺を知ってか知らずか、遥は微笑んで俺を見る。
ぬう。落ち着かない。
遥と向かい合って食事するなんて今までも何度もやってきたはずなのに。
まるで同棲してるみたいだな、なんて思ったら。
超恥ずかしいなんて!!
混乱を誤魔化すために食事を口に詰め込もうかと手を伸ばす。
だがその手はピタリと止まった。
せっかくだから味わって食べないとな。
「どうですか?」
「美味しいでふ」
味わって食べた結果美味しすぎて口に詰め込みすぎた俺だった。
………………
食べ終わってほんの一息。
向かい合って座っていたはずの遥は、気が付けば俺の隣に。
ほんの少しもたれかかり、スマホをいじっていた。
チラリと画面を見てみればただのニュースサイト。
割とくつろいでいるようだった。
「あ」
そしてふと思い出す。
「今日朝からバイトだった」
時間を見ればそろそろ出ないと遅刻しかねない時間である。
履き古したスニーカーに足を突っ込み、玄関を出ようとすると。
「ジローさん」
遥が呼び止める。
振り返る。
「今日晩御飯、何食べたいですか?」
「………………」
同棲か?
同棲なのか!?
「……ジローさん?」
何も答えない俺に訝しげな視線。
いかん、答えないと。
「わ、わ、わ……和食、で」
「はい、和食ですね」
にっこり微笑む。待って、俺死んじゃう。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「……行ってきます」
まるでのぼせたようにフラフラと外に出て。
太陽を見上げると、あまりにも眩しくて。
「やっべ」
それしか言えない俺だった。
そして扉を挟んだ向こう側。
『同棲っぽい』と俺と同様に意識をした遥が顔を真っ赤にして身悶えしていることを。
俺は知る由もない。
――――――――――
「ありがとうございましたー」
昼飯時も過ぎ、客足も落ち着いた頃。
補充も……そんなに急ぎじゃないか。
掃除でもするかな。
そして店の前に出た瞬間。
「せーんーぱーいー!!」
向こう側から土煙を上げながら駆け寄ってくるのは。
「ひなたか!! かかってこいこの野郎!」
ドドド、なんて聞こえてきそうなほどである。
徐々に輪郭は大きくなり、笑顔で駆け寄ってくる顔が見え始める。
「せーーー」
更に近付く。ひなたが渡る瞬間信号は青になった。ちなみに正式名称は交通信号機。
「んーーー」
更に更に。ひなたが通りがかった瞬間赤ん坊は大声で泣き出した。お仕事ご苦労さまです!
「ぱーーー」
もっともっと。シルバーカーをひいたお婆ちゃんのスカートが翻る。わーお。
そうして俺の前にやってくるひなた。俺は真正面から受け止めるために腰を落として手を開く。
「来いコラァ!!」
「いーーーっ!!」
だが。
俺の前で急ブレーキ。そして側面に回ったかと思うと。
横っ腹に突撃してきた。
「どわああああああ!!」
溜めた分威力が増したタックルに吹き飛ばされ、俺とひなたは店の前で転がる転がる。
「おっはよーございます!!」
「うう……横っ腹が……肋折れてない?」
「大丈夫ですよ、いつか治りますから!」
それ大丈夫の範疇じゃないからな。
昼勤のひなたが、俺を見つけるや否や突撃の構えを取ったようで、突撃を終えた後はまるで嵐が去ったかのように静かである。
「先輩!! おはようございます! おはようにはおはようですよ!!」
嘘だった。くっそ騒がしいヤツがいた。
「ああ、おはよう。はよ着替えてこい」
「はい! 先輩夕方までですよね?」
頷いて返事する。なんでこいつは俺のシフトまで把握してるんだろうな。
たまーに間違えて出勤した日とか、俺がシフト確認する前に指摘する時あるし。
「よかったら今日一緒に夕飯どうですか? 私が終わってからになりますけど」
「あー、今日は無理だ」
遥が作ってくれてるからな。流石に育ち盛りの俺と言えど二食はキツい。
それに成長期終わってるしな。
「……遥さん、ですか?」
「ああ、今日は作って待ってくれてるみたいなんだ」
それだけ言って店内に入ろうとするが。
俺の肩をひなたの手がぐわしと掴んだ。妙に力強い。
「待ってください。どういうことですか?」
「どういうこと……?」
……何が?
「ああ、制服の下に着てる服のことか? これは洗濯が間に合わなくてな、だからご当地ゆるキャラのシャツを……」
「そんなことはどうでもよく…………いえ、それは後で見せてください。ってそうじゃなくて!」
なんだというのだ。
「待ってくれてるってどういうことですか! ついに通い妻になったんですか!?」
ついに、って。今回はたまたまそうなっただけで。
「今日はたまたまだよ。何なら食いに来るか? 言っておけばお前の分も用意してもらえると思うけど?」
「え、いやあ……それはさすがに……でも……?」
なんかもにょもにょしてた。
チラチラと俺を見てくる。はよ決めろや。後早く着替えてくれ。
「…………行きます!」
「おう、遥に言っとくわ」
その後、バイト中チラチラとひなたからの視線を感じる俺であった。
ちなみにメッセを遥に送ったら、快い返事が返ってきていた。
――――――――――
「お邪魔しまーす!」
バイトが終わったひなたが来た。
食卓には俺の要望通りの和食が並んである。
肉じゃが。ほうれん草のおひたしに味噌汁。
「早く食べよう、さあ早く食べよう」
これほどの食事を前にお預けをくらっていた俺は最早我慢の限界である。
テーブルの前で忙しなくそわそわしていると。俺の前にご飯が置かれる。
「早く! ひなた早く!!」
「ちょっと待ってください! 手洗いの最中ですよ!」
そんなのいいから、とは言えない。手洗いうがいは大事である。
だけど! だけども!!
早く食べたいのですよ私は!!
「遥さん、私までご馳走になってしまってすいません」
「ううん。大勢で食べた方が美味しいし」
「でも本当に遥さん料理がお上手ですよね。肉じゃがとか本当に美味しそうです! 今度よかったら作り方教えて下さいよ!」
「ええ、もちろん。だけど私もそんなに得意ってわけじゃないよ?」
うう…………ううう…………。
「そんなことないですよ! 私は洋食ばっかりなんです。和食って難しくて……」
「そうかな? 私は洋食の方が難しいと思うけど……」
ううう……! ううううう……!!
「じゃあ、今度はお互いに得意料理を教え合うのも良いかもしれませんね」
「それいいかも。今度やろ? 他に人を呼ぶのもいいかもね」
「ちょいとあんたたち!! あたしを餓鬼にでもするつもりかい!?」
もう我慢の限界だった。
腹は鳴り、空腹から胃酸過多で若干の気持ち悪さまである。
もう食べないと死ぬ! 死んじゃう!!
「あはは、じゃあ食べようか。いただきます」
「はい、じゃあご馳走になります……いただきます!」
「いただきます!!」
その後一心不乱に貪る俺。
え? 味がどうだったかって?
美味いに決まっておろうが!!!!
大変美味しゅうございました。
――――――――――
夕食後。
満足した俺はベッドにもたれかかるように足を伸ばす。
「遥さん、ごちそうさまでした」
「ううん、お粗末様」
目の前では女子二人が洗い物をしながらきゃいきゃいしていた。
少しだけ罪悪感があるけれども、お腹いっぱいで動けませーん。
それに二人でやればすぐ終わるようで。
あっという間に完了である。
「それじゃあ……帰ります?」
と、ひなたは遥に向かって言うが。
「うん、気を付けて帰ってね……ジローさん、送っていきます?」
「むり、うごけない」
ひなたは俺と遥を交互に見やる。
なんだよう。食べすぎたってだけだよう。
決して面倒だから行かないとかじゃないんだぞ!?
「あれ…………帰らないんですか?」
「うん、今ジローさん家に泊めてもらってるの」
「………………は?」
満腹感に苦しみながらひなたに説明する。
満腹って幸せだけど苦しいよね。
「へ、へえ…………そうなんですか」
「とりあえず落ち着くまで、だけどね」
「じゃあなひなた……気をつけて帰れよー」
とはいえまだ遅い時間じゃない。人もそれなりにいるから心配はないだろう。
なのだが。何故か帰ろうとしない。
それどころか。
「あ、あれー? 鍵、コンビニに落としちゃったかも~?」
なんてことを言い出す始末である。
「帰りに取りに行けばいいだろ。どうせ通り道だ」
「……………………」
何故か睨まれた、なんで。
「あ、違った。今日バイトに行くときにアリクイに盗まれたんだった!」
「なんでアリクイ」
こんな町中にいたら騒ぎになってることだろうよ。
「だから今日泊めてください!」
「無理」
「なんで!!」
「こんな狭い部屋で三人も寝れるか!!」
「修学旅行みたいで楽しいかもですよ!!」
何故か頑なに帰ろうとしないひなた。
結局夜遅くまで居座り、泊めることとなってしまったが。
まあ……同棲を意識して遥とギクシャクするよりかは、よかったの……かも?
読んでいただきありがとうございます。
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