失恋とホテル
なんやかんやありましたが。
始まりました、初めてのデート。
電車で三駅、降りたそこはこのあたりで一番大きな街。
そこから歩いて15分ほど。
……って、こんな風にダイジェストで言ってるけど、ちゃんと気を使ってたよ? 本当だよ?
電車の座席は彼女に譲ったし、車道側を歩くようにもしてる!
とまあ、そんなわけでたどり着いた先は。
「お……っきいですね……」
遥ちゃんは上をポカーンと見上げる。
俺も同じように見上げる。ネットではこんなに大きいってわからなかったしな……。
そこはここらで一番大きいシティホテル。
「……って、ホテルですか!? 初デートなのに!?」
ぼっと顔を真っ赤にして、俺を見上げる遥ちゃん。
って、違う!
「いや、違う違う! ここの二階で、スイーツビュッフェをやってるんだよ!」
そういえばそうだ、スイーツビュッフェのことしか考えてなかったけど。
ここホテルだった!
「え、ああ……そうなんですね。びっくりした……」
「ごめん、なんか紛らわしくて……」
いえ、って言いながらもまだ胸を抑えている。
何処に行くのかはお楽しみ、とか言っておいて。辿り着いた先は大きなホテル。
そりゃびっくりするわ。
「とっても美味しいって評判らしいんだ」
口コミで。
「そ、そうなんですね……」
まだ胸を抑えていた。そんなにびっくりしたんだろうか。
「じゃあ行こう、予約してる時刻までもうすぐだ」
正直、昼飯前に甘いものはどうかと思ったけど。
女の人は甘いものが好きっていうし、きっと大丈夫だろう、うん。
「……はい」
「…………どうかした?」
何か様子がおかしい気がする。
意を決したような、覚悟を決めている途中のような、そんな表情。
「実は体調が悪いとか?」
「い、いえ……沢山食べられるように、気合を入れてるだけです」
「ははは、なんだそっか。俺も負けないようにしないとな」
先導する。
ドアマンに扉を開かれ、思わず会釈。
中に入ると、まるで違う世界に入り込んだよう。
天井は高く、吹き抜けになっていて。シャンデリアがまるで宝石のように輝きながら散りばめられている。
思わず呆けてしまう。
「すごいですね……」
隣にいる遥ちゃんも、豪奢な内装に唖然としていた。
「いらっしゃいませ」
入口から動かずに眺めていると、ホテリエが対応にやってきた。
「…………ああ、今日、スイーツビュッフェがやってると聞いたんですが」
上の証明ばかり見ていて眩しかったので、目を細めたままホテリエへと視線を移す。
「……………………ええ、あちらのエレベータから二階に上がっていただければ、催してございます」
おお、すげえ。表情を崩したのは一瞬だけだった。
流石はプロだと思う瞬間だった。
会釈をして場所を離れ、エレベーターへと向かう。
「は~……」
エレベーターの中に入った途端溜め息が漏れる。
「俺さ、エレベーターってショッピングモールのやつしか使ったことないんだけど……全然違うね」
「次郎さんの家エレベーターありませんもんね。私もありませんけど」
「そうそう、眠りが浅い時とかさ、階段上ってる時のカンカンっていう音で目が覚めちまうこともあるんだよ」
「私は実家で一軒家ですから……そういった経験はないですねえ」
無い方がいい、あの後目が冴えてしまって寝れなかった時とか、やり場のない怒りを覚えるだけだから。
二階という階層の近さもあり、すぐに到着する。
エレベーターが開く、するとそこは更に別世界だった。
ホテルの中が金持ちの空間だと例えるならば、ここはまるでファンシーの世界。
色とりどりの、ありとあらゆるスイーツ。
入ってすら無いのに、甘い匂いが充満しているようだ。
「予約した昼河ですが」
「昼河様…………はい、ではこちらへどうぞ」
奥の席へと案内される。
…………おうおう、女性の視線を一身に集めているのがわかる。
しかしそれは色めき立つものではない、色で言うなら全員青ざめている。
椅子が引かれ、腰掛ける。
タイミングがわからず四苦八苦していたのは周囲に失笑された。そんなに見ないで。
「お時間は90分制となっております」
「わかりました」
深々と一礼をし、店員が去って行った。
…………にしても、遥ちゃん静かだな。
店に入ってから一言も喋らないし。
「遥ちゃん?」
「は、はいっ?」
「色々見に行こうか?」
「……そうですね、はい」
白の平皿を取り、一枚手渡す。
まずはケーキから。
ケーキと言えば生クリームのショートケーキばっかりだったんだけど、なんか……色々あるな。
ショートケーキの形じゃないやつまであるのか。
その隣は果物のタルトや、プリン、ゼリーなど。
一言にスイーツと言っても様々な種類があるみたいだ。
一人で来ることなど無い場所で、俺は多少浮かれていたのだと思う。
遥ちゃんが脂汗を流しながら横にいることを気付くのは、もう少し後のことだった――
………………
…………
……
「…………取りすぎた気がする」
バイキング……いや、ビュッフェだっけ? 色んな種類があるから無駄に取りすぎてしまうんだよな。
まあ、二人なら大丈夫だろう、たぶん。
「遥ちゃんは………………って」
白い平皿の上には、ぶどうが二粒、そしてりんごが三切れ。
「やっぱり、何処か体調が……?」
「大丈夫、です。元気ですよ?」
とてもそうは見えない。
顔は青ざめており、うっすらを汗を浮かべているほど。
「何かあるなら言って欲しい」
それだけ言って、じっと遥ちゃんの顔を見る。
どれだけ時間が経ったか、観念したかのように深く息を吐いた。
「実は……甘い物が、大の苦手で……」
「え」
「匂いだけで胸焼けして、吐き気がするんです……」
そういえば。
俺は遥ちゃんが好きな物、嫌いな物を知らない。
まず聞いておくべきなんじゃなかったんだろうか。
そのうえで予定を立てるべきだった。
女の人だから甘い物でいいだろう、という安直な考えが。今の結果を招いた。
「ゴメン、出よう」
「え? でも――」
ああ、そうだな。
「うん、取ったのは食べていかないとな。勿体ない」
廃棄になってしまうだろうし、無駄にしたら追加料金になる可能性がある。
大口を開けて、一気に流し込む。
「ヒッ……! 悪魔……!」
通りすがりの女性がなんか言ってたけど聞こえない振りだ。
確かに、甘い物だらけだと胸が悪くなるな。苦手なら尚更か。
遥ちゃんの皿の上に乗った果物も摘む。酸味が甘い物の緩和にちょうどいい。
「んっ……!?」
このぶどう美味い!
「遥ちゃんも食べてみな! このぶどう超美味いから!」
そう言って、残りの一粒を指で摘み上げて。
遥ちゃんの口に押し当てた。
「んむっ!?」
「あ……ゴメン!」
俺はなんてことをしてしまったんだ。
パッと手を離す。ぶどうが皿の上に落ちた。
「ぶどうも苦手だった!?」
キョトンとした遥ちゃんの表情。
二度、三度と瞬きをして、そして。
「ふ、ふふ……っ」
薄く笑い、皿の上のぶどうを摘み、口の中に入れた。
「本当だ……とても美味しいですね」
言いながら笑う遥ちゃんの表情に、俺は見惚れてしまうのだった。
――――――――――
「本当にゴメン!!」
ホテルを出た俺は腰を90度曲げて謝罪する。
それを見た人たちは何事かとチラ見していくが、正直俺はそれどころじゃない。
「いえ、本当に良いんです。言ってなかった私も悪いんですから」
「いや、聞かなかった俺が悪い」
どうして気付かなかった。
座席を譲るとか、車道側を歩くとか、それよりももっと大切なことがあっただろう。
「でも、最後のぶどうは本当に美味しかったですから……」
「もっと他のビュッフェに行ってたら、もっと色々食べられたのに……」
決して食いしん坊というわけではないし、食いしん坊にしたいわけでもない。
嫌な思いをさせてしまったのが本当に申し訳ないのだ。
「本当に、大丈夫なんです」
「でも……」
「ここに来たからこそ、あれだけ美味しいぶどうに出会えたわけですし、それに……慌てる次郎さんも見れなかったわけですから」
「………………それは……」
はにかみながら言う遥ちゃん。それは卑怯じゃないだろうか。
「楽しかったですよ。積極的な次郎さんも見れましたし」
「だから、それは……」
確かに、謝り続けてデートが終わるのも後味が悪いのは確かだ。
そういう空気を払拭してくれようとしてるんだろう。
まだ謝り足りないのは事実。事実だけれど、自分の気持ちの押しつけばかりになってしまう。
「なら……この後、遥ちゃんが食べたいのに行くか!」
「え……私のですか?」
「そう、今回は俺のリサーチ不足でこんな結末になってしまったからな、遥ちゃんの好きな物を知っていきたいんだ」
少し上を見上げて、思案顔をしたあと。
「じゃあ、行きましょうか。考えてたらお腹空いてきました」
そして手を差し伸べてきた。
慌てて手を差し出すと、その手を握って先導を始める。
「でも、この街にあるのか? それとも戻る?」
「前々からチェックしていたのがあるんですよ。今だけの限定フェアでして」
そう言う遥ちゃんの表情は先程よりもとても生き生きしていて、俺まで嬉しくなる。
早めに出て、昼時ということもあり人通りは多い。
様々な飲食店には見向きもせず、遥ちゃんは一直線に前を向いて進み続ける。
そうして、着いたのが。
「ここです!」
鍋専門店。
入口の横の看板には、こう書いてあった。
『激辛フェア実施中』
「………………」
こう来たか。こう来ましたか。
「ネットで前々から気になってはいたんですけど、お鍋って一人じゃ少し多いですし、ここに一人で来るのも用事がないと……って感じだったんで」
彼女の表情はとても輝いている。
俺はこの後の口内刺激を想像すると血の気が引いていく。
そう、わたくし、次郎は。
辛い物が大の苦手なのであります。
しかし、しかしながら。先程遥ちゃんをあんな目に合わせてしまったのです。
ここは泣き言を飲み込んで、不平不満を漏らさず、やり通してみせましょう。
思わず心の中まで敬語になってしまう。
「……次郎さん?」
不安そうな表情。
……ダメだダメだ! 頑張れ次郎! 負けるな次郎!!
「――――さ、さっき、甘い物沢山食べたから、辛い物が逆に食べたかったんだよなあ!!」
空元気である。もちろんである。
「ですよね、行きましょう!」
しかし、彼女の笑顔を絶やさないためなら俺はどんな努力でもしよう。どんな我慢でもしてみせよう。
二人で手を繋いでのれんをくぐる。
その後。
口の中が烈火の如く燃え盛り、悲鳴を上げてのたうち回る俺に。
苦手なら苦手と言ってください! と烈火の如く怒る遥ちゃんのダブルパンチで終わるのであった。
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