失恋とストーキング×3
今日も視線を感じる。
平日、休日。昼間ならだいたい感じる、背後からの視線。
民家のブロック塀によって出来た十字路。それを右に曲がる。
そして振り返り数秒待つ、すると現れたのが。
「きゃっ!?」
「こんにちは、二夕見さん」
友人だと言うのに俺をストーキングする、謎の女性だった。
びっくりしたという気持ちを誤魔化すために、ウェーブのかかったセミロングの栗色の髪を弄る。
しかし、その時である。
二夕見さんはバッと後ろを振り返る。
髪が翻り、シャンプーの良い匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
怪訝な表情で背後を見る。それはまるで。
「どうかした? まさかストーカーされてるとか? なんてね、ハハ――」
「…………うん、そうみたい。最近、よく視線を感じるんだ……」
「ハハ――」
…………嘘だろ?
第一話。二夕見 花蓮、ストーカーされる。
……いや、二話無くていいから。
「とりあえず、人通りが多い所に行く? その方が安全だろ」
「うん、じゃあ昼河くんは前を歩いて。私は後をつけるから」
「なんでだ!」
もう会ったんだから一緒に行けばいいじゃん!
染み付いたストーカー気質というやつか。
やたら後ろを歩きたがろうとする二夕見さんを説得して、俺の隣に歩かせることに成功。
横を見て二夕見さんと会話しながらチラリと背後を視線だけで確認するが、シルバーカーを押した老婆しかいない。
「……まさか老婆?」
「そんなわけ…………まさか?」
二人とも振り返る。
花がら模様のシルバーカーを押したお婆さんは、ゆっくりと俺たちの方へと向かってくる。
その道筋に迷いは無く、カラカラと車輪を回しながら一歩、また一歩と歩みを進めていた。
やがて俺たちの傍まで来る。そして。
「こんにちは」
挨拶された。
「こんにちはー」
俺と二夕見さんは笑顔で応える。そしてお婆さんはそのまま俺たちを追い越していった。
お婆さんの背中を見送る。やっぱそんな訳はなかった。
「私は知ってたもん」
嘘つけ。
「じゃあ本当に知ってるのかお婆さんクイズだ! 今のお婆さんは四丁目の佐藤さんと茶飲み友達だけど、その隣に住む山田さんとは羊毛フェルト友達だって知ってたか!?」
「もちろん!」
「嘘つけえ!!」
淀みない嘘をつける二夕見さんだった。
一連のやり取りの後、またも歩みを進める俺たち二人。
「視線を感じるって、いつから?」
「二週間くらい前かな……最近は、家に帰るのも怖くて……お母さんかお父さんに車で迎えに来て貰ってるの」
家バレするくらいならその方が良いだろうな。
しかし気付いているのだろうか、同じことを俺にしているという事実に。
「でも昼河くんの自宅ならもう知ってるよ? なんなら実家の住所も」
「………………嘘だろ?」
「うん、うそ」
冗談になってなかった。
ストーカージョーク怖っ。
「許せないよね、人の気持ちを無視して後をつけるなんて」
デカいブーメランだなあ。
「その人のことを知りたいなら、後をつけるんじゃなくて話せばいいのにね」
この人のブーメランはいつ自分に刺さるんだろう。
「っていうか、マッチョたちは? マッチョ気付いてないの?」
「マッチョ?」
マッチョ、それは親衛隊の隠語。
二夕見さんを陰ながら見守ることしか出来ない、マッチョの集団。
っていうかストーカーってそいつらじゃないのか?
「あの人たちは違うよ。あの人たちは気配が濃いから」
気配が濃いって初めて聞いた。気配に使う形容詞ではないだろう。
「それに今はいないみたい」
目を閉じてそんな事を言う。達人かな?
もうすぐ商店街に辿り着く。
そうすれば人混みに紛れて撒くことも可能かもしれないな。
「しかし、撒いた所で根本的な解決にはならないよなあ」
「そうだね、どうせまた尾行するだろうし……」
「………………」
もう何も言うまい。
となれば、元を断つのが一番良いのだろうけど。
犯人がわからない以上、突き止めることも難しい。
なら、こうしてみるのはどうだろう。
「二夕見さん」
俺が手を差し伸べると、きょとんとした表情で俺の手を握る。
その手を握り返し、俺は商店街の中を走った。
「きゃああっ!?」
突如起こる慌てた声。見れば強面の男が女の手を引いて走っていた。
スマホが向けられる。しかし慣れたものだ、俺の人相はネットを介して全国に広がっていることだろう。
この時俺は気付いていなかった。俺が二夕見さんの手を引いて走っているのがフジさんに見つかり。
フジさんが残りの常連組に話し、誰かから遥に経由するということを。
その晩、遥に電話で怒られるのは……それはまた、別の、お話。
今はとにかく後ろのストーカーを慌てさせることが必要。
手を繋ぎ、入り組んだ路地を走り抜ける。
右へ、左へ、まっすぐ。ジグザグに曲がりながら走り続ける。
息も絶え絶えな二夕見さん。一体どれだけ走っただろう。
「ちょっとここで休んでて」
「はあ……はあ…………え?」
俺はもっと細い路地へと身を投じ、来た道順の裏を回るように進んで行く。
すると、いた。
赤いネルシャツに袖を通したおかっぱ頭の男性。
電柱に身を隠し、電柱に爪を立てている。
ガリガリとひっかき、電柱には赤い跡の道筋が出来ていた。
…………怖っ。
おかっぱの男性は違う電柱に移動する。そこは二夕見さんがよく観察できるであろう場所だった。
そして。
驚いたことに、おかっぱが最初に電柱にいたところに、女の人が身を隠した。
真っ黒なロングヘアー、何やらフリフリのカチューシャなんかしちゃったりして。
いわゆるゴスロリファッションといったところだろうか。
ゴスロリが電柱を見る、正しくは電柱についた血の跡だが。
それを――――舐めた。
「ヒェ」
思わず声が出た。運良く誰も聞いていなかったようだが。
待てよ、つまり……?
俺をストーカーする二夕見さん。
二夕見さんをストーカーするおかっぱ……河童でいいか。
河童をストーカーするゴスロリ。
俺、二夕見さん、河童、ゴスロリ。
ストーカーの連鎖だった。なにこれ!?
俺は忍者もびっくりの隠密術で二夕見さんの元へと戻る。
二夕見さんは持っていたハンカチで首筋などを軽く拭いていた。
そんな艶めかしい光景を見せてしまうと河童は昇天してしまわないだろうか?
「あ、おかえり」
「ただいま。とんでもなかった」
「ん?」
見てきた景色を説明する。
最初は興味ありげに頷いて聞いていたが、徐々に顔が引き攣ってくる。そりゃそうだ。
「ど、どうしよう……こんなことなら知りたくなかったかも……」
確かに。まさか後ろ二人がぶっ飛んだ二人だったとは。
しかし、俺には考えがあった。
「二夕見さん、志保ちゃんさんを呼んでくれないか?」
「志保ちゃん?」
彼女が揃えば、作戦開始だ。
………………
…………
……
「ごめん花蓮、待った?」
「ううん、ごめんね急に呼び出して」
「いいよ、買い物行きたいんだって?」
「そうなの、一人じゃ寂しくって」
志保ちゃんさんにはメッセである程度の事情は話してある。
二つ返事で承諾してくれた彼女は友達想いと言わざるを得ない。
俺は細い路地に身を隠し、二人が離れるのを待つ。
「じゃ行こっか」
「うん、行こ」
二人の足音が遠ざかって行く。
それと同時に、誰かの足音が近付く。
河童が横切った。
「………………」
人生で一度でも河童が横切ったって言う日が来るとは。
「ふふ」
思わず笑いがこぼれた。
いかん、気を引き締めろ。
河童の足音が遠ざかり、新たな足音が。
ヒールを履いているのか、コツコツという音がわかりやすい。
フリフリが視界に入る。目的の少女だ。
俺は細い路地から身を出し、ことさらに低い声で声を掛けた。
「あの、ちょっといいですか」
ゴスロリは振り返る。
至近距離に俺の顔。
そう、俺の顔だ。
次にゴスロリがする反応とくれば――
「いやああああああああああああああああああああああああああああ!!」
大絶叫である。
何処かの犬が絶叫に釣られて吠えだした。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああ!!」
尚も叫ぶ。
犬の吠える声がどんどんと増えだした。
耳がキーンてする。
「大丈夫ですか!?」
そして現れるのは志保ちゃんさん。
キッと俺を睨みつけ、俺の腕を掴む。
そして近くで動転している河童を見つけ、声をかけた。
「すいません! 私たちはこいつを警察に連れて行くんで、この女性を頼んでも構いませんか!?」
俺を引っ張る志保ちゃんさん。
ところが河童は話しかけられると思っていなかったのか、キョドり始める。
「え、え? あ、え、えっと……」
そしてそこに決め手となる二夕見さんを投入。
「ごめんなさい、お願いします」
ぺこり、と河童に頭を下げる。
まさかストーカー相手に頼み事をされるとは思っていなかっただろう。
「は、は、は、はい!!」
慌てながらも承諾。そして俺は志保ちゃんさんと二夕見さんに連れて行かれる。
「ほら来い! 顔面性犯罪者!!」
言い過ぎ。
いや、言い過ぎ。
「ちゃ、ちゃんと歩いて……この、ノロマ!」
言い慣れていない二夕見さんが新鮮だった。
人が集まってくる前に取れた連携でその場を立ち去った俺たちは、騒ぎになる前に遠くまで離れる。
「いやー、いきなり呼ばれた時は何かと思ったけど……楽しかったね!」
「ごめんね、昼河くん」
「一番謝るべき人がいると思うんだけどな」
「え。あの時はああ言うしか無かったんだって」
そうだろうか。
果たしてそうだろうか? 私はそうは思いませんが。
本当にそうでしょうか?
「…………まあ、これで片付けばいいけどな」
「……うん。ありがとう、昼河くん」
「ストーキングはやめましょうってことだね」
「……うん。ありがとう、昼河くん」
あれ、なんか二夕見さんバグってない?
――――――――――
風の噂で聞いた話だが。
あの後、河童はゴスロリに捕食されたらしい。
メンヘラでヤンデレという神器を持った少女に捕獲された河童は、将来的に五人の子どもを産まされて幸せに暮らしましたとさ。
めでたしめでたし。
読んでいただきありがとうございます。
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