失恋と後輩の我慢。我慢は良くないよね
「なんかって……なんですか?」
コンビニの裏口の前で、俺たち二人は見つめ合う。
避けられているとは感じない、だけど今までのひなたとは何かが違う。
それが俺たちにとって良いのか悪いのかはわからない。だけどこれだけはハッキリと言える。
「なんかもやもやする」
ハッキリ言った割には言語化出来ていない俺だった。
「もやもや」
俺が言ったことをオウム返し。
何処かで犬の遠吠えの声がした。沈黙している中、周囲の音がやけに鮮明に聞こえてくる。
「あれ? 二人共まだ帰ってなかったんだ?」
と。
裏口がいきなり開いたかと思うと、バイトの先輩が現れた。
「ええ、ちょっとだけ話をしていて」
俺がそう言うと、何故かニヤニヤし始める。なんでだ。
「へえ……」
とても下世話な笑みだった。
余計な詮索はしないのだけが救いだったが、恐らくは勘違いされているはず。
……まあ、無駄に訂正する必要もないか。そう思っていたのだけれども。
「ダメですよ、先輩には彼女さんがいるんですから」
そう言って、へにゃっと笑うひなただった。
「へえ、そうなの?」
「そうなんです、じゃあお先に失礼します!」
もはや言い逃げである。
有無を言わさずに走り去っていくひなたの背中を、俺は慌てて追いかけることに。
「待てコラ! あ、お疲れ様です!」
「あ、ああ。お疲れ~……」
――――――――――
閑散とした住宅街。
一軒家やマンションには明かりがちらほら、街灯が俺たちの道筋を導いていく。
静かな道に二つの足音、そして息を切らせる吐息。
「はあ…………はぁ……っ、なんで……息、切れてないんですか……っ!」
「体力だけは有り余ってるからな」
発散方法が無いだけだ。映画見ながら運動できたらそれが一番良いんだけどな。
道すがらの公園の前で立ち止まったひなたの手を掴み、公園の中に引っ張っていく。
「え、ちょ……」
そしてベンチに座らせ、一言だけ。
「ちょっと休んでろ」
それだけ言って背を向けて、自販機へと向かう。
もしかしたらその隙に帰ってるかもしれないが……まあ、その時はその時だろう。
俺はミルク入りのコーヒー、ひなたにはミニペットボトルのミルクティー。取り出し口から二つの飲み物を取り出し、ベンチへと戻る。
ひなたは既に息を整え終わったのか、座り込んだままぼうっとしていた。
俺の姿を見つけるや否や。
「あ、先輩っ!」
目を輝かせて俺を呼ぶが、次の瞬間には目を伏せる。
これなのだ、違和感の正体は。
「ほい、これでいいよな」
「……ありがとうございます!」
ひなたの元へ戻ってきた俺はひなたの隣に腰掛けた、
ミルクティーを渡すが、フタも開けずに両手で包み込むように持ったまま呆ける。
そして小さな溜め息が漏れた。
「なんかあったのか?」
「え?」
「いや、なんか元気ないから」
「……元気ですよ!」
元気はある。それは確かだ。
しかし俺の知ってるひなたはそんな空元気ではない。
いつでも底抜けに明るく、俺をバカにしながら過剰なスキンシップを行う。
しんどい時にやられると軽く鬱陶しいくらい、それがひなたなのだ。
「…………そうか、まあ……なんかあったら言えよ」
「……はい」
プライベートな事なのかもしれない。
ならば、深く詮索しないほうが良いだろう。
仲は良いが、線引きはキチンとしておくべきだ。うん。
…………いや、本当にそうか?
ひなたの今までの行為を、言動を思い返す。
「いや……」
「先輩?」
「やっぱ話せコラ。今、すぐ、ここで。ナウ」
「先輩!?」
踏み込むべきではない?
線引きはするべき?
こいつにそんな配慮はいらんだろう!
「お前のプライベートに関することかと思って聞かないでおこうかと思ったけど気が変わった。話せ」
「な、なんで気が変わったんですか……?」
「今までのお前の言動を振り返ってみろ!!」
――あ、先輩! 昨日と同じ服ですね、洗濯してないんですか!?
――先輩! 腰から見えたパンツ、三日前と同じのですけど数少ないんですか!? 買ってあげましょうか!?
――先輩! 餃子食べましたね、にんにくくっさいですよ!!
「なあ、お前に配慮ってする必要あるのか?」
「…………も、もちろん……必要です、よ?」
「……ホントに?」
「ええ……」
と言いながらも、ひなたの瞳は大海原を泳いでいる。
瞳の下にはヨットが見えるくらいだ。
「お前にはデリカシーがない! だからお前にデリカシーを持つ必要もない!!」
人差し指を突きつける。ひなたは二の句が継げないらしく、口をパクパク。
「…………こ、こういう時『どうしても言いたくないなら構わんが』みたいな前置きないんですか……?」
「ない。何が何でも聞き出す。お前にプライバシーがあると思うな」
「あ、あははは……もう、しょうがないですね……ふふ」
多少、いやかなり強引だった。
だがしかし、こいつは自分の心を施錠しようとしていた。だからこそ強引にでもこじ開けるしかないと判断したのだ。
呆れたように笑うひなたを見て、この強引さは功を奏したのだと確信する。
ペットボトルのフタを開け、唇につけて少し傾ける。
ミルクティーがひなたの口内へと流れていく。
口端に少しだけ漏れたミルクティーを、ひなたは舌で舐め取った。
…………って、なんで俺はこいつの飲む姿を艶めかしく表現しとるんだ。
「……先輩って、遥さんと出会ってから毎日幸せですよね」
「ん? ああ、まあな」
「だからですよ」
だからって何が?
そう聞き返そうとひなたを見ると、真剣な表情だった。
「私の過剰なスキンシップは人を誤解させます。当人同士が何も思っていなくても、周りの人が誤解するんです」
「過剰な自覚あったのか……」
「だからです。だから……出来るだけ、いやもう、絶対に、触れ合っちゃいけないと思って」
……言いたいことは解る。
俺が二夕見さんにくっつかれていた時や、転んだ霜崎さんを助けようとした時など。
遥はヤキモチを焼いていた。しかしそれが普通なんだと思う。
だから俺と遥の仲を円満にするために、ひなたは自分を律している。つまりはそういうこと。
「なるほどな……」
「はい……」
「まあ、その方が良いだろうなあ」
「…………ですよね」
ひなたの声はどんどんと沈んでいく。
否定されたい気持ちが少なからずあったのだろう。だが俺の立場上、否定することは出来ない。
しかし、しかしだ。
「じゃあ、お前は我慢出来るんだな?」
「…………はい、大丈夫です、出来ます」
俺はベンチを立ち上がり、ひなたの前に立つ。
しかも背中を向けて。
「……先輩?」
「見ろひなた。今の俺の背中は無防備だ」
「そうですね、隙だらけで刺そうとしても気付かないでしょうね」
「おいバカやめろ、刺すなよ?」
「フリですか?」
違うわ。フリで刺すのを要求するバカが何処にいるというのか。
俺の背中、それはひなたを誘う背中。…………何言ってんだろう俺。
「この背中を見ても何も感じないのか」
「…………も、もちろんです」
ちょっと揺れていた。
ふむ、となると次は……。
「そうかあ、こうやって横を向いて……伸びをしても…………くぅ~……大丈夫なんだな?」
「な、なんでそんな説明口調なんですか?」
何やらプルプルしていた。
ひなたの爪先が苛立たしげに地面を叩き始める。
「こんな風に背中を向けてしゃがみ込んでも、何も思わないんだな?」
まるでひなたをおんぶするかのように、ベンチに座るひなたの前に屈む。
すると、背中に微かな重みが伸し掛かる。
それは温かみを持ち、肉感的な柔らかさを感じさせた。
俺の首に腕が回され、背中にもたれかかってきたのがわかる。
「……なんでですか。ずっと我慢してたんですよ」
「ぶっちゃけ、俺の口からスキンシップして来い、なんて言えねぇんだよ」
それは遥への裏切りになってしまうから。
だけど。
「お前に我慢を強いてまで、俺だけ幸せになろうとも思えないんだ」
「先輩……」
俺は友達が少ない。
だからこそ、俺の知人には皆に幸せになって欲しい。
ひなたは俺の背中に顔を埋める。
何やら温かく湿っぽい感触…………まあ、今日くらいはしょうがないか。
「我慢って、辛いんですね」
「ああ、そうだな」
「もう、我慢しませんからね?」
「痛いのは勘弁な」
怪我をしそうなのも。
まあ、その辺の力加減は弁えているだろう。たぶん、きっと…………体鍛えておくか。
「うっ…………っく、ひっく……ずる……」
ずる?
「お前……鼻水つけてないか?」
「もう、我慢しませんからね?」
答えになってねえ!!
慌てて立ち上がるが、ひなたはそのままぶら下がる。
回した腕が俺の首に極まっていた。
「ぐえ」
「あ、すみません」
降りるのかと思いきや、そのままよじ登ってくる。
苦しいって!
「先輩、このまま帰りましょう」
「嘘だろ?」
「マジです」
まあ、夜中だし人とすれ違うことは少ないだろう。
今まで我慢してきたんだ、それくらいのワガママは聞いてあげないと可哀想ってもんだ。
太ももに腕を回し、上へと持ち上げる。
「えっちですね」
「降りても構わないんだぞ?」
「誠実なえっちですね」
それなんか変わったか?
そのままひなたのマンション方面へと歩いて行く。
時折俺の背中に顔を埋め、何やらもぞもぞしていたが。
これといった会話もなく、ひなたのマンションの前へと辿り着いた。
「おい、着いたぞ」
「いやー、先輩の背中、堪能させていただきました!!」
空元気ではなく、はつらつとした笑顔を見せていた。これこれ、こいつはこうでないと。
「そら良かったな」
「はい、後ろは堪能したので、次は前です!!」
え? と言う間もなく、ひなたはまるで抱きつくようにタックルをする。
しかし突進力に力はなく、それは本当に抱きついているようだった。
「今までのノルマを回収中です」
そう言いながら離れようとしないひなた。
グリグリと頭を俺に胸に押し付けるひなたの頭頂部を見て、俺は数度頭を撫でたのだった。
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