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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋とマッチョとダチョウ……訳わかんねえ!!


 午後も少し過ぎた辺り、背筋を伸ばしながら大学の構内を歩く。


 あー……ちょっとレポート作成に時間かかりすぎたな……。


 長時間机に向かい合っていた体の強張りが歩く度に違和感として俺に訴えてくる。


 その違和感が不快で、少しだけ顔をしかめると周りから息を呑むかのような悲鳴。


 うーむ。


 商店街の人に怖がられていないから安心してたけど、まだまだ同世代からは怖がられてるんだなあ。


 とは言え、怖がる人一人ひとりに『怖くないよ~大丈夫だよ~』とか言いまわっているとそれこそ事案。


 流れる涙を拭わずに、悲しみを胸に抱いて大学を後にしようとする。涙出てないけど。


 と。


 俺の前に立ちはだかるのは、俺の良く知った女性。


「二夕見さん?」


「ひ……ひ、ひ……昼河くん! 少し良いですか!!」


 何やらただ事ではない様子。


 切羽詰まったと言うか、もはや後には引けぬと言った背水の陣を思わせる真剣な表情。


 そして何処かから漂うマッチョの気配。


 説明しよう、マッチョの気配というのは何処かからひっそりと二夕見さんを見守る親衛隊の事を言い表すのである。


 往来のど真ん中で見つめ合う俺と二夕見さん、否応なしに視線も集まるというものだ。


 俺はと言うと、何の話かわからないのでただただ待つばかり。


 過去に戻れるなら、その時の俺をぶん殴ってやりたい。


 大事な話をしようとしてるんだ、なら人気のない場所に連れて行くべきだったと。


 やがて待つこと数十秒、二夕見さんはようやく口を開く。


 そして悪魔のような言葉を天下の往来で大声で言い出したのだ。


「……私、初めてだから! あんな風に人を誘ったの!!」


「…………………………」


 動揺、ざわめき、色めき立ち、マッチョの殺意。


 ああ、どうして。


「誰にもしたこと無いから、あんなこと!」


 何をしたかをちゃんと説明しなさい!!


 中途半端に濁すと周囲の人々の妄想が捗っちゃうでしょうがっ!!


「ひ……昼河くんに、だけだから」


 顔を赤く染め、俯いた。


 その姿は非常に可憐な姿であり、数々の男たちの胸をときめかせる仕草でしょう。


 しかし今の俺の胸は冷たいナイフを無数に突き立てられたかのような寒さを感じる。


 一陣の風が吹いた。


 それは二夕見さんの髪と俺の頬を撫でていき、そして。


 偉そうな声も運んできた。


「そうよ花蓮、ちゃんと反省しなさい。ジローには彼女がいるんだから」


 何処からともなく現れてきたのは、二夕見さんの友人である志保ちゃんさん。


 どうして彼女が胸を反らせて大仰に説教しているのだろうか。


「そ、そうだよね。ごめんね昼河くん」


「一体何の話だって言うのさ!!」


 誰も主語がない!!


 だから話題が何なのかがわからない!!


「あの、私がちょ~~~っとだけ、酔ってた日のことなんだけど」


「……………………ちょっと?」


「うん、ちょっと」


 あれが?


 う~、とかうめき声しか出さなくなったゾンビみたいなあれが、ちょっと?


 地球の裏側で箸が転がっても笑い転げそうなあのテンションが、ちょっと?


「志保ちゃんに聞いたんだけど、なんか……泊まっていけとか、言っちゃってたみたいで……」


「そうよそうよ、ジローだって肉食なんだからね、自分の身は自分で守らないと」


「酔った勢いとは言え、変なことを言っちゃって……ごめんなさい!」


「ちょっと待った」


 右手の手のひらを突き出し制止する。


「誰が泊まっていけって言ったって?」


 二夕見さんは自分を指差す。


 志保ちゃんさんを見る。


 腕を組み、目を閉じてしきりに頷いていた。


 二夕見さんを見る。


 申し訳無さそうにしていた。


「えっと」


 ごほん、と咳払い。


 よし、言うぞ。


 一、二、三。


「言ったのあんただよ!!!!」


 ビシィ、と話をややこしくした犯人に指を突きつける。


「えー?」


 だが当人はやれやれ、と肩を竦める。なんか腹立つ。


「私がそんな事言うわけないじゃない。彼氏と別れたとは言え、私の身持ちは堅いんだから」


 別れたんだ。まあそれはどうでもいい。


「二夕見さん、この記憶改竄装置に何を言われたかを教えてくれないか?」


「失礼ねー」


 ぶーたれる志保ちゃんさんは無視、俺は二夕見さんに視線を向ける。


 彼女は俯いて指折り数えだした。


「んと、いきなり抱きついた、昼河くんの口からチーズを口で奪い取った、背中に伸し掛かった、泊まっていけって言った……」


 合計四本の指を畳んだ。


 そしてざわめく周囲の声。しまった、人が居ない所で話すべきだった。


 いや、ここは敢えて話すことで誤解を解くべきか。


「まずは一つ目、いきなり抱きついた……ってのは、ガチ」


「やっぱり……」


「ほらね!」


「話は最後まで聞きなさい!!」


 何がほらね、なのか。


 溜め息一つ吐いて、言葉を続ける。


「あの時二夕見さんはかなり酔ってて、知らない誰かに連れて帰られそうになってたんだ。だからそれを止めた時に抱きついてきた……だけなんだけど…………?」


 事実を話しているだけ。


 なのに、何故二夕見さんの目は輝くのか。


「助けてくれたの……?」


「そりゃ、まあ……友達、だし」


 ごほん、とまたも咳払い。


 更に言葉を続け、事実を異なった内容を紐解いていく。


 チーズに関しては志保ちゃんさんが押し付けてきたのを二夕見さんが横からかっさらっただけだし。


 伸し掛かったっていうのはただ背負ってただけだし。


 泊まっていけって言ってたのは、だんだん思い出してきて青ざめ始めたそこの人だし。


「だから、ほとんどが勘違い。あとは事実を捻じ曲げられただけ」


 現実の内容はとてもつまらないものだ。


 だから周囲に集まっていた人はどんどんと解散していく。


 マッチョの殺意もいつの間にか和らいでいた。……あれ、無くなってないのか?


「……志保ちゃん?」


「あ、あれ~? おっかしいなあ~?」


 先程の偉そうな態度はすっかり消え、今はすっとぼけタイム。


 しかしそんなことで二夕見さんの怒りは収まることはなく、頬はどんどんとむくれていく。


「じゃ、じゃあ……俺は、これで」


 もはや俺に用は無いだろう。


 ここは逃げ出すのが最善と読んだ俺は脱兎の如く。


「あ、昼河くん」


 無理だった。二夕見さんに呼び止められる。


「はい」


「助けてくれて、介抱してくれてありがとう」


 しかし二夕見さんが行ったことは、とても良識のある振る舞い。


 ぺこりと下げる頭頂部を見て、俺も負けじと頭を下げる。


「いいんだ。困った時はお互い様だから」


「それに……友達だと思ってくれてるんだ?」


「そりゃまあ」


 数少ない友達。


 ちょっとストーカー気味で、ちょっと妄想気味だけど。


 悪い子じゃないのは知ってるから。


「ありがとう、昼河くん!」


「えっ!?」


 頭を下げていたかと思えば、突然前から抱きついてくるのは件の友達、二夕見さんである。


 俺が目を白黒としていると、志保ちゃんさんは何故かあちゃー、みたいな表情をしていた。


 そして周囲からの興味がまた注がれはじめ、マッチョの殺意もリターンしてくる。


「ふ、二夕見さん?」


「ん、なに?」


 俺の顔の横にあった顔が俺の目の前に現れる。


 至近距離。


 少し前に突き出せば、口がつきそうな距離だった。


 その間近な距離で小首を傾げる彼女の目鼻立ちはとても整っていて…………。


 ってそれどころじゃねえ!!


「し……志保ちゃんさん! 助けて!!」


「はいはい。ほら花蓮、離れなさい」


 べりっとマジックテープを剥がすかのように離れていった。


「い、今のは……一体?」


「あ~…………」


 言い淀む志保ちゃんさん。


「この子……ちょっと訳ありなの」


 訳って!?


 何があればあんなに過剰なスキンシップになっちまうと言うんだい!?


「……ジローさん」


 そして背後から何やら痛烈な感情がぶつけられる。確認せずとも誰か解る…………遥だ。


 マッチョの殺意がまるでうずらの卵のように感じられる、強烈な……怒り。


 その怒りはダチョウの卵のように大きく、硬い。


 ……なんで卵で例えたんだろうな。


 俺は混乱していた。


「…………訳って!?」


 早く言ってくれ、俺の命がまだある前に!!

読んでいただきありがとうございます。


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