失恋と秋の陽気そしてサボテン
ぽかぽか。
「あ~……」
ベンチの背もたれに背中を預け、空を仰ぎ見る。
まばらな真っ白な雲、青い空…………あ、鳥が横切った。
「あ~……」
ぽかぽか。
「良い天気ですね~……」
「そうだなあ~……」
自然公園のベンチに遥と並んで腰掛け、ボーっとすることかれこれ一時間。
遥は俺に体を預け目を閉じている。
のんびりとした陽気、秋にもなり暑すぎず、まるで春の陽気のよう。
散歩道を行き交う人々がチラチラと俺たちを見てくるけど、そんなことは気にならないほどに秋の日差しに和んでいる。
「あ~……でも、寝そうだなあ……」
「外で寝るのは……流石に……ですよね~」
「そうだなあ……」
一度大学でがっつり寝てしまったことはあるが。
それはまあ言わなくていいだろう、うん。
「なら……家に来ますか……?」
「うん……それも、いいかもなあ…………………………え?」
「…………え?」
今、なんて言った?
家に来ますか?
眠気が瞬時に冷めるほどの衝撃ワードだった。
「き……喫茶店にってことだよな?」
そうだそうだ、そうに違いない。
びっくりした。喫茶店でコーヒーも飲むのもいいかもな、うんうん。
「あ、いえ……今日は両親が旅行に行ってて臨時休業なんです……よね」
「………………」
両親がいない家に行く?
そんなの。
邪な考えを抱いてしまうじゃないか!!
秋の日の公園の中、自然に似つかわしくない煩悩に支配された俺がいた。
「え、ええと……」
眠気に誘われてとんでもないことを口走ってしまったと、見るからに慌てている遥。
しかし俺は大人だ。ちょっとした失言くらい笑って流せるのだ。
そうさ、陽気が俺たちを陽気にしたんだ!
「……遥」
慌てる遥の肩にポンと手を置いて。
にっこり笑って、こう言った。
「気にしなくていいぎょ」
噛んだ。
「………………ぎょ?」
繰り返された。
「ふ、ふふふふ……」
笑われた。一転して俺がイジられる側へ。
まあいい、この空気を払拭できるなら甘んじてイジられよう。
来い!!
「…………本当に、来ます?」
「え」
だが遥の言葉は俺の予想だにしていない言葉だった。
スズメの鳴き声が聞こえる、いやムクドリかも。ハトか? ハトは流石に分かるだろ……。
「嫌なら、いいんですけど……」
「行きます」
即答だった。
いくら根性なしと世間に謳われた俺と言えど、彼女にこんな顔をさせてまで腰抜けでいられない。
「行きます、行くとき行ければ行きましょう」
「は、はい」
勢いとはいえとんでもない展開になってしまった。
嫌ではない、むしろウェルカムである。望むところとも言う。
どちらともなく、ベンチを立ち上がる。お互いに会話はない。
手を繋ぎ、指を絡めて歩き始める。お互いに会話はない。
少し横をちらりと見てみると、顔を真っ赤に染めながら俯き気味に歩く遥の横顔。
そのまま、喫茶店に辿り着くまで会話は無かった。
――――――――――
商店街から少し外れ、住宅街の中にある個人経営の喫茶店。
奥に家があるらしく自宅に併設された喫茶店であり、ご両親がいることもあって俺は一度も足を踏み入れたことがない。
いわば朝野家の聖域とも言える。
そんな場所に、朝野じゃない俺が入っていいのだろうか。
昼河成分が混ざって聖域とは言えなくなるのではなかろうか。
腰抜けここに極まれりである。
喫茶店の横の細い路地へと進んでいく遥。俺は黙って後ろについていく。
そこには塀で囲まれた扉が一つ。鍵を差し込んで解錠。
ガチャリと開き、遥が真っ赤な顔でこちらを見て。
「どうぞ……」
とだけ言った。
ヤバい、心臓が破裂しそうだ。
「お……お邪魔します」
今まで色んな女の家に入ったが……。いや言い方よ。
だけどここまで緊張したことはあるだろうか、いやない。
自宅用の玄関なのだろう、遥は靴を脱いで先に上がる。
一歩足を踏み入れると、店内と同じコーヒーの匂いがした。
嗅ぎ慣れた匂いだ。少しだけ気分が落ち着く。
「二階です」
そう言って、入口の直ぐ側にあった階段を上がっていく。
後ろを追いかけるように階段を上がるが。
「……………………」
スカートの中がだいぶ際どいところまで見えていた。
思わず視線を逸らす。
気付いていないであろう遥はそのまま上がっていき、とある部屋の前で止まる。
ライトウッドの簡素な扉、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと開いた。
「………………」
生唾を飲む音がやけに響いた気がする。
意を決し、いざ……遥の部屋の中へ。
「お……お茶入れてくるので、ま……待っててください」
遥も相当緊張しているらしく、しどろもどろだ。
部屋の真ん中にあるローテーブルの傍に正座で座る。
「…………」
手持ち無沙汰な俺は周囲を調べた。気分は探偵ゲームの主人公。
嘘です、緊張しててそれどころではありません。
ライトグリーンの遮光カーテン。
部屋の角には本棚があり、学校で使うであろう資料が綺麗にまとめ並べられていた。
朝起きたらベッドメイクをするのだろうか。シーツも掛け布団もきちんと揃えられシワ一つ無い。
「…………ん?
そして目を引く……部屋の一角。
「なんなんだ……これは」
部屋の三分の一を占める空間。
壁際にずらりと並んでいる、緑の物体。
色とりどりの容器に入れられた……これは……。
「サボテン?」
そうだ、サボテン。
様々な形のサボテンが、部屋の壁にずらり。
サボテン屋さん?
そう見紛うほどのラインナップである。思わず値札はないのか探したくらいだ。無かったけど。
花などを育ててる人はもちろんいるだろう、それこそサボテンもいるだろう。
だけどこの数は……ちょっとびっくりだ。
劣情に支配されていたピンク色の脳みそがサボテンに変化した。
花が咲いているやつ、形がひん曲がってるやつや、キノコの群生みたいなやつまで。
いや……これキノコか?
サボテンならトゲがあるはずだけど、これはトゲが見当たらない。やっぱりキノコか。
「お……おまたせしました」
未だ顔が真っ赤なままで、震える手でお盆を持ってる遥が帰ってきた。
慌てて受け取り、ローテーブルに置いた。
「え、ええと……」
もじもじしながら服を直したり、髪の毛をいじったり。
可愛らしい仕草だけど、俺の興味は完全に多肉植物へと移っていた。
「遥、サボテン好きなんだ?」
「え?」
部屋にずらりと並ぶサボテンたち。
「あっ…………!」
見られたくなかったのか、慌てた様子を見せる。
「すごい数だよな」
「あ、あの……理由があるんです!!」
「そうなの?」
「はい……私が生まれた時からもう喫茶店をやってて、動物を飼うのが無理な環境だったんですね。でも、私って何かをお世話するのが好きで…………お母さん、母がサボテンを一鉢買ってくれたんです。上手に育てられたら花が咲いたり……それを見るのが好きで、それで……」
何故か微妙に早口だった。
気まずそうに話す遥だが、俺の感想はたった一つだった。
「や……やっぱり、こんなにあるなんて変ですよね」
「凄いよなあ」
遥が言うのと俺が言うのは同時だった。
「え?」
「え? いや……俺は知っての通りズボラだからさ。こんなに沢山、綺麗に育てられるなんて凄いなと思って」
素直な感想だった。
枯れてるものや変色してるもの、そういったものがなく、綺麗に育ってるように見える。
これだけの数を全て綺麗に育てるのは、相当な労力を要してるんじゃないだろうか。
「……おかしくないですか?」
「なんで? それを言えば、壁際に古雑誌と着た服と無造作に固めてる俺の方がおかしいと思うけど」
「確かに」
だろ?
綺麗にした方がいいとわかってるが、ついつい楽な方を選んでしまうのだ。
「な、これとか凄く綺麗だ」
「――――――わかりますか!?」
突然の大声。
俺は目を見開き、つま先立ちになりながら仰け反る。つまりびっくりした。
「サボテンって色んな品種があって、それぞれにトゲの硬さとかが違うんです!
それに水のやり方というのがまた難しくてですね、同じ品種でも水の量が変わったりするんですよ!
品種によって日光の当て方も変わって、でもそうですね……夏だと大体は直射日光を避けておいた方がいいんですけど、大型のサボテンだとそれも難しくて、でもまあ家にあるのは大体小型から中型なので良いんですけど」
「………………」
「サボテンと言えばトゲとか花ですよね!
例えばこのエキノプシス、品種は細かく上げれば多岐に渡るんですけど、この子は割といつでも花を咲かすんですよ!
買った時に何色の花が咲くのか楽しみでしょうがないですよね!
あ、でもサボテンって割と放ったらかしでいい、みたいな風潮あるじゃないですか、でもそうじゃないんですよ!
最低でも年に一回は根の調整をしてあげないと枯れちゃうんです、可哀想ですよね」
「………………」
「あ」
さっきとは違った理由で顔が真っ赤に染まり始めた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、俺の知らないことがいっぱいあるんだな、と思ってた」
内容はぶっちゃけさっぱりだったけど。
それだけの情熱を持ってるってことを知れただけで俺は満足。
「俺の彼女のことだし、遥のことどんどん知っていきたいからな」
「ジローさん……」
おずおずと近寄ってきた後、俺の背中に手を回す。
俺もお返しとばかりに遥を抱きしめた。
…………そのまま数十秒。
「……俺越しにサボテンチェックしてるだろ?」
「………………バレました?」
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