失恋と深夜のハメ外し
そろそろ寝ようかと思っていた頃のこと。
スマホがけたたましく鳴り響く。
もう夜更けだと言うのに、一体誰だ。
番号を見ると、登録していない番号。携帯電話の番号だというのはわかるけれども。
出るか出まいか。悩んでる間にも携帯は鳴り続ける。
「…………もしもし?」
恐る恐ると通話。
「あ、ジロー? わたしわたし!」
やたらテンションの高いわたしわたし詐欺だった。
後ろでは賑やかな喧騒、外……か?
「どちら様で?」
女性だと言うことはわかる、そして俺をジローと呼ぶ。
霜崎さんかと思ったが、あの人の電話番号は登録してある。それに声が違う。
「私よ私! 志保!」
志保ちゃんさん?
ほとんど喋ったことないのに下の名前とかすっごい馴れ馴れしい!
っていうかなんで俺の番号知ってんだ?
「なんで俺の番号を?」
「そんな事どうでもいいから!」
どうでもよくない。俺のプライバシーは俺が守る必要があるのだ。
いつの世も自衛は大事。もう一度、自衛は大事。
「花蓮が大変なの! すぐに来て!!」
テンションの高い口調から一転、真に迫った物言いに変わる。
花蓮、ということは二夕見さんか。彼女に一体何が?
「どうしたってんだ?」
「いいから早く! あ、あ、あああああああーーっ!! ……で、場所なんだけどー」
叫び声と共に場所を伝える志保ちゃんさん。
急かされるのでその時の俺は気付かなかったが。
急かす割には余裕があるんじゃないか? そのことに気付いたのは目的に到着してからだった。
「あ! やっときたー、えへへへへへ~!」
ここは駅前の繁華街。
言われた場所に走ってきてみると、やたら上機嫌の志保ちゃんさん。
手にはチューハイの缶と、おつまみ代わりであろうチーズ。
「………………」
え、俺なんで呼ばれたの?
「こらジロー! こっち来なさい!」
「え、あ、はい」
志保ちゃんさんの周囲には誰もおらず、二夕見さんの姿はない。
あれ? 大変なんじゃなかったのか?
「俺なんで呼ばれたの?」
「ん~? そりゃ、花蓮が大変だからだよ~?」
その二夕見さんは何処にいるんだ。
ダル絡みの志保ちゃんさんを遠巻きに眺める人ばかりである。
「あ、ああ……ちょっと、スカートなんだから足閉じなさい」
ロングスカートだから見えづらいものの。酔っていても慎みは持つべきでしてよ。
「はいママ」
誰がママだ。
「ちなみに花蓮はあそこ~」
チーズでとある方向を指す。行儀悪いな。
そこには蹲る女性が。そして周囲には男が三人。
「あれって、友達?」
「ううん、知らない人~」
何が面白いのかケタケタと笑う。
ってお持ち帰りされるってことじゃないか!!
慌てて二夕見さんの方へと向かう。
「ジロー! 聞いてるの!?」
だが志保ちゃんさんが回り込んできた!
「ええいうるさい酔っぱらい!」
俺は再び逃げ出し、二夕見さんのもとへ。
「う~~~~……」
酔って意識が混濁しているのか、うめき声しか上げない二夕見さん。
「ねえねえ? 大丈夫?」
「少し休みに行こうよ、なあ?」
「ちょっと寝れば楽になるかもよ?」
なんて常套句を吐き出しつつ、二夕見さんに手をかけようとする男たち。
「あの」
その手を制止する。
「あ?」
男が三人、俺を睨みつける。
ハッキリ言ってかなり怖い。しかしこのまま見捨てるのは論外だった。
目に力を込めて、出来るだけ声を低くする。
「俺のツレに……なんか用です………………何か用か?」
「………………」
男たちは黙り込んだ。
こういった、限定的なシチュエーションに限っては俺の顔立ちは優位に働く事が多い。
とは言え、荒事ばかりに使われる俺の顔の立場も少しは考えて欲しい。
いつもであれば、これで男たちは去っていくのがほとんどだが。
「お前もこいつ狙ってんのかあ?」
「ダァメダメ、俺らが先なの」
「消えろぉ!」
肩を突き飛ばされる。
かなり酔っているようで、気が大きくなっているらしい。
そうなると……かなり困ったことになった。
ケンカをしたことのない俺に、三人を追い払うことが出来るのだろうか?
…………いやあ、無理だろうなあ。
でも、やるしかないか。
拳をぎゅっと握り込む。
その時だった。
「あれー、次郎じゃんー?」
誰かが俺の肩に手を回してくる。
驚いて思わず目を丸くして隣を見ると、そこには。
「夕夜!?」
「奇遇だねえ、何してんの?」
酔っているのか、いつもより軽薄な口調。
しかし瞳にはしっかりとした意識が宿っているようにも見える。
「いや……」
どう説明したものか。
この人たちが女を連れ去ろうとしてるんです! って?
「ふーん……」
夕夜は俺を見て、蹲ったままの二夕見さんを見て。男たちを見て。
全てを察したかのような表情。
「ユーヤくん…………知り合いなの?」
「ん? 次郎のこと? そーなの、こいつ俺のマブダチよ」
え、そうなの?
「え、そうなんすか?」
俺の気持ちと男の気持ちはシンクロした。
「だ、か、ら~。次郎に手を出すつもりなら……許さないよ?」
笑ってはいる。だけど異論を許さない表情を男たちだけに見せていた。
「い、いや……俺たちはただ……なあ?」
一人の男が仲間に声をかける。残りの二人はしきりに頷いて逆らいませんアピール。
「よぉし! じゃあ飲み直そうぜー!!」
夕夜は俺から離れて、男たちに肩を回す。
そのまま男たちを何処かに引き連れ、最後は俺へと振り返り、小さくウィンクを見せた。
何あの人、チャラいだけかと思ってたけど中身もイケメン。
あとでお礼の電話を一本入れておこう。まずは足元の二夕見さんだ。
「二夕見さん、大丈夫?」
「ん~…………」
ぐでんぐでんに酔っている。
辛うじて意識はあるのかないのか、頭をゆらゆらと動かしながら視線を彷徨わせる。
そしてその視線は俺を捉えた。
「昼河くんだ~!」
そしてがばりと前から抱きついてきた。
「うわあっ!?」
「なんかね、飲んでたらね、気持ちよくなってきたの」
お酒だからね、そりゃそうなる。
っていうか酒の匂い凄いな。どれだけ飲んだんだ。
「ジロー!! よくやった!!」
千鳥足で志保ちゃんさんがやってきた。
「ん!」
といって差し出してきたのは、さっきまで振り回してたチーズ。
「褒美! やる!!」
手を差し伸ばして受け取ろうとすると、俺の手をはたき落とした。
そして俺の口先まで持ってきて、唇にぶにぶにと押し付けてくる。
め、めんどくせえ……。
酔っ払いの相手をまともにしても無駄だと諦めて口を開く。
俺の口に放り込まれるかと思ったチーズ。
それは俺に抱きついていた二夕見さんが奪い取った。
「あ~! 花蓮が食べた~! あははははははは!!」
「美味しいー! あははははは!!」
何なんだ一体。
二人だけでも姦しい酔っ払いの女性二人を相手に、俺はげんなりとするのであった。
………………
…………
……
「ジロー、重い? 重くない?」
静まり返った住宅街を歩く。
俺の周りをグルグル回る志保ちゃんさんと。
「すー…………すー……」
俺の背中で完全に寝入った二夕見さんと。
「おえ……回りすぎて気持ち悪くなってきた……」
バカだ。口には出さないけどな!
「で、どの辺り?」
電柱に寄りかかる志保ちゃんさんに、場所を尋ねる。
吐いているのかグロッキーなのか、少し動かなかった彼女だったが、次第にゆらりと電柱から離れていった。
「あそこよ、あそこ」
指を差したのは五階建てのマンション。
志保ちゃんさんの住む家だった。
エレベーターで最上階まで、そして一番奥の角部屋。
カバンから鍵を取り出し、解錠。
「どうぞ」
「いや、どうぞって」
こんな夜に女性の部屋に入るわけにはいかないだろう。
「私じゃ花蓮を持ち上げられないけど?」
先程より少し意識がハッキリしているのか、間延びした口調ではなくなっていた。
だからといって……なあ?
「じゃあ玄関先に寝かせて風邪ひかせる?」
その言い方は卑怯だろう。
「じゃあ、お邪魔します」
渋々ながら靴を脱ぎ、志保ちゃんさんの室内へ。
ちなみに二夕見さんの靴は志保ちゃんさんが脱がしていた。
「くっ…………なんでブーツなんて履いてくんのよ……! 脱がしにくいわね!」
って文句を言っていたのは聞こえないふりをした。
十畳間のリビングに、八畳間の部屋が二つ。
誰も彼もが俺より良い家に住んでいる。
二夕見さんをベッドに寝かせ、布団を着せる。
服が皺になるかもしれないが、流石にそこまで俺は関知出来ない。
「じゃあ帰るね」
「あれ? 泊まっていかないの?」
「冗談だろ。じゃあまた」
逃げるように部屋を去る。
少し汗ばんだ背中の温もりが、深夜の風には少し堪えた。
――――――――――
翌朝。
「頭痛ったあ……」
「あ、花蓮起きた? おはよー」
「あれ……志保ちゃん? ここ……志保ちゃん家……?」
「そうだよ。ジローが連れてきてくれたんだよ」
「へえ……………………えっ!? 昼河くんが!? って…………いたた……」
「花蓮凄かったよ~。ジローに突然抱きつくわ、口からチーズを奪うわ、背中に伸し掛かるわ、泊まっていかないかって誘うわ」
「え…………嘘、全然覚えてない…………ホントに?」
「ほんとほんと。私が見てても引くレベルだったもん」
「ええええええええええええええええ!? いったあ……」
酔っ払いの記憶は往々にして改竄されているものだ。
みんな! 飲み過ぎには気をつけような!!
マジで。
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