失恋とカップ麺は男の味
「なあ、ひなた」
「どうしたんですかー?」
バイト中。
客も居ないガラリとした店内で、暇潰しに会話を始める。
「最近俺、女の人としか喋ってない気がするんだけど」
「そうですか?」
遥に出会ってから色んな人と出会った。
友人の霜崎さんや、二夕見さんとその友達。
そしてお隣さんの雨宮さん。
全員女なんだわ。
夕夜とかいうホスト……じゃなくて遊び歩いている男もいるけど、そもそも奴はエンカウント率が低い。
電話をすれば喋ること自体は可能だけども、話すことは特に何もなかったりする。
「といっても、先輩今年の春頃って誰と喋ってました?」
「……………………お前」
「それ以外は?」
「お客さんと……スーパーの店員さん」
袋入りません、とか。
袋に入れますか? とか。
あれ? 元々女としか喋ってない!?
「だから人数増えただけで今更だと思うんですよね」
「否定できなくなってきた俺が悲しい」
「否定する必要があるんですか?」
そう聞かれると……。
「無い……のか?」
「無いんじゃないですかねー」
そうかー、無いかー。
そもそも女性でも俺と話してくれるだけでありがたいと言うもの。
男が良いとか女が良いとか選り好み出来る立場ではないのだ。
「とはいえ、私は最近寂しいですけどね!」
「ん?」
ひなたを見る。
顔はむくれ、腰に手を当てて随分と怒り心頭な様子。
「最近は私の家でご飯を食べることも無くなりましたし、家で一緒に遊ぶのも無くなりましたもん!」
「ああ、まあ……そうだなあ」
しかし、ひなたと仲良くしてもいいっていう許可も貰ってるんだよな。
なら問題ないのだろうか?
今までやってたことができなくなり、確かにひなたにとっては寂しいのかもしれない。
「……わかった。今日上がる時間一緒だしな。飯でも食うか」
「良いんですか!?」
食い気味に反応する。
よほど飢えていたのかもな。二つの意味で。
「やっぱり無しはダメですからね! 絶対の絶対ですよ!!」
「わかったわかった」
やったー、と両手を挙げて喜びを全身で表現する彼女を見て、もっと早くこうすればよかった、と少し後悔。
その時、お客さんが来店。俺とひなたは同時に声を出した。
「いらっしゃいませー!!」
それは今日一番元気な挨拶だったという。
――――――――――
「お疲れ様でしたー」
「お疲れ様でしたー!!」
夜勤の人と交代し、同時に上がる。
夜の帳は既に落ち、住宅街の道は閑散としていた。
「じゃあ、お疲れ」
手を挙げて立ち去ろうとする俺の服の裾を、両手で強く握る。
「…………本気ですか?」
その目は涙ぐんでいた。
ちょっとからかおうと思っただけなんだけど、やりすぎた。
「冗談だ、ほら行くぞ」
「はいっ!!」
元気よく返事するひなただったが、俺の服の裾を離すことはしなかった。
「伸びる伸びる」
「そこまで引っ張りませんから」
「いやお前足速いから今もう既に生地がいっぱいいっぱい伸びてんだよ!」
浮かれて足早に帰ろうとする速度についていけない俺。
俺のシャツが悲鳴を上げていた。
「あ……ごめんなさい」
「いや、いいけど」
どうせ安物だし。
「のんびり帰ったほうが沢山一緒にいれますしね」
「どうせ明日もバイトで会うだろ?」
「まあ、そうですけどね」
それからは無言。
送っていくのもいつも通りなら、こういう会話のない時間があるのもいつも通りだ。
普段は騒がしいのに、こういう時は静かになるのだけれども。
それが却って落ち着くのだ、会話のない時間が気まずくならない。
それは偏にひなたの人柄のお陰であり、その恩恵にあやかって俺は安らぎを得ているに過ぎない。
「せーんぱいっ!!」
と思っていた矢先、隣を歩いていたひなたがいつの間にか後ろにいた。
勢い良く俺の背中に飛び乗ってくる。
「どわっ!! だから突撃技をバグ利用するのはやめろと!」
「今日はこのまま帰りましょう!」
「ふざけんな! お前の家までどんだけあると思ってんだ!!」
「筋トレだと思って! さっきシャツめくれちゃった時に見えたんですけど、ちょっとお肉ついてきたんじゃありませんか?」
「………………」
人が気にしてることを……!?
幸せ太りってあるんだなあ、なんて呑気に思っていたが。やはりそうか、他の人から見てもわかってしまうか。
ならば……。
「後で下ろしてって言うなよ」
「ひゃあっ!?」
太ももに手をやり、ずり落ちないようにしっかりと背負う。
「ちょ、先輩、手……っ!!」
「筋トレだと思うようにしてる」
「うううう…………!!」
我慢しろ、俺だって恥ずかしい。
小柄な体とは不釣り合いなおっぱ…………体の一部が俺の背中にこれでもかと押し付けられている。
それをできるだけ意識せず、平常心を持って事に当たる。
もしかしたらそれ自体がトレーニングなのかもしれない。
それからひなたのマンションまでずっと背負ったまま移動した。
通り過ぎていく人々は俺たちを怪訝な目で見つめていたが、俺は素知らぬ顔で通り過ぎていく。
しかしひなたのメンタルは俺よりも弱かったようだ。
「もう……明日からこの辺歩けませんよ……!!」
「自業自得だ」
恐らくは真っ赤であろう顔を俺の背中に埋めて隠すひなた。
正直、途中でもう下ろしたかったけど俺から言うのも何やら負けた気がするので最後まで運んでやった。
意地の張り合いでしか無かった。
――――――――――
そうして久々に入るひなたのマンション。
基本的にはマンションの前で別れるので、中にまで入ることはここ最近あまりなかった。
「いらっしゃい先輩、久しぶりですよね」
「そうだな……お邪魔します」
八畳か十畳くらいのキッチン兼リビングと、隣には六畳の寝室。
俺の部屋二部屋分くらいの大きさだ。
昔家賃も聞いてみたが、俺の家賃の約三倍。オートロックもあってこの広さだとそうなるよなあ。
「ビールでも飲みます?」
「いや、いらな…………っておい、なんであるんだ。お前未成年だろ」
「え、無いですよ? 聞いてみただけです」
なんでそんなことを、とは聞かない。
俺がひなたをからかうのに全力であるのと同時に、ひなたも俺をからかうのに全力なのだ。
まだ腕が痺れてる感じがした。
「大丈夫ですか?」
腕をさすっているとひなたから心配そうな声。
「ああ、柔らかかった」
そう言うと、顔を赤くして自分の太ももを隠した。
ふはは、まったく単純なやつめ。
「スケベ」
「やかましい」
「さてと……久々に先輩に食べてもらうんだし……」
キッチンの下の戸棚を漁り始め、出したものが。
「醤油と塩、どっちがいいですか?」
カップラーメンだった。
「帰る」
「ああっ! うそうそ、うそですよ!!」
慌ててカップラーメンを仕舞った。
「お米も炊いてませんし、もう深夜近いので……軽くでも良いですか?」
「ああ、大丈夫」
「じゃあちょっと待っててくださいね~」
鼻歌を歌いながら料理を始めるひなた。
この光景も久しぶりだなあ、と思いつつ部屋をぐるりと見渡す。
来たのが数ヶ月前ということもあって、そこまで大差はない。
何度か来たことがあるとはいえ、女性の部屋ということもあって落ち着かない。
遥の喫茶店のカウンターのほうがまだ落ち着く感じがする。
「あんまり見渡さないでください、恥ずかしい」
「気にするな、洗濯物が干してある程度だ」
「うそっ!?」
慌てて寝室へ。
しかしもちろん嘘である。そんなものは何処にもない。
「うそ」
「私を辱めて楽しいんですかっ!!」
「とても楽しい」
とても楽しい。
「まったくもう……!」
肩を怒らせながら料理へと戻る。
それからは雑談を交えながら、大人しく待つことにした。
数分後、現れたのはとても女性らしいヘルシーな夜食だった。
「お待たせしました!」
茹でたささみと、少しの白菜が入ったスープ春雨。
俺には少し物足りないが、ひなたの体格だとこれでちょうどいいのだろう。
「ありがとう」
「物足りないって顔ですね……でも安心してください」
不敵に笑う。
「なんと醤油を用意してあります!」
カップラーメンだった。
「………………」
「あ、あれ……? お気に召しませんでしたか?」
「貴女が神か」
俺だと春雨だと少し少ないのを見越して、カップラーメンも用意してくれていた。
バイトで出会ってから一緒に過ごす時間が長かったので、短い期間だが俺のことを良く理解してくれていた。
「カップ麺を見せた時、少しだけ目線が醤油に吸い込まれてましたからね」
「それは理解しすぎてて怖い」
「えへへー、じゃあ! いただきます」
「いただきます」
食事の感謝を述べつつ、春雨を啜る。
うん、夜食らしい薄い味付けのヘルシーな味わい。
手料理らしい優しい味だ。
「美味い。ありがとなひなた」
「いえいえ!」
そして次はカップ麺。
ジャンクらしい濃い味付け、化学調味料の野暮ったい味。乾麺の独特な味わい。
「美味い!」
「私が作ったやつより力を込めるのやめてくださいよ! 微妙な気持ちになるじゃないですか!」
「冗談だって。お前の作った春雨のほうが美味いよ」
「へへ」
照れくさそうに笑う。
話しながら食べていると、時間はあっという間に過ぎていく。
時刻は深夜二時に差し掛かろうとしていた。
「もうこんな時間ですね……泊まっていきます?」
「アホか。帰るわ」
流石に泊まったことは一度もない。
玄関まで歩いて行く。
「ごちそうさま」
「いえ、また来てくださいね!」
「ああ、機会があったらな」
玄関口で元気よく手を振るひなたに、少しだけ手を振り返して玄関を開ける。
「じゃ、また明日」
「はい、おやすみなさい!」
そして廊下へと出た瞬間、風が吹く。
その風は、秋の夜長を感じさせて少し肌寒かった。
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