失恋とフォールンエッグにスマイル
とある昼下がり。
遥と俺は買い物袋を片手に持ちながら、手を繋いで歩いていた。
今から俺の家で料理をしてくれる。とてもありがたい。
そんな中、ふと思いついたことを聞いてみることに。
「姫宮ヒメって知ってる?」
「え? ええ、もちろん。ラブロマンス界の新進気鋭作家。飛ぶ鳥を落とす勢いで有名になり、映画化とドラマ化、舞台化と様々な分野で映像化されている文豪ですよね」
「………………」
一を聞いたら五十くらいで帰ってきた気分だった。
「どうしていきなり? もしかして、ジローさんも興味が!?」
熱量が凄いな。
読んでみてもいいかもしれないけど……中身があれだと知っていると純粋に楽しめるかどうか。
「いや、そうじゃなくて。隣に住んでる人がその姫宮ヒメって人だったんだよ」
「――――」
突然立ち止まる。
遥の右手は力無く開かれ、握っていた買い物袋は重力に従い地に落ちた。
グチャ、という嫌な音と共に。
遥の……袋の中には…………。
「た……卵ーーーーーーーーーっ!!!」
袋を開けて存命を確かめるが。
全滅だった。
「ジローさん!!」
「遥! た、卵が……!」
「そんなものいつでも買えばいいです! 会いに行きましょう!」
いや、雨宮さんも隣にいるからいつでも会えるんだけど。
そんなことより、中身が……ああ、黄卵と卵白でドロドロに……。
「早く行きましょう! いえ、でも一旦着替えた方が……それよりも、菓子折りを……!?」
俺と会うときですらそこまで気合が入っていないだろう。それくらい熱心だった。
…………そんなに凄いのかあ、あの人。
――――――――――
そしてアパート。
俺の家…………の隣の部屋。
扉の前で、カチンコチンに固まる遥。
何度も何度も深呼吸をしていた。
「………………すー…………はー……」
それで何度目だろうか。最早数えるのも面倒なほどに。
焦れた俺は勝手にドアを二度ノック。
「ちょっ……ジローさん!!」
「え、だって……」
暇なんだもん。
扉の向こう側から物音がする。
「昼河か?」
「そうです」
ガチャガチャと鍵とドアチェーンを外す。
そして扉が開くと、いつものようにラフな格好の雨宮さんがいた。
「…………誰?」
「俺の彼女です」
「……あー、前の深夜の」
頷く。だけどそういう覚え方はやめてほしい。
いつも通り話す俺と雨宮さんに対して、完全に固まっている遥。微動だにしない。
ちょっと肩を揺すってみる。が、動かない。スタチューかな?
「おーい、遥ー?」
「は」
声をかけ続けた結果、その一言だけ喋り始めた。かと思うと。
「ははははははははは初めまして! 私、朝野 遥って言います!!」
今までこんなにテンパった遥を見たことがあるだろうか? いやない。
ある意味新鮮だな、と俺は静かに見守ることにした。
「おい、自分の彼女を助けずに鑑賞してんじゃねえよ」
バレてた。
だけどこんな遥は珍しいのだ。誰も邪魔しないで欲しい。
「えーと……朝野さんだっけ? どうも初めまして」
「…………っ!! 初めまして! いつもテレビでご尊顔を拝見させていただいております……!」
「え、いや……どうも、ありがとう……?」
おお、雨宮さんがたじろいでいる。
ひなたも相当なファンだったと思うが、あの時は普通だった…………。
……いや、今思い返せば雨宮さんほとんど俺としか話してなかったような。
まさか……?
雨宮さんをチラリと見てみる。
遥の対応をしながらも、俺をチラチラ見ていた。
まさか、人見知りか……!?
あんだけテレビに出ておいて!? 人見知り!?
「もしよろしければ、色々お話を伺いたいんですけど……!!」
「え? あの、えーと……どうかなー……」
チラチラ。俺の顔を伺う。
「………………」
面白くなってきた俺は敢えて無視することにした。
「遥、買ってきた中身冷蔵庫に入れてくるな」
「あ、お願いします」
「おいちょっと……!」
………………
「この前の新刊! とっても面白かったです!! もしよろしければ、外でゆっくりと…………!!」
遥の猛攻に手も足も出ない状況のようだ。
冷蔵庫の物を仕舞ってからも未だ遥のマシンガントークは続いていた。
「…………おい昼河」
「はい」
「どうにかしてくれ」
遥に聞こえないように小声で言ってくる。が、たぶん聞こえてる。
聞こえてる上で気にしていないのだ。徹頭徹尾舞い上がっている。
「無理ですね。諦めて外に行きましょう」
「お前…………!」
「え、行ってくださるんですか!?」
「え、ちょ……」
「ありがとうございます!!」
雨宮さんはほとんど喋っていない。
遥のゴリ押しである。
「はあ…………しょうがねえな。昼河」
「今度はなんですか」
「お前の彼女、どうやらあたしの大ファンみたいだけど。今の姿と外行きの姿、どっちを見せればいい?」
遥はどちらでも気にしないだろう。だけど……。
「面白そ…………じゃなくて、外に行くんですし、外行きでどうでしょうか?」
「お前後で覚えとけよ」
雨宮さんは小さく溜め息。
「……だる」
俺にしか聞こえない声量で呟いて、家の中へと消えていく。
雨宮さんが出てくるまでの間、彼女の作品の良いところを長々と説明される俺だった。
――――――――――
「おい昼河。どういうことだこれ」
「すみません、これは俺にもさっぱり……」
腰を落ち着けたのはいつかのファミレス。
売れっ子作家がファミレス? と思ったけどジャージ姿でビール飲んでる姿を思いだすと、特に問題ないなと思ってしまった。
まあ、それはいい。
「わあ……本当に先生だ……!」
これは二夕見さん。
「いつも読んでます……!」
これはみーちゃ……じゃなくて霜崎さん。
「嘘、待って……ヤバい……!!」
この人は…………誰だろう?
前に二夕見さんを引きずっていった人に似ている気がするような。
いつものジャージとメガネ姿ではなく、きちんとオフィシャルな衣装に身を包んだ雨宮さんはミーハーな女子大生に囲まれていた。
「さ……サイン良いですか!?」
遥が小説をカバンから取り出し、差し出した。
戸惑ったのは一瞬、動画で見たような笑顔を作り。
「ええ、もちろん」
「ぅえふっ!!」
吹き出してしまった。
家での姿とのギャップが凄い。
「ちっ!!」
デカい舌打ちが聞こえた。
このイベントが終わったら俺は死ぬかもしれん。
引きつった笑顔を作りながら、質問攻めに一つ一つ答えていく。
しかし売れっ子なのに、あまり周りからは騒がれないんだな。
タレントが外を歩いていたら囲まれる……みたいな想像をしてたんだけど。
その事を後で雨宮さんに聞いてみたら、こう言っていた。
『まー、あんまりテレビの前に出てるって訳じゃないしな。作家としての名前は知っててもあたしの顔を知ってるやつは珍しいんじゃないか?』
だそうだ。
汗のマークを側頭部から飛ばしながら困り果てる雨宮さんを見ながら、俺は一人だけ頼んだハンバーグセットを食べる。
うん、肉汁がジューシー。
時折殺意が多分に籠められた視線を感じるが、受け流して食事に舌鼓を打つ。
あとが怖いが。まあその時はその時だろう……うん。
それから約一時間、怒涛の質問攻めにあった雨宮さんは作った笑顔もほぼ枯れ果てるほどだった。
しかし女性陣…………雨宮さんを除いて、全員がホクホク顔。
堪能しきった表情をしていた。
「ありがとうございました!」
そして解散の運びとなった。
何故か俺を置いて。四人は和気藹々と話しながら帰っていく。
…………あんなに仲良かったんだっけ?
共通の趣味が出来ると打ち解けるのは早い、というのは本当だったようだ。
残されたのはまだ食事中の俺と、疲弊しきった雨宮さん。
「…………おい昼河」
「……はい」
我が生命最早これまで。
お父様、お母様、先立つ不幸をお許しください。
「それちょっと寄越せ」
「それ?」
俺からフォークをひったくり、二個目のハンバーグセットを奪い去った。
「目の前で良い匂いさせやがって、終わったら絶対食うって決めてたんだ」
大きく切ったハンバーグを頬張るその笑顔は、先程の作り笑顔よりよっぽど魅力的だった。
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