失恋とはーちゃんみーちゃん
ある日の休日、遥の喫茶店にて。
「ふ~~~~~ん…………」
謎の女性とテーブルで向かい合い、じろじろと品定めをされていた。
黒く艶がかった髪は肩辺りまで伸びたセミロング。
ともすれば睨んでいるとも受け取られかねない、切れ長な目。
見た目の印象と俺を遠慮なく眺めるその様から、勝ち気な性格なことは疑いようもない。
「あんたが……遥の……彼氏、ねえ」
やだなにこのひとこわい。
取って食われるんじゃなかろうか。
「なんだなんだ、横恋慕か?」
「いや、二股がバレたんだろ?」
「にしても横恋慕ってなんだよ。今どきそんな言い方するとジジイって言われるぞ」
「ああ俺知ってる。略奪愛っていうんだろ?」
居た堪れない空気を醸し出しているこのテーブルを、遠くから興味本位で覗き続けている常連たちもいる。すげえうるさい。
しかしそんな空気を打破するが如く、テーブルにソーサーに乗ったカップが優しく置かれた。
「もう……みーちゃん? 喧嘩腰になるなら面会時間は早めに切り上げるよ?」
俺は入院患者かそれとも受刑者か。いや、言わなくていい。なんとなくわかる。
強気な見た目とは裏腹に『みーちゃん』なる可愛いあだ名で呼ばれる女性は、ごめんごめんと空気を弛緩させた。
「写真で見たら結構怖い顔に見えたけど、こうしてマジマジ見てるとそこまで怖くない感じがするわね」
「だよね? 怖い顔の下にユーモアが埋もれてるっていう感じ。埋蔵金みたいな感じかな?」
「そこまで良いもんじゃないでしょ。精々野良犬が埋めた骨じゃない?」
ひっでえ。
口を挟むスキがない俺は言われたい放題だ。
そんな時、常連のおっちゃんたちの中で唯一知り合いのおっちゃんが大変余計な事を言ってくださった。
「だよな。話してみれば結構面白え兄ちゃんなんだよ! おっぱいがでけえ連れもいるしな!」
「フジさん!?」
もう貴方のお店で魚を買うのは遠慮させていただきますわ!! 買ったことありませんけど!!
「おっぱいが、でかい……?」
みーちゃんさんは遥の顔を一瞥。
目線を少し下げた。そして俺を見る。
「あんた他にも女いるの?」
「ちょっとみーちゃん!? 今の目なに!?」
「だって、私のほうが大きいし。ねえ?」
「俺に聞かないでください」
なんなんだこの空気は。
「もう怒った……! ジローさん、こちらは私の友達で男の見る目がないみーちゃんっていうの!!」
紹介の時に愛称使っちゃダメだろう。とか口を出せる雰囲気じゃない……みたいですね、はい。
「ちょっとはーちゃん!? その補足必要だった!?」
はーちゃん?
「この間なんてみーちゃんがホルモン嫌いなの言ってあるのに好きと勘違いしてホルモン屋連れて行かれた癖に!!」
「好きと嫌いを間違えるなんてよくあることでしょ!?」
……はーちゃん?
「そんな事ないもん! ジローさんは私の好き嫌い知ってくれてるもん!」
「へーそう!! じゃあ言ってみなさいよ!?」
ぐりん、と二人の顔が勢い良く俺の方に向く。怖いよ。
「好きな物は……辛い物。嫌いなものは……甘い物、です」
はーちゃん……じゃなくて遥は『そらみたことか』とここぞとばかりに胸を張る。
対するみーちゃんさんは、まるで高校最後の甲子園で敗退した球児のように悔しそうだった。
「良いし、もう別れたし。ホルモン食べられないから別れたし」
「え、それだけで別れちゃったの?」
「ふつー人の好き嫌い逆で覚えるとかあり得る!?」
先程の自分のセリフは空まで高く上げ、涙を浮かべながら言った。
……これ、俺いらないよな?
ハラハラとしつつ、なおかつリアルキャットファイトを目にして興奮せしめているおじさまがたの輪の中にこっそり混ざろうと、椅子を音を立てずに引く。
気付いていない。
そのままゆっくりと机の下に潜り――
「あんたはここにいなさい!」
「ジローさんはここにいてください!!」
「…………はい」
脱出失敗。
「じゃあ言わせてもらいますけどね! こうやって彼女がケンカしてる時に止めにも入らずに逃げ出すような男を彼氏に選ぶのは見る目があるって言うのかしらね!?」
止めた所で絶対止まらないじゃん。
この短時間で大体の人となりは見えた。人と関わってきておらず、対人の経験値が乏しい俺ですら大体読めた。
「……まあまあ――」
「うるさいわね! 言われたからって来てんじゃないわよ鬱陶しい!!」
ほらな。
ちなみに言われる前に止めたとしても。
『あんたに関係ないでしょ!?』
って言われる。絶対言われる。
「そもそもみーちゃんが初対面で失礼すぎるのがいけないんじゃない? 大人ならもっと接し方ってものがあるよね?」
「……………………それはそう!!」
開き直った。っていうか開き直れる場面なのかこれ。
「それなのに、私のおっ…………胸のサイズ指摘したり!」
「こいつがおっぱいの話するのが悪いんでしょ!!」
「俺はしてねえよ!!」
俺含む三人の視線が常連組へと向けられる。
しかしそこには誰もおらず、空のコーヒーカップとそれぞれの代金が置かれているだけ。
ドアベルが虚しく鳴り響いた。
「はあ…………降参。私が悪かったわよ」
両手を上げて降参のポーズをしながら椅子に座り込む。
背もたれに体を預け、全身を弛緩させて口喧嘩の疲れを癒やしていた。
「…………ああ、疲れた……」
遥は常連の飲んだコーヒーカップを集め、カウンターへと戻っていく。
訪れる静寂。誰も見ていないテレビから、海水浴のCMの音だけ聞こえていた。
「………………それで、なんで俺呼ばれたの?」
未だに解せぬその理由。
呼ばれたかと思えば目の前でケンカを見せられる始末。
一向に話が進まない事に、小さいながらも溜め息が漏れた。
遥はみーちゃんさんをじーっと凝視。視線を受け、気だるげに背もたれから体を起こしテーブルに両肘をついた。
「私が会ってみたかっただけなの。知ってるでしょ、はーちゃんの前の男のこと」
ああ、知ってる。
「あの日の夜、電話がかかってきてね。聞き取れないくらい泣きじゃくってた。だから私は夜の街を駆けずり回ったんだけど……ところが、当の本人はお持ち帰りされてると来たもんだ」
「………………そんなところまで、話してるの?」
思わず遥へと視線を注ぐ。
申し訳無さそうに、あるいは恥ずかしそうに目を伏せていた。
「最初は必死に隠してたけどね。はーちゃんは隠し事がヘタだから」
バレて、言わざるを得なくなった、と。
ここに呼ばれた理由も、何故会いたがっているかも。全ては遥のことを心配しての行為。
さっきのようにケンカをしてもすぐに仲直りできることから、長年の友人であることは間違いない。
いいなあ。小さい頃からの友達。
「……なんで物欲しそうな目をして私を見てんの? まさか、私まで!?」
「ちがっ……!?」
目の前の女性は自分の体を抱きながら体をくねらせる。
奥のカウンターにいる彼女はその様子を見て小さく笑い声を漏らしていた。
「まあ、悪い顔だけど悪い人じゃないっていうのはよーくわかったわ」
なんか一言多いな……。
「これからよろしくね。えーと、ジロー?」
右手を差し出される。
「ああ、よろしく……みーちゃんさん?」
愛称しか知らないため恐る恐ると呼んでみると、みーちゃんさんとはーちゃんさんは唐突に吹き出した。
「あー、そっかそっか。ちゃんと名乗ってなかったよね。私、霜崎 水香。べ、別にみーちゃんでもいいけど?」
「それしか知らなかったんだからしょうがないだろ……! よろしく、霜崎さん!」
名前をことさら強調して呼び、差し出されたままの右手に俺の右手を重ねる。
二度、三度と繋いだ腕を縦に振り、手を放す。
「んじゃ、目的も果たしたし私帰るね、じゃーねはーちゃん」
「うん、バイバイ…………ってコーヒー代!!」
「ジロー払っといてー」
なんで俺?
言い返すには既に遅く、ドアベルを奏でる扉の向こう側に体は躍り出ていた。
「ごめんなさいジローさん。なんか……慌ただしくて」
「いやあ、あの時の事を考えるとあれだけ過保護なのは仕方ないんじゃない」
今の目の前にいる遥と、あの夜の遥は性格が結びつかないほどだ。
「異世界転生しようとするくらいだったしなあ」
「そ……それは言わないでください!!」
「でもまあ、俺からすれば心配してくれる友達っていうのは貴重だと思うよ」
心配する相手もされる相手もいない俺が言うのだ。
さぞ心に染みたことだろう。
「……そうですね」
霜崎さんが座っていた椅子の背もたれを撫でながら、感慨深く同意。
「だから俺ももっと認めてもらえるように頑張らないと……なあはーちゃん?」
「…………っ! ジローさんは呼んじゃダメですーっ!!」
紆余曲折あれど、最後には笑って締められる朗らかな午後だった。
読んでいただきありがとうございます。
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