失恋と元カノ
二夕見 花蓮。
ふわふわのウェーブがかったセミロングの茶髪が目を引く、可愛らしい女性。
入学当初から可愛いとの評判であり、誰にも優しく擦れていない感じがまた良しとの噂だった。
ちなみに噂とは、通行人の会話の盗み聞きを指す。
彼女に惚れる男は数知れず。気がつけば親衛隊なるものが結成されたそう。
ちなみに親衛隊とは、俺が振られる時に控えていたマッチョな男たちのことだ。
告白しては玉砕する男が死屍累々と積み重ねられる中、唯一彼女を射止めた男がいると言われる。
その男は俺。まあ実際は怖くて承諾しただけという情けない結果だったのだが。当時は相当妬ましい視線を送られたものだ。
そんな彼女が、今目の前にいる。
付き合っていた頃は一度も話しかけてこなかった彼女が、俺に話しかけてきた。
当時なら舞い上がっているだろう。舞い上がりすぎて小躍りしかねない。
だがしかし、経験値の積んだ俺は今までの俺ではない。
ニュージローとして変態を遂げた俺は、毅然とした態度で彼女に対応せねばならない。
「な、なんでしょう!?」
声が裏返った。もうダメだ俺。
そしてやけに大きな声が出て二夕見さんがビクリと体を震わせた。脅かすなんて悪いやつだね。
カラスが一羽カアと鳴く。すると何処か遠くでもカアと鳴いた。
沈みゆく茜を恍惚とした表情で見つめながら現実逃避していると、目の前にいる二夕見さんはロングスカートを親の仇なのかというほど強く握りしめていた。
皺になりますよ? なんて横槍は入れられない。何かを話そうと必死になっている彼女を見ていれば。
「え、えっと……あのね……」
「………………」
口を挟むのも悪いので直立したまま見下ろす。
身長差があるため、自然と見下ろすようになったが、これじゃあ二夕見さんを脅しているようにも見える。
かといって膝を折るのも違う、彼女はれっきとした成人女性なのだから。子どもじゃないのだ。
なら正座か? 正座をすれば良いのか?
「……え?」
おもむろに正座した俺を見て目をぱちくりしている。
「な、なにしてるの……?」
「見ての通り、正座ですが」
「や、めて……っ。私が悪い者扱い、されるから……!」
そりゃそうだ。構内とは言え人の往来がある場所で正座している男がいたら俺でも見る。
そして考え無しに正座をしたせいで注目は集まった。そりゃもう多くの注目が。
二夕見さんも気付いたようだ、先ほどとは比べ物にならないほどテンパっている。
「こ……こっち!!」
よっこらせ、と立ち上がる俺の顔を一瞥して、何処かへと歩き去って行った。
これはなんだろう、ついてこいということなのだろうか。
二夕見さんは立ち止まると後ろをチラリ。やっぱついてこいってことか。
注目するのには慣れている。俺は大股で勇ましく二夕見さんの後ろをついていった。
…………普段とは違う行動を続けている俺も、相当にテンパっているのだろう。
建物の陰にあるぽつんと置かれたベンチ。
無言で促されたため、とりあえず座る。
二夕見さんは立ったまま。だが目線は良い感じになった。
「ひ、久しぶり、だね」
立ったまま、先ほどと同じようにロングスカートを握りしめたまま、絞り出すように言った。
「そ、そうだね?」
なんと返せば良いものやら悩んだ俺は、とりあえず疑問形。
なんなんだろう、これはなんの時間なんだろう。
「二ヶ月ぶり……くらい?」
「そ、そうだね?」
リピート疑問形。
「………………」
言葉が止まった。いったいどうしたというのか。
怖いと言われ、一方的に別れられた俺。
……いや違うか。向こうからすれば一方的に交際させられたのかもしれない。
となると。
……はは~ん?
ピンと来た。
「大丈夫だよ」
俺はことさら優しい笑顔を作って語りかける。
「……え?」
功を奏したのだろうか、二夕見さんの眉間から皺が減っていった。
ここで俺は更に不安を解消するべく魔法の一言を授けることに。
「俺と付き合ってた、っていうのはノーカンでいいから。あんなの脅迫みたいなもんだもんね」
エンジェルスマイル。
「………………え?」
二夕見さんの顔が引きつった。
あれ、だめか。またも眉間に皺が増える。
やはりデビルがエンジェルスマイルを使った所で禍々しさを消すことは出来ないのか?
しかし一度走り出した俺という列車は止まれない、いや止まらない。
「大丈夫だって。ほら、俺と付き合ってた……? 時期なんて、手も繋いだことないんだし! 今どき乳幼児の方がもっと進んだ交際してると思うよ!?」
「い、いや……えっとね……」
「やっぱり乳幼児も本能で理解してるんだろうね。オスはオスで種を残すべしって」
「ま、待って!!」
大声。
助かった。このままではとんでもない事を言って歴史に名を残してしまうところだっただろう。
オスとして恥じろ! 俺!
「………………」
沈黙。
見れば二夕見さんは、目を閉じたまま二度三度と大きく深呼吸していた。
また口を開けば余計なことを喋るかもしれない俺は、ただひたすら待つことに。
「ひ……昼河くんって、変わったよね?」
……そうかな?
「……そうかな?」
疑問しか湧かなかったので思ったことそのまま口に出してみた。
何度も何度も首が取れん勢いでコクコクと頷かれる。
「前までは、余裕が無いっていうか……常に焦ってる、みたいな空気があったんだけど」
……そうかな?
いや、そうなのかもしれない。
地元では顔立ちの所為で家族以外には敬遠され、家族にはからかわれ。
心機一転上京して新しい生活を始めては見たものの。
何処に居ても結果は一緒で、避けられ、逃げられ、怯えられる。
ひなたという唯一の例外はいたけれど、それこそ極々一部の稀有な例だ。
「だからかな、すごく、怖くて」
鬼気迫る、というべきだろうか。
まあ要するに、余裕がなかったのだ。
胸を躍らせた新生活は、過去と何も変わらずに灰色に染まっていて。
それでも自分で違う色を塗りたいと思い、一目惚れをした目の前の彼女に切腹する覚悟で告白。
だがしかし現実は無常。俺が思い描いていた方向へ転がることは無かった。
「ごめんね、怖がって」
「いや、実際怖いだろうし。俺だって顔を洗う時に鏡を見たらまずは叫び声を上げるからね」
「ふふ……なにそれ」
初めての笑顔。
交際期間中では見られなかった笑顔が、今はこんな簡単に見れてしまう。
それは、俺が変わったという証なのだろうか?
「昼河くんが変われたのって、誰かの影響だったり……するのかな?」
「うーん、そうだなあ」
思い描くのはたった一人。
こんな外見と中身が伴わない、歪な俺を受け入れてくれた女性。
遥。俺の彼女。
「そうだな、やっと好きな人に出会えたからかな」
「っ…………」
二夕見さんは苦しげに下唇を噛む。痕が残っちゃうよ?
「彼女のお陰で俺は今自然体でいられる。友達が欲しい、誰かと交流したいって焦ってた頃とは……胸中がもうまるで違うかな」
今は気持ちが楽だ。
遥と共に生きて、たまにひなたとバカやって。
後は…………ああ、あの、えっと…………ホストみたいな名前のやつと話したり。
なんだっけ、とスマホを見て確認。ああ、夕夜だ。
「付き合っていたかは疑問だけど、別れたことはお互いウィンウィンだったんじゃないかな」
「………………」
目を伏せ、スカートを握る手がより一層強まる。
俺には彼女の感情がわからない。そして話しかけてきた理由も。
「………………」
俺の気持ちは話した。後は彼女の番だと押し黙る。
目を上げた彼女の瞳は何故か涙に濡れていて、唇は何かを我慢しているのかわなないていた。
口を開こうとするその時、スカートを握る手がようやく離れた。
「……私と、友達になってくれないかな?」
「え? …………もちろん」
友達が増えるのはありがたいところだけど。
何故? その疑問符は頭の上で現れ続けている。
しかし二夕見さんの表情を見るに、深くは聞けないだろう。俺はそう勝手に理解する。
「じゃあ……また連絡するね」
感情を押し殺した笑顔。
何か声をかけるべきなんだろうか、でも何を?
それを考えているうちに、二夕見さんは俺の視界からいなくなっていた。
「……………………バイト、行かないと」
二夕見さんがいなくなって数分後。俺もフラフラと立ち去った。
――――――――――
「か……花蓮!? どうしたの!?」
「……っく、ひっく」
「なんかされたの!? だからやめときなって……っ!!」
「ち、違うの……!」
「…………何が? 何が違うの?」
「い、今……幸せなんだって……っ! 別れて良かったよね……って!!」
「…………あ~……」
「その顔、見たら……何も言えなくて……!」
「………………甘いものでも食べに行こっか」
「………………………………うん」
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