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失恋と朝チュン


「――――はっ!!」


 目をカッと開く。飛び込んできた景色は見慣れた天井。


 体には俺をいつも包みこんでくれる掛け布団、背中には慣れ親しんだマットレス。


 …………夢だったのか? 何処から何処まで?


 彼女には振られていない? 全て夢だった?


「いったあ…………!」


 考えていると頭に鋭い痛みが走った。恐らくは二日酔いだ。


 つまり、夢ではなかったということになる。


「くっそ…………ん?」


 胸の痛みと頭の痛みを堪えながら、上体を起こす。


 首まですっぽりと覆っていた掛け布団がストンと落ちる。


 すると俺は何故か裸だった。


 え? なんで?


 手探りで下半身を確かめてみる。うん、履いてない。


「一体何が……………………って」


 ふと感じる。


 隣の温かみに。人肌の心地良い温度に。


 隣をちらりと、恐る恐る視線をやると。


「…………っ!?」


 女性がいた。


 布団の隙間から垣間見えたのは、服を着ていない女性の体。 


 え、待って、誰?


 安らかに眠るその寝顔は、知らない人だった。


 安心しきったように僅かに笑顔を見せるその寝顔。


 可愛い…………じゃなくて!!


 思い出せ俺、一体何があったのか。


 彼女から連絡が来た、それは覚えている。いやもう元カノか。


 ……で、振られて。居酒屋に駆け込んてやけ酒とやけ食いのオンパレード。


 すっかり酔っ払った俺は車道で立ち尽くす女性を見て……。


 それで…………。



――――――――――



 横腹に強い衝撃。


 立ち尽くす女性を突き飛ばし、代わりにトラックに轢かれてしまう。


 ああ、これで異世界に転生するのか。そんなことをぼんやりと考えながら車道を転がっていた気がする。


 転がり終わった俺を待っていたのは、白い世界の神様ではなく。


「だ、大丈夫ですかっ!?」


 トラックから降りた中年男性だった。


 ボサボサの髪や手入れが出来ていなさそうな無精ひげが、彼の激務具合を示している。


「チェンジ」


「え?」


「俺を出迎えるのはチートを与えてくれる神様のはず。こんなブラック運送会社で働く中年のおっさんじゃない」


 口をパクパクさせながら戸惑う男性。そりゃそうだ。


 何事もなかったかのように立ち上がる俺に対して、肩を貸そうとしてくれる良い人だった。


「え、えっと、警察呼びますね」


 交通事故の報告義務を努めようとする立派な人が、胸元からスマホを取り出す。


 だがそのスマホを手で制し、俺はこういった。


「大丈夫」


「え? 大丈夫って……」


「帰って寝る。転生出来ないんならもう寝るぞ!」


「って、ちょっと!?」


 座り込む女性の腕を引き、無理やり連れて行く。


 運送会社と思しき人は終始ぽかんとしながら見送っていった。


 さらばブラック会社の人。願わくば次はホワイトで働けますように。


 ある程度進んで、自分の左手をふと見ると女性の腕を引いていた。


「……あれ?」


 なんで俺連れてきたんだろう。


 酔っ払ってて自分が何をしてるか良く分かっていない。


「………………して」


 その時だった。ずっと無言だった女性が聞こえない声量で呟いた。


「え?」


 耳を近づける。


「どうして! 放っておいてくれなかったんですか!!」


 キーンとした。


 女性の顔を見てみると、長い黒髪を振り乱しながら、垂れ目気味の綺麗な目を釣り上げて睨みつけていた。


 俺を。


 というか初めて顔を見た。


「あのまま放っておいてくれたら今では聖女とか悪役令嬢とかになって隣国の皇太子とか奴隷の少年とかと幸せに仲睦まじく過ごせたんですよ!」


「可愛い……」


「はあ!?」


 整った目鼻立ち、決して厚すぎない化粧、香水に頼らない自然な香り。


 ドンピシャだった。振られたばかりだと言うのに惚れてしまいそうな。


 …………ん? 振られて? あ、そうだ。振られたんだった……。


「そんな事言ったら俺だってキミを助けて善行を積んでチートやら勇者とか王様とかになれたかもしれないのに!」


 轢かれても何もなかった。


 ただただ運送会社のおっちゃんが迷惑を被っただけという結果になってしまった。


「……つまり、あのトラックに轢かれても転生出来なかったということですか?」


「うん、まあ俺ピンピンしてるし」


「そんな…………」


 がっくりと項垂れる女性。


 というか俺が言うのもなんだけど、そんな事現実に早々あるわけがないと思う。


 俺が言うのもなんだけど。


「…………それで、どうしてあんなことをしようと思ったんだ?」


 異世界転生しようとした、と言えば聞こえは良いが。…………いや、良いかな?


 要するに死のうとしたわけである。


 聞いた後で後悔した、立ち入ったことを聞いてしまったのではないかと。


「あ、いや、別に無理に言わなくても――」


「…………私、今日振られたんです」


「……え?」


 ワンピースをぎゅっと握って、唇を噛みしめる。


 辛いことを思い出そうとするその姿に、今日の昼間のことを思い出して胸が痛んだ。


「今日ふと街を歩いていたら、他の人と腕を組んで歩いているのを見かけたんです。私は一人になったタイミングを見計らって、詰め寄りました」


「……ああ、もう…………」


 嫌な予感しかしない。


「前々から変だなーと思ってたんです、会える曜日が少なくて会えても数時間とか。やたらホテルに行きたがるし……」


「…………いや、それは……」


 俺が聞いてもいい内容なんだろうか。良くない気がする。


「もちろん、手順を踏んでからそういうことをしたいから、いつも断ってたんですよ?」


 何がもちろんなんだろう。


「それで、詰め寄ったときに言われたんです。私は複数の彼女のうちの一人だって。火曜日と木曜日の午前担当なんだって……」


 そんなあけすけに言う必要あったか? もうちょっと濁してやってもよくない?


「部屋の掃除とか、料理の作り置きとか、洗濯とかいつもやってたのは、なんだったのかなって……」


「…………それで、何もかもイヤになって?」


 無言でコクリと頷く女性。


「………………わかるっ!!」


「え?」


 気付けば俺は滝のような涙を流していた。


 女性の両肩に手を置き、目を見つめて何度も頷く。


「俺も今日振られたんだよ~!」


「……貴方も?」


「俺ってさ、言っちゃうけどさ、顔が怖いって昔から良く言われるんだ。そんなつもりないんだけど睨んでるとか言われたりさ。今は泣いてるからわかんないだろうけど!」


「……はあ、まあ。なんとなくわかります。今もちょっと怖いですから……」


「それで今日彼女に呼び出されてさ、ウキウキで向かったら知らない男に囲まれてさ~!」


「彼女さんに呼び出されたんですよね……?」


「そうなんだよ! なのに行ったらムキムキの大男ばっかりで! 彼女に別れようって言われて!!」


 思い出すだけで泣けてくる、泣いてるけど。


「そもそも付き合ったのも、俺の顔が怖いから断ったら何されるか分からないから、とりあえずオッケーしたって言うんだよ!?」


「それは…………酷いですね!!」


「だろ!? その足で居酒屋行ってやけ酒よ!!」


「ああ、だからそんなにお酒臭いんですね……」


「俺たちは仲間だ! 振られ仲間!!」


「そんな仲間はイヤですけど…………でも、確かに似てます」


「よし! 俺の家に来い! 酒飲みながら愚痴を言ったり語り合おう!!」


「え、いや…………それは……」


 思えばその提案は随分行き過ぎた提案だっただろう。


 しかし酔っていた俺はそこまで気が回らず、同じ日に同じ傷を負った彼女にシンパシーを感じていた。


「お? なら異世界転生しちゃうぞ? してもいいんだな!?」


「なんですかその脅し文句…………ああもう、わかりました」


 半ば強引に連れて行った俺は、コンビニでしこたま酒とつまみを買い。彼女と共に家へと帰った。


 それでお互いに愚痴を零しながら酒を酌み交わし…………。



――――――――――



「…………それで、こうなった……と」


 全裸の男と女。同じ布団。その後どうなったかは想像に難くない。


 朝…………いや、もう昼か。太陽が二日酔いの頭によく刺さる。


 どうしたものかと途方に暮れていると。


「……ん…………」


 女性の目が薄っすらと開く。


「……お、おはようございます……」


 恐る恐る挨拶。


 目をしぱしぱと何度か瞬きして、目の前にいる女性ははにかみながら。


「……おはようございます。よく、眠れましたか……?」


 微笑みを携えてそう言った。


「――――――」


 振られた痛みすらも忘れてしまうほどの、可愛らしい笑顔に。


 俺は一瞬で恋に落ちた。

読んでいただきありがとうございます。


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