失恋と背後霊
「なんか最近……」
「どうかしたんですか、先輩?」
夜のコンビニのバイトにて。
ひなたと二人で店内と担当していると、ふと言葉をついて出た。
「誰かに見られてる気がする」
気が付けば背後に視線を感じることが増えた。
一日や二日どころではなく、数週間前からだ。しかし人に見られるようなことを俺はしていない。
たぶん。
「ついに先輩も暗殺者に狙われるようになってしまいましたか」
「んなバカな」
一笑に付す。
ちょっと目付きが悪いだけの人畜無害な俺だよ?
するとひなたは、人差し指を立てて左右に振った。微妙に偉そうな態度がムカついた。
「最近は犯罪を起こしそうな犯罪者予備軍を、前もって監視対象にしておく制度があるっていう話ですよ。この前深夜にやってたテレビで言ってました」
「え」
嘘だろ? マジで?
生まれてこの方犯罪なんてしたことないよ? 軽犯罪ですら無い自負があるよ?
「あ、でもこの前……」
「なんかしちゃったんですか?」
「自販機に缶コーヒー買ったんだけどさ、取り出し口の所に二本入ってた」
そして一本だけぬるかった。
「…………先輩、それどうしたんですか?」
「冷蔵庫で冷やしてある」
ぬるいと美味しくないからな。
「悪いこと言いませんから捨てましょう? ね?」
「勿体ないと思うぞ」
「勿体なくないですから! なんなら私が一本買ってあげますから!」
「お、おう」
ひなたの真剣な目に、頷いてしまった。
なんなんだろうか。
「それなのかなあ」
「たぶんそれじゃないですね」
じゃあなんなんだろう。
今も視線を感じる。
勢いよく振り返るが……何もいない。
立ち読みをしていた青年がいたくらいだ。
気まずそうに本を元の場所に戻してコンビニから出ていった。
「ありがとうございましたー」
二人で声を揃えて言う。
「う~む」
実害はない。ただただとても気持ちが悪い。
逆に言えば、実害が無いのが気持ちが悪いとも言える。
「帰り送っていきましょうか?」
ひなたの提案。それはとてもありがたいのだが。
「お前家逆方向だろ。俺が送っていくからいいよ」
「でも…………いえ、そうですね。お願いします」
言わんとすることはわかるのだろう。しつこく食い下がることはなく、簡単に折れた。
「まあ、大丈夫だろ。マジで実害はないし」
………………
…………
……
そしてバイトも終わり、帰り道。
ひなたがまるで肉食獣のように目をギラつかせながら、辺りを注意深く見渡している。
俺から見ればひなたの方が怪しい。
「ガルルル……!!」
なんか唸っていた。
「ひなた、おいひなた。人間に戻れ」
「……なんですか先輩。今の私は女豹ですよ」
「お前意味わかって言ってる?」
「豹は速いんですよ?」
そうじゃない。まあいいか、馬鹿だし。
「普通にしろ。じゃないとお前が通報される」
「はあい」
あっさりと警戒を解いた。まさかツッコミ待ちだったのか?
「そういえば私は明日休みなんですけど、先輩の次の休みはいつですか?」
「俺? 来週の火曜が休みだけど」
「今日月曜日なんですけど?」
「ああ、そうだな?」
「働きすぎじゃありません?」
しょうがない。今まで一人だった頃とは打って変わって、お金がかかるようになったのだ。
その分シフトを増やすしかあるまいて。
「あ~……遥さんですか」
「まあ、な」
「仲睦まじい様子で大変結構なことですねー」
「おかげさまでな」
そんなこんなでひなたの家に到着。
「じゃあな」
「あ、先輩。晩御飯でも食べて行きません?」
親指を後ろに向けて、やけに男らしいジェスチャーで誘ってきた。
言われてみれば腹が減った。だが……。
「いや、やめとくわ。家に賞味期限ギリギリの弁当があったはずだし」
「たまにはご馳走しますよ!」
「その時は遥と一緒に行くことにする。今日は帰るわ」
「あ~…………そうですか、そうですね。じゃあ、おやすみなさい」
何故か少し肩を落として家に入っていくひなた。
……なんか話でもあったのだろうか。しかしいつものあいつなら、話があるならあるでストレートに誘ってくるだろう。
単に消費しきれない食材があったのかもしれない。うん、きっとそうだろう。
頑張れひなた。俺もギリギリの弁当と格闘することにする。
そうして踵を返す。ずっと背中に刺さっていた視線が、次は前から刺さり始めた。
「………………」
気にしないことにしよう。
背中に刺さり始めた視線を気にすることなく、まるで背後霊と帰るように帰路についた。
――――――――――
「ふわ~あ」
あくびが勝手に漏れ出る。
今日は丸一日講義を受けなくてはならないため、珍しく朝早くから大学へと来たのだ。
遥は今日は店の手伝いだと言っていたので、大学には来ないはず。
…………じゃあ、この気配はなんだろう。
振り返る。
誰も居ない。
少し歩いて――――勢いよく振り返る。
「ヒッ……!」
後ろを歩いていた女性がひきつけのような悲鳴を上げた。
「ごめんなさい」
素直に謝ると、女性は逃げるかのように逃げていく。逃げただけだね。
周囲の視線を一身に浴びる。ひしひしと罪悪感を感じながら、講義室へと逃げるように去って行った。
………………。
「…………まずい、これはまずい」
ここ数日はバイト三昧でろくに大学に来ていなかったツケがきた。
内容がまっっっっったくわからない!!
そして、今までの講義内容を教えてもらう友達がいない!!
「……やっべー、どうしよう」
このままではレポートは見るも無残な事になることは必至。
………………。
まいいか、どうにかなるだろ。
そんなことより早く昼飯を食べてしまわないと、午後の講義に間に合わない。
しかし、午前の講義でも背中に視線を感じたな。……いったいなんなんだ?
こうして学食を歩いているだけでも、背中に視線を感じる。
流石に家の中では感じなかった。つまり幽霊ではないってことだ。
最早視線を感じないほうが落ち着かないまで――
「なってたまるか」
学食に着くや早足で券売機へと向かう。
きつねうどんとおにぎり定食。これは朝から決めていたことだった。
講義中もこのメニューの味を思い出して腹が鳴ったくらいだ。誰も気付かなくてよかった。
手早く出てきたお盆の上に乗っているのは俺が朝から恋い焦がれたセットメニュー。
見てるだけでヨダレが出てきそうだ。朝食べてないしな。
さ、早く食べてしまおう。
背中の視線よ、お前にはやらんぞ!
………………
…………
……
午後の講義もこれにて終了。本日はお疲れ様でした。
内容の半分も理解できていないが、行ったことに意味がある、うん。
あいも変わらず背中に視線を感じ続け、もはやそれが平常と化した時。
俺のスマホが鳴り響く。
ひなただった。
「もしもし?」
「もしもーし、先輩、視線の主がわかりましたか?」
「いや、今日一日感じてるけどな」
「今も感じてます?」
ああ、と返事する。
夕焼けが俺に影を作る。
東へと沈んでいく夕焼けが、俺に二つの影……を……?
後ろを振り返る、すると。
「へっへっへー」
ひなたがいた。
「何してんのお前」
「暇なんで来てみました。先輩今からバイトですか?」
「ああ、そうだけど……マジで何してんの……?」
暇だからここまで来るとかバイタリティどうなってんだ。
短いポニーテールを揺らしながら、嬉しげに笑うその姿は、今日の俺の悩みをさっと洗い流していく気がした。
「一緒にコンビニまで行くか?」
たぶんこいつもそのつもりで来たんだろうし。
「いえ、私今日は休みですし」
確か言ってたな。
「今日は知り合いとご飯に行くので、駅で待ち合わせなんですが……時間が空いたので来てみただけですよ」
「あ……そう」
「じゃあ、さよなら!」
走り去っていった。
何しに来たんだあいつ。
……ん? 駅?
あいつの家と俺の大学、駅からだと反対方向だった気がするが。
……まあ、聞き間違いかもな。
とりあえずバイトに行こう。背後の視線と共に。
慣れすぎて、ゲームのパーティーメンバーでは二番目に固定されている重要なメンバーかもしれない。
そんなバカなことを考えながら足を踏み出そうとすると――
「あ……あの……っ!」
か細い声が聞こえた。
その勇気を振り絞った切実な言い方は、何やら聞き覚えがある。
でも、まさかな。
「ひ……昼河……くん……っ!」
昔恋い焦がれた声。
その声で呼ばれることをどれだけ望んでいたことか。
今の俺は幻聴まで聞こえるようになったのか? もう遥がいるのに?
そんなまさかだ。だとすれば、これは現実ということになる……?
「………………」
恐る恐ると振り返る。
ちょっとずつ、左へ半回転。
ゆっくりと、現実ではありえない光景を認識するために。
回り終わると、そこには。
「ちょ、ちょっと話が……あるんだけど……」
二夕見 花蓮。
俺を振った元カノが、そこにいた――――
読んでいただきありがとうございます。
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