失恋と友達事情。夜見夕夜編
……え、バトン? なにそれ、つーか誰?
Q.貴方に友達と呼べる人はいますか?
A.友達ねえ……知り合いはいるけど、友達とくれば……どうなんだろうなあ。
――――――――――
時刻は夜19時。
行きずりの友人たちと、駅前の繁華街を練り歩く。
そこには様々なヤツがいた。仕事帰りのヤツ、遊びに行くヤツ、既に遊んでるヤツ、色んな人間が色んな方向へと向かっていく。
狭い歩道を横に広がりながら、通行人の進行を妨げる。普通に考えれば迷惑だ。だけどその時の俺たちはそんな事を考える暇はない。
何の生産性もないバカ話に花を咲かせ、そしてバカみたいに笑い歩く。
周囲の人間も俺を知っているようで、俺を見つけては話しかけてくる。
「あ、夕夜! この前は楽しかったな、またやろうな!」
「夕夜くん! 今度いつ遊びに行く?」
「夕夜! また合コンのセッティング頼んだぜ!」
「夕夜くーん、連絡待ってるよー」
とまあ、こんな風に。
そしていつの間にか輪の中に入っている。
一列に横に広がっていたのが、今では二列にも三列にも増えていた。
と、そこでふと我に返る。
…………こいつら、名前なんてったっけ?
ぐるりと見回す。ド派手な格好、ド派手な装飾、口汚い言葉。そんな輪の中心にいるのが俺だ。
横を見ると、とある洋服店のガラス。奥にあるマネキンより手前に映る俺の姿が目に入った。
チャラい服装、チャラい髪、ド派手な装飾。そして他に漏れず口汚いであろう言葉を吐くんだろう。
まあ、それはそれで楽しいから良いだろう。見渡せば他の通行人たちが迷惑そうに足止めを食らっている。
周りの奴らに気にするように言ってもいいが、言った所でどうせこいつらは聞かない。なら言うだけ無駄だ。
それよりも、朱に交わって何も考えずに朱に染まった方が断然楽。
ゲラゲラ大笑いしながら辿り着いたのはクラブ。
地下にある店で、足元すら見ずに名前も知らない知り合いと雑談する。
時折誰かが足を踏み外すのか、背中に軽い重みが伸し掛かる。
地下に近付くに連れ、体の芯まで響く重低音。そして目に入る防音材をこれでもかと詰めた分厚い扉。
扉を引く。鼓膜を破らん限りの音楽と、踊りとナンパとバカ話に興じるバカ共。
俺はそのバカに混ざりに来たんだ。意気揚々とカウンターまで歩いて行き、顔馴染みのバーテンダーにいつものとだけ告げる。
ショットグラスに飴色の液体が注がれ、俺の前まで滑ってくる。それを一息で飲み干した。
良い感じに喉が熱くなってくる。その熱さが冷めないうちにダンスフロアの中央まで歩いて行く。
今流れているのは昔有名だった海外のヒップホップ。その曲に合わせて足を動かす。正式な踊りなんて知らない、ただ酒に酔って頭が望むまま勝手に踊りだす。
何故か周りから歓声、見れば全員が俺を見ていた。あれ、全員知り合いだったっけ?
まあいいか。
周囲を気にせず踊り続けていると、背中に衝撃。誰かとぶつかったようだ。
振り返ると、髪を赤く染めた派手な女だった。
「あれ夕夜じゃん! マジ奇遇じゃね?」
「ああ、そうだな」
誰だろう、こいつ。
「超久々だよね、いつぶりだっけ?」
「んー……一月くらいか?」
そんなのは知らない。高難易度なクイズはやめてもらいたいところだ、酔いが覚める。
「そんなもんだっけ? まーいいや、ちょっと飲みに行こ」
「ああ」
断る理由もない。俺はそうやって生きてきた。
先程来たカウンターへ再度やってきた、俺の顔を見たバーテンダーは同じ酒を注ぐ。同じものを隣の女にも。
かんぱーい、という軽ーい音頭でグラスをぶつけ合う。
チン、という高い音が少しだけ鳴り、その音が終わる頃には既に酒は呷り終わっている。
「それにしても、こんな所で会うなんてねー。運命だったりして?」
「そうかもな」
そうか?
この街はそんなに広くない、遊ぶ場所なんて限られてる。駅の向こう側なんてすぐに住宅街で夜は静まり返ってるくらいだ。
俺たちみたいな人種が集まるところなんて、たかが知れてるのだが。そんなものですら運命論を持ちかけてくるのか。
「ちょーどいいや、あたし今フリーなんだよね」
「へえ」
何がちょうどいいんだろうか。周りに男なら腐る程居る。俺である必要は無いだろう。
「夕夜もフリーだよね? もしよかったら付き合わない?」
軽い感じの告白、いつもそうなのだろう。
何故俺がフリーだと断定したのか、もし彼女持ちだったらどうするんだ?
「ああ、いいよ」
「マジ? 皆に報告しちゃうよ?」
どうしてそうなる。どうして報告したがるのか。
こいつらにとって、所詮付き合うっていうのは自慢するためのツールでしか無い。
周りへの牽制、もしくはマウントを取るための道具扱いだ。
何か見るたびに『ヤバい』
何か見るたびに『エモい』
何か見るたびに『キモい』
三文字縛りで会話しているのか、というくらいに語彙力がない。
「ヤバい、夕夜と付き合うなんてヤバくて死んじゃうかも」
悪い意味にも取れる言い方だよな。
ちなみに。
俺は今、たぶん30人くらいと付き合ってる。
何故かって? 告られたら断らない性分のまま生きてきた結果だ。
勝手にフリーと思い込む。彼女がいてもいいから、と懇願してくる。ただ告りたいだけのヤツら。
そういったヤツを全て迎合してきた。
良いか悪いかで言えばもちろん悪いだろう。だが、断ろうものなら対人関係に軋轢が出来る。
そしてその軋轢は謎の友人ネットワークであっという間に拡散される。
俺としてはその軋轢を発生させることを防ぎたいわけだ。
だが。
「あれ? 夕夜、今アンナと付き合ってんの?」
誰だそれ。
「さあ、知らない」
「このコだけど」
写真を見せられる。
……あー。
「付き合ってるな」
「……じゃあ、なんであたしと付き合うって言ったの? あたしがアンナと親友なの知ってるよね?」
知るわけ無いだろ。
「付き合おうって言われたから断らなかっただけだ。俺がフリーだって言ったか?」
そこまで言った後、俺の顔は強制的に右を向かされることとなった。
酔ったのか怒ってるのか区別がつかないが、顔を真っ赤にして怒る………………誰だっけこの女。
「最低。死ね」
名も知らない女が立ち去っていく。
顔を張られた音は店内の音楽でいとも簡単にかき消されたが、周囲の人間はバッチリ注目していた。
さっきも言った通り、女は俺を自慢するための道具に使う。
断じて自慢じゃないが、俺はこの街のこういう人種にはそこそこ顔が知れてるようで、その俺と付き合うことは一種のステータスらしい。
だからだろう、男女問わず交友を図ってくる。
俺もその現実を受け入れてる。
だからこそ、俺も俺であるための道具として使わせてもらってるんだ。
俺も、相手も、お互いにメリットが無いと動かない。それは男女問わず見てきて、ハッキリと見えた結果だった。
損得勘定を繰り返し、少しずつ広げていった交友関係。
誰にでも愛想を振りまき、八方美人の末に手に入れたこの人脈。失うには惜しいものだ。
そこまで必死になってしがみつく程のモノではない。ないが、だからといって捨てることに何の抵抗もないかと言うとそういうわけでもない。
要するに未練だな。
「夕夜ー! 何してんだこっち来いよ!!」
さっきの出来事をまったく見ていなかった知り合いAは、呑気に手を振っていた。
「おう、今行く」
気にすることじゃない。いつものことだ。
実際何も気にしていなかった俺は、言われた通り呼ばれた場所へと向かっていく。
その頃には、俺の顔を叩いた女の顔は忘れていた。
――――――――――
あー、終わった。
確かな倦怠感と疲労感を、息を吐くのと同時に少しずつ吐き出していく。
自宅のマンションへと向かうが、その足取りは重い。
自分で思ってるよりも遥かに疲れているのかもしれないな。
とりあえず帰って寝よう。
そんな状態でフラフラと歩いていると、曲がり角で誰かとぶつかりそうになった。
「うわっ……すみません」
向こうは体を躱し、即座に謝ってくる。礼儀正しかった。
「いや、こっちこそすいません」
対する俺は相手の顔も見ずに、会釈と軽い言葉で済ませようとする。
そんな俺に飛ばされた言葉が。
「あれ? ホスト?」
とんでもなく失礼な言葉だった。
「誰がホス…………って顔怖っ」
クラブのガードマンも裸足で逃げ出しそうなほどの強面だった。
っていうか、見覚えがある。
この怖い顔、そして俺をホスト呼ばわりする人間。俺の知ってる限りでは一人だけだ。
「次郎、だっけ」
「そういうお前は…………………………ホスト?」
そんな名前のやつはいねえよ。
「夕夜だよ、夜見夕夜。名刺渡しただろ」
「貰ったっけ…………ああ、あれか。貰ってすぐ返した気がする」
そうだっけ。そこは覚えてないな。
「しかし、なんか顔色悪いな。調子悪いのか?」
「いや、そんなことねえけど……」
あれ、今のって俺の口から出た言葉か?
そう思ってしまうほど、その声には疲労が混ざっていた。
悪酔いしすぎたんだろうか。
「ちょっと待ってろ」
そう言って次郎は何処かに小走りで走って行く。街頭とは違う煌々とした機械の光。
自動販売機……?
「ほら、飲め」
手に持っていたのは水。
「ああ……サンキュー」
そう言って財布を取り出そうとする。
が、その手にペットボトルの水を何度もぶつけてきた。
「いいから早く飲め。何処かで座るか?」
「あー……じゃあ、ここで……」
塀にもたれかかり、ずるずると腰を下ろしていく。
服越しに感じるアスファルトの冷たさ、時折吹く風の冷たさが俺の疲労を少しずつ洗い流していった。
ペットボトルの蓋を開けるのに苦戦していると、横から手が伸びて蓋を開けてくれる。
……なんか、至れり尽くせりだな。
そこで疑問が湧く。
「……何を、してほしいんだ?」
水一つにしたって、他の男連中は見返りを求めてきた。
酒に潰れて介抱された時だって、見返りは女友達との合コンだった。
だというのにこの強面は。
「は? 何もいらねえよ」
事も無げにそう言い放った。何故? 理解できない?
「……なんだ、その鳩が豆鉄砲食らったような顔」
気分的には散弾銃で撃ち抜かれたような衝撃だ。
リターンを求めない助けなんて存在しない。
それは決まりきっている事だ。
利用し、利用される。お互いわかってて付き合っていく。
見返りを求めない施しなんて、パワーバランスが崩壊してしまうじゃないか。
宇宙を塵と化す気か?
…………いかん、まだ酔ってるようだな。
「見も知らない他人じゃなくて、一応知人だからな。それくらいするのは当たり前だ」
「……俺の知ってる知人っていうのは、見返りを求めるものだと思ってたけどな」
水を口に流し込む。冷たくて美味い。
「それは知人ですらないってことだろ」
「じゃあなんだっていうんだ?」
「………………」
考える仕草。
「…………顧客と取引先? お互いが損しないように動く、みたいな」
ああ、言い得て妙かもしれない。
俺を助けたリターンとして、俺の人脈を当てにする。
助けられたメリットと、女と出会うメリット。
「なるほど、顧客と取引先ね。知り合いですら無かったってわけか」
「俺が勝手に作った定義だからな。その認識は人それぞれだから当てにすんなよ」
とは言え、簡単に胸に落ちた言葉だ。
顧客と取引先、その時その時で立場は変わるが、俺の知ってるヤツらは損することを嫌がっていた。
「もう大丈夫か?」
「ああ、ありがとな次郎」
「気にすんな、じゃあな」
手を挙げて立ち去っていく。その背中を呼び止めた。
「今度会ったら何かお返しさせてくれ」
その言葉を背中に受け、首だけ振り返る。
「いらねえよ。酔っ払いはさっさと帰って寝ろ」
強面にそぐわない優しい言葉を残して去って行った。
その背中を見て、俺は思う。
友達っていうのは、こういうものなのかもしれない、と。
そして声を出す。
「最後のバトンはお前に渡したからな」
読んでいただきありがとうございます。
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