失恋と友達事情。朝野遥編
Q.貴方に友達と呼べる人はいますか?
A.はい、私には友達がいます。
――――――――――
「それで、どうなったの?」
カウンターに座る綺麗な女性がコーヒーカップを口元に持っていき傾ける。
その姿はとても絵になるようで、許されるなら写真に撮って飾りたいくらい。
だけどそういうわけにはいかない。
「どうなった……って?」
私はカップとソーサーを磨き、棚に仕舞いながら聞き返す。
「なーにとぼけてんのよ、はーちゃん」
カップをソーサーの上に置き、返事が待ち切れないという風にカウンターを指でトントンと叩く。
私をはーちゃんと呼び、この喫茶店に馴染んでいるこの女性は。
「何の話、みーちゃん?」
霜崎 水香。小さい頃からの仲良しで、みーちゃんってあだ名で呼んでいる。
遥だから、はーちゃん。
水香だから、みーちゃん。
我ながら安直なあだ名だと思う、だけど子供の頃の話なので許してほしい。
黒く綺麗なセミロング。それ以上伸ばしてるのを見たことがなかった。
暑くて鬱陶しいー、とか。手入れが面倒ー、とか。そんな感じの理由で長いのは好きじゃないみたい。
「彼氏よ、かーれーしー」
「……別れたよ?」
言ったと思うんだけど。
仕事中だから出来るだけお喋りは避けたいのだけれど、お客さんはみーちゃんだけ。
お父さんもお母さんも出掛けているので、咎める人はいなかった。
「え、あの誘拐犯みたいな顔した彼氏だよ?」
「言い方良くないなあ……ジローさんとはまだ続いてるけど」
「別れてないじゃん」
「その前の人の話かと思ったの」
ウェーブのかかった髪を揺らしながら、何故だか不満げ。
ジローさんとは別れる理由が無いと思うんだけど。
みーちゃんにとってはそうじゃないらしい。
「だって顔怖いじゃん。写真見ただけだけど」
それだけで別れるってのもどうかと思うんだけどね。
「でも良い人だよ」
「顔怖いのに? ほら、貰ったこの写真なんて生贄を求める山の神みたいな顔してるじゃない」
「それが全てじゃないから、ジローさんは」
確かに顔立ちは一見すれば怖く見えるかもしれない。
だけど実際話してみたらとても気さくで、喜怒哀楽がハッキリしていた。
「優しいし、気を使ってくれるし、一緒にいて落ち着くし、それに初めての……だし」
「え? 最後なんて?」
「それに! 掃除は出来ないし、料理もできないし、洗濯物もそこら辺に置きっぱなしだし、映画見ててよく徹夜するし」
「そこら辺は褒めてないよね?」
「褒めてるよ?」
何処が!? って言われた。
そんなの決まってる、全部私がやりたいことなんだから。
「あー……いつもの病気のヤツね」
げんなりとした様子でみーちゃんは言うけれど。
「そんなことないもん、病気じゃないもん」
「そんなことあるって。はーちゃん、相手に無償の奉仕をしようとするのはやめな? 便利屋扱いされるだけだから」
ジローさんのこと知らないのに、とちょっとムッとなってしまう。
でもダメだ、みーちゃんは心配してくれているだけだから。私が前付き合っていた人でどうなったか知っているからこそ、止めてくれてるだけ。
「んー……でも大丈夫だよ?」
みーちゃんはまだ納得いってない様子。
「掃除しようとして逆に散らかしたり、料理しようとして焦げ付かせてフライパンをダメにしたり、洗濯物を畳もうとして固結びにしちゃったり」
「はーちゃんの彼氏って小学生だっけ?」
「ううん、大学生だけど」
「……頭痛い」
指で目頭を揉み込んでた。
そういう『ほっとけなさ』が、たまらなく愛おしいの。
「みーちゃんこそ、彼氏はどうなの?」
「んー……あたしは当分いいや」
「やっぱり、ペアリングに違う女の人のイニシャルを間違えて彫っちゃったのは許せないかあ」
「許せるわけ無いよね」
それもそうか。
「ね、ね。今度会わせてよ、はーちゃんの彼氏」
「彼氏持ちじゃないとダメでーす」
「大丈夫だって、惚れるわけないじゃん、こんな地球を裏側で牛耳ってそうな顔の人」
それは言いすぎだと思う。
顔に出てたんだろうか、みーちゃんがちょっと気まずそうな表情をしてた。
「ごめん、あんまり言うもんじゃないよね」
「……うん、控えてくれると嬉しいかな」
「でも、会わせてほしいっていうのは本当。はーちゃんが心配なだけだから」
昔っからそうだった。
人より給食を食べるのが遅かったり、準備に時間がかかったり、決められなくて悩んでいても。
みーちゃんはずっと待ってくれて手を差し伸べてくれた。
ただ純粋に心配してくれてるだけ。それは痛いほど解る。
みーちゃんは私にとって、いつまでも一番の親友なのだから。
「んー……じゃあいつか、全員の時間が合えば……」
「やったっ、私はいつでも合わせるから!」
嬉しそうなみーちゃん。
ふとカップを見ると、中は空だった。
保温しているコーヒーを注ぐ。
「ありがと」
砂糖とミルクを一個ずつ入れて、ぐるぐる混ぜる。
芳醇で真っ黒なコーヒーがグルグル回って色が少しずつ変わっていくのが好き。
それは人との関係もそうだと思う。
真っ黒で苦いコーヒーも、何かを入れれば甘くもなるし色も変わる。
前の……あの人と付き合ってる時、私は自信なんて持てなかった。
多分真っ黒なブラックコーヒーのままだった。
苦くて、味も悪いブラックコーヒー。
そんな私を見ていたからこそ、みーちゃんは過保護になってしまった。
でも、ジローさんと一緒にいたら私は満たされている気分になれる。
「みーちゃん」
「どしたの、はーちゃん?」
「私、今幸せだよ?」
「……そっか、心配しすぎだったかな」
自分が過干渉だったことに対する反省なのか、顔を隠すようにカップを口につけて傾けた。
「でも、今度会わせる話は無くなってないからね?」
「無くなってないかー……」
みーちゃんは気が強い。
ジローさんも割と気が強いと思うけど、この二人が会うとどうなるんだろう。
ケンカするのかな? それも物凄いケンカが。
それとも逆に意気投合する? こっちが妬いてしまう程に。
……うーん、どっちにしてもモヤモヤしそう。
でも、みーちゃんに安心してほしいっていう気持ちもある。
「はーちゃん、あんまり気にしないでね」
「何が?」
「別に、私ははーちゃんの彼氏をボコボコにしようって考えてるわけじゃないんだから。ただ昔馴染みの親友を紹介する……くらいの感覚でいいんだよ?」
「……うん、そうだね」
私の友達は立派だ。
自分を持ってて、芯の強い女性。
何処に出しても恥ずかしくない女の子。
「…………なに、その目」
「お嫁に行くときは教えてね」
「なんでそんな考えになったか言ってみなさい、今すぐ」
「きゃあー!」
カウンター越しにはしゃぎ合う。
お父さんがいたらきっと叱られるだろう、だけど今はいないから問題なし。
「それにしても、よく共通点があったよね」
「共通点?」
「うん、夜道にたまたま出会っただけでしょ?」
「…………うん、そうだよ?」
嘘だった。
酔った勢いでー……なんて言えるわけがない。
私も怒られるだろうし、ジローさんへの矛先はもっと向いてしまうだろう。
嘘をつくのはとても申し訳ないけれど、そこは……ちょっとぼかしておきたい気分。
「どうやって付き合うことになったの?」
「それは……ジローさんからの告白が」
「夜道にたまたま出会っただけなのに? 行動力やばくない?」
う。そうなのだ。
きっかけの行為というか、肝心な部分を端折って説明している所為で、どうしても突飛な行動に思われてしまう。
といっても……うーん…………言うわけにもー…………。
「はーちゃん、何か隠してるでしょ」
「ぴえっ!? な、何も隠してないよ!?」
「ずっと同じカップ磨いてるけど。隠し事する時の癖は治ってないんだね」
持ってるカップがいつも以上にピカピカだった。
咳払い一つ、カップを棚に仕舞う。
振り返る時には、とびっきりの笑顔で――
「みーちゃん、お代わりどう?」
「誤魔化すな。はーちゃんは誤魔化すのヘタだからすぐわかるよ」
「うぅ」
これは……もう、隠していられないのかもしれない。
「えっとね、その……」
かくかくしかじか。
全部を話し終わった後。
「はぁ~…………」
みーちゃんは大きな溜め息を吐いた。
「ごめんはーちゃん、ちょっと酷いこと言うよ。あんたバッカじゃないの?」
だよね、確かにそうだよね。
客観的にはそう見えるよね、だけど。
「でもねみーちゃん、私後悔してないよ?」
「そりゃそうでしょうよ、今現在進行形で付き合ってるんだから。でも別れたらどうなるの? 汚点でしか無くなるよ?」
気持ちは解る。だけどその言い方には少しムッと来る。
「別れないし、汚点にもならないよ。私はジローさんと出会ったこと後悔してないから」
「だってそれは、その人はどうしようもないくらい家事が絶望的だからでしょ? 尽くせるからでしょ? ………………あ、だから通い妻みたいに足繁く彼氏の家に行ってるの!?」
「ち、違うよっ! それはないっ!」
慌てて両手を何度も振る。話題が話題なだけに、きっと顔は真っ赤になっているだろう。
それでもみーちゃんの訝しげな視線は止まらない。
「そ……それ、一回だけだし……」
「は!? 猿になってんじゃないの!?」
「なっ、ならないよ!!」
「逆にどうなってんのよ!? 解脱でもしてんの!?」
そんな事言われても困る。とても困る。
興味がないわけではない。無いのだけれども。
自分で言うのはとても恥ずかしいものがある。だから言わないのだ。それが正しい、うん。
それに、ジローさんの家に行って家事をしてるとそれに集中してしまうというのもあるだろう、うんうん。
「……はあ、まあいいわ。人のそんなデリケートな部分にまで口を出したくないし」
「そうしてくれると……助かる、かな」
「でもね、お互いプラスになる付き合い方をしなさいよ? じゃないと誕生日ケーキのチョコプレートに違う女の名前書いてる羽目になるんだから」
「男の目を養うべきなのはむしろみーちゃんじゃないかな……」
「なんですってー!!」
「きゃあー!!」
カウンター越しにはしゃぎ合う。パート2。
でもお父さんはいないから叱られることも――
カランカラン、というドアベルの音。
視線をやると、そこには買い出しから戻ってきた両親がいて……。
二人揃って、夜までしっかりと叱られました。ごめんなさい、もうしません。
……あ、そうだった。
私には友達がいます。小さな頃から大切な友達が。
私のことを思ってくれて、いてくれるだけで心の支えになっています。
では次の人、どうぞ。
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