失恋と茶碗蒸し
前回のあらすじ!!
フジさんへのタックルとフジさんの口上で魚が食べたくなった俺とひなた。
途中で出会った遥も交えて、三人で美味しい魚料理を食べに行くこととなった!
あてもなく歩くこと30分。
ようやく辿り着いた。
「ここでいいんじゃないでしょうか」
チェーン店の回転寿司に。
「………………」
「………………」
なんとも言えない顔をしている俺とひなた。
確かに魚がある。ああ、確かにある。
しかし、今日の気分は焼いたり揚げたり火を通したのが食べたかったんだ!
とはいえ、遥は俺のこの今の口の中の欲望など知る良しもないし、彼女は善意のみで提案してくれているのだ。
ならばここは涙を呑んで決めるのが男というものではないだろうか。
……海老天でも食べよ。
彷徨ったこともあり、時刻は夕飯時。
予約もしていない俺たちは順番が来るまで待つこととなった。
子供連れが多く、待合スペースのこの場所でも子どもの大きな声が耳をつんざく。
「せんぱいせんぱい!! なんかシクレ当たりましたよ!!」
しかしそれよりも俺の耳をつんざいたのが後輩であるひなただった。
「なんだそれ」
「お寿司のカプセルトイですね」
「で、シクレなんだったんだ?」
「茶碗蒸しでした」
「寿司じゃねえじゃん」
しかしまあ、気持ちは分かる。
待ってるだけのこの時間、暇潰しに回したくなるんだよな。
しかし秒で行くとは思わなかったがな。
手に入れた小さな茶碗蒸しを片手に、俺の隣に腰掛けるひなた。
左右に女性に挟まれるように座る俺は、まるで侍らせているように見えるのだろうか。
時折羨ましそうな視線を感じなくもない。
「45番の整理券をお持ちのお客様~?」
女性の店員の声が響く。
あ、俺たちだ。
手を挙げて存在を示すと、女性の店員から小さく息を呑む音が聞こえた。
いつものとおりである。
「お……お席までご案内します」
後ろを歩いていると、ひなたが小声で話しかけてきた。
「相変わらず怯えられるんですね。殺人犯みたいな顔してるからですかね?」
「殺人犯は言いすぎだろ……」
「ひなたさん、ジローさんは気にしてるんですから、あまり言っちゃダメだよ?」
と、ここで俺に助け舟を出してくれたのは俺の彼女である遥だった。マジで助かる。
「でももういっそのこと自分の持ち味としてプラスに考えた方がいいと思うんですけどねー」
「それは……私もそう思う」
あれ。助け舟じゃなかった。
「良いと思うんですけどね。先輩の良さが分かってる人だけが分かってれば」
「うんうん。だから気にしなくていいと思うの」
……まあ、深くは語るまいて。
目的の席に着いたようで、店員が五指でテーブルを指し示す。
遥を奥に行かせるために、二人に先を譲る。
すると何故か遥とひなたは同じソファーに腰掛けた。
あれ、俺が遥の隣に座る予定だったんだけどな。……まあいいか。
空いたソファーに腰掛ける。
店員は頭を下げて立ち去り、これでようやく食事の時間となったわけである。
「何食べようかな~」
鼻歌交じりに身を乗り出し、上部に付けられた液晶を操作するひなた。
「遥さんは何食べます?」
「うーん、どうしようかな……」
もちろんまずは魚――
「私は茶碗蒸しにしますね!」
「魚は!?」
魚食べたい同盟じゃなかったのか俺たち。
「このシクレ見てたら食べたくなっちゃったんで」
まあ……ひなただもんな。
ところで遥は何にするんだろう?
「じゃあ私は……コーンマヨ軍艦で」
「魚は!?」
「来たらいつも食べるので……ダメですか?」
「いや、そんなことないけど……」
そう、皆好きな物を食べれば良い。
それが回転寿司。
いや回転寿司に限っちゃことじゃないけどな?
「先輩は何にします?」
「………………」
どうしよう。
来たら魚を食べると決めていた。
そう、決めていたんだ。
だから俺は――
「…………………………肉のお寿司で」
ああ、誘惑に負けた。
レーンを流れていくのを見て、口内に肉の味が広がっていく欲求を俺は抑えられなかった
「オッケーでーす!」
手慣れた手つきで操作していくひなた。
それから。
目的のものを食べてからは色んな物を食べた。
肉、海老天、寿司と。
体が揚げ物を欲しがっていたのがようやく満たされた感じがした。
ひなたも色んな物を…………食べたよな。
テーブルの上を見る。
茶碗蒸し、茶碗蒸し、茶碗蒸し。
「って茶碗蒸しばっかじゃねえか!」
「だって美味しいんですもん!」
まあ好きにすればいいけども。
だってここは回転寿司なのだから。
そして遥は。
「……………………子どもっぽい、ですよね?」
コーンマヨ、たまご、かっぱ巻。
「……いや? 良いんじゃないかな?」
可愛らしいと思ってはいけない。きっと膨れるだろうから。
しかしニヤケ顔が隠しきれていなかったのか、遥の顔が徐々に恥ずかしそうに赤く染まる。
「いいんだ遥。だってここは回転寿司なんだから」
「…………そうですよね、回転寿司ですもんね」
妙な説得力があった。
湯呑みに注がれた熱いお茶を一口含んで、ふと思う。
「そういえば、甘い物が苦手なのに寿司は大丈夫なのか?」
同じくお茶を一口飲んでいた遥が、俺の言葉に気付いて湯呑みを置いた。
「というより、砂糖の過剰な甘さと言いますか、生クリームとかのお菓子ならではの甘さが苦手なんです」
「じゃあ、こういうところでパフェなんかは……」
「食べないですね~」
横で食ってるやついるけど。
「……ん? なんですか?」
「いいやなんでも」
まるで流し込むようにパフェを口に放り込む。
遥とは対極の食べ方だな、と思う。
遥は綺麗な食べ方をする、背筋から指先に至るまで、ピンと伸びていて。思わず見惚れてしまうほど。
対してひなたは、遥ほど綺麗な作法をしているわけではない。だが、何でも美味そうに食う姿は見ていて気持ちが良い。
あっという間にパフェを食べきる。早いなこいつ。
「じゃあ私は最後にラーメン食べますね!」
「俺も」「私も」
最後は全員がラーメンで締め、会計を済ませ店を出た。
…………あれ、ひなたのやつ今日魚どころか寿司食ってないんじゃないのか?
……まあいいか。
店内にいたのは1時間半ほど。空は既に暗くなりつつある。
このまま解散してもいいが、どうせなので二人を家まで送っていくことにした。
遥とひなたが前を並んで歩き、俺が少し後ろをついて行くように歩く。
こうして見ると、まるで仲の良い女友達のようだ。
「それで、ジローさんはバイト中どうなんですか?」
「先輩ですか? 相変わらず顔で損してますね! お客さんが来ては怖がられ、いかついお客さんが来ては絡まれて」
俺を雇った理由が防犯になるかもしれない、と店長が言っていたしな。
実感はないが、俺がシフトの時間帯は万引きが格段に減ったらしい。
実感はないんだけどな。
「遥さんから見て、先輩は普段どうなんですか?」
「私から見て……うーん、映画を見て徹夜して周りを怖がらせたり……お酒が弱いのにやたら飲みたがったり……」
「先輩お酒弱いんですか? 私の前で飲んだことないのに!」
「お前の前で飲んだらお前欲しがるじゃん。来年まで我慢しろ」
「ぶー」
そのまま雑談に興じ、さほど時間がかかることもなくひなたのマンションへと辿り着く。
「じゃあ、おやすみなさい遥さん、先輩! 今日は楽しかったです!」
「ああ、おやすみ」
「おやすみなさい」
マンションの中へと消えていくのを見て、俺と遥も踵を返す。
少し無言のまま歩く。
その後、遥がぽつりと呟いた。
「仲、良いですよね」
「…………嫌か?」
何の話かは分かっていた。
今日、魚を食べたいって言ってたのも多分嘘なんだろうな、と思っていたところだ。
たぶん、嫉妬なんだ。
「最初は。でも、話してわかりました、本当に裏表のない人なんですね」
良くも悪くも人懐っこく、持ち前の明るさで周囲の人間も明るくする。
それにより勘違いする男も多い、らしい。前に本人が愚痴っていた。
「俺は、遥とひなたが仲良くしてくれると嬉しい。あいつ、地味に同性の友達がいないらしいんだ」
「そうなんですか? あの明るさだと友達も多そうに思えたんですけど」
最初は多かった、って寂しそうに言っていたのを思い出す。
「あいつの人懐っこさから勘違いする男が多くて、それが女友達が好きな相手で……それで」
「…………なるほど」
嫉妬による迫害。
本人は昔のことですから、と明るく笑っていたが。
「ジローさんが他の人のように勘違いする可能性は無いんですか?」
「俺が? 無い無い」
思わず鼻で笑ってしまう。
「俺にとってあいつは手のかかる妹みたいなもんだよ」
まあ妹はいないんだけど。
恋愛対象どうこうよりも、目を離すと危なっかしい存在。
「……デカい三歳児って感じかな」
「ひどいですねそれ」
と言いながら笑っている遥。
ひとしきり笑った後、彼女は柔らかな笑顔を浮かべながらこう言った。
「ひなたさんと仲良くしてあげてください」
「ああ、ありがとう」
言った後にふと思った。
「ここにひなたがいたら、私が仲良くしてあげてるんです、って言いそうだよな」
「ふふふ……そうですね」
その後、自然と手を繋ぎ合いながら歩いていた。
空を見上げる。決して都会ではないのだが、星が一つも見えない。
望んでいた景色を見られなかったことに、小さくため息。
「ジローさん」
「ん?」
歩きながら横を見ると、ふと唇に何かが触れる感触。
遥が背伸びしながらキスをしてきていた。
「……好きです」
「俺もだ」
人通りのない夜道、次は俺から唇を近付けた。
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