失恋とボウリング
パカーン、と小気味良い音があちこちで鳴り響く。
周囲からは和気藹々とした楽しげな声が聞こえてくる、来ている人物全員が休日を満喫しているようだ。
かくいう俺たちは。
とても真剣な表情をした遥ちゃ……じゃなくて遥と。
彼女をハラハラとした表情で見守る俺の二人で構成されていた。
遥はレンタルシューズに履き替え、紫色のカラフルなボールを手に持つ。少し重かったようで、ガクンと腕が下がったのがまたハラハラさせられる。
「が――」
「黙っててくださいっ!」
はい。
応援するわけにもいかず、固唾を呑んで見守るしか術はない。
これが遊びに来ている休日二人の姿だろうか?
たどたどしく穴に指を通し、助走が始まる。一歩、二歩と進んだ後ボールを滑らせるように離す。
木製レーンの上をボールが滑り。レーンの先にある白と赤で構成されたピンへと転がって行く。
ボールは近付くにつれて左に逸れていく。そして――
「三本ですか……」
少し残念そう。
「初めてだししょうがない」
残念そうな表情を隠そうともせずにソファーに腰掛けようとする遥だが。
「あ、まだもう一回あるよ」
「……そうでした。これで全部倒せればスペアなんでしたよね」
俺はその言葉に頷き、電子のスコアボードを眺める。
ジロー、とハルカの両名が表示されているスコアボードには、3の数字が刻まれた。
そう、俺たちはボウリングに来ています。
俺がやりたいことも一緒にしたい、という要望に答えた結果、まだとっつきやすいボウリングを選択した次第。
「惜しかったですよジローさん!」
いかん、ボーッとしていた。
レーンの先に残ったピンは一本。
二投目で六本倒したのか、初めてなのにこれは上手いんじゃないかな?
「次はジローさんですね、頑張ってください!」
「久々だけど……任せろい!」
俺が手に持ったのは青いボール。
「あ、そうだ。どうせなら勝負でもする? 勝った人が今日の晩御飯の店を選べるってのはどう?」
「え、私初めてなんですけど……?」
だよね、確かに時期尚早だと言ってて俺も思った。
ボールを持って胸元に構える。久しぶりだけど体が覚えてるもんだな。
踏み込み…………投げる!
ボールは俺の手から放たれ、高速で――――右の窪みへと吸い込まれていった。
「………………久々だからね、しょうがないね」
「久しぶりですもんね」
気を取り直して二投目。
今度こそ……!
先ほどと同じ構え、同じ踏み込みで……投げる!
左の窪みへと吸い込まれていった。
「…………あれえ?」
スコアボードにはGの表記。ちくしょうこんなはずじゃ。
「ジローさん」
「ん? なに?」
「勝負受けてもいいですよ?」
そう言う遥の表情は何やらニマニマしていた。
ひ……久しぶりだからだもん! 勘が鈍ってるだけだし!
「は…………ハンデだから! いきなり本気出したら勝負にならないだろうしな!」
「そうですよね。ありがとうございます」
何故だろう、遥はそんなつもりで言ってるわけじゃないのに皮肉に聞こえてしまう。俺が卑屈になってるからかな?
「よし、じゃあ次どうぞ」
「はい、失礼します」
紫のボールを手にして、トコトコと助走をつけた後玉を放る。
緩やかな速度だから、しっかりと中央を捉え続ける彼女のボールは。
――――すべてのピンを倒した。
「ジローさん! これってストライクですよねっ!!」
「あ、ああ……」
もう? 早くない?
あれ、俺ってストライク初めて取ったのどれくらい投げた後だっけ?
いや、まあいいか。
「遥」
両手の手のひらを向ける。
「おめでとう」
「ありがとうございます!」
意図を察した遥も手のひらを打ち付ける。
両手のハイタッチ。
「よーし! じゃあ俺もいっちょやってやりますか!」
「頑張ってくださいジローさん!」
…………………………。
その後のことは思い出したくない。
――――――――――
「こんなはずじゃないんだ」
「はい、大丈夫ですよ」
「本当はもっとやれるはずなんだ」
「ええ、そうですよね」
「久しぶりだっただけなんだ。もしかしたら俺のときだけレーンが傾いてたのかもな」
「たしかに、そうかもしれませんね」
散々なスコアを叩き出した俺は醜い言い訳を垂れ流しながら歩く。
彼女の希望だった担々麺専門で俺は口の中を烈火に燃え上がらせた後である。
それを幾らか誤魔化すために酒を飲んだ…………それが間違いだった。
自慢じゃないが俺は酒が弱い。
ほんの2、3杯で出来上がるくらいには弱い。
絡み上戸のなった俺は、帰り道に遥に絡みながら帰っている最中であった。
「だから、また行こうな……」
「……くす、ええ、また行きましょう」
まるで甘えた子どもをあやすが如き振る舞い。
いや、愚痴りながら絡んでたら、それは子供っぽいと言われてもしょうがないかもしれないが。
「でも、私も楽しかったですよ?」
「本当?」
「ええ、もともと思いっきり体を動かすのが得意ではなくて、そういったことは避けて来たんですけど。体を動かすのって気持ち良いんですね」
「そうだよなあ」
大学とバイト続きでスポーツをやる暇がとんと無くなったけど。
そういうフラストレーションが溜まってるのかもしれないな。
「他にはどんな遊びがあるんですか?」
「そうだなあ。バッティングセンターにボルタリング、スカッシュなんてものもある」
「へえ……! 楽しそうですね!」
彼女の輝いた笑顔を見ていると、俺がやってきたことは間違いないんだな、と思う。
もっと早く自分が好きな物を理解してもらう努力をすればよかったんだな。
「おっとっと……」
足元がフラフラする。酔ってるからかな? 酔ってるからでしかないか。
その拍子に、遥へとバランスを崩してしまう。
「わっ……大丈夫ですか?」
「ごめん、ありがとう……」
顔を上げると、顔が至近距離にあった。
「………………」
「………………」
お互い無言で見つめ合う。
顔を近づけようとした矢先――
パパーッとクラクションが何処かで鳴った。
その音で我に返り、弾かれたように距離を取る。
「じゃ、じゃあ……私は、これで……っ」
遥の顔は真っ赤に染まっていた。恐らくは俺もそうだろう。
目と鼻の先にある実家兼喫茶店へとパタパタと小走りで向かい。
「おやすみなさい、ジローさん!」
くるりと振り返り、大きく手を振った。
「ああ、おやすみ」
同じく俺も大きく手を振り返す。
家の中へと姿を消すのを見届けて、踵を返して歩き出す。
俺は今幸せだ。胸を張ってそう言える。
優しく可愛い彼女が、甲斐甲斐しくも俺のことを理解しようとしてくれている。こんなに幸せなことがあるだろうか? いやない。
だからだろうか。
幸せには反動があると聞く。もちろん不幸にも反動があると。
幸せ気分の有頂天で歩いていると、前の交差点の方から何か乾いた音が響いてきた。
そのまま歩き続け、交差点へと身を出し、音が鳴った方を見ると。
茶髪の後頭部が目の前に現れた。
「え?」
避ける暇もなく、俺の鼻先へと誰かの後頭部が突き刺さる。
ツーンとした痛み。
「バカッ!!!!」
え? なんで俺怒られてんの?
鼻を涙目で抑えながら声の方を見ると、ボロボロと涙を零しながら俺を睨む女性がいた。
「…………?」
知らない女性だ、泣かれる覚えも怒られる覚えもない。
女性は服の袖を握りしめて、悔しげに唇を噛み締めていた。
「もう二度と連絡してこないで!!」
いや、知りませんけど?
と言う暇もなく、女性は背中を向けて走り去っていった。
「…………なんだったんだ」
思わずポツリと言葉が漏れる。
驚きのあまり、気付いていなかったのだ。
俺に誰かがもたれていることに。
そのもたれている人物が苦しげに声を漏らした。
「いってえ…………」
俺の胸元に後頭部を預けてる茶髪の男は、引っ叩かれたであろう頬に手を添えて呟いていた。
「……あの」
男の背もたれになる趣味はない。いや女ならいいのかと言われると返事に困るけど。
声を掛けると、胸の重みがふと消える。男がもたれるのをやめて俺に向き直った。
「え? うわ怖っ!! え、誰?」
余計な一言あったな、今。慣れてるけど。
「いや……通りがかっただけなんだけど」
「そう、なんだ……うわ、鼻から血が出てるよ。スケベな想像でもしながら歩いてたんじゃないの?」
「これはアンタの後頭部がぶつかってきたんだよ!」
くっそ、やっぱ血が出てるのか。
ポケットからティッシュを探すが……ああ、使い切ってた。
「これどうぞ」
茶髪の男が白いハンカチを差し出してくれた。妙に女物っぽいが。
「……どうも」
垂らしながら帰るのも嫌なので、善意に素直に甘えておく。白いハンカチがみるみる赤く染まる。
「あの、これ……」
「ああそれ? 別に返さなくてもいいよ」
「そういうわけにも」
「別に俺のじゃねえし」
え、じゃあこれ誰の?
「ん? さっきの俺のこと殴った女のハンカチ」
「いや、そんなもん使わせるな! むしろアンタが返さなくていいのか!?」
「まあ……いいんじゃね?」
と言いながら軽薄な笑みを浮かべるのが妙に印象的だった。
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