失恋とクリスマスデート、のどか編
一番手。
渡辺 のどか。
――――――――――
というわけで、俺は今駅前にいる。
何故だろう、家に一緒に住んでいるというのに『待ち合わせ』をしようなんて。
一緒に行けば良かったと思うんだけどな。
通行人を眺めて時間を潰す。
年末ということもあり、歩く速度はいつもと変わりないのに何処か慌しい様子。
師走、ということだろうか。
駅に入っていく人、駅から出てくる人。
どちらも寒さに身を震わせ、上着の前を閉めて歩き続ける。
人が左右に交差する中、中央から縫うように現れた少女の姿があった。
家で見る姿とはまるで違う、めかしこんだ様相。
一度見ただけでは、本人だとは気付かなかった。
何度も何度も瞬きを繰り返し、ようやく本人だと認識する。
「のどか……」
「お待……たせ」
一言で言えば、凄く綺麗だった。
家ではいつもシックな服を好み、悪く言えば地味めな格好が多い。
そのギャップだろうか。
「変……かな?」
「いや、むしろ……逆、だな」
「……逆?」
少し咳払いして、照れを吹き飛ばすように。
「見違えた。……綺麗だ」
「あ、ありが……と」
………………。
何だこの空気は!!
こんなの幼馴染の空気じゃないぞ!
「じゃ、じゃあ……行くか!」
「……うん」
それが合図となって歩き出す。
のどかは隣に立ち……そして。
「……っ!?」
腕を抱くように絡めてきた。
「で、デート、だから」
デート。
日時や場所を決めて異性と会うこと。
……うむ、何ら間違いはない。
「あ、ああ……」
「……何処行くの?」
「俺とのどかと言えば、決まってるだろ?」
「…………?」
――――――――――
完全個室。防音。
ここでは好きなだけ声を出してもいいし、音を出してもいい。
「ジローくん……ホントに?」
「ああ、久々だ……」
「うん……私も……」
上着を脱いで、ハンガーに掛ける。
のどかの上着も同じように掛けてやった。
そしてスイッチに手を伸ばす、そこからが……始まりだ。
フゥゥゥン……という音と共にモニターが光る。いくらもしないうちに画面が映り、俺は手慣れた手つきで操作をする。開くのはもちろん。
「…………映画」
「ああ、久々だあ……!」
ウッキウキである。
遥と同居するにあたり、映画を布教するマンを封じられた俺にとって、禁欲生活に近いものがあった。
しかし、のどかと二人で出掛けることになったのは良い機会だった。
「俺たちが勘違いする原因になった映画を、二人で見ようと思ってな」
「あ~、あの……でも、勘違いしたのは……ジローくん、だけ……」
「おだまり」
凄腕のエージェントである主人公は、とある国に潜入捜査に向かう。
しかしそこで出会う絶世の美女。しかしその美女もまた潜入捜査に来ている別の国のエージェントだった。
事件を解決しながらも美女とのラブロマンスを繰り広げる大人気シリーズもののスパイ映画である。
二時間ほどの時間は、一瞬で終わる。
スタッフロールにまで余韻を浸らせ、全てが終了した頃に俺はのどかへと顔を向ける。
彼女もまた輝いた目でモニターを見ていた。
「面白かった……!」
「だよな! そりゃのどかを勘違いするってもんだ!」
「……それは変だけど……」
「ぐ」
俺もそう思う。どうして当時の俺はのどかを監視役だなんて思ったんだろうか?
友達もいない、話す相手は家族だけだった俺にとって、映画は唯一の娯楽だった。
そんな時に、背後に視線を感じて振り向いてみたら、のどかがいた。
「……私を、絶世の美女だと思った、とか……なんて」
「………………さあ、どうだろうな」
「……あ、はぐらかした」
思い出したから、なんて言えない。
背後で隠れながら覗き込むのどかの顔が、とても可愛かったから、なんて。
まあ、そのまま監視役と勘違いしてそれを信じ続けるくらい拗らせたのはどうかと思うけど。
過去の話だ。今となっては笑い話だろう。
だからといって正直に言わないけどな!
「ジローくん……私、漫画読みたい」
「ん? ああ、いいぞ」
なら俺もどくから……と言おうとしたが。
俺を跨いでいった。
「……どうしたの?」
「…………家の感覚で跨いでいくのを、やめなさい」
「………………あっ」
スカートを抑えるのどか。
めかしこんでいても、いつも通りなのどかに苦笑しながら、俺も立ち上がるのであった。
………………
…………
……
「そして……チェーン店」
「なんだ、不満か?」
続いて連れてきたのはハンバーガーチェーン。
前回嬉しそうに食べていたのを思い出して、また連れてきたんだが……。
「ううん、嬉しい……覚えててくれたんだ?」
「……まあ、つい最近のことだしな」
冬季限定のセットを頼んで空いてる席を探す。
が、夕食時だからか中々に混んでいる。
「あ、あそこ……」
のどかが指を差した先、そこは部屋の角だった。
小さな席が二つ、取られないようにと急いでいく。
「あっ……」
が、人の波に足をもつれさせたのどかが流されていきそうになる。
その手を握り、片手でお盆を持って移動した。
「平気か?」
「……うん、ありがとう」
壁際に座らせて、お盆の上の物を取りやすいように移動させていく。
まるで子どもにするような所作だが、今日のこいつはいつもと何かが違う。
それは服装だろうか、髪型だろうか。
「美味しい……」
しかしそう言って笑う姿は、いつも通りののどかで。
「……そっか」
その姿に、俺も思わず笑みが溢れた。
パクつくのどかの背後、ガラスの向こう側を見る。
空は既に暗闇に落ちており、ネオンだけが光源。
寒空の風が少しガラスを揺らし、音を立てた。
「…………ん?」
そんな事を考えていると、口に何かが押し当てられた。
ポテトである。押し当てた相手はもちろんのどか。
「……どうしたの?」
「いや、少し考え事をな」
「…………遥さんのこと?」
俺は軽く首を横に振る。
考えていたのはのどかのことだった。
「今度引っ越すだろ? だから、少し寂しいなと思ってな」
「………………そっか」
始まりこそドタバタから始まったが、慣れてみれば落ち着いたものだった。
今となってはいるのが当たり前であり、いなくなると考えると寂しいものがある。
俺が風呂に入っていると、乱入しようとするのを遥が止めて揉める声や。
俺と遥がベッドに寝ていると、潜り込んでこようとするところとか。
シングルベッドだぞ? たまに俺がベッドから落とされて下の敷布団で眠る日もあったほどだ。
……………………。
「やっぱあんまり寂しくないかも」
「えぇ……」
「冗談だよ」
苦笑しながらポテトを手に取る。
「あー……」
口を開けながら待っているのどか。
「雛鳥の真似か?」
「……うん、ままー、ぽてとー」
ポイと口の中に放り投げる。
「……適当、よくない」
「えぇ……」
「リテイク」
やり直しを要求された。
まあいいか、と改めてポテトをつまみ、のどかの口へと持って行く。
「……んむ……うん、美味しい」
「そりゃよござんした」
それからというもの、店内の客はどんどんと増え。
のどかの小声も聞き取れないほど店内が騒がしくなった所で、店を出た。
暖房が効いていた店内と違い、外はとても寒い。
のどかが腕に絡みついてくるのもしょうがないと思うくらいに寒い。
「じゃ、じゃあ……帰るか」
「う、うん……」
二人で震えながら家路に就く。
その後は映画の話題や漫画の話題で雑談に花を咲かせながらマンションへと辿り着く。
エレベーターを降りるまで腕にくっついたままだったのどかも、降りると同時に腕を解き、そして。
頬に温かな感触。
隣を見ると、顔を赤く染めたのどかがいた。
「く……クリスマスデートだから…………メリークリスマス……」
そう言って、パタパタと一足先に家へと入っていったのだった。




