失恋と新たな扉が開かれる瞬間
今日はお日柄も良く、冬めく寒空も何処かほんのりと暖かい。
そんな冬晴れは絶好のお出かけ日和、というわけで。今日はのどかを連れて出掛けている。
何故ならば、寒いとぶーたれてコタツから出ようとしない猫のような姿に変わってしまったからだった。
今は俺の隣でコートを抱きしめるようにしながら、俯き気味に歩いている。たまに俺を見る視線が何処か恨みがましそうである。
しかし俺は気にしない、引きこもりの出不精を外に引きずり出しただけでも感謝して欲しいくらいだ。
「何処……行くの?」
「ん? 今日は用があってな」
核心を少しはぐらかしつつ、歩を進めていく。
はぐらかした意味? 特に無い。伏線でも何でもないから気にしなくて良いと思いますです、はい。
「……寒い~」
「そりゃ冬だし」
「コタツ……かむひあ、コタツ」
起こるはずもない奇跡を請うくらいには、寒さが限界に近いようだ。
……そういえば、俺の後ろを追いかけてた時も冬はかなり着膨れしてたな。寒さにかなり弱いのだろうか。
「のどか、これ使え」
手渡したのは、俺がつけていた手袋。
「ジローくんは……?」
「俺は平気だ」
最悪ポケットに手を入れておけばいい。
のどかは素直に従い、手袋に手を通した。
「……あったかい……」
「そりゃさっきまで俺がはめてたし」
自分の手……いや、手袋か。まじまじ見つめながら、何度も何度もぽふぽふと手拍子する。
俺はと言うと、さっきまで暖かかった反動で手が物凄く冷えてきた。
ポケットに入れて防寒することに。
しかしそのポケットに、もう一人手が入ってきた。
「手を繋げば……暖かいよ?」
「いや、でも…………まあいいか」
のどかの距離の詰め方が半端ないのは、今まで見てきてもう解っている。
心配事があるとすれば、地元に帰る際にしてきたキスだが。あれは一体どういうつもりなのか……。
あの時は、俺の映画好きを真似してスパイごっこに付き合ってると言っていた。
……ということは…………挨拶代わりか!?
海外映画やドラマでは挨拶代わりにキスをしているのをたまに見る。つまりそういうことか。
なるほど、そこまで俺の映画好きに徹底的に付き合ってくれていると。
ということであれば安心だ、うんうん。手を繋ぐのもなんらやましい事はない。
と、彼女に尋ねること無く一人で完結した俺は、そのまま目的地へと向かった。
そして、その目的地だが――
「ここだ」
「おっきいマンション……」
見上げるのどか。
確かに俺のマンションとは雲泥の差、きっと家賃の桁も違うのだろう。
ここは俺も短い期間ではあるが住んだことのある場所、火事になった際に世話になった家だ。
オートロックの部屋番号をダイヤルして呼び出す。
モニターで確認したのだろう、応答すること無くドアは開いた。
戸惑うのどかを手招きして、エレベーターに乗る。待ち時間に聞いてみることに。
「姫宮ヒメって知ってるか?」
俺の周囲の女性には大人気の女性作家。のどかも多分に漏れず熱狂的なファンのはず――
「知らない」
…………予想外だった。
ま、まあ。百人中百人が知ってる有名人なんて、そうそういないしな。
そうこうしているうちにエレベーターは目的の階へと到着。家の前まで向かい、インターホンをプッシュ。
ドアの向こう側からドタドタと走る音、そしてガチャリと開く。
「いらっしゃいっ! 待ってたよ!」
満面の笑顔で出迎えてくれる黒髪ロングの女性は、今をときめく大人気作家、姫宮ヒメ。
俺からすればそのペンネームよりも雨宮 雫という名の方が定着しているが。
どうやら今は話作りモードのようだ、普段はこんな可愛らしい感じではない。
「さあ、入って入ってっ! ……………………ん?」
最後の声だけ妙に低い。しかし低いのがいつものトーンなのだが。
俺の隣にいるのどかを補足した目は、三白眼へと尖っていく。
切れ長な瞳がのどかを見つめ、親指で差した。
「誰こいつ」
「俺の幼馴染です」
「へえ…………幼馴染!?」
ええ、と頷きながら言葉を続ける。
「とりあえず入ってもいいですか、寒い」
「あ、ああ、入れよ。……そこの子も」
「……お邪魔、します」
部屋はいい感じに暖房が効いていてとても暖かい。
入るなりコートを脱いで、部屋の中央にある長テーブルの椅子の背もたれに掛ける。
勝手知ったる何とやらである。
「ジローくん……手袋……」
「おう…………いや、帰り使うかもしれないから、そのまま持っとけ」
「うん、ありがとう」
そんな俺たちのやり取りを、まるで捕食者のような瞳で見つめてくる雫さん。
「………………」
「……なんです、そんな目で見て」
「…………新しい彼女……じゃないよな……?」
そんなバカな。
俺は首を横に振りながら言う。
「んなワケない。遥は大学と喫茶店ですよ」
単位は足りてるだろうに、彼女の勤勉さには頭が下がる。
「距離、おかしくね?」
そうだろうか。
のどかとの付き合い方はこの距離が一番付き合いやすい気がしていたのだが。
人によっては見え方が違うのだろうか?
「…………そうか、それくらいの距離でもいいのか……」
「なんか言いました?」
「いいや、なんでも。準備はいいか?」
ええ、と頷いて雫さんのパソコンの近くへと歩いて行く。
彼女の作品づくりに協力して数回、そろそろ慣れてきた……と思う。
「あ、ちょっと待ってください」
近くの本棚へと歩いていき、適当に数冊取ってのどかに手渡す。
「これでも読んで待っててくれ、この人の書いた作品なんだ」
「…………うん、わかった」
テーブルに腰掛け、素直に本を開くのどか。
「ついでに飲み物も用意して来ます」
キッチンへと向かいグラスにお茶を注ぎ、のどかの近くに置いておく。
「母親か?」
「色々あるんですよ。さあ、やりましょう」
「ん……あ、さっき入ってくる所やりたかったんだ。主人公の女の子が、ヒーローの男を招き入れる姿」
コートを羽織ってくれ、と指示されて言われた通りにする。
そのまま玄関へと向かい、入口付近で振り返る。
そこには創作モードの雫さんがいた。
「外寒かったよね? 暖房効かせてあるから、コート脱いでっ」
「ぶふっ…………ああ、ありがとう」
「何笑ってんだコラ」
ローキック。いたぁい!!
まだまだ雫さんの豹変っぷりには慣れていなかったようだ。
それから家を案内したり、雑談に興じる姿だったり。
ちなみに俺には台本はない。ヒーローの性格の全体図だけ聞かされているので、思ったように演じるだけだ。
なので。
「舐めてんのかお前、全国の少女を魅了するヒーローが机に肘をぶつけてそんな情けない声を出すかよ」
「だって痛いんですって! 痛い時は素が出ちゃうもんなんですよ!」
「その素はヒーローじゃなくてジローだろうが」
とまあ、ダメ出しはとても多い。
それもこれも作品をより良くするためなのだ。
「違えよ! なんでお前内股なんだよ!」
「熱いお茶が股間周りにかかったって設定ですよね? じゃあこうなりますって!!」
「そんなリアルさはいらねえんだよ!」
そう、より良くするためなのだ。
そして、次のシーンへ。
………………。
「はい、あーん」
満面の笑顔で俺の隣に座り、桃缶から出した桃をフォークで刺して俺の口元に持ってくる。
「あーん」
「美味しい?」
「うん、風邪引いた気分だよ」
「マジメにやれ」
俺が腕を折った時に、雫さんが手ずから食べさせてくれるのは散々やったため、お互いに照れはない。
ないのだが、なんというか……。なんというべきか。
「なあ……あいつの視線、すっげえ気になるんだけど」
「俺もです」
のどかが本越しに俺たちを凝視していた。
それは何処か睨むような、咎めるような視線。
「ど、どうだのどか? 面白いか?」
視線にいたたまれなくなった俺は、睨む当人に向けて声を掛けた。
その声を受けて、のどかは本をパタリと閉じる。
「…………あんまり」
「……なんだと?」
書いた本人が目の前にいるって言っただろう!?
どうしてそんな炎に煮えたぎる油を注ぐような真似を!!
「聞かせてもらおうか、どうして面白くなかったか」
のどかの向かいに座り、態度悪く顎肘をついて睨みつける。
そんな視線にも物怖じ一つせず、のどかは事も無げに言う。
「……チートも、ハーレムも、ざまぁも…………異世界転生すらない」
「………………は?」
ああ、わたくし……のどかが愛読するジャンルが一瞬でわかっちゃいました。
ええ、わかっちゃいましたよ。
「これだけ、スペックの高い主人公が、一人だけと付き合うなんて……勿体ない。もっと色んな……男を、はべらせるべき」
「あ、あのなのどか? 姫宮先生の作風はそういうんじゃなくて――」
「…………一理あるな」
「無いよ!?」
「でも、ジローは遥っていう彼女がいるのにあたしまで食おうとしてるんだろ?」
「してねえよ!!」
なんだその風評被害!
それに俺は物語の主人公のようにスペックは高くない。
顔で恐れられ、人との付き合い方すら知らないコミュレベル最低の人間なのだ。
「案外目の付け所がいいかもな、のどかって言ったよな、名字は?」
良くないよ? きっと良くないよ?
大衆に迎合した作品になっちゃうよ? …………あれ、それは良いことなのか?
「渡辺……。渡辺 のどか……」
「のどかか、あたしは雨宮 雫。ペンネームはそこに書いてあるとおり、姫宮ヒメで通ってる、よろしくな」
「…………うん、よろしく」
そして固い握手が結ばれる。
こうして生まれた、少女を取り巻くイケメンたちのラブコメ小説は。
…………売れに売れた。
映画化もされ、またも姫宮ヒメの株は上がるのだが。
今の俺たちは、そんな事を知る由も無かった――――
……あ、ちょっと意味ありげに言ってみたけど、特に伏線でもなんでもないので気にしなくていいです。




