失恋と一度は憧れるキングサイズベッド
そして昼。俺たち三人は寝具店に来ていた。
何故か? もう寒いコタツで寝るのは嫌だから。
それに、もう遥に怒られるのは嫌だからである。
未だに怒っている遥は、たまに俺を見てはジロリと睨む。とても居た堪れない。
しかし、何を買うか。それが問題だ。
ベッド? 置く場所に困る。
ならばここは、布団一式セットか。床に直接は冷たいだろうから、電気毛布かホットカーペットも一緒に買う必要がありそうだ。
「……ジローくん、これ」
のどかがそう言って指差したのは。
キングサイズのベッドだった。
「何処に置くつもりだこれ」
「………………」
ノープランらしい。
流石に却下した。しかも高いし。
アホな物を欲しがるのどかを引きずって、俺たち一同は布団セットを見に来た。
「でも……これで、誰が寝るの……?」
「のどか」
「えぇ……私、ジローくんと一緒が」
「ダメです!!」
遥が即座に却下した。
そして俺の腕を取り、自分の胸元へと引き寄せた。
「ジローさんは私のです」
「…………半分、ちょうだい?」
おいおい、大岡裁きか?
はっはっはっ、よせよせグイグイ引っ張るでない。
そんなに引っ張ったら服が伸び…………痛い痛い痛い痛い!!
「やめんか二人とも!」
二人の腕を振り払う。
店内ですることじゃないぞ、ほら見てみろ、注目を浴びちゃってるじゃないかっ!
「とりあえず、そのことは帰ってから話そう、な?」
「話した所で結果は変わりませんけどね」
「変えてみせる……この現実を……」
険悪な二人であった。あとのどかは何かの漫画のセリフか?
これ以上注目を浴びる前に、さっさと退散する俺たちであった。
――――――――――
そしてショッピングモール。
色んな種類を買うとしたらやっぱりここだよね!
というわけでホットカーペットや食器類を見に来た次第である。
「っていうかのどかさ」
「なに?」
「お前、働けんの?」
「…………………………………………」
沈黙なっげえ。
予想していたことではあるが、口下手、伏し目がち、引っ込み思案という三重苦。いわゆるコミュ障により仕事に就くのが他の人よりハードルが高そうだ。
「もちろん」
胸の前で握りこぶしを作るが、あの長い沈黙の後だと説得力は皆無である。
それなら……。
「ではミッションを与える!!」
「っ!?」
ビクっと体を跳ねさせたのどかに、俺は指を突きつけた。
「このホットカーペットを買って、配送手続きをしてくるのだ!」
「……まか、せて!」
何度も頷きながら、ホットカーペットが入った箱を持ってレジへと向かう。
そんな背中を二人で眺めていると、隣にいた遥がうんざりとした口調で言った。
「……なんというか、過保護過ぎませんか?」
その発言に含まれる成分のほとんどは恐らく嫉妬なんだろう。
だけど嫉妬を大きく通り越して呆れた声になっているように思えた。
まあ、いきなりやってきて泊まった挙げ句世話までしなければならないとなれば、しょうがないのかもしれない。
俺は昔からの付き合いだから、なんとなくそういうもんだと受け入れてはいたが。会ったばかりの遥には酷な話か。
「なんというか……ほっとけないんだよ、危なっかしくて」
「でも、一緒の年ですよね?」
そう、二十一歳である。
逆に二十一歳であれほどまでに人見知りが激しい方が不安になるってもんだ。
「ごめんな遥。でも俺の数少ない友達のためだと思って」
「…………その言い方は卑怯ですっ」
プイッとそっぽを向かれた。
確かに卑怯だったかもな。だけど頼ってきた相手を無下にすることは、俺には出来なかった。
のどかの方へと改めて視線を移す。
箱を抱きかかえてレジに並んでいる。
…………隣から誰か来た。若い男……?
なんか話してる。男がすごい喋ってて、のどかはなんだか困ってる様子だ。
男が店の外を指差す、不思議そうな表情をしながらも、男の話に黙って頷き続けるのどか。
男はのどかの手からホットカーペットの箱を受け取り、床に置いた。
そして肩を抱いて、店の外に……?
「ジローさん、あの子!」
「って待て待て待て待て!!」
………………
…………
……
男はただのナンパでした。
店員だと勘違いしていたのどか。
そして何も言わずに頷くのでオッケーだと思い込んでいたナンパくん。
双方の勘違いということで解散の運びとなった。
「な、なんとなく解った気がします……ほっとけないって」
急展開のアクシデントに俺と遥の心拍数は急上昇。
何も分かっていないのかきょとんとした表情ののどか。お前の所為だっつの!
「知らない人についていかない、りぴーとあふたーみー」
「……知らない人についていかない」
理解したのかしていないのか。
少し疑問ではあったものの、仕事へのハードルが思っていたよりも格段に高いということがわかった。
「…………ふう」
遥が胸に手を当てて何度か深呼吸、そして身だしなみを整える。
ニッコリと笑顔を作って、のどかへと右手を差し出した。
「そういえば、ちゃんと挨拶してませんでしたよね。私は朝野 遥、ジローさんの彼女です」
のどかは俺を見て、遥の顔を見た後彼女の手を見た。
その手に、自分の右手をすっぽりと収め。
「渡辺、のどかです……。ジローくんの……彼女になります……」
「それはダメ!」
仲良くやれる…………んだろうか?
地元では俺しか友達がいないと言っていた。つまり今まで同性の友人がいなかったということだ。
ならば、ここで友人を作ることが、のどかの社会デビューの第一歩なのかもしれないな。
友達がいない辛さは、俺も良くわかっているから。
「さて、買うものも買ったし……今日は外食でもするか?」
来るのは明日だけど。今日の夜どうしようかなあ。
「いいですね! のどかさん、食べたい物ってありますか?」
「…………あれ、食べたい」
と指差したのは、日本どころか全世界のハンバーガーチェーン店。
…………そういえば地元に無かったなあれ。
「私も最近食べてませんし、いいんじゃないでしょうか、ジローさんは?」
「俺もいいよ。食べるの久しぶりだ」
初めてのジャンクの味に感動しているのどかを見ながら、三人でテーブルを囲んで雑談に興じる。
地元にいた頃なら想像もできなかった光景だ。しかもスパイと思い込んでいた子が同じテーブルを囲んでいるのだから。
遥と話しながら微かに笑顔を見せるのどか。少しは慣れてきたのかもしれないと思うと、知らず知らずのうちに笑みが溢れた。
「これ、つけても……いい?」
「ええ、いいですよ」
小さな長方形の容器に入っている黄色の粘体。それにのどかはポテトの先をつけて……。
「あっ……!」
パクリ。
「――――――――っ!?」
両手で口を抑えて目を見開く。
そう、覚えていらっしゃらない諸兄らもいるでしょう。遥はとんでもなく辛いもの好きなのである。
そしてこの反応を見るに、のどかも辛いものは得意では無いようだ。
慌てて飲み物を手渡すと、急いで口をつけた。
「あ……そうでした」
遥にとっては辛い物が普通だからね『辛いですよ?』と注意を促す必要性が薄れてしまう。
コレに関しては気をつけてなかった俺が悪い。のだが。
「………………」
まるで毒でも盛られたかのように、遥を見る目が怪しくなっていく。
少しずつ遥から距離を取り、俺の腕にしがみついた。
「あっ!」
と言うが早いか、反対側にしがみつく遥。
おいおい、大岡裁きまたしてもか?
はっはっはっ、よせよせ引っ張るでない。
周りの店の人の視線もあるのだから痛い痛い痛い痛い!!
「離した方がより俺を愛してる証拠!!」
「離したらのどかさんが得するだけですよね!?」
「……こっちの、セリフ……!」
ああ、あのオチとは違う結末!
あわや真っ二つといった寸前で、店員に騒ぐなと注意されたのであった。
なんで俺まで怒られないといけないんだ……。




