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振られた同士で付き合ったら意外と幸せだった話  作者: 佐藤ヒロフミ


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失恋と名前呼び


 今日は土曜日、遥ちゃんとデートをしている。いるのだが。


 ……どうも、彼女の様子がおかしい。


 チラリと隣を歩いている姿を横目で伺う。


「………………」


 何やらジト目でこちらを睨むように見つめていた。


 視線を合わせるべく遥ちゃんの方に首を動かすと、慌てて前を向く。


 一体どうしたというのだろうか。講義で時間も合わず、俺はバイト、彼女は喫茶店の仕事で時間も合わずに、会えるのは数日振りだ。


 その間にメッセで連絡も特に無かったし、久しぶりに会えたと思えばジト目。いや可愛いんだけど。


 隣の様子を伺うと、またも睨まれていた。


「……あの、遥ちゃん?」


「…………なんでしょう?」


「あの……俺はどうして睨まれてるのかなー……なんて……」


 足が止まる。俺も止めて彼女へと体を向けた。


 通行の邪魔にならないように、突如足を止めた遥ちゃんを壁際まで誘導する。


 その間ずっと無表情に俺を見つめるだけだった。


「えー…………遥さん?」


 まるで信じられない物を見る目をしていた。


 得も言われぬ居心地の悪さに周囲を見渡すと、大勢がこちらを見ていたのだろう、首がねじ切れん勢いで視線を逸らす人たち。


 周りの人には、俺が彼女を脅しているように見えているのか。スマホを持つ人々の手はカメラをこちらに向けるのではなく、いつでも警察に通報出来るようにスタンバられている。


 うーむ。何も言わずにはや数分。あれ、遥ちゃん瞬きしてるよな。


 表情が変わらないまま俺を凝視する視線。いつか俺石化しそうだ。


 どうしたものか、と考えていると。


「はあ……」


 遥ちゃんが小さく溜め息を吐いた。


 少し俯き、そしてすぐに上げたその表情は。


「ジローさん、今日は何処に行くんですか?」


 笑顔だった。


 何故? あの無表情はいったいなんだったんだ?


 逆に怖い、説明がないと怖い。でも聞くに聞けないっ。


「あ、ああ……植物園でも行こうかと思ってたんだけど…………嫌でした?」


 思わず敬語。


 遥ちゃんの笑顔がピクリと歪むのが見えた。やっぱり嫌だったのか。


「いえ、嫌ではありませんけど……今日は、ジローさんがやりたいことをしませんか?」


「え? 俺がやりたいこと?」


「はい! 何かやりたいことないですか!」


 ……と、いきなり言われても。


 そもそも俺がやりたいことは遥ちゃんには合わないと思うんだ。


 体を動かす遊びが好きで、昔はよく飛び入りでフットサルや3on3に混ざっていたんだが。どう考えても彼女はそういうタイプではない。


 俺がやりたいことをすると、退屈すると思うから提案してこなかったんだが……。


 待ちの体勢に入った遥ちゃんの瞳はキラキラと輝いている。


 輝きが増していく程、俺の言葉は喉に引っかかっていた。


 ……そうだ!


「遥ちゃんのやりたいことが、俺のやりたいことかな!!」


 どうだ! 往年の少女漫画で出そうなセリフ!


 これなら満足の行く答え……………………では無かったようですね、ハイ。


 輝いた瞳は即座に濁り、その瞳はまるで漆黒。


 この世の全ての負の感情を瞳に宿したかのような………………いや、とにかく無表情に戻ったんだ。


「いったい、今日はどうしたんだ?」


「そ、それは……」


 無表情の漆黒の瞳が揺らぐ。


 肩に手を置き、顔を覗き込むように近付ける。


「ちょ、ジローさん……近っ……」


 周囲からは黄色い悲鳴と青い悲鳴が交々発せられる。


 そうだ、ここ街中だった。


 遥ちゃんはまたも俯き、胸のあたりを両手で握りしめていた。服がシワになっちゃうよ?


 俺に悪いことがあれば直したいし、出来れば言って欲しいのだが……。


 困ったな、と後頭部をポリポリかいていると、遥ちゃんはガバっと顔を勢いよく上げた。


「私は、ジローさんの望むことをしたいんです!」


「えっ」


「ジローさんが望むことであれば、どんなことだってしてあげたいんです」


「ちょ」


「嫌だなんて言いません。ジローさんの望みが私の望みなんです」


「待っ」


「だから、何でも言ってください! 貴方の言うことなら私、なんでも――」


 だあああああ!! ちょっと待て!!


 黄色い悲鳴と青い悲鳴、再び。


 ここ街中なんですけど!?


 意を決した表情の遥ちゃんを抱え、走り去る。


「そ、それが望みなら……私……!」


「違う! そうじゃない!!」


 とりあえず人通りが少なくなるまで、当てもなく走り続けた。



――――――――――



 線路の高架下にある小さな公園。


 錆びた遊具に雑草の生えた砂場が、長らく使われていないのを物語っている。


「ぜえ…………ぜえ…………」


「じ、ジローさん……ここは……?」


 ようやく正気に戻ったのか、周囲をキョロキョロ。


「こ……こんなところ、で……?」


 全然正気じゃなかったー!!


「でも、ジローさんが……!」


「落ち着けって!!」


 思わず語気が強まる。


 俺の声にビクリと体を跳ねさせた。


「ごめんなさい……」


 違う、謝らせたいわけじゃなかったんだ。


 様子がおかしい理由を聞きたいだけで。


「……私はジローさんの望みを叶えたいんです。叶えてあげたい、なんて偉そうなことは言いません。叶えたいんです」


「…………ええと」


「貴方が望む全てをしてあげたいんです。趣味、嗜好、全てを」


 なんでいきなり? ……とは思わなかった。


 思えばそういった節は見えていた、通い妻のように足繁く俺の家に通い、掃除や洗濯、食事の世話など。数え上げればキリがない。


 尽くすタイプ、と一言でいってしまえばそれまでだが。


 彼女の満足の閾値の高みは遥か彼方なのだろう。


「でないと、ジローさんの壁を壊せないから」


「俺の、壁?」


 そんな物、作ってるか?


「ジローさん言ってましたよね、顔つきのせいで友達がいないって」


 言ったな。子供の頃は悔しくて泣いて帰ることも少なくなかった。


 しかし二十歳も越えると流石に慣れてくるわけで。


「だから、無意識に人と距離を作ってしまってるんじゃないですか?」


 それは……どうなんだろう。


 俺の顔に怖がって離れて行く人は多い。


 なら、どうせ離れてしまうのなら?


 そういった無意識な防衛反応を、しているのだろうか。わからない。


「でも、あの人だけは別ですよね」


「あの人?」


 誰のことだろうか。


「バイト先で……一緒に働いている、あの女性です」


「え、ひなたが?」


 コクリ、と頷く。


 いや……あいつは俺が壁を作るとかっていうよりも、壁を乗り越えてやってきたと言ったほうが正しいんじゃないかな。


 壁をぶち壊して入り込んできた、の方がいいか? どっちでもいいけど。


「ジローさんがやりたかったことを、連れて行ったことってありますか?」


「………………」


 ある。


 遥ちゃんと出会うかなり前のことだが、スポーツ体験型アミューズメント施設に誘って行ったことがあった。


 勝負をしてみたが、俺の圧勝。


 俺のフィジカルを散々貶した後、それ以降行くことは一度も無かった。


「でも、私には言えないんですよね」


「それは……遥ちゃんには合わないと……」


「合う合わないは私が決めます!」


 錆びた遊具がキィ……と鳴った気がした。


「私はジローさんが好きな物を好きになりたいんです、好きにならせてくださいよ!」


「遥ちゃん……」


「合わないだろう、好きじゃないだろう、気に入らないだろう……って始めから見捨てないでください!」


 そういうわけではなかった。


 彼女が楽しむことを一番と考えていた上での行為だったんだ。


「私はいつまで『ちゃん』付けなんですか?」


「いつまで……?」


 いつまでとか考えたことが無かった。


「ひなたさんは呼び捨てで、私は『ちゃん』付け。彼女はジローさんが望むことをやったことがあるのに、私はない……。私も、ジローさんのやりたいことに付き合いたいです!」


 そのまましゃがみ込み、両手で顔を覆って肩を震わせる。


 ……確かに、壁を作っていたのかもしれない。


 彼女と別れたばかり、といってもあれが付き合ったとカウントしていいのかわからないが。


 ならば次は怖がられないよう、嫌われないよう。そうして怯えてきた結果がこれなのか。


 その行為が結果的に彼女との距離を作っていることに気がついていなかった。


 声を押し殺して泣く遥ちゃん…………遥の前で同じくしゃがみ込む。




「……いいのか? 俺、たぶん我儘かもしれないし」


「いいんです。その我儘を聞きたいんです」




「楽しくないかもしれない」


「楽しむように努力します」




「嫌いになるかも」


「趣味が合わないくらいで嫌いになったりなんてしません」




「映画を見て寝坊するかもよ?」


「それなら私も一緒に見ます」




「辛い物も苦手だし」


「いつか慣れますよ」


「それは譲らないんだな」


「ええ、これは譲れません……あはは」




「ごめんな、遥」


「ジローさん……」


 顔を上げる。


 頬を伝う涙を指で拭い。


 静かに唇を近付けた。

読んでいただきありがとうございます。


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