【主語を大きくするな】への反論
中国人やインド人、男や女、団塊の世代や氷河期世代
最近主語を大きくするなという風潮がありますが、
私は敢えてこの風潮に反論してみたいと思います。
人が円滑に関係を維持出来る人数ダンバー数は
多少幅はありますが約150人と言われており
それ以上は脳が処理しきれず個別の関係を築くのが困難です。
もしそれ以上の人数の理解を進めたい場合は、大きな集団として分類し
その集団の傾向を観察、分析する事が有効です。
というかこれ以外に理解の解像度を上げる方法がありません。
分類し傾向の話をすると、
「人それぞれ」「いい人もいれば悪い人もいる。」
と言った反論が使われますが、それを言う人は
個別の人々を理解する努力をしているのかと言えば
甚だ疑問です。
「人それぞれ」という言葉は思考停止の入口だと思っています。
実は主語を大きくしたり小さくする事で責任の所在や
問題の規模を調節する事が出来ます。
例えば悪質ホストクラブ被害女性らが
厚生労働大臣に対策強化を求めるといった問題も
それまでは個々人の問題と処理され気にも留められなかった事が
主語を女性とした事で日本全体の問題に成長し
政府が対応する事になりました。
たまたま引退したオッサンが暴れても高齢者が報道すれば
世代間対立を煽れますし、
政府の経済政策の失敗を自己責任と命名し主語を小さくすれば
政府の責任を個人の努力不足に転嫁出来ます。
国単位でもこの方法はよく使われ
産業政策や経済政策等の国内問題を貿易摩擦と呼び変え
我々の問題だと国家間の問題に挿げ替える事も出来ます。
実は主語の変換で最も成功したのがロシアの科学者ツィオルコフスキーだと
思っています。
宇宙ロケットを作りたいという彼個人の夢を
「地球は人類のゆりかごである。しかし人類はゆりかごの中にいつまでも留まっていないだろう」と語り宇宙ロケット開発を人類の夢に変換したのです。
ずる賢い人々は主語の変換を良く使います。
もし貴方が売上成績で上司に詰められそうな時は、
その売上げ不振は貴方が問題なのか
上司の数値設定の問題なのか
会社全体のビジネスモデルの問題なのか?
主語をいじって分析してみると原因が分かるか
又は責任転嫁が出来るかもしれませんよ
取り敢えずこう言ったやり口があると知っておくだけでも
騙されにくくなるよね。




