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トイ・プードルのホームセキュリティ

作者: 高見しず

ウィン。

「いらっしゃいませ!」

営業担当の研谷が声をかける。


入り口には、

「超画期的な省エネ&エコなホームセキュリティD・O・G」

と書かれている。



「わたしたち、親の屋敷を相続しまして……。田舎ですし、大した家じゃないのですが。」

と、夫の幸也が言う。



「ちょっと庭が広いのですから、物騒だと感じまして。ホームセキュリティを考えていたら、この看板を見つけたものですから、お話だけでも聞いてみようかと。」

と、妻の陽菜乃。



「超画期的で省エネ、しかもエコってところが気になりましてねえ。」

と、夫がいいながら、店内を見渡す。結構,盛況だ。いくつものブースで、営業担当者の熱心なセールストークが繰り広げられている。



実は、その様子がウインドウから見えたので、気になって寄ってみたのだ。

「おお、それは素晴らしい! 当社は、セ〇ムもア〇ソックもできない、省エネでエコなプランをご用意しております!」



研谷が、夫婦が持ってきた自宅の図面を、見る。

「なるほど、庭がお広いですなあ! これは……泥棒や強盗など、人間災害が気になりますよねえ?」



「人間災害?」

夫婦は尋ねる。

「ええ、人間がもたらす災害のことを、当社はそのように読んでおります。」

「ほほう。」

聞きなれない言葉だが、なんとなく納得したていで夫婦は聞く。



「監視カメラや非常鉄線は要所に設置するとして、当社では、こうした広い庭では、犬を活用しております。」



「犬? ドーベルマンみたいな犬ですか?」

「いいえ。トイ・プードルです。」

「トイ・プードル―⁉」

夫婦は同時に言ってしまった。


「はい、あの犬の中の犬、人気ナンバーワン、かわいく愛らしいトイ・プードルです。さまざまな毛色、カットスタイルのトイ・プードルが庭にざっと100匹!

トイ・プードルが屋敷を守るのです。夢のような光景でしょう?」



研谷はつづける。

「は、はい。確かに私たち夫婦は猫より犬派ですから……。」

夫はまだ戸惑いを隠せない。



「でもご安心ください。このトイプードルたちは、ちゃんと訓練されて犬でして。」

「そうなんですか。」

妻が、少しほっとする。



「夜、すやすやと庭で眠っていますが、外部からの不審な音も察知しますと。」

「しますと?」

夫婦は聞く。



「一糸乱れぬ姿で、悪人のところに集まります!」

「集まって、どうするんだ?」

と夫。

「まず、わんわんとほえます。」

「え? なんのために?」



「犬好きの悪人だったら、これだけ大量のかわいいトイプードルたちにかこまれてほえられたら、うっとりとして、引き返してしまうでしょう。」

「そんなにうまくいくかな。」

夫が疑問を口にする。



「ええ、それが通じないときは、第二段階です。一匹はわんわんボックスに向かいます。そこに入ると、家人に異変を知らせるとともに、110に通報します。事前にテープに吹き込んでおいた非常事態発生のせりふが流れます。」

「テープ?」

と夫。



「ええ。エコですので。」

と研谷。

「古いものを、リサイクルというわけか。」

と夫。

「さすがご主人! エコをわかっていらっしゃる!」



「それで、悪人はどうしますの?」

妻が聞く。



「はい、訓練されたトイ・プードルですので、悪人につき、1人約25匹が一斉にとびかかります!」

「そんなに? かみ殺すんですの?」

と驚く妻。研谷が人差し指を振る。



「そんな無粋がことはいたしません。最も優秀なリーダー・トイ・プードルが武器に噛みついてひったくり、残りの犬が悪人を倒して全員で覆いかぶさり、ふるえるのです!」



「あ、ミツバチの、対スズメバチ応戦の方法ですか?」

「奥様、さすが広い知識をお持ちです! その通り! 『必殺トイ・プードルふるえの技』で、悪人を熱くし、戦闘不能とするのです!」



「犬で、そんなことできるのかな?」

と夫が言う。

「ご主人、大丈夫でございます! 訓練された犬ですから。」

「悪人の人数が多かったら? 何か所も分かれて入ってきたらどうするのです?」

と妻。



「奥様、さすが危機管理に長けていらっしゃる。わんわんボックスに入った犬は、悪人の数を吠えて教えます。また、別の場所から入ってきた悪人がいたときは、特殊なほえかたをします。すると、わんわんボックスのとなりから、さらに100匹の、訓練されたトイ・プードルが飛び出し、別の場所の悪人に向かいます!」

「ひゃー、さらに100匹か。」

と夫。



「トイ・プードルはもともと猟犬から改良されたと言われております。訓練されておりますから、大丈夫です。」

研谷はつづける。



「また、仮に悪人が窓やドアから侵入をしようとしたときには……。」

「ときには?」

夫婦が言う。



「ガラスというガラスにはセンサーをつけさせていただきますが、ガラスを割ろうとする音を察知して、上から50匹のトイ・プードルが落ちてきます。」

「50匹かー。」

「死んだりしないのかしら。」



「訓練されておりますから、大丈夫です。その代わりに、天井に『犬の道』を設置していただきます。ふだんは、そこで静かに、待機しております。キッチン、リビング、ご夫婦の寝室に至るまで、常時100匹のトイ・プードルが待機し、悪人の侵入とともに50匹が落ちてまいります。」

「落ちてきてどうするんだ?」



研谷は言う。

「そう、侵入者には容赦は致しません。リーダー・トイ・プードルが武器をかみ取ると同時に、今度はかみます。」

「ええっ! かみ殺してしまうの?」

「ちょっと残酷な気が……。」



研谷が言う。

「のどぶえをかみ切ったりいたしません。急所を外して、小さなトイ・プードルが小さい口で、かみかみかみかみするのです。これはCIAの実験によると、人間は1分もたたずに失神して倒れてしまうそうです。2000名の囚人の猛者たちでも、この攻撃に耐えられたものはいなかったとか。」



「そうか、CIAが……。」

「トイ・プードルってすごい攻撃を持っているんですのね。」

夫婦はすっかり、トイ・プードルセキュリティに興味津々だ。



「通常のホームセキュリティで、ゴツい男がかけつけてごらんなさい。殴り合いや特殊警棒などで悪人と戦い、血が流れることになるでしょう。でも『超画期的な省エネ&エコなホームセキュリティD・O・G』なら、ふだんはかわいいトイ・プードルたちが、あなたたちを守ってくれるのです!」



「あなた!」

「うん、これを導入しよう。」

「ではこちらにサインを。それから必要経費がうんたらかんたら……。」




ということで、幸也&陽菜乃の屋敷には、「超画期的な省エネ&エコなホームセキュリティD・O・G」が導入されることになった。



ふだんは、庭に200匹、屋根裏につくった「犬の道」に100匹のトイ・プードルが常時、セキュリティしてくれることになった。犬の健康のために、時折メンバーを入れ替える。



「ふんなどは、決まった場所にしますので大丈夫ですよ。『ニオイ・ノンノ』を飲ませているので、においもしません。ただ、大量なふんの処理、えさや水やりに、ふん番、えさ番、水番の男を雇っていただきます。はい、住み込みで。お給料はこのくらいで、はい、シフト制で24時間、トイ・プードルのお世話をいたします。」



この、ふん番、えさ番、水番の給料がトータル100万弱。それに、えさ代、「ニオイ・ノンノ」代が月に100万かかることになった。また、ふんの特殊処理向けに30万、計230万円だ。犬の道を作るのにも、約100万円。




夫の幸也も、妻の陽菜乃も、トイ・プードルのセキュリティに大満足である。

「かわいいなあ。」

「うん、天国みたい。」

「この子たちが、僕たちを守ってくれるなんてすごいなあ。」

「一度、その雄姿を見てみたいくらいだわ。」




さらに、月に一回のお手入れが、1匹1万円かかる。300匹のトイ・プードルのお手入れ。これは大変な負担に思えるが……。



「みんな、かわいいほうがいいわよね?」

「うん、そうだね。」

と、ふたりはちっとも気にしない。




金持ちというのは、こんなものなのか。

ドーベルマンを数匹庭においていたほうが、安上がりだと思うが。



ふたりは費用がかかっても、たくさんのトイ・プードルに守ってもらう道を選んだ。




わんわんボックスも作ったが、本当に悪人が来たとき、このトイ・プードルたちが研谷の言うように戦うのかは、悪人が来てみないとわからないのだった。





消費者センターの詐欺被害例に、「トイ・プードルセキュリティ詐欺」の事例が載ったのは、その3か月ほど後だったそうだ。


「悪人が来ても、ちっとも戦わない。」

「そこら中にふんをする。」

「天井の上が常にうるさい。」

「悪人が来ても、50匹の犬が落ちてこない。」

「犬の世話係が急に消えた。」


詐欺事例には、そんな言葉が並んでいたそうだ。


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