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短編小説

好きだった幼馴染が自殺した。タイムリープで彼女を救ったのだが世界が滅びすぎな件

作者: レオナールD

こちらの小説も連載中です!

どうぞよろしくお願いいたします!


・勇者の子供を産んでくれ 邪神と相討ちになった勇者は子孫を残せと女神に復活させられる

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・蒼雷の退魔師 妖怪と陰陽師ばかりの国だけど神の子だから余裕で生きるし女も抱く

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・彼女の浮気現場を目撃したら斬り殺されました。黄泉の神様の手先になって復活したら彼女が戻ってこいと言っているがもう知らない。

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好きだった女の子が自殺したらタイムリープ能力が覚醒した。

学生時代に戻ってあの日をやり直したが、世界が滅びすぎな件。


『訃報』


 その二文字を見て、俺……時田信也は心臓が握りつぶされたような衝撃を感じた。


 死んだ。

 幼馴染が。

 かつて、好きだった女の子が死んだ。


 その訃報は実家に届いたものを、俺の母親が俺に送り直したもののよう。

 電話で母親を問い詰めたが、原因は知らないとのことである。


 俺が春香と最後に会ったのはもう十年も前。

 高校の卒業式。

 俺がまだ地元から出て、東京で暮らすようになる前のことだ。


『ねえ、信也。私達……付き合わない?』


 東京の大学に進学することが決まっていた俺に対して、彼女は地元の専門学校に通うことになっていた。


『これで信也とお別れだなんて寂しいよ。恋人同士になったら、別々の進路に進んでも、ずっと一緒に入れるでしょ?』


 照れて視線を逸らしながら、春香は緊張した声でそんなことを言った。


 熟れたリンゴのように真っ赤になった頬。

 潤んだ瞳が、酷く可愛らしかった。


 彼女の思いに応えることができたら……俺は狂おしいまでにそう思った。


『……ごめん』


 だけど、俺は春香の告白を断った。

 断らなければいけない理由があったのだ。


『え……』


 その時の絶望に満ちた春香の表情は忘れられない。

 人間の顔がこうまで青ざめるところなんて、見たことがなかった。


 結局、春香とはそれきりだった。

 大学を卒業してからも、東京の企業に就職。

 何度か実家には帰ったものの、あえて春香と会うことはなかった。


 しばらくして、春香が結婚したことを風の噂で聞く。


 俺は今年で二十八歳。

 いまだ、独身のままである。




 その後、俺は慌てて地元に帰った。

 仕事はあったが有休が溜まっていたため、休みを取るのは難しくない。

 春香の葬式に参列した俺であったが……そこで、彼女の両親からさらに衝撃的な事実を聞かされる。


「春香はね、自殺してしまったんだ」


 彼女の父親が疲れ切ったような表情で、俺にそう告げた。


 自殺。

 浴室で手首を切って死んでいたのは、春香の母親が見つけたらしい。

 葬式の席に彼女の母親の姿はなかった。

 娘の変わり果てた姿を見たことで心を病んでしまい、入院しているとのこと。


「自殺って……どうしてそんな……!」


 俺は拳を握りしめた。

 爪が掌に刺さり、血がにじんでくる。


 春香が結婚したと聞いていた。

 結婚相手のことは知らないが、幸せにやっているのだろうと思っていた。

 明るい性格の春香のことだ。

 子供を産んで、幸せな家庭を作っているのだと勝手に思っていた。


「娘はね……DV、虐待されていたようなんだ。結婚相手、あの子の夫からね」


「…………!」


「少し前に夫からの暴力に耐えかねて家に帰ってきていたんだが……まさか、こんなことになるなんて……」


 春香の父親が苦痛を顔に浮かべて、説明してくれた。


 春香は高校を卒業してからしばらくして、一人の男性と交際を始めたようだ。

 専門学校を出て、地元企業に就職してから結婚したのだが……新婚生活は幸福なものではなかったらしい。

 春香の遺体には殴られた痕が無数にあったようだ。

 古いもの、新しいもの。刃物で切られたような傷さえあったとのこと。


 春香の夫は暴行・傷害の容疑で逮捕されているらしい。


「何で……どうして、春香がそんなことに……何で、そんな男と結婚なんてしちゃったんだ……!」


「……娘は自暴自棄になっていたからな。高校を卒業してからずっと」


「…………!」


「専門学校に通いながら、盛り場に顔を出して夜遅くまで酒を飲んでいたこともあった。まるで現実から逃げるようにね」


 自暴自棄。

 高校を卒業してから。

 それが意味すること、原因に心当たりがあった。

 まさか……俺がフッてしまったことが原因だというのだろうか?


「恨み言というわけではないが……君があの子と結婚してくれていたら、どれだけ良かったかと思うよ。あの子は子供の頃から、君のことが大好きだったからね」


「…………」


「……すまない。忘れてくれ。今さらの話だったな」


 春香の父親は目頭を押さえて、話を終えた。


 そこから先のことはあまり覚えていない。

 どのようにして戻ってきたのだろう……いつの間にか、東京にある社宅の部屋に帰ってきていた。


「春香……」


 彼女はこの十年間、何を思って生きていたのだろう。

 辛いだけの人生だったのか。

 今日、死ぬために生きていたとでもいうのだろうか。


 もしも。

 もしも、あの日……卒業式の日に彼女の告白を受け入れていたら、何かが変わっていただろうか。


「クソ……そんなつもりじゃなかったのに、どうして……!」


 俺は吐き捨てるように言って、テーブルの上にある缶ビールに手を伸ばす。

 すでに中身が空になった缶が、床にいくつも転がっている。

 飲まなければやっていけない。

 それなのに、いくら飲んでも不思議なほど酔いを感じなかった。


「……俺は間違っていたのか?」


 缶に指をかけて、そうつぶやく


 あの時はそうするしかないと思っていた。

 それが正しい決断だと思っていた。


 だけど……こんな未来が待っているのなら、やっぱり間違いだったのだろうか?


「春香……」


 目から涙がボロボロと零れ落ちる。

 俺は身を裂くような後悔に苛まれながら、缶ビールをプシュリと開けた。



     ◇     ◇     ◇



Time Leap.1


「ねえ、信也。私達……付き合わない?」


「…………へ?」


 気がつけば、屋外にいた。

 土の匂い。春の花の香りが風に乗って流れてくる。


 目の前にいるのはセーラー服の少女。

 親しみやすい愛嬌のある顔立ちをしており、腰まである茶色の髪が風に揺れている。

 その胸元には花の飾りが付けられていた。卒業生の証である。


「春香……?」


「これで信也とお別れだなんて寂しいよ。恋人同士になったら、別々の進路に進んでも、ずっと一緒に入れるでしょ?」


 目の前にいるのは……春香だった。


 場所は通っていた高校の校舎裏。

 告白スポットの定番である桜の木の下に、俺達は立っていた。


「なん、で……」


 何で。どうして。

 俺は錯乱してパクパクと口を動かす。


 見下ろせば、自分が学ランを着ているのがわかった。

 春香だけではない。俺も高校時代の姿をしている。


 春香が告白をしてくるということは……今日は卒業式。

 彼女が死んで深く後悔することになる、あの日なのだろう。


「どうして、ここに……」


「そ、そんなに驚かなくたっていいじゃない! 信也だって、気づいてたんでしょ? 私があなたのことを好きだってことに……」


 春香が拗ねたように頬を膨らませる。

 この子供っぽい仕草……ああ、間違いなく春香だと確信する。


 間違いない。

 俺はあの日、高校の卒業式の日に戻ってきていた。


 普通に考えたら夢である。

 現実でこんなことがあるわけがなかった。

 だけど……仮に夢だとしても、俺が出す答えは決まっている。


「春香!」


「ふあっ!?」


 俺は春香のことを抱きしめた。

 細い彼女の身体がビクリと跳ねる。


「俺と付き合ってくれ……絶対に、絶対に幸せにするから!」


「し、信也っ!?」


「絶対にお前を不幸になんてさせない……酷い男に引っかかって自殺させるようなことはしない! 不幸な十年間を過ごさせたりしないから!」


「な、何言ってるの!? 私、断られたからって自殺なんてしないけどっ!?」


 俺の混乱が感染したかのように、春香もテンパっていた。

 二人してギャアギャアと大声を出して、ひとしきり騒いでから落ち着いた。


「つまり、告白はオッケーってことだよね? 私、信也の彼女ってことで良いんだよね?」


「も、もちろん?」


「どうして疑問形なのよ……だけど、やったあ!」


 春香が喜んで、その場でピョンピョンと飛び跳ねる。


「エヘヘヘ……彼女。私が彼女。私が信也の彼女だって」


 春香がはにかみながら、何度もそう繰り返す。


 こうなって改めて思うが……俺の幼馴染、カワイイかよ。

 どうして、俺はこの子の告白を断ることができたのだろう。

 こんな可愛い女の子に告白されたら、男の本能で即オーケーしてしまいそうなのに。


「あ……そうだった」


 俺はふと気がつく。

 春香の告白の直後、この後に起こったであろうイベントに。


「信也君……」


「春香ちゃん……」


「あ……」


 校舎の陰から、俺達の名前を呼びながら『彼女達』が現れる。


 出てきたのは三人の女子。

 いずれもセーラー服を着ており、胸元に花飾りを付けている。


「そうだった……君達が……」


 三人とも顔見知りの女子である。

 俺と彼女達、そして春香は同じ部活に入っている仲間。

 テーブルゲーム部の部員なのだから。


 テーブルゲーム部は俺と彼女達が作った部活である。

 メンバーは五人。

 俺以外は全員、女子のため、口の悪い連中からは『ハーレム部』とか『不純異性交遊部』とか影口を叩かれている。


 もちろん、不純なことはしていない。

 俺達は放課後、テーブルゲームをして遊んでいるだけのクラブなのだから。


「みんな……抜け駆けしてごめんね。私、信也君と付き合うことになったから」


「「「…………」」」


 春香がどこか気まずそうに言う。

 すると、三人から落胆した空気が伝わってくる。


 二橋夏樹。

 小柄でメガネをかけてショートカットの少女。

 身体が小さい割に胸が大きく、大人しい性格の女の子。


 三内秋子。

 肩まである髪をリボンでまとめた、おっとりとした少女。

 四人の中ではもっともスタイルが良く、性格も母性的で大人びている。


 四条冬美。

 長いストレートの髪。切れ長の瞳が特徴的な少女。

 クールな性格だが根は優しく、四人の中でもっとも胸が小さいことを気にしている。


 非常に稀有(けう)というかラッキー過ぎるというか、困惑させられることに……俺はこっちの三人からも好かれており、前々から交際を申し込まれていたのだ。

 春香も含めた四人はとんでもないレベルの美少女だ。

 彼女達からほぼ同時期に告白されて、俺はとんでもなく困惑した。

 こんなハイレベルの美少女から一人を選べるものか……そんなふうに苦悩させられた。


「仕方がないですねえ……どうやら、私達はフラれてしまったみたいです」


 おっとりとつぶやいたのは、三内秋子である。


「私達も前から信也君に告白していましたから、抜け駆けとか気にしないで大丈夫ですよ?」


「ええっ!? そうなのっ!?」


 秋子の言葉に、春香が大きく目を見開いた。


「はい。そうなんですよ……というか、春香ちゃんも気づいていると思ってたんですけど?」


「み、みんな信也のことが好きだったんだ……まさか、私だけ気がついていないなんて……」


「春香は鈍いからね……仕方がない。祝福してやるか」


「…………」


 冬美が肩をすくめて、しょうがないなあと笑う。

 隣で呆然として立ち尽くしている、夏樹の肩を慰めるように抱いている。


「我がテーブルゲーム部からカップルが出たことだし……今日はこの後、打ち上げにいかない?」


「いいですね。卒業したら、みんなバラバラになっちゃいますし……今日は盛り上がりましょう!」


「うん……わかった。私も……いく」


 三人は驚き、やや落ち込んだ様子であったが、それでも祝福してくれた。

 そんな彼女達の姿を見て、俺はかつての決断がやはり間違っていたことを悟る。


「……こんなに簡単なことだったんだな」


 かつて、やり直し前の世界。

 俺は四人の中から誰か一人を選ぶことができずに、全員の告白を断るという決断をした。

 一人を選んで他の全員を傷つけるよりも、全員を捨てることにしたのだ。


 しかし……そんなことをする必要はなかった。

 誰か一人を選んでも、残りの全員が祝福してくれる。

 たとえ交際していなかったとしても、俺達は友人で仲間なのだから。


「……まったく、俺は本当に大馬鹿者だよ」


 ガキだったといえば、それまでである。

 所詮は高校生の子供。

 らしくもなくモテて舞い上がってしまい、冷静な判断力を失っていたのかもしれない。


「それじゃあ、いつものお店に行きましょう。たっぷり弄ってあげるから覚悟しておいてね」


「……お手柔らかに頼むよ。なあ、春香」


「エヘヘヘ……」


 俺ははにかんでいる春香の手を取り、歩いていく。


 たとえこれが一夜の幻であったとしても、正しい決断ができたことが嬉しかった。

 俺は四人と一緒に、桜の花びらが舞う校舎裏から出ていったのである。



     ◇     ◇     ◇



 気がつけば、世界が滅亡していた。


「…………へ?」


 目の前の光景に唖然として凍りつく。

 周囲を見回すと、崩落したビルの残骸が無数にある。

 人の姿はない。瓦礫の山……生きとし生ける者のいない死の大地がどこまでも広がっていた。


「何が……いったい、何が起こってるんだ……?」


 俺はかつてない混乱に襲われる。

 先ほど、タイムリープを経験したとき以上に。


 あれが夢でなかったのなら……ほんの数分前まで、俺は過去の世界にタイムリープしていた。

 卒業式の日。春香の告白を受けてみんなから祝福され、卒業パーティーに向かう途中だったはず。

 それなのに……気がついたら、辺り一帯が全て崩壊していた。


「そんな馬鹿な……これも夢なのか?」


「信也……」


「…………!」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこには春香が立っていた。

 服装はセーラー服ではない。

 薄汚れたカーディガンを羽織っており、あの時よりもずっと大人びた顔立ちになっている。


「春香……?」


「どうしたのよ。食料を探しに行くって出ていったまま戻らないから、何かあったかと思ったじゃない」


「春香、お前は……」


「貴方までいなくなったら、私は独りぼっちになっちゃうでしょ? 私達……夫婦なんだから」


 言いながら、春香が俺に抱き着いてきた。

 柔らかい感触。温かい体温。

 夢ではない……これが現実であると訴えてくる。


 夫婦。

 その言葉に、俺は頭が冷えていく。

 脳裏に一つの仮説が浮かんだ。荒唐無稽な考えが。


「まさか……これが未来の光景なのか?」


 俺は過去をやり直した。

 その結果として未来が変わり、目の前の滅亡の光景を生み出してしまったのではないか。


「バタフライエフェクト……」


 蝶の羽ばたきが、地球の裏側で嵐を起こすというアレである。

 無視できるような些細な現象が周りまわって、とんでもない事象を起こしてしまうという意味の言葉だ。

 日本風に言うのであれば、「風が吹けば桶屋が儲かる」。


 俺が春香の告白を受け入れたこと、結婚したことがトリガーとなって、世界の滅亡を引き起こしてしまったのではないか。


「どうして、こんなことに……」


「信也……もしかして、また記憶が飛んじゃったの?」


「また……?」


「あれから、ずっと信也はそうだったんだよ。世界がこんなふうになったのは自分のせいだって……責任を感じて、自分を責めていたんだよ? そんなことをする必要なんてないのに」


 大人になった春香が心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。


「……大丈夫。忘れちゃったのなら、ちゃんと一から説明をしてあげるね。


 春香が瓦礫の一つに座り、落ち着いた口調で現状を説明をしてくれた。


 世界が滅亡した。

 その原因は……非常に驚くべきことに、俺達の友人である二橋夏樹だったのだ。


「ど、どうして夏樹が……?」


「それは……その……」


 春香は言いづらそうに言葉を濁しながら、それでも説明をしてくれる。


 夏樹は高校卒業後、理系の大学に進学した。

 成績優秀だった彼女はすぐに頭角を現して、女性科学者として華々しい道を歩むことになる。

 しかし、そんな彼女は一年前、とんでもないものを発明してしまった。

 それは『|Spring&Time《春と時》』と名付けられた強力な大量破壊兵器である。

 ホームセンターで購入できる安価な材料だけで町を吹き飛ばせることができることを証明した夏樹は、こともあろうにネットを通じてその製造方法を公表した。


 結果、多くの国が『S&T』を使用して戦争をして、世界中の都市が破壊されてしまったのである。


 どうして、そんな破壊兵器を開発したのか。

 あるインタビューで訊ねられた時、夏樹は次のように答えたらしい。


『好きな男子を友達に()られて、何もかもどうでも良くなったから』


「つ、つまり……俺と春香がくっついたから、夏樹は世界を滅ぼしたのか?」


 何ということだろう。

 いったい、どんな頭の回路をしていたら、失恋が原因で世界を滅ぼすのだ。


「うん、私もおかしいと思う。だけど……夏樹ちゃんが私のせいでおかしくなっちゃったのは本当」


「いや……春香のせいじゃないだろうけど……」


 夏樹が開発した兵器の名前は『Spring&Time』。

 春と時。

 春香と時田。俺達の名前を意味しているのだろう。

 俺と春香が結ばれたことにより、夏樹が闇落ちしてしまったのは事実のようだ。


「俺のせいで世界がこんなことに……」


「ううん、信也のせいじゃなくて私のせい……この会話も何度もしたんだよ?」


 春香が泣き笑いのような顔をして、「そうだ!」と俺に何かを差し出してくる。


「さっき、たまたま瓦礫の下にあったのを見つけたんだ! これ、良かったら信也が飲んで?」


「それは……」


 春香が差し出してきたのは一本の缶ビールだった。

 銘柄もかつて飲んだ『アレ』と同じである。


「…………!」


 俺は一つの確信を持って、缶ビールを受けとる。

 そして……プシュリと缶を開けた。



     ◇     ◇     ◇



Time Leap.2


「ねえ、信也。私達……付き合わない?」


「……やっぱり、そうだったのか」


 気がつけば、十年前にタイムリープしていた。

 そうなるのではないかと思っていたが……俺の予想が当たったようだ。

 理由はわからないが、あの缶ビールを開けることがタイムリープのトリガーになっているのだ。


「やっぱりって……そうだよね。気づいてたよね。私が信也のことを好きだってこと」


 目の前で高校生の春香が顔を赤くして、うつむいている。

 可愛い。

 だが……彼女の手を取るわけにはいかない。

 春香のことはもちろん、好きだったが……俺達の愛は世界を滅ぼす。


「ごめん……春香」


「え……」


「俺は君と付き合えない……」


 俺は苦渋の決断をした。

 苦悶の表情で春香にその言葉を告げる。


「俺は他に好きな人がいるんだ。だから、君とは付き合えない」


「…………」


「だけど……どうか自暴自棄になんてならないで欲しい。春香はスゲエ可愛いし、性格だって良い。絶対に俺よりも格好良いやつと結ばれるはずだ。だから、自分を安売りして変な男に流されたりしないでくれ……!」


「…………そっか」


 俺の精いっぱいの言葉を受けて、春香はわずかに涙を浮かべる。


「うん、わかった」


 悲しそうであるが、春香の表情は不思議と明るかった。

 まるで吹っ切れたような顔である。


「ちゃんとフッてくれて良かった。信也君のおかげで、私はちゃんと前を進める気がする」


「…………!」


「ありがとうね、真剣に告白を断ってくれて。私、ぜーったいに信也君よりも素敵な男性と付き合うから。その時に後悔しても遅いんだからね?」


 これなら、大丈夫だ。

 涙を浮かべながらも笑っている春香に、今度は自暴自棄になって自殺をしないと確信する。


「ところで、信也君の好きな人って……」


「それは……」


 後ろを振り返ると、校舎の陰から三人の女子が現れた。

 二橋夏樹、三内秋子、四条冬美の三人である。


「ごめんなさい、何だか邪魔しちゃったみたいで……」


「…………」


 俺は秋子の言葉を無視して、夏樹の手を取った。


「ふえっ!?」


「夏樹……俺と付き合ってくれ!」


 そして、堂々とそう告げる。


「わ、私!? 私で良いの……!?」


「お前が良いんだよ」


 嘘を言っているわけではない。

 元々、俺は四人のことを同じくらい大切に思っている。

 だからこそ、誰か一人を選ぶことができずに全員をフッて、不誠実な態度の結果として春香を死なせてしまったのだから。


「で、でも……信也さん。私、春香ちゃんみたいに背も高くないし、胸だって……」


「関係ない。俺と結婚を前提に付き合ってくれ!」


「け、結婚……!」


 夏樹がアワアワと可愛らしく狼狽えて、「結婚、結婚……」と何度も繰り返している。

 夏樹は頭が良いが恥ずかしがりやで、前々から男女の交際などに疎い部分があったのだ。


「うーん……夏樹ちゃんか。それじゃあ、仕方がないかな?」


 春香が苦笑して、腰に手を当てる。


「それじゃあ、二人の門出を祝ってお祝いしようか!」


「いつものお店で良いわね。夏樹はまだ返事をしていないけど……まあ、聞くまでもないわね」


「……結婚。信也さんと私が。エヘヘヘ」


 冬美が夏樹を見下ろすと、彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしている。

 これで「NO」ということはあるまい。

 俺と夏樹は交際することになって、もう夏樹が世界を滅ぼすことはないだろう。


「……いいわね。そじゃあ、行きましょうか」


 秋子が言って、俺達は校舎裏から去っていった。

 桜の花びらが風の中で待って、俺たちの明るい未来を祝福しているようだった。



     ◇     ◇     ◇



「いや、やっぱり世界滅んでんじゃん!」


 直後。

 十年後の世界に戻ってきた俺であったが、瓦礫の山に愕然と叫んだ。

 前回と異なっているのは瓦礫の壊れ方とか、配置くらいのものである。

 いったい、何が悪かったというのだろう。


「信也さん?」


「…………!」


 振り返ると、そこに夏樹がいた。

 十年の年月を感じさせる成長ぶり。

 ボロボロのパーカーとロングスカート。

 背は伸びていないままだが、小柄で童顔なのに不思議と色気を感じさせる。


「夏樹! これはいったいどういうことだ!?」


「ふえっ!」


「どうして、世界がこんなことに……いったい、何で君は……」


「お、落ち着いて! また記憶が飛んじゃったんだよね?」


「ま、また……?」


 てっきり、夏樹がやったものかと思ったのだが……どうも様子が違うようだった。

 俺はどうにか落ち着きを取り戻して、夏樹から話を聞いた。


「あのね、また説明するね? これをやったのは……秋子さんなんだよ?」


「あ、秋子……?」


 夏樹の口から出てきたのは、予想外の言葉である。


 説明を要約すると次のようになる。


 十年前、俺は夏樹と付き合って他の三人をフッた。

 その結果、秋子が失恋のショックによって宗教にハマってしまったらしい。

 とある新興宗教に入信して信者になった秋子だったが……彼女は人間を操作するノウハウをそこで身に付け、大勢の信者を引き抜いて独立した。


 そうして生まれたのが『夏時の黄昏教団』。

 歴史上最悪と呼ばれているカルト結社である。

 秋子に率いられた教団は世界各国でテロを行い、主要都市を破壊していった。

 テロが戦争を誘発して、いくつもの国々が倒れた。

 日本の人口も1%未満になり、現在に至るとのことである。


「つまり、俺のせいか……」


「ううん、違う。これは私の……」


「いや、いいんだ。夏樹のせいじゃない」


 俺は夏樹の頭を撫でて……気がついた。

 彼女が両手に缶ビールを握りしめていることに。


「それは……」


「あ、さっき拾ったの。信也さんに飲んでもらいたくて……」


「ありがとう……!」


 俺はすぐに夏樹から缶ビールを受け取り、そのフタを開いた。



     ◇     ◇     ◇



Time Leap.3


「秋子、俺を結婚を前提に付き合ってくれ!」


「ええっ……わ、私ですか!?」


 三度目のタイムリープ。

 春香へフォローを入れてから、俺は秋子に告白をした。

 秋子はいつものおっとりとした顔に困ったような表情をするが、頬は薔薇色に染まっている。


「私のことを好きなってくれてありがとうございます、信也君。私で良ければ……どうか、幸せにしてください」


「もちろんだ!」


「うん……秋子さんじゃ仕方がないよね。お似合いだもん」


「うっわあ、やっぱり秋子さんかあ! そんなにおっぱいが良いのか、信也のスケベ!」


 夏樹と春香が揶揄いながらも、祝福の言葉をくれる。


「それじゃあ、いつもの店でお祝いをしましょうか」


「冬美……」


「何、シンヤ?」


 声をかけると、冬美は無感情でクールな顔で首を傾げた。

 いつもと何ら変わらない。

 おかしいところなど、何もない。


「いや……」


 何となく見えてきた法則から「次はもしや……」と思ったのだが、杞憂だったようだ。

 俺は四人の美少女と一緒に、桜の花びらが舞い散る校舎裏から去っていった。



     ◇     ◇     ◇



「やっぱりかよ!」


 薄々、そうなるんじゃないかと予想していたが……やはり、予想通りに世界が滅んでいた。

 目の前には建物の残骸。瓦礫の山が転がっている。


「信也君……」


「秋子、説明してくれ。記憶が飛んでいるんだ……この十年間で何があったんだ?」


「ええ、わかりました」


 予想通り、後ろに立っていた秋子に説明を求める。

 十年分の年月を重ねた秋子は、ダボダボの上着の裾を擦りながら口を開く。


 秋子の説明によると……予想していた通り、原因は四条冬美であるらしい。


 スレンダーで背が高かった冬美は卒業後、海外でモデルになったようだ。

 爆発的な人気を博した冬美はわずか数年で世界的なトップモデルになり、何を思ったのか、とある国の大統領選挙に出馬したらしい。

 日本人である彼女が外国の大統領だなんて……そう思っていたのは、日本人ばかり。

 冬美はその国で予想以上の支持を集めていたようで、彼女は見事に大統領選挙を制した。

 その国において女性初の大統領になったのである。


 しかし、それが終わりの始まりだった。


 大統領になった冬美はその国が保有していた核ミサイルを世界に向けて撃ち放ち、壊滅的な被害を与えたのである。

 もちろん、攻撃された国は反撃する。

 反撃が反撃。憎しみが憎しみを呼び、世界の都市が壊滅した。


 世界滅亡大作戦。作戦コード『Fall-S』。

 冬美という権力者の暴走により、この世は地獄と化したのである。


「なるほど……ところで、ビール持ってる?」


「はい、ありますけど……」


「ありがとう」


 受け取って、迷うことなく缶ビールのフタを開いた。



     ◇     ◇     ◇



Time Leap.4


「冬美、俺と付き合え!」


「ええっ!?」


「お前に拒否権はない! 結婚して子供だって作るから覚悟しやがれ!」


「ちょ……どうしてそんなに雑なの!? シンヤ、私のこと舐めてる!?」


 三度の失敗。

 三度の滅亡を経験した俺はかなり雑に冬美に告白をして、そしてオッケーをもぎ取った。


「春香、ごめんな! だけど……悪いのは俺だから、俺だけだからな! 失恋なんかでへこんで、世界を滅ぼそうとかしないでくれよ!?」


「ちょ……するわけないでしょ!? どうして、私が世界を滅ぼさなくちゃいけないのよ!」


 春香が顔を真っ赤にして怒る。

 自分でもおかしなことを言っているとわかっているが、パターンからして次はそうなると予想できていた。


「絶対だぞ、絶対だ! 世界を滅ぼさないでくれお願いします!」


「な、泣いてるの……」


「し、信也さん?」


「シンヤ……どうして、そこまで」


 泣きながら謝罪をする俺に、少女達が唖然とした顔になっている。

 しかし、それを気にする余裕はない。

 なりふりなど構っていられなかった。



     ◇     ◇     ◇



 そして、十年後へ。


「うがあああああああああああああっ!」


「キャアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 もちろん、周りは瓦礫の山。

 俺は振り返りざま、そこにいた冬美のスカートを思いきり捲り上げた。

 スカートの下、黒いタイツに包まれた下着が露わになる。


「も、もう……またムラムラしてきちゃったの? こんな世界なのに……また妊娠しちゃう。もう五人目なのに……」


「あ、子供いるんだね!」


 その点だけは、これまでのパターンと異なっている。


「冬美、教えてくれ……何があった、春香は何をしやがった!?」


「何って……春香さんが儀式を行って、異次元から邪神ウィンターズタイムを呼び出したことで、邪神が生み出した怪物が世界中を……」


「もう、わからん!」


 これまでで一番、荒唐無稽なやり方だった。

 失恋なんかで邪神を呼び出すな。

 世界を滅ぼすな

 もう、本当に勘弁してもらいたい。


「だけど……」


 あきらめない。

 これでパターンは掴めた。


 春香と結ばれると、夏樹が世界を滅ぼす。


 夏樹と結ばれると、秋子が世界を滅ぼす。


 秋子と結ばれると、冬美が世界を滅ぼす。


 冬美と結ばれると、春香が世界を滅ぼす。


「次は、誰も選ばないパターンを試してみよう。誰も選ばない、だけど春香が自殺しなければいいんだ……」


「春香? 自殺? 何を言って……」


「プリーズ! レッツトライ!」


 冬美の手からやはり持っていた缶ビールを奪い取り、フタを開けた。



     ◇     ◇     ◇



Time Leap???


 それから、俺は何度となくタイムリープを繰り返した。


 五回目は失敗だった。

 必死になって春香に自殺しないように説いたのだが、結局、十年後に自殺してしまった。


 六回目、七回目、八回目……

 命の尊さや世界平和について説き、彼女達を説得したのだが……誰かと結ばれたら、別の誰かが世界を滅ぼす。

 子供がいたり、場所が違ったり、やり方が変わったり……些細な変化はあったものの、世界が滅亡するという結果は変わらない。


 そんなことを繰り返すうちに、俺は激しい絶望と虚無感に襲われた。


 どんなに頑張っても、世界が滅んでしまう。

 避ける方法はない。

 説得の言葉も無意味なのだ。彼女達の耳には届かない。


「いったい、どうすれば良いんだ……どうやったら、世界を救うことができるんだ……?」


 いや、厳密に言うのであれば……世界を救う方法はわかっている。


 春香を見捨てればいいのだ。

 四人のうち誰も選ぶことをせず、春香だけに自殺してもらえば……世界は救われる。


「……わかってる。それが正解だ」


 たった一つの冴えた方法。

 もしもそれがあるとしたら……それこそがその方法だ。

 たった一人が犠牲になるだけで世界が救われる。

 ならば……犠牲にすることに問題などあろうはずがない。


「……やろう」


 俺は犠牲を出すことを決めた。

 無傷で先には進めない。

 どれだけ傷つこうとも、世界を存続させなくてはいけない。


「いくか……」


 俺は缶ビールを開けて、最後のタイムリープを行った。


     ◇     ◇     ◇



Time Leap1026


「俺と付き合ってくれ! 四人、全員!」


 俺は服を脱ぎ捨てて、パンツ一丁になって土下座した。


 犠牲を出すとは言ったが……春香を犠牲にするつもりはない。

 血を流すのは俺。犠牲になるのは俺一人だ。


「し、信也……?」


「信也さん?」


「信也君……」


「シンヤ、貴方……」


 パンツ一丁の男に土下座をされて、四人が思いきり顔を引きつらせる。


 これこそが、俺が思いついた冴えたやり方。

 全身全霊、全力で四人に嫌われる。


 コイツを好きになる価値はない。

 こんな馬鹿のために死ぬのも、世界を滅ぼすのもくだらない。


 そんなふうに四人に思わせることによって、春香の自殺と世界滅亡を阻止するのだ。


「四人の中から誰か一人を選ぶなんて、俺には無理です! どうか全員まとめてセックスさせてください!」


「「「「…………」」」」


 極めつけに、このセリフである。

 こんな変態に付き合うのは御免だろう。

 四人はすぐに俺に失望して、呆れ返って去っていくに違いない。


「…………」


「…………」


「…………」


「…………」


 痛いほどの沈黙。

 もしも気まずさで人が死ぬのであれば、俺はじきに命を落とすに違いない。

 体感で十分以上にも感じる沈黙の後、冷たい声が校舎裏に響く。


「まあ……しょうがないわよね」


「へ……?」


 春香の声に、俺は顔を上げる。

 四人が呆れた様子で見下ろしてくるが……不思議なことに、思っていたほどの軽蔑は感じない。


「付き合ってあげるわ、私は」


「私も大丈夫……選ばれなかったらどうしようかと思った」


「うーん……まあ、信也君ですからね。皆さんと卒業後も一緒ということなら」


「だったら、みんなで東京に行って同居するとかどうかしら?」


 まさかの展開。

 春香が、夏樹が、秋子が、冬美が……俺との交際を受け入れる。

 四股を、ハーレムという不実な関係を了承してくれたのだ。


「えっと……マジで?」


「信也が言ったんでしょうが……」


「とりあえず……ホテルに行くわよ。ここにいる全員で」


「ええっ!?」


「ほら、行くわよ」


 四人に引っ張られて、俺はそれからホテルに連れ込まれることになった。


 待てど暮らせど、未来に時間は飛ばされない。

 どうやら……タイムリープは終了したようである。

 俺は彼女達と一緒に、新しい十年を過ごすことになってしまった。


 その後、俺は四人と同時に交際したことで色々と面倒ごとに巻き込まれることになる。

 しかし……春香はもちろん、他のメンバーも自殺をすることはなく、世界を滅亡させることもなかったのであった。


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― 新着の感想 ―
[一言] わわわわ。 ラストがすごい!
2023/10/06 21:40 退会済み
管理
[一言] ハーレムが正解なら仕方がない。 頑張って4人とも幸せにしてあげてくださいな。
[一言] 恋は人生のスパイスとはいうし可愛さ余って憎さ100倍とかいうけど 明らかにスパイス効きすぎだし憎さ10000倍ぐらいになってて笑いました
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