第六話 ポニーテールの少女
トロッコがとまらなかったため、貼りつけられていた板に全身を強打したステラ。彼女が気を失っていると、そこに近よる二人の人影があった。
「さっき大きな音がした場所って、この辺だよね?」
若い女性の声と、踏まれて擦れあう小石の音が岩穴のなかで共鳴しあって響いている。
「多分そうだよ。なにかが……激しくぶつかった音がしたでしょ? きっと……廃坑を塞ぐ板扉に……なにかぶつかったんだよ」
少し息を切らした若い男性の声が響く。
「さすが、歩く地図の異名は伊達じゃないようね」
声の主たちが目当ての場所へ辿りつくと、そこには通行止めの板を突きやぶり、トロッコの中で倒れている少女がいた。
「トロッコが板を突きやぶった音だったのね……」
「おーい。君……大丈……夫?」
茶髪でマッシュルームの少年が少女を揺さぶるも、彼女が目を開けるようすはなかった。
「生きてる……よね?」
「多分ね。どうしようかな」
そのまま放っておくこともできず、どうしようかと思案した二人は少女の両脇に頭を入れ、体を支えた。
「とにかく家まで連れていこう」
そうして二人は少女を支え坑道のトンネルを下り、同じ鉱山内に造られた小さな町に入っていった。
ステラは藁の上に仰むけに寝かされていた。それは彼女がお城で寝ていたベッドとは程遠く、木の板の上に藁が杜撰に敷きつめられたものであった。また、藁は長年変えられていないためか、酷く黒ずんでおり、彼女が横たわるその姿はとても違和感のあるものであった。
「ねぇポニー。いつまでここに寝かせておくの?」
「分からないわ」
「ていうか珍しいね。人助けなんてしちゃってさ」
「善意じゃないよ。この子の服装を見てみな。高級な素材でできているわ。きっと身分が高い。見かえりが期待できる」
二人がそんな会話をしていると、やがて、ステラは目を覚ました。
「ここは……どこ?」
「アンカラにある僕たちの家だよ」
茶髪でマッシュルームカットの少年が答える。
「アンカラ……聞いたこともない国名ですわ……」
ステラはゆっくりと体を起こしながら答えた。
「アンカラは国名じゃなくてこの町の名前だよ。アンカラはジン王国にある鉱山の周辺に造られた町なんだ」
ステラは、いつの間にかジン王国へ辿りついていたという事実を知り、頭の中がまっ白になった。と同時に、体の痛みを打ちけすような、この上ない喜びを感じ彼女は頬を緩ませた。
「あなたたちが助けてくださったのですね。お名前はなんと言うのですか……?」
茶髪でマッシュルームカットの少年が答える。
「僕はクルヴスだよ」
つづいて隣にいる少女も答える。
「ポニーよ。ポニーテールのポニー」
「ポニー?」
「そうだよ。あたしはこの名前でみんなに呼ばれてるんだ。髪型がポニーテールだからね。覚えやすいだろ?」
ステラは珍しそうな目でポニーを見つめた。
「なんだい、ジロジロ見ちゃってさ」
「いえ……その、不思議なことを仰る方だなと思ったのでつい」
「あっそ……。それで、あんたの名前は? どっから来たの?」
「わたしはステラです。来た場所は……」
彼女は自分の素性を明かすことをためらい、こう答えた。
「どこから来たのか忘れちゃいました。頭をぶつけたからかも知れません……」
「ふーん……ところでその服装……ここら辺の人じゃないことは確かよね。あんたを見たこともないし、もしかして……?」
「た、確かにここには初めて来たわ。でも怪しい者ではないから! それよりも一つ教えてほしいことがあるの」
「なに?」
「ジン王国にサクラの花は咲いていますか? わたし、見てみたいの」
「この地域には咲いてないよ。もっと南の方に行かないと。それに今はまだ時期じゃないし」
ステラは落胆した。
「助けてくれてありがとうございました。お礼をしたいけれど……今はなにも持ってなくって」
ステラの言葉を聞いたポニーは驚いた顔をしていた。その隣で、二人の会話を静観していたクルヴスがケラケラと笑いだした。
「ポニー、宛が外れたみたいだね!」
「うっさいクルヴス!」
ポニーは目の色を変えて掴みかかったが、本気ではないと分かっているのか、クルヴスは笑いながら謝っていた。
「お二人はとても仲が良いように見えますけど、姉弟なのですか……?」
ポニーはクルヴスを睨みつけたあと、掴んでいた腕を離し、答えた。
「血は繋がってないけど、弟みたいなもんさ。それはコイツだけじゃなくて……この町のガキどもはみんな家族なんだ。みんなで助けあって生きてんだ」
ステラはその言葉を聞き、少し羨ましい気持ちになった。みんなが家族だなんて素敵なことだと、そう思ったのだ。しかしそれは彼女が世間知らずだったからこその反応であった。
ポニーは言葉をつづけた。
「みんな、理由は違えど貧しいスラムの住人だ。助けあわなきゃ死ぬ。一人じゃ生きてなんかいけないのさ」
その言葉を聞いたステラは少し胸が痛くなった。よく見れば、ポニーやクルヴスの服はボロボロで、部屋の壁は至るところに穴が空いていたりと、決して健全とは言えない環境で生活していることが分かる。
ステラは、ふと城の家族のことを想像して切なくなった。バーバラたち召し使いも、彼女にとっては大切な家族だ。自分がいなくなれば、きっとみんな悲しむであろう。
彼女はそう思った途端、急に城へ帰りたくなった。二人になにかお礼を渡して帰るべきだと思った。しかし、彼女には懸念があった。
光石はトロッコに山ほど載っていたが、手に持って歩くのには不安があり、光石のペンダントなくして、廃鉱の凸凹とした暗闇の中、城まで戻ることは難しいと感じていたからである。
そこで彼女はポニーに尋ねた。
「ポニーさん、厚かましいとは思いますが、一つお願いを聞いてくださいませんか?」
「なんだい?」
「実は、光石を入れるペンダントが欲しいのです。お金に変えられる物ならあるので、お礼は必ずいたします。なので、細工職人のお店へ案内してくださいませんか?」
首を傾げながらもポニーは答えた。
「光石、なんだいそれは? まぁ……お金があるならいいけど! 顔馴染みの店を紹介してあげるよ!」