第五話 隠し扉の部屋
光石の首飾りの明かりを頼りに慎重に階段を降りていくと、扉に行きついた。古い木製の扉は施錠されておらず、押すとギィーッと音を立てながら開いた。
「なにがあるのかしら?」
ステラは目を凝らしながら部屋中を眺めてまわった。そこは左右の壁に壁画が彫ってあるだけのなにもない空の部屋であった。
壁画は花が好きな彼女にとって見覚えのあるものであった。
「左は……サクラね! そして右は……イッペーかしら?」
彼女は暗闇の中で、孤立による不安感を紛らわすように言った。
「それにしても、この部屋はなんのためにあるのかしら?」
地面は凸凹とした石床だが、擦れた形跡もないため、家具や物が置かれていたとは考えにくい。
唯一この部屋にある人が立ちいった痕跡といえば壁画だ。それは絵も彫刻の完成度もかなり拙く、素人感のある代物であった。
彼女は平面図を再び手に取り、首飾りで照らした。さきほどまでは気にも留めていなかったが、平面図の背景に描かれていたものは桜とイッペーであった。
そして平面図の下には小さくこう書かれていた。
[三国の繁栄があらんことを]
少し考えこむとハッと思い出したように彼女は呟いた。
「そういえば、サクラとイッペーは両隣国から献上されてくるお花だった」
ルーダン王国の両隣にはジン王国、そしてシェーヌ山脈を挟み位置するリード王国がある。三国は友好の証として、自国にしか咲かない花をそれぞれの国王に献上しあっているのだ。
彼女はふと思いついたように、直近に献上されていたイッペーの花の壁画の前に立った。
「あの花はこの部屋の壁画と何か関係があったり……しないわよね?」
そして壁に手を触れてみた。
すると、石だと思っていた壁は石ではなくどうやら木製だということが分かった。彼女は壁を押してみることにした。
しかし、なにも起きることはなく壁は壁であった。
「はぁ……そうだと思ったわ」
彼女はダメもとで桜の壁画の方へ向かい壁に触れた。さきほどと同様にそれは木製の壁であった。彼女は壁を押した。
ギッ……
かすかに扉の動く感触が体に伝わってくる。
彼女は力を入れて再び押した。
「ぅんーっ……」
すると、壁画の扉がゆっくりと、下に敷かれたレールに沿って下がっていった。扉の奥にはさらに空間が広がっていた。
「お城の地下にこんな空間があるなんて……まるでバーバラが読み聞かせてくれたトム・ソーヤの絵本みたい!」
彼女は冒険家になった気分であった。この先にどんな怪物が潜んでいようとも、どんな巨岩が転がってこようとも、自分なら乗りこえられる気がしていた。
この扉を経て向かう先がどこかは分からない。でもどこでもよかった。なぜなら、この日ステラが感じていた高揚感は、彼女が人生で一度も味わったことのないものであったからである。
興奮し逸る気持ちを抑えるように、彼女はそっと目を瞑りながら胸に手をあて、息をはいた。
「ふぅーっ……」
目を開くと、再び高揚感が押しよせてきた。
「さぁ、行くわよ!」
ステラは足を進めた。
ピチャン……ピチャン……
しばらく歩くと道幅は狭くなり、人一人がやっと通れるほどになっていた。
「きゃっ……冷たいっ」
ときおり、水滴が彼女の頭に滴りおちてくる。その水滴はとまることを知らず、歩けば歩くほどその頻度は増していくばかりであった。
それにより、足元が滑りやすくなっていることに気づかなかった彼女は、足を滑らせ斜面をそのまま滑りおちていった。
「痛~ッ……!」
運良く怪我はなかったものの、滑りおちたさいに光石の首飾りをどこかへなくしてしまい、辺り一面まっ暗となった。
恐る恐る周囲の地面に手を触れると冷たく、凸凹とした感触が伝わってきた。
サササッ
小さいなにかが体の横を通りすぎる。
「な、なにっ……ネズミ……?」
彼女は恐怖に慄いた。さきほどまで光石の明かりによってかろうじて保たれていた心の平穏は、瞬く間に消えさり、薄暗くて冷たい岩穴のなかへ吸いこまれていくかのようであった。
まっ暗闇の中で周囲を見わたしていると遠方でかすかに光が漏れているのを見つけた。
それは、彼女にとって恐怖から逃がれられるかもしれないという、ほんのわずかな光明であった。
「あの光は何かしら……行ってみるしかないわ!」
暗闇の中を四つん這いになり、地面を確かめながら、ゆっくりと光に向かっていった。心の中で、不安が根を張るかのように広がりだす。それでもなお彼女は強い眼差しで、光だけを見つめ進んだ。
どれだけ経っただろうか。息も絶え絶えになりながら、やっとのことで光の許へ辿りついた。
そこにはあの首飾りと同じ光石で荷台が半分ほど埋まった一台のトロッコがあった。
「光石がこんなにたくさん……それにしても、トロッコがあるってことは、ここは鉱山なのかしら……?」
トロッコの下にはレールが敷かれており、それは光も届かないほど遠く暗闇の向こうまで続いていた。
普通ならここでトロッコの光石を手に取り来た道を引きかえす。しかし、彼女の好奇心はさきほどまで押しよせていた恐怖と相まって後先を考えられないほど最高潮に達していた。
「これ、どこに続いているのかしら?」
彼女はトロッコに乗りこみ、ブレーキレバーを上げた。すると、トロッコはゆっくりと動きだした。
ギギギギッー
トロッコの速度が徐々に増していくにつれ、彼女の高揚感も高まっていった。ステラは楽しくなり自然と叫んでいた。
「キャー~~~~ッ」
やがて、前方に木漏れ日が見えた。出口はすぐそこである。
「やっと……出口についたのね?」
しかし、近づくにつれ露になる木漏れ日の正体に彼女は驚愕することとなった。
その木漏れ日は、数枚の板の隙間から漏れており出口は板で塞がれていたのである。
とめようとブレーキを下ろしたが遅かった。
次の瞬間、彼女は勢いよく板に叩きつけられた。
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