表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻精ノ国  作者: 唯響(いおん)
第一幕〜緑ノ石〜
5/49

第四話 精神ノ国

    挿絵(By みてみん)



 目が覚めたとき、涙が顳顬(こめかみ)を伝って流れていた。ベッドから起きあがり、彼女は胸に手を当てた。小さな掌に伝わる小さな振動は、なにか大切なものを失ってしまったような物悲しさを感じさせた。


 寝室を出ると、彼女の起床を待っていたバーバラが廊下に立っていた。そしていつも通り優しく微笑みながら言った。


「おはようございます。王女様」


 いつもならすかさず返事をするが、今朝は声が出なかった。目を腫らすほどに涙を流したステラには、心の余裕がなかったのだ。


「王女様、何かあったのですか?」


 バーバラが心配した様子で駆けよってくる。


 優しいバーバラの声に感情が弾けたステラは(せき)を切ったように泣きだした。


「怖い夢でも見たのかしら。可哀想な王女様……」


 バーバラはステラを抱きしめる。いつものように、激しい動悸(どうき)を落ちつかせようと背中を優しいテンポで打った。


 しばらくすると涙は止まり、夢見心地な気持ちも消え、ステラはいつもの感覚に戻っていた。


「どうしたの王女様。どんな恐ろしい夢を見ていたの?」


「恐ろしい夢じゃないよバーバラ。夢から覚めたことが悲しかったの。でももう悲しくないよ。バーバラがいるもん」


 彼女はバーバラに抱きしめられ、確かな温もりを感じた。その愛情は、ステラの心にゆっくりと染みわたっていった。



 ステラが朝食を終えるころ、バーバラは同僚とお皿を洗っていた。


「王女様はまるで恋する乙女よ」


「本当ね。恋の病にかかっているわ」


 談笑しながら仕事を終えたバーバラがキッチンを出ると、彼女を探すステラに出会(でくわ)した。ステラはバーバラに尋ねたいことがあるようであった。


「ねぇバーバラ、湖の向こうの森について知っていることを教えてくれない? わたしね、あの森がどんな場所なのかもっと知りたいの。いてもたってもいられなくて……」


 バーバラは、目の前で上目遣いをして必死に森について尋ねてくる幼気(いたいけ)な少女を見て、思わず口元が緩んでいた。


「私が知ってることは、全て王女様も知ってらっしゃると思うわ」


「そんな……でも……もっと知りたいの。巨大な木々や綺麗な川、見たことのない花々。それに住人はいるのかとか……!」


「そんなに焦らないで王女様。私には無理でも王女様ならあそこに入ることができますわ」


 バーバラはそう言うと、王立図書館について話しはじめた。それは城の地下深くに位置し、王族のみが立ちいることを許された場所だ。


 そこには芸術や歴史、その他にもありとあらゆる貴重な書物が保存、格納されている。いわばルーダン王国の記録保管庫である。


 王族であるステラが王立図書館について知らなかったのは、王族であっても滅多に立ちいることがないためだ。その存在が表立って話題にされることも少なく、そもそも貴重な書物の保存が目的であるため、頻繁に立ちいる場所ですらないのだ。


 王立図書館へ立ちいることができると知ったステラは、バーバラの話しが終わると足早に図書館へと向かった。



 ★★★~ルーダン城内 王立図書館~★★★



 ひんやりとした薄暗い階段を下りると、そこには鋼鉄(ごうてつ)でできた大きな扉があり、門番と思わしき巨男(おおおとこ)がその扉の横に立っていた。


「はっ……入ってもいいですか?」


 その巨体に気後れしたステラは恐る恐る尋ねた。


 巨男は何も言わずコクリと頷くと、扉を開けてくれた。


 ギギギギギギギギーッ


 扉があまりにも大きな音を立てたため、ステラは思わず耳を塞いだ。


 彼女が中へ入ると、巨男は扉中央に付いている叩き金を指差し、ふんと鼻息を鳴らした。


 どうやら、でるときはこれを鳴らせということらしい。ステラが頷くと、巨男は鋼鉄の扉を閉め、見えなくなった。


 彼女は、扉の横の壁に光るものを見つけ、目がとまった。


「わぁ……綺麗」


 近よってみると、そこには本を読むさいに照らすための光石の首飾りが複数個吊るしてあった。彼女はそのうちの一つを手に取り首から下げた。


 振りかえるとそこは、保管庫として無駄なく機能する部屋であった。


 壁一面に古今東西の書物がぎっしりと詰められており、とてつもなく長い梯子はしごを使えば、最上段の書物も取ることができる。また、部屋の中央には、劣化の激しい書物を保存するための大きな石の箱があった。


「ルーダン王国のすべてがここに詰まっているのね。すべてがここに……!」


 彼女は本棚の木枠に貼ってある案内札に従い、森の本を探した。


「あった! 森の本だけでもこんなにあるのね……」


 梯子を使い棚の最上部まで登ったところにざっと数百冊はあり、彼女はその中から選ぼうと目を走らせた。すると、一冊の本に目がとまった。


「題名は……何これ。せいしんのくに……?」


 手に取ってみるとその本の表紙には、真ん中に大きな森のある世界地図のようなものが描かれていた。不思議な題名に首を(かし)げながらも本を持ち、梯子から降りようとしたそのとき。


 ガタン


「きゃっ……!」


 片足を滑らせた彼女は体勢を保つため、とっさに手を伸ばし掴んだ。


「ごほっ……。ごほっ……」


 埃が舞ったため、ステラは咳きこんだ。


 掴んだと思っていたものは本棚の木枠ではなく棚から突きだした一冊の本であった。決して明るいとは言えないこの部屋では、それは目を凝らして見なければ本とは認識しずらいほど、異質に黒い本であった。そして、本は長年置きっぱなしにされていたためか、突きだした部分には(ほこり)が積もっていた。


 彼女は本を手に取った。その本の題名はこう書かれていた。『建国神話』。


「さぁて……読むわよ」


 梯子を降り席に座った彼女は、『精神ノ国』を開いた。そこには、森にはかつて精神ノ国という名の国があったと記されていた。


 そしてその他にも、このようなことが書かれていた。


 (いにしえ)の世界で大地の守護者として選ばれた男ムスタファは、この世の(ことわり)そのものである精霊と協定を結んだ。それは、地上に生きる脳の頂点である人間が、世界を統治することを精霊に認めさせるものであった。


 そして世界の諸勢力を統率し、守護者にして初代国王となったムスタファは、奇跡を起こして人々の心に働きかけ、幸せに満ちた理想郷を築きあげた。


「夢の中で感じたあの感覚……あれが世界に満ちていたのかしら? まさに……理想郷だわ」


 次にステラは『建国神話』を開いた。


 その本によれば、覇権国家である精神ノ国は、精霊より授けられた神器である繁栄ノ鏡を用いて、栄華えいがを築いた。


 しかし、湖を挟んで広がる大陸は鏡の恩恵を受けられず、貧困に喘ぐ民を救うべく各民族から立ちあがった六人の諸侯が、精神ノ国へ正義の刃を向けた。


 そして精神ノ国を滅ぼし、鏡を勝ち取った六人の諸候が、それを六年周期で譲りまわすことで、世界は今日の繁栄を築くこととなった。また、精神ノ国の統治制度を取りいれることで、各諸侯は六国(りっこく)の王となった。


(初代王ルーダンって、きっとお父様やわたしのご先祖様のことね)


 そんなことを考えながら彼女は本をめくっていた。そのときであった。


「この絵の男性の服装、夢にでてきたあのお方と似ているわ……!」


 描かれていた男は、頭にヒジャブのようなものを巻き、様々な種類の石の装飾品が施された服を身にまとっていた。また、手には刃先の歪曲した不思議な剣を握っていた。そして、彼はジン王国の初代国王と記されていた。


「あっ!」


 読み終えた本を持って席を立とうとしたとき、表紙とカバーの隙間から、一枚の紙がヒラヒラと宙を舞い床に落ちた。それは、[再び会わん]という文字が殴り書きされた、図書館の平面図であった。


「ずいぶんと細かい地図なのね。それにしても、再び会わんってどういう意味なの……あれ、ここも手書きかしら?」


 地図を眺めていた彼女は、平面図の一部が黒塗りにされていることに気づいた。興味をそそられた彼女はその場所へ向かうことにした。


「えぇっと……ここら辺かな?」


 彼女は本棚へそっと手を伸ばした。


「なにこれ……遠くから見たら本棚なのに、近くで見たらただの模様じゃない」


 そう言って模様に手を触れた瞬間、彼女は息を飲んだ。壁は回転扉であり、その奥にまっ暗な地下へと続く階段が姿を現したのだ。


「これは……行くしかないわね……」


 彼女は高揚感に身を委ねて、地下へと足を踏みいれた。



    挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自作ボイスドラマです。 https://youtube.com/@GENSEI_NO_KUNI
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ