第四三話 拝謁
翌日、フィンは将軍とともに登城するため、馬車で王城へと向かっていた。
(皆は無事に辿り着けただろうか……)
彼は窓の外を滑りおちていく雨滴を眺めながら、仲間たちの顔を思いうかべていた。この日は生憎雨であった。
城の入り口に着くとそこには、あの角のついた冠を被った鎧姿の女性が立っていた。
「ナスヴェッター、お勤めご苦労。……ピッケルハウベが汚れているがまぁ良い。刺客が入らぬように、しかと城を守るのだぞ」
「お任せ下さいカイザー将軍。……もしかして、その少年も登城させるのですか?」
「そうだ。諌言は聞かぬぞ?」
「まさか……朝議に参内させるおつもりでは……ありませんよね?」
「荷物持ちの下僕を参内させはせん」
将軍がそう言うと、ナスヴェッターは安心したようすで城内へ通してくれた。
将軍は彼女に嘘をついていた。今朝フィンは将軍から、荷物持ちの任で朝議が行われる<王ノ間>の近くで待機し、呼ばれたら入ってくるようにと言われていたのである。
「フィンよ。儂の側を離れるでないぞ」
将軍は小声でフィンにそう伝えると、城内へと入っていった。
城内で擦れちがう人たちは、将軍を見るや否や立ちどまり、深々と頭を下げて挨拶をしていた。フィンは将軍のうしろでその光景を眺めながら自分がまるで透明人間になったかのような感覚に陥っていた。
(でも……悪い気はしないなぁ……)
まるでその挨拶が自分に向けられているかのような気分になりかけたときであった。擦れちがう人たちの中で、初めて将軍に声をかけてくる人物がいた。
「よう、ルドルフ。お主が朝議に顔を出すなんて珍しいこともあるものだな……。ん? 其奴は?」
男は、将軍のうしろにいるフィンに気づき、視線を下ろした。フィンはその迫力に若干、気圧されながらも、男を見つめかえした。男は今まで擦れちがってきた人たちと違い、将軍と同じように立派な鎧や剣を身につけていた。
「久しぶりだなオスカーよ。それは、朝議で話す」
「まあよい。小童にしては良い目をしておる」
そう言うと男は、その場から去っていった。
「将軍……あの方は……」
「ああ……あれはシュタイナー将軍だよ。覚えておくといい」
二人が王ノ間の前までやってくると、外に人はおらず、部屋の中で開催のための準備が行われているようすであった。
「少し……早すぎたかな」
「でしたら将軍……差し出がましいとは思うのですが、一つお願いを聞いてはいただけないでしょうか」
フィンにはルーダン城でどうしても立ちよりたい場所があった。
「儂もそちをこの国に無理やり連れてきているし、無理強いもしている。聞かない訳にはいかないな」
「ありがとうございます。将軍」
フィンは軽く会釈をしてつづける。
「それではお言葉に甘えて……バーバラさんという方はおられますか……ステラ王女様から母親のように大切な存在だったと伺っています。是非お話がしたいのです」
「彼女のことは知っている。会えるように図らおう……というよりあの場所にいるはずだ。彼女はそういう人であるからな……。着いてきなさい」
そう言うと将軍は、彼をステラの寝室へと案内した。
「ここで待っておるから、話しおえたら戻ってきなさい」
「分かりました」
フィンは木造の大きな扉を見あげ、部屋の取っ手に手をかけた。
扉を開くと、そこには一人の女性がいた。
よく見ると彼女は、生気を感じられないほどに窶れきっていた。部屋は暗く、窓は長らく開けられていないのか、空気はどんよりとしていた。
「バーバラ……さんですか?」
「どなたでしょうか……?」
「フィンと言います……」
「お顔を拝見するのは初めてですが……どうして、私の名前を……もしかして、王女様のことでなにか知ってらっしゃるのですか?」
「はい」
それからフィンは、バーバラに事の顛末を話した。ステラが消息を絶ってから、森へ向かうまでの出来事、そして今は森にいるはずだということをすべて伝えたのである。
バーバラは泣いて喜んだ。フィンとは初対面であったが、彼の言葉を素直に受けいれているようすであった。少しすると彼女は涙を拭い、悲しみと喜びが入りまじったような表情でフィンに語りかけた。
「王女様は、高貴なご身分ゆえ自由には限りがございます……。そのためか、幼いころから花や草木、昆虫や動物などの自然が好きで、自由を求めていらっしゃるようでした。このお城の高台広場にある庭園も、王女様ご自身で作られたものなのですよ……。大好きな自然に囲まれながら暮らすことが王女様にとっての本当の幸せなのかもしれませんね……」
「しかし、将軍は……ステラ王女様を城へ連れ戻されるおつもりのようです」
「それもそうでしょう……。身分には逆らえません。将軍が森へお迎えにあがるまでのせめてものあいだ、私めは王女様の幸せを願うばかりです。そして、どうかご無事に帰ってきてくださいますよう……フィンさん。ステラ王女様をお願いしますね」
フィンは、健やかな笑顔を見せるバーバラを見て、ステラがこの国の人々に愛されていることを感じとった。ステラには帰りを待つ人たちがいる。ステラの居場所は、やはりここにあるのだ。
フィンは仕方なかったとはいえ、ステラを国外脱出へ誘ってしまったことを悔やみながら、部屋を後にした。
「用は無事に済んだか?」
部屋の外で待っていた将軍が声をかけてくる。
「はい、将軍! ありがとうございました」
フィンは再び将軍のうしろを歩きながら、先ほどのバーバラとの会話を思いだし、感傷に浸っていた。
王ノ間の近くまでやってくると、将軍が小声で話しかけてきた。
「よいかフィン。この先には王様や大臣、有力貴族や各地を取り仕切る軍閥の将軍が揃っておる。許可なくして、そちは誰とも話すでないぞ」
「エミル、ハンナ、行くぞ」
将軍はナスヴェッター兄妹に有無を言わさず、二人を連れて王ノ間へと入って行った。
フィンは扉が閉まるまでのあいだ、隙間から見える光景に目を奪われていた。部屋の奥中央には、玉座に腰かけ煌びやかな衣装を身にまとった王様がいたのだ。その存在感は圧倒的なものであった。
ガチャンッ
重々しい音を立て扉が閉まると、フィンは扉に近づき聞き耳を立てた。
「臣下のカイザーが、陛下に拝謁致します」
「面を上げよ。静かなる遠征、大儀であった」
そこからは上手く聞きとれず、よく分からない会話がつづいていた。フィンは将軍からの呼びかけを待つあいだ、廊下に飾られた置物や絵画、天井に連なるシャンデリアなどを眺めていた。
しばらくすると、自分の名前が聞こえたような気がして、彼は再び扉へ近づき聞き耳を立てた。
「儂が求めていたものは見つかりませんでした。しかしながら、フィンは有益な情報を与えてくれました」
「ほう。町で出くわし、今はそちの下僕となっているフィン。その黒髪が麗しい少年は、どんな情報を与えてくれたのだ?」
「陛下並びに国民が探していた人物の行方を知る手がかりを見つけました……!」
「そ……それは誠か。誠なのか!」
「誠にございます。その所在については、フィンより説明させたく存じます……!」
「フィンとやらはどこにおるのだ! ここへ連れてまいれ!」
ガチャンッ
扉が開くと、フィンは近衛兵に連れられるがままに将軍が待つ部屋の中央へと足を運んだ。そこでは四方から視線が注がれていた。
「拝謁はよい! フィン、そちは余と将軍の会話を聞いておったな?」
「はい……。左様でございます」
フィンの回答に周囲からざわめきが起こった。王様はそのようすを見わたしながら、静まるのを待たずに言った。
「まずはそちの口から名を名乗れ。しかと話を聞いていなかった者たちに、自己紹介をしてやれ」
「フィンです」
「……それですべてか?」
王様の言葉にフィンはなんと説明すればよいか分からなかった。というのも、彼には苗字なかった。そもそも、戸籍の管理がなされていないジン王国では、名前さえあれば十分なのだ。
黙りこむフィンを見て、すかさず将軍が助け舟を出す。
「陛下、ジン王国の平民は苗字を持ちませぬ。そればかりか、自身の名も分からず自称する者も少なくありませぬ」
「そうか、事情はよく分かったぞ将軍」
王様はそう言うと、再びフィンへと視線を戻した。
「本題だが……そちは……余の愛娘、ステラの所在を知っておるのか」
王様の放つ圧に、フィンはたじろいだ。周囲から向けられる視線も、まるで全身を針で貫かれているかのように感じられる。
彼は繊細な空気が張りつめるこの朝廷という空間に、飲みこまれていた。それに加え、所在を伝えても信じてもらえないだろうという思いが、真実を口にすることを躊躇わせていた。
長い思考の末、彼は意を決して叫んだ。
「知っております!」
「ステラはどこにおる……!」
「陛下、ステラ王女様は森におられます。この世の中心にある、あの森にございます」
「な……なんと!」
朝廷にどよめきが起こる。それは先ほどとは比べものにならないほどのどよめきであった。それもそのはず。森へは辿りつくことができないとされているため、彼のその発言は誰の耳にも荒唐無稽な戯言に聞こえてしまうのである。
「森にいるだと? バカバカしい」
「カイザー将軍も落ちぶれたな。このようなどこの馬の骨かも分からない者の戯言を真に受けるなんて」
フィンは王様に対して、嘘偽りのない真実だと訴えるような眼差しを向けたが、王様は周囲の空気に飲まれ、彼の言葉を訝しむような表情をしていた。
徐々にヤジが飛びかいだす中、朝廷にカイザー将軍の声が轟いた。
「陛下! どうぞご明察ください!」
その一声で周囲は静まりかえった。
「陛下の弟君であり、我が盟友であった男のことをお忘れですか。高名な学者であり誰よりも国を憂いていた壮志のことを……よもや、お忘れですか……?」
その言葉で王様の表情は一変した。それに気づいてか、朝廷が静まりかえる。周囲の視線は王様へと向けられていた。王ノ間に集まったすべての者が固唾を飲んで見まもるなか、王様は口を開いた。
「命を下す! ルドルフ・カイザーは麾下の兵士を率い、フィンを案内役として同行させ、余の娘ステラの捜索を続けるのだ。次なる目的地は……幻精ノ森である……!」




