第四十話 将軍府
フィンは坑道目がけて走っていた。すでに数人の兵士に出くわしていたが、襲いくる兵士たちの攻撃を防ぎ、交わし、時に反撃していた。
(まずい……)
建物を抜け、小さな広場に差しかかった。坑道まであと少しというところで、彼は突如として不測の事態に陥った。そこには数十人の兵士が集まっており、彼はその集団の前に飛びでてしまったのである。
場の空気が一瞬にして緊張に包まれた。
彼は、力が抜けて短剣を手から滑りおとしそうになったが、覚悟を決め強く握りなおした。
返り血により赤く染まったフィンを見るやいなや、数人の兵士が剣を抜き一斉に切りかかってきた。
死を覚悟した瞬間、フィンの脳裏にステラたちの顔が浮かんだ。彼は自分の中に広がっていた諦観を振りはらい、全身に力を入れた。
(遅れを取った……間に合うか……! まだ死ねない。皆の無事を確かめるまでは……それまでは死ねないんだ!)
彼は体勢を崩しながらも短剣で攻撃を防ごうとした。彼にあったのは強い生への執着と、それを阻害する眼の前の兵士に対する怒りであった。
すると次の瞬間、全身に追い風のようなものを感じた。強風が加勢するかのように、彼の振るった剣は勢いを強めて人外のような強い力で、兵士たちの剣を跳ねかえした。
ギャィーーーン
兵士たちの握っていた剣は手を離れ、制御されないまま天高く吹きとばされていた。
(な、なんで……なんで剣があんなに空高く……。これが火事場の馬鹿力ってやつなのか……? いいや、考えてる場合じゃない! 今は勢いに任せて、こいつらを!)
フィンは鬼神の如き形相で眼の前の兵士たちを睨みつけた。武器をなくした兵士たちは体勢を崩しながらも、フィンを見ていた。その顔は青ざめており、自らの死を想像し震えているようすであった。
彼はその姿を見て、ゆっくりと剣を降ろした。兵士たちの怯える顔が、アンカラで命を奪われていった仲間たちの最後に浮かべていた表情と重なり、先ほどまで高まっていた殺意が消え失せてしまったのである。
数十人の兵士たちがうしろに控えるなかで、この場を切りぬけるのは困難だと判断した彼は、素早く兵士たちの内の一人を張りたおし、喉元に短剣を突きつけた。人質としたのである。
「そこをどけ! これ以上手荒な真似はしたくない!」
彼は、徐々に距離を詰めてくる兵士たちに向かって叫んだ。
「それ以上近づくな! 殺したくないんだ!」
気がつけば、彼は囲まれていた。手中の兵士は、いつの間にか諦めたようすで自らの死期を悟った表情をしていた。
フィンは激しい怒りに駆られた。こんなにも簡単に生きることを諦めたこの男に対し、軽蔑にも似た怒りを感じた。軟弱者だと謗りたくもなったが、周囲を囲う兵士たちは一歩また一歩と、着実に距離を詰めてくる。
彼は迷っていた。手中の兵士を殺し、襲ってくる者たちを返りうちにする。無情にも彼に残された道はそれしかなかったのだ。彼の額に汗が滲みでる。兵士たちは全力の殺意を放ちながらも剣を構え、すぐそこまで迫っていた。そのときであった。
「そこまで!」
その声で、フィンへと近づいてきていた兵士たちの動きがとまった。
「殺す必要はないだろう。将軍は民間人の殺害を許可されていない。貴様、私の部下を離してもらおう。こちらも武器を下ろそう」
彼が声のする方を見ると、その場にいた兵士たちが道を開け、鎧姿の女性が現れた。角のようなものを生やした冠をかぶったその女性は、比較的小柄ながらも、威厳でもってその場を鎮めた。
「貴様、よくも私の部下を負傷させたな」
「見つかれば無力化などと言われれば、抵抗もするでしょう」
「殺すとは言ってないだろうに……」
「そんなの分からないだろ? ……僕を捕らえるのか」
「あぁ、行かせる訳にはいかない」
「一つ教えてくれ。町にいたアンカラの人達はどこへ行ったんだ」
「広場だ。全員生きているから心配するな。貴様も殺しはしない……約束は守る……。ついて来い! 拒否権はない!」
フィンは言われるがままに、小屋の中へ連行された。小屋には細やかながら装飾が施されており、そこには〈将軍府〉の文字があった。
「カイザー将軍、町人を一名連れてまいりました」
「ご苦労だナスヴェッター。まだ人が残っていたとは……。珍しく手柄を上げたな」
「なっ……!」
「行っていいぞ。あとはエミルと片づける」
ナスヴェッターと呼ばれた女性は少々不貞腐れたようすを見せながら、退出していった。
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