第二話 城下街
ステラは、いつもより早く目が覚めた。
そして、即座に頭の中で今日の予定を思いうかべた彼女は、にんまりと笑みをこぼした。
彼女はベッドから飛びおきると、笑顔のまま寝室の扉を開いた。すると目の前にはいつものとおりバーバラが立っていた。
「おはようございます王女様」
バーバラはいつもの調子で挨拶をする。ステラの笑顔を見て、バーバラもまた笑顔になった。
「今日はあの日ですね王女様」
「そうよ、待ちに待ったおでかけの日だわ!」
今日は城下街へ買い物に出かける日であった。普段から城の外へ出ることはあっても、城の周辺に偏っており、ステラにとって城下街へ向かう機会というのはさほど多くはなかった。
彼女は、城下街についたらいろいろなお店を散策しようと心踊らせながら、朝食をかきこんだ。
ステラが身支度を終え外に出ると、おりよく馬車の準備が整ったところであった。馬車の最終点検を終えた召し使いたちがステラに挨拶をしながら城内へ戻っていく。ステラは心地よい春の陽気を感じながら、馬車の横で待っていたバーバラとともに車内へ乗りこんだ。
「馬車なんて久々だわ!」
「乗馬した兵士が四方から守ってくれます。王女様は、ゆったりとしててくださいね」
まるでカボチャのような装飾のその馬車は、可愛らしい反面、とても目立つものであった。そして、兵士に囲まれた一行は、少し近よりがたい印象であった。
城を出て少し進み、街に入っていく。ステラは窓から外を覗いた。すると、怖がっているかのような顔をした民衆が見えた。その瞬間、ステラは溜め息をついた。
「はぁ……。ねぇバーバラ、少し遠くに行くだけなのに、どうしてこんなに兵士がいるの?」
「少しといっても国境付近です。確実に安全を保証するためには、仕方のないことなのです」
「それにしても……。こんなに兵士いるかなぁ……」
「国王様のご下命です。王女様の身に何かあってはいけないと……」
「でも、今まで危ない目に遭ったことなんてないよ?」
「確かにこのルーダン王国は治安が良いです。でも、絶対に安全ということはありません」
「ふ~ん。まぁいいや」
馬車に揺られながらそんな会話をしていると、一行はすぐに街の栄えている中心部までやってきた。通いなれた街は、いつでも彼女を温かく迎えてくれる。
「王女様だ!」
「ステラ様!」
馬車の中にいるのがステラだと気づいた民衆が笑顔で手を振ってくる。彼女はそれが嬉しくて、同じように笑顔で手を振りかえした。
ステラには愛嬌があった。王族というだけではなく、その愛嬌からくる愛くるしさで、彼女は人気を博していた。
ステラが街に降りてきたことを知った民衆は、彼女を一目見ようとわらわらと集まりだす。兵士が近よる民衆を制止しながら、一行は目的地へと進んでいった。
街を出ると見わたす限り緑色の平野が広がっており、まっすぐ一本道がつづいていた。ステラはぼんやりと外を眺めていたが、ときおり隣街から来ているであろう商人の馬車とすれ違う程度で、退屈なものであった。
「そろそろ昼食を摂るお店に着きますよ王女様」
「本当! よかった。お腹ペコペコだわ!」
少しすると、屋根が幾重にも重なった木造の建物の前で馬車は停まった。漆が塗られた大きな門に、空まで届きそうなほどの巨大な建物。王城の雰囲気とは異なるその異国情緒に満ちた外観に、ステラは呆気にとられていた。
「バーバラ、この建物はお城や城下街の雰囲気とはまったく異なるのね……。どうしてなの?」
「国境に近いからですよ王女様」
馬車を降りると、ステラはバーバラの案内に従って店内へ入った。店の中は見慣れぬ模様の品々で溢れおり、壺や絨毯、剥製に至るまで、どこかお城で見るものとは異なっていた。
「ステラ王女様に起こし頂くのは初めてでございますね」
「はい、国王陛下から王女様の後学のために、ここへお連れするよう仰せつかっておりましたので」
バーバラと店主らしき男が会話をしている。それを聞いていたステラは、ここは身分の高い者が利用する高級料亭であると悟った。しかし、落ちついた暗めの雰囲気に馴染めず、ソワソワしてしまっていた。
出された料理はエスニック系の料理であった。食べなれない料理をあまり美味しいとは思えず、彼女は少しずつ口へ運んだ。
やっとの思いで完食をしてお手洗いへ向かうと、洗面台の両脇に彼女の気を引くもがあった。
それは、色とりどりの花々が美しく生けてある花瓶であった。
「イッペーを早く花瓶に生けたいわ! そしたらずっと可愛い姿のまま咲いててくれるはず!」
食事を終えた一行は、花屋へと向かう。
彼女らの目的地は、花屋であった。国境付近にあり、各国の珍しい花々が並ぶ店である。そこで彼女はイッペーを生けるための花瓶を探そうとしていたのである。
その道中、ステラは料亭で花瓶を見かけてから湧いたひらめきを、バーバラに話していた。
しかし、それを聞いたバーバラは内心、不安に駆られていた。なぜなら、贈られてきたイッペーは枝のみであったため、その美しい姿を保っていられる時間は極わずかだと知っていたからである。
(王女様はこんなにはしゃいでおられる……。反動で落ち込まないと良いのだけれど……)