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幻精ノ国  作者: 乘越唯響
第一幕〜緑ノ石〜
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第二八話 囲われた街

  挿絵(By みてみん)


 早朝、ジン王国の王族を乗せた馬車数十台が、祭典へ出席するためにリエール王国へと出発する。その馬車の両側には、国境まで付きそうべく騎兵隊が隊列を組んでいた。



 馬車の揺れと振動でステラは目が覚めた。即座に状況を思いだし、じんわりと麻痺するような感覚が全身に押しよせてくる。狭い暗闇の中、彼女は恐怖でおかしくなりそうであった。


 精巧に作られた王族の馬車のためか、車輪から伝わる振動や駆動音は貨物馬車のそれとは違っていた。また、それ以外の音は密閉されているからか、あまり聞こえてこない。しかしそれがかえって彼女に思考の隙を与え、恐怖心を増長させていた。


 そんないつまでつづくか分からない暗闇の中で、彼女は過去の出来事を思いだしていた。


(あの日もこんな感じだった……)



 それは今から八年前、ステラがまだ三才のころの出来事であった。


 その日ステラは、ルーダン王国城内にある中央広場で遊んでいた。綺麗に手入れされた庭の光景がぼんやりと思いだされる。


 ステラは花に手を触れようとした。


「ギャァーーーー」


 突然、耳を(つんざ)くような悲鳴が聞こえ、次第に城内が騒がしくなっていく。


 怖くなったステラは、その場で泣きだした。


「おかぁーさまぁーー!」


 しばらく彼女が泣いていると、どこからともなく大柄な男が現れ、彼女を肩に抱きあげた。そして、そのままどこかへ連れていかれ、気がつくと狭くて暗い空間の中で彼女はひとりぼっちになっていた。身動きが取れない暗闇の中、彼女は恐怖で泣きつづけた。


 それからしばらく経ち、泣きつかれた彼女は、次第に意識がぼんやりとしていった。


 ギィーー


 扉が開く音が聞こえるとともに、柔らかな光が差しこむ。そして、顔の輪郭なような影が見えたかと思うと、彼女の脳内に優しい声が木霊(こだま)した。


「ああ……ステラ様……良かった」


 それはバーバラの声であった。



 ステラはふと我に返った


「そうだ……あのときはバーバラが助けてくれたんだった」


 それから彼女はバーバラのことを思い浮かべることにした。優しい声や笑顔、落ちつく香り。そうやって一つ一つ思いうかべているうちに、彼女を蝕んでいた恐怖心は薄れていった。そこにバーバラはいなくとも、彼女はバーバラの温もりを感じているかのようであった。



 ~~ルーダン王国 王城~~


 ステラが消息を絶ってから、二週間が経過していた。彼女の帰りを待ちつづけるバーバラの頬は痩せこけ、(やつ)れきった表情をしていた。


 彼女の頭の中では、ステラと過ごした日々の記憶が駆けめぐっていた。


 十年前にステラの母親が亡くなり、母親代わりを任されてからというもの、彼女はステラの成長の記録を日記に綴っており、ステラに対する思いいれの強さが窺える。


「初めて王女様を抱っこした日……私は緊張して手が震えていたけど……王女様ににっこりと微笑みかけられて……なにがあってもこの方をお守りすると心に決めたんだわ……誰よりも愛嬌があって……純粋で……」


 ステラの寝室へとやってきたバーバラは、ベッドの横にある椅子に座りながら、ステラが一番大好きだった絵本を手に取った。そして、誰もいないベッドを眺め、毛布に優しく手を置いた。


 そこにステラはいない。しかし、彼女はここじゃないどこかにいるステラに届くように心を込めて絵本を読んだ。


「王女様の大好きな絵本を……たくさん……読んであげますから……どうかご無事に……帰ってきて」


 本を読み終えた彼女は静かに泣いた。


 しばらくして落ちついたあと、彼女は部屋を立ちさった。



「バーバラさん、大丈夫?」


 宿舎に戻ると同僚が声をかけてきた。


 バーバラは、心配をかけまいと気丈に振るまいながら返答した。


「我が子を亡くしたかのようだわ。身よりのない私にとって、王女様はすべてだった。いつかご成婚なさって立派に育ったお姿をお見おくりするまで、お側に居られるものと思っていたのに」


「まだ戻ってこないと決まった訳じゃ……きっとご無事よ」


 同僚の声も耳に入らぬほど、彼女は憔悴しょうすいしきっていた。そして窓から暗い夜空を見あげながらぼそりと呟いた。


「私の大切な王女様……あなた様を育てることが私の……恩返し……」



 ΦΦΦ~ジン王国 国境付近~ΦΦΦ



 馬車に潜んでの長旅もついに終わりのときが来た。永遠のように感じられたこの暗闇も、もうすぐ終わるのだ。


 フィンは周囲の音の変化に耳を傾けていた。騎兵隊の行進がとまり、馬車は速度を落としながらもゆっくりと進んでいく。


 それから数分が経過したころ。突然、耳をつんざくような謎の咆哮(ほうこう)が聞こえたかと思うと、瞬く間に空気が張りつめた。それは今まで耳にしたこともない、およそこの世の生き物のものとは思えぬほど、いびつに反響する音であった。


 フィンはとっさに聴力へ全神経を集中させた。


 謎の生き物の鳴き声は徐々にフィンたちの潜む馬車の方へと近づいており、それを必死に制止しようとする男の声が聞こえてきた。


「とまれ! 落ちつけ!」


 鳴き声が少し横でとまり、唸り声へと変わる。


「おいリエール兵! 馬車から離してくれ! 王族の貴重品が入っているのだぞ!」


 次の瞬間。


 バキバキ……バキ……バキバキ


 馬車が鈍い音を立てながら、勢いよく噛みくだかれる音が聞こえた。


 フィンは息を飲んだ。幸い自分のいる馬車ではなかったが、もしほかの子供たちが潜んでいる馬車であれば、ひとたまりもない。例え牙が直撃していなくても、見つかれば全車両の荷物入れを調べられたあと、子供たち全員が処刑されることとなる。それを理解しているフィンの緊張状態は最高潮に達しており、嘔吐しそうなほどであった。


(一秒……二秒……三秒……)


 すると聞き覚えのない少年の悲鳴が聞こえた。


「わぁ、ぼくちゃんのおやつがぁ!」


「お下がりください坊っちゃま! 危のうございます!」



 少しすると馬車は進みだし、バキバキと噛みくだく音も遠退いていった。


(大丈夫……だったのか? ……皆が心配だ)



 しばらく行ったところでまた馬車はとまり、王族たちの降車する足音が聞こえてきた。


「お荷物は手前てまえどもがあとでお届けしますので……」


 再び馬車は動きはじめ、声が遠退いていく。


 少しすると、馬車は建物の中へと入ってとまった。馬の蹄の音が建物中に騒がしく響いていたが、次第に聞こえなくなった。


 ギィーーガタン


 格納庫の扉が閉まったのだろう、フィンは周囲を確認しながら恐る恐る馬車の荷物入れから這いでた。そして、各馬車の荷物入れの扉を開けてまわり、子供たちに出るよう促す。


「皆、急いで出て一度集合してくれ! 人数を把握したい」


 以降はサリーフが引きつぎ、人数の把握をおこなう。


「サリーフ何人だった?」


「はい……二十二人です。どうしましょうフィンさん……一人足りません」


「本当か? もう一度数えてみてくれ」


「二十……二十一……二十二!」


 数えおえたサリーフがフィンに顔を向ける。


「サリーフ。自分を数えていないじゃないか! しっかりしてくれ!」


「あっ……」


「まあいい……サリーフ気にするな。兎に角、これで皆の無事は確認できた」


 フィンは子供たちを見わたし安堵の表情を浮かべた。


「国境を越えてからそんなに経ってない。恐らく……ここはジン王国から一番近い街……エピロスだろう!」


「これからどうする?」


 クルヴスがフィンに問いかける。


「まずは、作戦を立てる為に安全な拠点がほしいところだ。このまま街の中にいるのは良くない。かといって情報収集も必要だ。町から少し離れた茂みにでも拠点を構えよう」


 カッカッカッカッ


 そうこう話しているうちに、足音が近づいてくるのが聞こえた。


「皆! まずはここを出よう」


 フィンは子供たちを連れて、足音から離れるように反対側へと向かい、扉を開けて格納庫を出た。


 扉を開けると、そこは干し草を保管している大きな小屋であった。


「ここなら、そんなに人の出入りも無さそうだし大丈夫だろう。皆、揃ったね」


 フィン子供たちを見わたし、作戦を伝えた。


「まずは、数人で門の偵察へ向かう。それは、僕とクルヴス、ポニー、ルスランの四名だ。残りの者はここに待機していてくれ。サリーフ! 皆を頼んだよ」


「分かりました!」


 それからフィンを含めた四名は干し草小屋の外へと出た。



 外へ出ると今まで見たこともないような景色が広がっていた。フィンは一目見ただけで、リエール王国がジン王国の遥かに先をいっていることを理解した。また、街の周囲は巨大な塔の壁に囲われていた。


「父さんから教わってはいたけど……これ程までとは……」


「フィン! 大丈夫? それにしても……エピロスだけでもこんなにたくさん人がいるんだね」


「ああ、すまないクルヴス。大丈夫だ! この人混みに紛れて出よう。馬車は国境で止まって以降、王族が降車する時にしか止まらなかったし、周囲の音にも変化は無かった。つまり、この町の門は、常時開門されていているということだ。意外とすんなり出られるかもしれない」


 フィンたちは手始めに門を目指すことにした。


 街にいる人の数もアンカラやエディルネとは比べ物にならないほど多かったため、フィンたちは怪しまれることもなく、あっさりと門まで辿りついた。


「門番は数人いるみたいだね……」


 ポニーが心配そうにフィンに声をかける。


「お前らも今から行くのか?」


 突然、後ろから声をかけられフィンは振りむいた。するとそこには、数人の子供たちでできた集団がいた。フィンは答えずに相手の出方を待つことにした。


「どこにって顔してるな。冗談だろ? 王都だよ王都! 祭りだろ? 俺たちも今から行くところなんだ!」


「あぁ……そうか。 僕たちもだよ!」


 フィンはとっさに答える。


「やっぱりな! だと思ったぜ! じゃあ先に行ってっから、またな!」


 そう言うと、彼らは門の方へと向かって行った。


「フィン!」


「ああポニー! これに乗っからない理由はないね! ……出る方法はこれでいくとして……あとは、情報や資材の収集か……街を頻繁に出入りするのは避けたいところだね……よし、一旦戻ろう」



 四人が小屋へ戻ると、地面には干し草が散らばっており、そこに子供たちの姿はなかった。


「そ……そんな……サリーフ……サリーフ!」


 絶望したルスランは膝から崩れおちた。


「サリーフ……もう、出てきていいぞ」


 その横でフィンは干し草に向かって言葉を発した。すると、干し草の中から子供たちが姿を表した。


「もしものことがあってはと思い、あれからすぐにこの中へ隠れることにしました」


「良い判断だ。サリーフ」


 そのやり取りを見ながらルスランは口を開けたまま呆然としていた。



「それじゃあ、気を取り直して」


 フィンは、偵察で仕いれた情報を子供たちに共有し、次の作戦を伝えた。


「ポニー! 君は僕と一緒に街の中で情報収集だ」


「はいよっ!」


「クルヴス! ルスランを連れて街の地理や構造を押さえてくれ。街全体が壁に囲まれてるなんて、予想だにしてなかった」


「異国の防衛事情はジン王国とは違うのだろうか……とにかく任せて!」


「サリーフ! ヌライ! 残りの子供たちを連れ街を出て、周辺にある茂みの中で食事や睡眠が取れるような拠点作りを頼む」


「任せてください!」


「分かりました!」


「二班に分かれて通れば、門番には怪しまれないはずだ。何か聞かれたら、祭りに行くと伝えたら良い」


 フィンはつづける。


「それと……拠点作りと平行して食材集めも頼む」


 それから子供たちはそれぞれの役割を果たすべく干し草小屋をあとにした。



    挿絵(By みてみん)

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自作ボイスドラマです。 https://youtube.com/@GENSEI_NO_KUNI
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